謎解きはランチの前で

「彼らと全く異なる空間に辿り着いた時点で予測はしていましたが……いざ現実となると、受け入れ難い状況ですね」


 先行隊と異なる空間に到着し、そのことを知った矢先に、先行隊との念話が途絶えた。偶然だ、と切り捨てるにはあまりに出来過ぎたタイミング。この事態を重く見た俺たちは、一度遺跡の入り口へと引き返すことを決め──そしていざ戻ってみれば、俺たちが通って来たはずの入り口は、完全に消失していた。


「……ここは狭いですし、先の広い空間に戻りましょうか」

「ええ、そうですね……」


 苦々しい表情を浮かべたシリルの提案に、ルチアが消沈した様子で頷き、今来た道を戻ろうと振り返る。そんな彼らの後に続くように、残りの面々も足を動かした。


「ジル少年」


 その最中に背伸びをして、俺の耳元へ顔を寄せ小声で話しかけてきたステラ。俺が視線で続きを促すと、彼女は逡巡した様子を見せつつも口を開く。


「ボクは感知できなかったけど……ジル少年は魔力とか感知したりした?」

「お前の魔力感知の精度は、この私にも匹敵する。それが答えだ」

「だよねえ。魔術で遺跡の入り口を埋めたとか、魔術で気づかれないように通路を切り替えたとか……その辺はこの状況を作った原因の可能性として考えられるけど、そもそも魔術が発動した形跡がないってなるとね」


 軽い調子で口にするステラに、俺は僅かながら感心していた。この状況でも臆した様子を見せない胆力の強さは、手に入れようと思ったところで、簡単に手に入れられるものではないからだ。天性の素質、とでも言えば良いだろうか。


 原作と違って闇堕ちをした訳でもない以上、彼女は『レーグル』の中で最も一般人に近い。というか、ほとんど一般人だろう。こういった事態と遭遇する経験も皆無に近いだろうに、それでも彼女は自然体でいられるのだ。今後を考えるとステラの経験の浅さは俺の中で懸念事項だったが、意外となんとかなるのかもしれない。


(能天気なだけなのかもしれんが)


 経験が浅いから自然体でいられるだけというケースもある。不確定要素や不安の経験がないが故に、実感した状態で最悪の事態を想定できないというパターンだ。挫折を知らず、成功体験しか持っていない人間に多い傾向である。


(あるいはクロエに魔術で凍結させられまくった結果か? ……まあ、その辺は後々分かることだ。それより今は、この事態の解決方法に思考を割こう)


 そこそこ慎重に進んでいた始めと異なり、今回は皆の足が軽快だ。そしてそれにはおそらく、この状況をとっとと脱出したいという心理的状態も加味されているに違いない。


 ──故にこそ、その男は動いた。


「ステラさん。魔術を使って、空間を操作することは可能ですか? あ、この場では無礼講で構いません。礼儀作法を遵守した結果、実用性のない意見を出されては困りますから」


 質問を受けたステラ自身と、興味深そうに周囲を見渡していたセオドア。そして同じ可能性を考慮していた俺以外の面々が、シリルの言葉に目を剥いた。しばらく静寂がこの場を包み込んでいたが、最も再起の早かったルチアが訝しんだ様子でシリルへと問いかける。


「空間を操作、ですか?」

「状況的に、僕たちが陥った状況を形成した理由として考えられる可能性はその類のものでしょう? ボクたち自身を転移させた……場合は流石に察知できるでしょうから、出鱈目ではありますが、ボクたち以外の空間を置換させたというのが妥当な線ですかね」

「転移も充分出鱈目なのでは? そのようなことが可能だとは、到底思えませんが」

「出鱈目や常識外の可能性を真っ先に除外して思考すべき場合は当然ありますが、今回はその限りではありません。なんなら今回の場合は、そのあり得ない可能性が最もあり得ます」

「……」


 ルチアは口を開こうとして、閉ざした。ルチアとて、頭は悪くないのだろう。常識という名の固定観念が思考の阻害をしているだけで、説明を受けて己の中で咀嚼そしゃくしてしまえばシリルの言葉の合理性は理解できる。そんな具合のようだ。


 だからこそ、常識ではあり得ない可能性でさえも自発的に至り、真っ先に考慮できたシリルの優秀さは際立つ。消去法で可能性を絞ることが適当な場面と、そうでない場面の取捨選択も素早く、何より的確だ。原作者直々に、ジルと並び人類最高峰の頭脳の持ち主だと評されるだけのことはある。大陸最強格としての実力はファヴニールが補っていることもあり、堅牢さという面では間違いなく、大陸最強格の中でも群を抜いているだろう。


