遺跡調査 開始

 俺が大地を蹴ると同時に、異形の肉体が大きく広がる。まるで威嚇のような動作に眼を細め、しかし足は止めない。俺が跳躍すれば、それを迎え撃つかのように異形の腕が伸びた。


「成る程。そうするか」


 俺は異形の動作──ではなく、異形が放ち続けている感情を見て口元に弧を描く。同時、空中で身をよじることで異形からの攻撃を回避し、そのまま地面に着地した。


「くく。随分と、異色のようだ」


 その異形が放っていたのは、集落に対する害意。敵意や殺意は存在せず、ただただ集落を襲おうとする意志だけが、その異形からは放たれている。そしてそれは俺が応戦の構えをとり、異形に向かって駆け出しても変わらなかった。


「ふむ。私に興味がないか?」


 ゆらゆらと、揺らめく異形。その肉体──あるいは肉体を纏っている黒い靄だけの可能性はあるが──は不定形なのか、腕のような部分や胴体は消えたり伸びたり縮んだりと、特定の形を保っていない。だが、俺の隙を突いて集落へと移動しようとでもしているのか、顔らしき部分で光る二つの玉だけは固定されている。


「面白い。多少なりとも、その瞳……かは不明だが、そこからは知性を感じる」

「……」


 加えて、そこからは知性のようなものが感じられる。始めは害虫駆除のように認識していたが、その認識は訂正する必要があるらしい。


「くくっ。言葉が通用するかは疑問だが……一応問うてやろう」


 まあとはいえ、敵であれば結末は大して変わらないのだが。


「害意を収め、この集落を襲うことなく、貴様が──」


 刹那。俺の言葉を遮るかのように、害意を剥き出しにしたままの異形が音を置き去りにした速度で腕らしきものを振るう。しかしそれが俺に直撃する寸前──異形の腕は、関節部分の辺りから切り離されていた。


「遅い」


 迸る銀線が、異形の肉体を斬り刻む。異形を包む黒い靄は実体を有していなかったが、しかしそれすらも俺は斬り伏せていた。実体を持たない相手であろうと問答無用で斬る術を、騎士団長から教わっていたが故に。


「ふん。興醒め、だな」


 結果だけ見ればひどく呆気なく、異形との戦闘は終了した。俺は剣で貫くことで異形の胴体らしき部分を地面に縫い付け、そのまま異形に視線を落とす。


(……とまあ簡単に処理したが、この異形の実力は大陸有数の強者の最低基準を満たした実力辺りが妥当なラインか)


 大陸有数の強者は上と下で実力差の幅が大きいが、"有数の"と付くだけあって、大陸でもほんの一握りの人間しか至ることができない領域なのだ。マヌスは大陸有数の強者を十数名以上も抱えていたし、『レーグル』は構成員の全員が『加護』を抜きにしても大陸有数の強者でも中の上以上に位置している実力者集団だが、こんなものは例外も例外である。大国であろうと至ることができるのは少人数──その一方で、コンスタントに大陸最強格は輩出されるが──で、小国ではまず至ることはできない。それが、大陸有数の強者と呼ばれる、努力する天才たちの位置付けである。


 凡人がどれだけ努力を積んだところで、大陸有数の強者には至れない。才能の非情さは、魔術師が習得可能な魔術の習得難易度を見ればよく分かるだろう。大陸有数の強者とそれ以外との間には、残酷なまでに隔てられた才能の壁というものが存在するのだ。神々インフレ後を基準に考えれば大陸最強格でさえ格下に成り下がるから麻痺しがちだが……大陸有数の強者と同格の異形なんぞ、理由もなくポンポンと出現したりしないのである。この状況をゲームで例えるなら、序盤の草むらからいきなりレベル100のモンスターとエンカウントしたようなものだ。


(つまり余程の異常事態が発生しているか、人為的な介入があったと考えるのが合理的)


 となると怪しいのは、と俺は眼を細めた。真っ先に候補として上がるのは、間違いなく謎の遺跡だろう。遺跡を原因として発生した異形なのか、遺跡を目的として何者かが放った異形なのかという謎はあるものの、状況証拠的には遺跡が無関係という事態はないように思われる。


