#5

 ピピピ、ピピピ、と機械音が繰り返される。その音に意識を強引に引き上げられるような感覚がしてひとみは嫌々ながら目を覚ます。


「望ちゃん、だたいまー」


「おかえりなさい」


 ひとみは二人の会話を聞きながら、見慣れない棚や置物をぼーっと見つめていると意識がはっきりとしてくる。


「……ここ」


 自室でもなければ、自宅でもない。テーブルに伏せていたひとみはゆっくりと身体を起こす。すると、対面に座る女と目が合う。


「おかえりなさい」


 女、望の声に自分は夢を見せられていたことを思い出し、反射的に自分の隣を見る。そこにはニコニコと笑う目の細い男が座っていた。


「おはよう、ひ孫ちゃん」


 ひらひらと手を振る男にひとみは自分の手を見つめる。見慣れた自分の手だ。閉じたり開いたりして指の感覚を確かめる。その手で頬に触れると、毛に覆われていない自分の頬の感触がする。ペタペタと顔を触った後、髪に触れる。黒髪のショートカットであることを確かめ、目線を下げる。白のセーターにジーンズ、二本の脚の先には黒のブーツ。ちゃんと服を着ている。

 人の姿だ。ベージュの毛に覆われた犬の姿ではなく、ちゃんと人間の形をしている。


「大丈夫? 夢と現実の区別ついてるかな?」


 男に問われ、ひとみは軽く頬を叩く。痛みがある。


「……はい。大丈夫、です」


「それはよかった。ちょっとお茶飲んで休憩しようよ」


 男は茶杯を持つとじっと中身を見つめる。すっと通るような香が鼻腔をくすぐる。湯気の上がる茶に男は望に微笑みかける。


「お茶ありがとう」


「冷めてたから」


「あ、すみません……」


 ひとみは一口もせずに夢の中へ連れて行かれた。無駄にしてしまった、と申し訳なくなる。


「いいの。お茶を飲む時間をひ孫さんにあげなかった店主が悪いから」


「うん、まあ、そうだけど……」


 男は気まずそうに茶を飲む。


「ほら、疑いは早めに晴らすべきでしょ?」


「そうね。ただでさえ、周って胡散臭い顔してるし」


「そんなにかな?」


 周と呼ばれた男は腑に落ちない様子だ。


「よかったらお茶どうぞ」


 ひとみは望に勧められて茶杯を手に持つ。赤茶色の水面に自分の顔が映る。ふうふうと息を吹きかけて一口飲む。優しい味が口に広がり、じんわりと温もりが染み渡る。


「……ほうじ茶?」


「そう、正解」


 周は茶杯を置く。


「美味しいです」


「よかった」


 望が小さく微笑むとひとみもつられて笑う。独特な香ばしい香とすっきりとした優しい味に時間がゆっくりと流れていくように感じる。


「落ち着いてきたかな?」


 周の問いかけにひとみは頷く。

 混乱が落ち着いてきたため、ひとみは今までのことを思い出す。ゆり子のおつかいで夢を買いに来た。夢を買えるという話をゆり子から聞いたときから思っていたのだが、夢を買うことなどできるのかとひとみは疑っていた。そんなひとみに対して、周が百聞は一見に如かずだと言って実際に夢を見せてきた。