「空間操作かー」


 シリルとルチアの会話が終わるのを待っていた様子のステラが口を開く。その表情は、無礼講を許されたということもあってかどこか楽しげだ。


「ドラコ帝国の人がその発想に至るとは思わなかったなあ。頭悪い頭硬い人が多いって聞いたことがあるから」

「……失礼。魔術大国では我が国を、どのように認識しているのですか? 頭が硬いとは……」

「魔術の開発において忌避すべきものとされるつまらない価値観常識に囚われすぎている国家って認識。軍事力の高さと、支配圏を伸ばし続けている歴史的事実から魔術研究の邪魔になる可能性があるって理由で、マギアでは珍しいことにドラコ帝国については学ばされたよ」

「…………」

「でも、龍帝さんは違うみたい。もしかしなくても、魔術大国の一員になれる素質があるんじゃないかな?」

「これまでの人生の中で、最も恐ろしい侮辱を受けましたよ。貴重な経験、ありがとうございます」

「えへへ。オウサマ、ボク褒められちゃった」


 素直に照れた様子で、俺の方へ顔を向けるステラ。皮肉だよ、とこの場にいる全員が思った。


「えっと、質問に答えるね。理論上は不可能ではないと思うけど、特級魔術に至れるくらいの才能と練度がないと無理じゃないかな。けどそもそも空間操作の類は現状ほとんどが未解明の状況だから、オウサマや師匠並みの才能と練度が揃ってても今は無理だけどね」

「逆に言えば空間の専門家のような方がジルや『氷の魔女』に匹敵する魔術の才能と練度を有していれば、空間操作が不可能ではないことを意味している気もしますが。……いえ、魔術大国と魔術大国以外とでは魔術に関する情報量等に格差がある。ですからあらゆる条件が足りていたとしても、魔術として再現することは実質不可能に近い……ということですね」

「うん、その通り。ていうか事象を魔術として再現するための観測方法さえも、他国じゃあまり確立されていない技術なんじゃないかな? 模倣はできるだろうけど。それに、空間操作の類は事象の再現とは別の分野になってくるから、他国じゃ余計に無理だと思う」


 ステラの言う通り、この世界は空間操作の術を確立できていない。故に、人の手でこの状況を生むことが不可能に近いという見解は、魔術大国でも他国でもそう違わないである。


「まあだからこそ、他国に空間操作の研究を進めてる人がいたとしても、魔術として確立する術がなくて、それこそ絵空事止まりになっちゃうだろうね。いた方がロマンがあるから、ボクとしてはいて欲しいし魔術大国の人たちもそう思ってると思うけど」

「成る程、勉強になりました。……はあ。つくづく(魔術大国の方々の価値観が)惜しい」

「まあどっちにしろ、魔術でこんな真似をされたんならボクやオウサマが気づくから、魔術によって作られた状況って線は薄いかな。ちなみに師匠は最近空間操作に関する研究を──」

「……師匠の偉大さを伝えたい気持ちは分かりますが、一先ずは現状を打破する方法を考えましょう。不可能だと判明したことは収穫でしょう」

「おや『龍帝』殿。どうかしたかな?」

「いえ、なんでもありませんよセオドアさん」


 とはいえ、ステラはシリルに対して全ての情報や見解を語ったわけでもないのだが。正確には『数式自体は出せているはずなのに何故か機能しない』だったか。いずれにせよ、空間に干渉する術がないという事実は変わらないので、嘘は吐いていない。


 まあ『空間操作の類が人類には不可能』の例外としては、レイラや騎士団長の空間切断だろう。レイラの空間切断は攻撃に、騎士団長の空間切断は物の収納スペースを確保する方面にそれぞれ特化しているが、その点は重要じゃないので置いておく。


 この状況を考察するにあたって重要なのは、ファンタジー作品において頻出する転移魔術だとか、空間置換だとかいった魔術が、まだ確立されていないという点だ。アタ・マオカシーンが「これできたら強そうで草」みたいなことをまとめたノートから着想を得た連中によって研究は実施され続けているらしいが、本当にそこ止まりである。


 と、ここまで空間操作の類が不可能とされる所以を語っておいてなんだが──実のところ、俺は一応、空間に干渉する類の技術に心当たりがあったりする。


(教会勢力が異なる空間にあったりするとかな)