 犬の姿になって、太陽が見守るように照らす草原を走る、そんな夢を見たのだ。


「……本当に、夢を売っているんですね」


「信じてもらえた?」


 周はひとみそう尋ねる。


「正直、まだ半信半疑ですが」


 百パーセント信じられる状態ではない。まだわからないことが多いのだ。

 どうやって夢を集めるのか。なぜ、夢を集められるのか。

 周という男は何者なのか。望も何者なのか。

 疑問はいくつかある。しかし、夢の中で内緒と言われてしまったため、現実世界で尋ねても答えてくれなさそうだ。


「半分は信じてもらえるのなら上々」


 周は満足げに笑うと、望が用意していた紙とペンを手に取る。


「じゃあ、早速だけど、おつかいの内容を聞いてもいい?」


 ひとみは小さく頷き、茶杯をテーブルに置く。


「曾祖母から夢を買ってきてほしいと頼まれました。夢の内容は私の曾祖父であり、曾祖母の夫が出てくる夢を見たいとのことです」


「ゆり子ちゃんの旦那さんの夢ね」


 周は紙にさらさらと書いていく。


「具体的にどんな夢が見たいとかって聞いた?」


「具体的に……。曾祖父に会いたいと聞いてはいるのですが、具体的にとなると、思い出の夢を見たいとしか……」


 その思い出は何か、と尋ねても何でもといいと答えられた。思い出はたくさんあるため、その中からひとつと選べないらしい。


「なるほど。ちなみに、ひ孫ちゃんはひいおじいちゃんの顔知ってる?」


「はい。若くして亡くなったので、会ったことはないのですが写真で見たことがあります」


「じゃあ、ひいおじいちゃんのお話は聞いたことある?」


「はい。倒れてからはとくに曾祖父の話を繰り返ししてくれます」


 何度も同じ話をする。先日、死が近いと言葉をこぼしていたこともあって、走馬灯ではないが、若かった頃をひどく懐かしんでいるのではないかと推測する。


「どんなお話を聞いたかな?」


「直近だと、好きな食べ物の話。あと、よくしてくれる話は気弱で心配性な人だったとか、運動より勉強の方が得意だったとかですね。ふとした日常のことをよく話してくれるっていう印象です」


 周はひとみの言葉に頷きながら紙にメモをしていく。ひとみの予想に反して、周の字は達筆だ。達筆すぎて読めないタイプの文字にひとみは目を見張る。


「実は、僕も何度かひいおじいちゃんのお話を聞いたんだけど、君の方が詳しそうだね」


「そうだったんですか?」


「うん。優しい人だったんだろうなって。戦争でピリピリしている状況でも、家族にはあまりそういった素振りを見せない人だったのかなって思うんだ」


 言われてみれば、ゆり子から明が怒ったといった内容の話を聞いていない。実はあったのかもしれないが、話したくないのか、忘れてしまったのか。ひとみの知る明の感じからして、怒鳴り散らすような人ではなさそうだと思う。写真の雰囲気からしても、怒りという感情とは縁のなさそうな顔立ちをしていた。


「私も優しい人だったと思います。曾祖母が楽しそうに話すので」


「ゆり子ちゃんはひいおじいちゃんの優しいところを君にたくさん話したんだろうね」


 周はふっと笑みをこぼす。

 人が過去を語るとき、それは印象的だったからとか、感動したとか、記憶に残っているから語る。ゆり子が語る明とのエピソードはゆり子に対する明の優しさが忘れられないからよく語る。

 優しい人だった。それがゆり子の頭にこびりついているから、よく話してくれる。


「そうだと思いたいです」


 ひとみは微笑を浮かべる。周の言うとおりだと思う。


「望ちゃんもそう思わない?」


 話を振られた望はしばし考え込むと小さく頷く。


「ネガティブな意味で同じ話を繰り返すこともあるけど、話を聞く限り、ポジティブな意味なのかなって思う。ひ孫さんにひいおじい様のことを知ってほしいっていう気持ちがあるのかもしれない」


 なぜ同じようなことを話すのか。それは場合によってはポジティブな意味を持つし、ネガティブな意味を持つ。そのようなことを大学の講義で勉強した。


「知っていてほしいから話す、か……」


 周は望の言葉を繰り返す。

 なぜ、誰かに話すのか。意思伝達の手段として会話は存在する。ただの世間話であっても、こんなことがあったと相手に伝えるのは知ってほしいから。場合によってはまた誰かへ伝えてほしいという意思表示でもあるだろう。


「僕もそう思うな。……さて、話を戻そうか」


 周はペンを持ち直す。


「一番はゆり子ちゃんにどんな夢を見たいか訊くのが正確だけど、どうだろう。ひ孫ちゃんは心当たりある?」


「心当たり……」


 ひとみは記憶の糸を手繰る。ゆり子が話してくれた内容を頭の中に並べていく。

 食べ物の話、性格の話、日常の話、出会いの話。当然のことながら、楽しかった思い出ばかりが多いように思う。

 その中でひとつ、糸が引っかかる。


「……今年に入ってからだと思うのですが、曾祖父と平和な時代を生きたかったって言うようになったんです。ただただゆっくりとした日常を送りたかったのかなって思うんです」


 曾祖父は戦争で怪我をして、それが原因で亡くなったと聞いている。先日も自由な時代になったと言っていた。戦争によって人生が大きく変わってしまう時代をゆり子は生き抜いてきた。

 あくまでひとみの予測。もしもの、仮定の話だ。ゆり子は曾祖父、明と一緒に平穏な日々を過ごしたかったのかもしれない。


「曾祖母がそういう話を選んで私にしてくれたのかもしれませんが、本当に日常のことを話すんです。まるで、戦争がなかったかのような話。曾祖母は戦争の話をあまりしたがらない人です。思い出したくないという気持ちもあるかもしれませんが、戦争の話よりも、曾祖父との日々の思い出ばかり聞かせてくれる。何かしらの特別な出来事とかより日常の話がはるかに多い。……もっと、そういう日々が続けばよかったと曾祖母は願っていたのかもしれません」


 デートや結婚式、誕生日、出産など、特別な出来事はあったはずだ。出産の話はよく聞いたが、それ以外の特別な、記念日とも呼ばれるような日の出来事の話は日常の話よりも頻度が低いような気がうする。

 特別でなくていい。いつもどおりでいい。

 日々の暮らしでもゆり子はそう言う。誕生日のお祝いも気にしなくていい、特別なことはしなくていい、とゆり子は言うのだ。

 いつもの日常がいい。心のどこかでゆり子が思っているのかもしれない。


「……ひ孫さんはひいおばあ様のお話をよく聞いているんだね」


 周とひとみのやり取りを静かに聞いていた望が口を開く。望もゆり子と話はしたことがあるものの、周に比べると少ない。今日初めてゆり子の夫の話を聞くぐらい、関わりが少ないのだ。

 だからこそ、ひとみが語る磯貝ゆり子という人物のことが見えてくる。そう思うぐらい、ひとみがゆり子の話に耳を傾け、昇華できているからこうして話せるのだろう望は思う。


「そうだね。それでいて、そこからこうなんじゃないかって推測できる。たくさんお話を聴いたっていうのもあるかもしれないけど、それだけ寄り添っているとも言えるんじゃないなかな」


 周はそう言ってペンを置く。ひ孫から見た曾祖母の願いを書き連ねたメモ。大きく外れているということはないだろう。

 ゆり子は夫が登場する夢を見たいとひ孫に託した。では、夫が出てくる夢とはどんな夢か、と尋ねて辛く、苦しい夢と答えることはほぼありえない。となれば、逆、楽しかったときの思い出の夢を望むだろう。楽しかったときの記憶を人に何度も語る。それを何度も聞いたひ孫の言葉なら信じてもいいだろう。


「君は賢い子だね」


 周はひとみを褒める。

 周たちの言葉を鵜呑みにせず、疑いにかかる。怪しさ満載だから、と言ってもひとみは的確に疑問を投げつけてくる。

 また、中学生という多感な年頃の子供が曾祖母の話に耳を傾け、時には同じ話を聞くこともあるだろう。それでも、話につき合って、彼女の願いを叶えるために来店した。そして、おそらく曾祖父と過ごした日々の夢を見たいのでは、と推測できる。頭の回転が早いのだろう。


「よく見えてる。さすが、セッターだね」


 望もひとみのことを褒める。周りを見て、分析し、判断するセッターというポジション。聞いてこうではないかと考えられる力が身についている彼女はセッターといポジションに相応しいと望は思う。


「そんなこと……」


 ひとみは照れ笑いを浮かべる。ほぼ初対面の人間に褒められるのは照れ臭い。


「あの、参考になりますか?」


 ひとみは話の軌道を戻す。自分が褒められる話ではなく、ゆり子の見たい夢の話が本題だ。


「なるよ。でも、最終的にはゆり子ちゃん次第ってところかな」


 周は頬杖をつく。


「それはどういう意味ですか?」


「そのままだよ。僕が用意できるのは舞台装置や役者。つまり、当時、ゆり子ちゃんたちが住んでいた家や街、ゆり子ちゃんの旦那さんの用意はできるけど、夢の内容は主役の動き方次第で変わってくる」