 教会勢力が異なる空間へ居を構え、現世から潜むのに用いていた技術。あれを応用すれば、俺たちが現在直面している状況と似たようなものを生むことは可能だろう。他にも人類最強が持つ『神の秘宝』の能力も転移系の技なので該当する。もしかすると、セオドアの『加護』もある意味では近いかもしれない。アレは一応、その場で登録した魔獣神獣を創造複製している可能性もあるため、なんとも言えないのだが。


(いずれにせよ、神々を由来とした技術に他ならないがな)


 そしてこれらが意味することはつまり、俺たちをこの状況に追い込んだ仕組みは消去法から考えて──空間に干渉する術を持っていそうなエーヴィヒの可能性もあるが、この状況と俺の第六感的に切り捨てる──神代由来である可能性が高いということであり。


 その危険性を認識した俺は。他の連中の会話を横目に、対策を講じるべく思考を巡らせ続けていた。


(『神の力』と『権能』を用いればなんらかの反応は得られるか? いや、迎撃システムのようなものがあった際に……)


 遺跡探索は続行すべき、というよりしなければならない。この場所が神々を由来としていることはもはや確定したも同然だ。だが、調査に際して最も注意しなければならない点がある。


(流石に念話が途切れたタイミングが良すぎる。何者かがこちらの動向を把握し、意図的に念話を切断してきた可能性を考慮すべきだ)


 先行隊との念話が自然に切れるのであれば、先行隊との空間が途切れた瞬間に切れる筈。そうではなく、空間が途切れたことを認識した後に念話が切れたということは、そこには作為的なものがあった可能性を考えるのは当然のことだろう。空間がズレると同時に時間の流れも中途半端にズレてしまった可能性も一応あるので、断定はできないが。

 

(しかし、いやらしいタイミングで念話を切ってくれたな。こちらに不安を植え付けようとする意図を感じる)


 まあ俺には通用しないが、なんて考えているうちに通路を抜け、広い空間に辿り着いた。そしてその広い空間を見た途端──俺の表情が、内心で僅かに険しくなる。


「戻りましたね」

「やっぱり先行隊の人たちとは着く場所が違うみたいだね。ボクたちの場合、ここから三方向へ移動できるんだもん」

「ですね。しかし、我々は先ほどと同じ場所に到着しているので、これは──」

「──いえ、違いますね」


 ルチアの言葉を遮るように、シリルが言葉を紡いだ。それに続くように、俺も口を開く。


「地面に転がっている小石の数。柱に走っている亀裂。そして天井の高さ。これらが微妙に異なっているようだ」


 つまり先ほどとはまた異なる空間に辿り着いている、と暗に示す。それを察知した面々は、その表情を驚愕に染めた。


「……時間経過に伴う変化、ですかね?」

「その可能性はあるだろう。だが、時間経過の意味するところが私たちが遺跡に入った後全ての話か、通路を歩いた時間か……あるいはそれ以外か」

「遺跡の入り口地点からこの地点までを歩くのに要した時間が関係しているというのは、時間という観点から見た場合は確かに可能性として高そうですね」

「あくまで時間という観点から見た場合の話だ。だが、先程と此度で異なる空間に辿り着いた以上、人数によって到着地点が変異する可能性は消えた」

「ええ。となると、他に考えられるのは通路を踏んだ位置と──」


 シリルと言葉を交わしながら、俺は思考を進めていく。シリルがジルと同等の頭脳を有する存在であるからこそ、打てば響く会話が成立し、解答へと至る速度が加速する。


「しかしそうなると、三方向も行き先がありますが、これらは全てダミーの可能性が高いですね」

「ああ。おそらく、正しい場所へ至るのに必要なとしては、ここまでの道程で条件を満たすことに他ならない」

「ヒントがあれば助かりますが」

「攻略させる意図がないのであれば、そのようなものは残さんだろう。だが逆に言えば」

「攻略させる意図があれば、ヒントはあるということですね」

「然様。そして……」

「念話の途切れたタイミング。アレは僕たちに、第三者の存在を示唆していた。しかし、その第三者は僕たちの前に顔を出していない。匂わせておきながら、直接的干渉はしていない。つまり」

「然様。つまり下手人は、私たちを試しているということよ。……くくっ、面白い。何者かは知らぬがその不遜、この私が直々に叩き潰してやろう」

「下手人がただ単純に我々を幽閉しようとしている可能性はどうしますか?」

「愚問を語るなよ、シリル。貴様とて分かっていよう。であれば、そもそもこうはなっていないとな」

「ははは。聞いてみただけですよ」

「……」

「さて、ではこの状況から答えを導きましょうか。この空間に差異が起きている以上、直接的か間接的かはさておき、この空間にヒントがあると考えるのが定石です。定石ですが……」