 ひとみが首を傾げていると周は小さく笑う。大人びているように見えて、仕草はまだ子供のもの。そこに安心する。


「まず、僕が扱う夢って二通りあるんだ。ひとつはこれ」


 周は瓶を指で弾く。瓶の中にはビー玉がいくつも収まっていて、先ほどひとみが見せられたベージュ色の玉も元に戻されたのか、瓶の中に入っている。


「誰かが見た夢を抜き取ってこうやって形にした物。これを買って、寝るときに枕元に置くと、さっき体験してもらったみたいに誰かが見た夢を見ることができる。そういう夢」


 先ほどひとみが見た夢はどこかで飼われている犬が見た夢。犬が夢で体験したことをひとみも夢の中で体験した。


「そして、もうひとつが見たい夢を用意する場合。さっきも言ったけど、大まかな舞台装置を作ってその中に入ってもらう夢。きっかけを用意した後は、夢を見る人の思うように動いてもらうって感じ。今回はこっちの夢になるね」


「……既製品か、オーダーメイドかの違いってことですか?」


「そのたとえ、いいね!」


 周は親指を立てる。本当に彼女は賢い。理解が早くて助かる。


「今回の曾祖母の夢の場合は新しく作る。曾祖母が主役の一本の映画やドラマを作るような感じですか?」


「そうだね」


「……ちなみにですけど、一から夢を作るってできるんですか?」


 問題はそこだ。誰かが見た夢のパターンは経験したため、一応納得している。だが、もうひとつの夢のパターンはそもそも夢を操るような次元の話のようだとひとみは思った。そんなことできるものか、と疑わざるをえない。


「やっぱり、それ言われちゃう?」


 周は眉を下げる。


「言いますよ。ただでさえ、夢を売るっていうのもちゃんと理解できてないですから」


「それはそう」


「望ちゃんもそれ言っちゃう?」


 ひとみは望と周の関係に疑問を抱く。夢を売るという店主の言葉を理解しているから一緒に働けるのだと思う。仲もよさそうで、砕けた関係のように見える。望が店主である周に対して容赦ない言葉を言ったり、下の名前で呼び合ったりと親しい間柄なのだろうとは思うのだが。

 不思議な関係。ひとみからすると、この二人の関係も謎。一番の謎は店主の周ではあるが、望も謎だ。いたって普通の大学生に見えるのに、周と一緒にいるのを見ると怪しくなる。


「普通、すぐに信じられない話だから」


「これでも丁寧に説明してるつもりなんだけど、僕。ひ孫ちゃんが賢いからその分とっても助かってるところはあるし、逆に賢いがゆえにこうやって質問されて困ってる」


「すみません……」


 ひとみは思考の淵から戻る。今は二人のことよりも夢の話だ。


「ひ孫さんは悪くない。現代の科学で成し遂げられていないオカルトみたいな話をされればほとんどの人が疑う」


「オカルトと同じにしてほしくないなあ」


「スピリチュアル?」


「どっちかと言えばそっち。夢は精神と関わる物だし」


 望も深く知らないのだろうか、とひとみは二人のやり取りを見て思う。


「できることなら、夢を一から作れるんだよって証明したいんだけど、こっちはそう簡単にできないから見せることはできないんだ。ごめんね」


 出来ている物をすぐに出すのは簡単だが、今から作る物をすぐに出せと言われても周は困る。何より、ひとみから話を聞いたように準備が必要な物だ。


「でも、必ずお願いは叶えるから」


「……」


 ここまでひとみも話してきた側だ。これは是が非でも形にしてもらわないと困る。ゆり子の願いなのだから。


「わかりました。まだ全部信じることはできませんが、お願いしてもいいですか?」


「もちろん。ちょっと物の用意をするから待っててくれる?」


 すぐに戻る、と言って周は席を立つ。暖簾をくぐって奥へと行ってしまった周の背を見送ったひとみはまだ残っているほうじ茶を飲む。少し冷めてしまったが、美味しい。


「……あ」


 ひとみと同じように茶を飲もうとした望の手がひとみの声によって止まる。


「どうしたの?」


 望が問いかける。


「あの、お金のこと、訊いていなかったなって……」


 既製品よりも、これから作る方が高いのではないかとひとみは推測する。言うなれば、オーダーメイドと自分でたとえた。既製品がいくらするのかすらわからないのに、これから頼む夢はどれぐらいの値段なのかわからない。