「ああ。先はダミーと言ったが……ヒントに関しては別の話よ」

「となると、セオドアさん。少し頼みたいのですが」

「魔獣を用いて調査しろ、ということだろう? 構わないさ。この状況は、中々に興味深いのでね」


 さて、と俺は天井を見上げた。目測で天井の高さの変化度合いを把握する。それと並行して、小石の位置はどのように変化していたのかという部分。そして、先行隊は何故"何もない空間に出たのか"といった部分その他を、仮説を立てた上でそこから検証していく。


(仮に神々関連だとすれば……『権能』を有する俺がいることが最低条件の可能性はあるだろうな)


 つまり俺が同行している時点で謎を解く段階には来れた、という可能性だ。逆に言えば、俺がいるせいで入口が消失したとも言えてしまうのだが。


(変化しているということは、そこにはなんらかの意味があるはずだ。小石は位置が、天井は高さが、それぞれ変化している。位置関係から距離を測定し、その数値を用いる……は流石にギミックとして面倒すぎるな。シンプルに考えよう。小石の位置そのものになんらかの意味があるのだと)


 ベターなラインだと、小石の位置が時計を長針と短針に見立てるだとかそういう──いや、そこまで回りくどくなさそうだな。単発では気にも留めていなかったから見落としていたが、二つも例を見れば分かる。これは……星座を模しているのだと。


(ならば天井の高さの方も変化率から捉えるのではなく、天井の高さそのものをシンプルに捉えるとしようか)


 そして──


「シリル」

「ええ。とはいえ、これだけの情報では完全な特定は不可能ですね」

「完全な特定など不要、という考え方もできる。つまり、想定されるパターンのいずれを取っても正解ということだ」

「成る程。では秒……は非現実的ですから、分が単位と解釈して……往復23分でどうでしょう」

「構わん」

「え、ごめん。なんでそうなったの?」


 同時に解答へ行き着いた俺とシリルの言葉に、セオドア以外の面々が困惑の表情を浮かべていた。代表してステラが尋ねてくると、シリルは柔和な笑みを携え。


「ステラさんは、月星座というものをご存知ですか?」

「月星座って、どの星座の場所に月がいたかみたいなことで決まるやつだったっけ?」


 ステラの言葉の通り、月星座というのは生まれた時にどの星座の位置に月があったかで決まる星座のことだ。星座という概念がこの大陸にあるとは色んな意味で思っていなかったが、シリルがその単語を口にした以上、存在する概念ではあったらしい。


「然様。天井の高さは年代を示し、小石の位置は星座を示している。そして柱の亀裂だが……よくよく見れば、月の模様に近い。亀裂の変化は、月の満ち欠けによる模様の変化を示していたということだ」


 正直言ってかなり強引な解釈部分もあるのだが、出題者が何らかの趣旨を以て謎解きを投げたと仮定すれば、そこに明確な規則が存在することは疑いようもない。ゲームでダンジョンを攻略する際に使う観点から推理することは、そこまで的外れな行為ではないだろう。


「ならば後は該当する年代かつその月の模様が我々がいる位置から映る瞬間の月星座から、月日を特定してしまえばそれが答え……という訳ですね。といっても、これが攻略可能な類の迷宮であるという前提の元、出題者がどういったヒントを与えて楽しむか、という部分に依存した他者の思考力ありきの部分もあります」

「加えて、該当する月日が多すぎる故、特定は不可能という側面もある。特定が不要なのか、特定は必須なのかまでは現時点では分からん。だがその点に関しては、どちらに転ぼうと試行回数を増やせば自ずと見えて来よう。それこそ特定が不要な代物であれば、これが答えの一つであるが故」


 俺がそこまで言い切ると、ルチアは感嘆したような様子で。


「……その答えにこの速度で至るとは、凄まじいですね。少々、冒険者としての自信を失いそうです」

「いやいやルチアちゃん。この二人が思考大好き人間なだけだと思うよ。あとこの二人、いるかどうかもわからない第三者の思考とか思惑を読み取って、それ前提で答えを出してるからね。冒険者の領分というより、政治家とか黒幕とかそういう類の人の領分だよこれ。テストの問題で純粋に問題を解くんじゃなくて、出題者ならこうするだろみたいな観点から問題を解いてるからねこのオウサマコンビ」