「ああ、今回のパターンは基本的に後払い。商品と交換ってところ」


「大体いくらぐらいになりますか?」


「そうね……。色々とオプションをつけようと思えばもちろん高くなるけど、今回なら三、四千円ぐらいじゃないかな」


 ひとみはいまいちピンとこず、首を傾げる。ひとみの小遣いが月に二千円。二月分の小遣いと同じぐらいと考えれば少し高いと思う。が、相場としてはどうなのかわからない。


「安いか高いかわからないよね」


 望に見透かされていたようだ。ひとみは素直に頷く。


「はい。正直、わからないです」


「そうね……。既製品の夢だと大体数百円。たまに数千円の物があるぐらい」


 一般的な夢と比べると十倍ぐらいするのか、とひとみは頭の中で簡単な計算をする。


「ちなみに、オプションというのは何ですか?」


「色が気に入らないなら変えることもできるし、アクセサリーにすることもできる。見た目重視のオプションが多いかな」


「へえ……」


 そんなことができるのかとひとみは感心する。


「磯貝さん、オプションつけるかしら?」


「どうだろう……。多分、なくていいって言いそうな気がします」


 それほど見た目を重視することもなさそうだ。あえて言うなら、ネックレスにしてほしいとか言いそうなぐらいだろうか。


「ちなみに、後から加工することはできますか?」


「できるよ」


「わかりました」


 一度、夢を受け取ってからの話にはなりそうだが、これはゆり子に確認を取らなければならないことだ。ひとみは頭の中のメモに書き加える。


「お待たせ」


 暖簾をくぐって出てきた周が紙袋を持って戻ってくる。カウンターの引き出しから紙を一枚取り出した周は席に着くと、店の名前のスタンプが押された小さな紙袋をテーブルに置く。そして、周はその紙袋の中身を掌に出す。コロン、と爪の大きさほどの木の欠片が出てくる。


「これは、槐の木の欠片ね。これを寝るときに枕元に置いてほしい。あと、できればでいいんだけど、ひいおじいちゃんの写真も一緒に置いてほしいな」


「写真もですか」


「うん。あった方がひいおじいちゃんの顔がイメージしやすいから。まあ、ゆり子ちゃんが見る夢だから、ないならないで、すぐに形はできると思うけど、一応ね」


「はい」


「これは説明ね。望ちゃん、お代の話ってした?」


「した。オプションの話も一応」


「完璧。望ちゃんから聞いたみたいだけど、お代は後払いで品物と交換。オプションのことも紙に書いてあるから、また確認して。わからないことや確認したいことがあったら今訊くけど、何かあるかな?」


 周は槐の欠片を袋に戻し、望に渡す。望は席を立ち、カウンターに置いてあるセロハンテープで封をする。


「えっと、身体に負担とかかかりませんか?」


 何をどうするのか不明なため、ゆり子にかかる負担があるのかがわからない。万が一があるなら、ゆり子には悪いが諦めてもらうかもしれない。


「ないよ。普通に眠っていれば問題なし」


 席に戻ってきた望に周は礼を言い、望は席に着く。


「そうですか。ならよかった。あと、夢はお金と引き換えとのことですが、いつ来ればいいですか?」


「次の日には出来ているよ。今日実行するなら明日には渡せる」


「わかりました。多分、大丈夫だと思います」


 正直なことを言えばある。どうやって夢を形にするのだとかという根本的な話だ。だが、答えてくれる様子がないのなら深追いしすぎるのもよくないのではないかと勘が働く。


「よろしい。じゃあ、最後に依頼の確認ね。ゆり子ちゃんが夢を見る人で、夢の内容は旦那さんとの日常。これでいい?」


「はい。あの、夢の内容って私の推測で話しましたが、もしも、曾祖母が違う夢がいいと言った場合って連絡した方がいいですか?」


「それならそれでその場で変更可能だから連絡はなくていいよ。夢は変幻自在だから、その場で要望に応えるさ」


 周は微笑を浮かべる。


「了解です」


「うん。今日のところは以上。わからないことがあったら連絡して。ここに電話番号書いてあるから」


 周は紙の下に書かれた連絡先を指さす。

 ひとみが、はい、と返事をすると周は紙袋と説明書をひとみ渡す。ひとみはそれらをバッグにしまい、立ち上がる。


「ありがとうございました。その、よろしくお願いします」


「承りました。ゆり子ちゃんによろしく」


 周が立ち上がると望も立ち上がる。ひとみはコートを着てバッグを肩にかける。

 周と望に見送られて、ひとみは家路へと歩き出す。ふわふわと舞う白い雪に混じってひとみの白い息が宙に消えていった。

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