「おや、心外ですね。確かに判断材料にはしましたが、それだけでこの答えを出した訳ではないですよ」

「然り。この差異は、お前が思っている以上に大きい差異であるからして。訂正を要求する」

「この二人、謎が解けてご機嫌になってるよこれ……。ていうか、模様とか年代とか月日とか星座の位置とか、そんなところまで覚えてるの?」

「計算で出せますよ」

「頭の中でしかも数秒でやることなのそれ……」


 呆れたように言うステラに対し、俺も内心で激しく同意する。ジルの頭脳とシリルの頭脳は、まさしく常人の域を脱していると。元々の俺の頭脳をどれだけ用いたところで、この速度で答えを出せる訳がないのだから。


「では、セオドアさんの魔獣からの情報で裏取りを終え次第、参りましょうか」

「情報があるとは限らないんじゃないかな」

「それならそれで構いません。これ以上のヒントが得られない中で答えは出せる……という意味の裏取りができますからね」

「加えて、魔獣が無事に帰還したという事実からも得られるものはある。この通路から先の空間は正常の可能性が高い……という情報がな」


 ◆◆◆


 俺たちの遺跡探索は進んだ。あの攻略方法はどうやら正解だったらしく、この先も同様の攻略方法で無事探索できている。


 そして──


「……壁画、か」

「そのようですね」


 そして、俺たちはとある壁画の前に立っていた。


「これは……月、ですかね?」

「……」


 謎解きの段階で薄々察してはいたが、この遺跡は月の神を由来しているらしい。そうすると、俺としては大変困った事態に陥るので、正直かなり嫌な状況なのだが。


(……原作にはいなかった神、か)


 熟考し始めるシリルを他所に、俺の表情は内心で強張っていく。世界が神代とは程遠い環境である以上、万が一目の前に現れたとしてもかなり弱体化していると推測はできる。直接対面を避けて回りくどい方法で俺たちを誘導しているのも、弱体化しているからと考えれば筋は通る。しかし、それでも神であることに変わりはないのだ。加えて隕石の落下で月の神関連の遺跡が発見されるなど、偶然と切り捨てるにはできすぎている。隕石を落下させる程度の力はあると考え──


「……待て。ステラとセオドアはどこだ」


 俺の呟きに、目を見開いたシリル。反射的に、彼は勢いよく振り返る。振り返って、言った。


「……莫迦な。ファヴニールの探知能力すら潜り抜けて、僕たちを分断させたとでも言うのですか」


 ◆◆◆


「……ジル殿と『龍帝』殿が消え、他にも数名が消えたか。やれやれ、一筋縄ではいかないと思ってはいたが」

「だ、大丈夫! 冒険者なら、結構こういうことあるから!」

「それはそれで問題だと思うのだがね」

「リラ。それ、アンタが方向音痴なだけよ。アンタ以外は迷子になってないし」

「ええ!?」

「……これが冒険者組合の第三位か」


 哀愁を漂わせ、肩を落とすセオドア。狂気的な思想を危険視され、幽閉されていた男とは思えないほどに、苦労人気質が板についていた。


「如何致しましょうか、セオドア様」

「……ドラコ帝国は、私に指揮権を与えると?」

「はっ。万が一の際はと、シリル様からそう仰せつかっておりますので」

「ふむ、そうか。……ならば当面は──」

 

 ◆◆◆


「……オウサマとセオドアくんはどこに行ったんだろうね」

「……分かりません。ですがこの状況……そちらに思考を回す余裕はないでしょうね」


 額に汗を垂らし、ステラとルチアは互いに油断なく構える。大陸有数の強者であり、それなりに場数を踏んでいるルチアと、大陸最強格を師に持つステラの二人が、だ。


「そう構えなくてもいいんだがな」

「殺気が凄いんだけど」

「それは諦めろ。俺には千年以上も、この状況が続いているのだから」

「殺気を抑えていただければ、我々も構えたりはしません……。ことを荒立てる気はありませんから」

「随分と優しいな。優しく……それ以上に、愚かだ」


 そう言って、は獰猛な笑みを浮かべる。白金色のオーラを纏い、瞳を黄金色に輝かせながら、女は犬歯を剥き出しにして言い放った。


「無知蒙昧な人間どもよ。この名を覚えて逝くといい。──マーニ様の名を」



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本日書籍版発売。

タイトルは『かませ犬から始める天下統一』

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