「早急に、遺跡を調査する必要があるかもしれんな。貴様も同感だろう、シリル?」

「──ええまあ」

「ご無事ですか、ジル王」


 俺が視線を向けると、そこには悠然とした様子を崩さないシリルと、やや慌てた様子のルチアの姿があった。両者共に簡易ながら武装済みであることから、俺と同じ目的でこの場に現れたことが窺える。


「それにしても……流石に速すぎでは、ジル」

「集落が襲われてからでは意味がない。それに貴様……正確には貴様の竜とて、この異形が放っていた集落への害意を感知した速度自体は私と然程変わらないだろう」

「伝達というプロセスを踏む必要がある以上必然的に僕の方が遅くなるのは否定はしませんが、だとしても……いえ、重要なのはそこではないでしょう。少なくとも、僕は見たことのない異形です。僕よりこういった生物に関して詳しいであろう冒険者の見解を教えていただけますか?」

「私も存じておりませんね。何よりその異形……あまりにも強すぎませんか? 冒険者でも、それを単騎で討伐することが可能な人員は私を含めてそう多くはないですよ」

「ええ。異形の動きは見ていましたが、この集落を滅ぼす程度は容易でしょうね。並みの竜さえも遥かに凌駕している能力でしたし。知能は不明ですが、人間と同程度のものがあるならば軍を派遣したとしても中隊程度では全滅でしょう。これほどの異形……大国周辺であれば、我々による討伐から生き残るために脅威的な進化を遂げることもあり得るのかもしれませんが──」

「ごめんルチア。出遅れた」

「オウサマが速すぎて、護衛の意味なんてない気がするよボク。楽だけどさ」

「す、ステラさん。それはちょっと、どうなの?」

「いやいや、オウサマが最強だって分かっているからこそだよ。まさに信頼の証だね」


 異形を囲うように、次々と現れるこの地に集う強者たち。そしてその中には、興味深げに異形の腕を観察しているセオドアもいた。


「何か分かるか、セオドア」

「この異形からは遺跡周辺から発生していた力場と酷似した力場が発生している。ジル殿と龍帝殿の推測は概ね正しいだろう」

「ふむ。つまり遺跡の影響を受け、異形がこのように変異したと?」

「可能性の上ではと付くがね。加えて、因果関係か相関関係かの特定も不可能だ」

「力場とやらが黒い靄から発生しているものか、その異形そのものから発生しているかどうかの特定は可能か?」

「現段階ではなんとも言えない、とだけ答えておこうか。そもそもこの黒い靄がなんなのかさえ不明な以上はね。さて、これは検体として頂いても構わないかな、ジル殿」

「構わん。可能な範囲で調べ尽くせ」

「了解した」


 俺の言葉を受けて不敵な笑みを浮かべたセオドアは異形の腕を持ち上げ──ピタリと、その動きを硬直させた。


「……」

「どうした、セオドア」

「……いや、気にする必要はないとも」


 セオドアの纏う空気が変化したことを感じ取った俺が問いかけるも、セオドアは首を振って誤魔化すに留まる。そのまま魔獣を召喚した彼は、魔獣に異形を運ばせて暗闇の中へと消えて行った。


 ◆◆◆


 そして翌朝。

 朝食を終え、いよいよ本格的な遺跡調査の開始である。遺跡調査で必要な点は様々だが、その辺はステラ魔術師セオドア学者に加えて、冒険者がいる以上は問題ないと言っても過言ではない。警戒すべきは不測の事態──それこそ、神に連なる存在による襲撃といった類のものだろう。


(先の異形からは神々の力の痕跡を感じなかったが……)


 油断大敵。その言葉を胸に刻み込みつつ、俺たちはクレーターを降りていった。








「念のため、死刑囚に先行させるとしましょう。罠の類があった場合の対応がしやすくなりますからね。中が複雑に入り組んでいた場合は……まあ、そのときに考えましょう。あくまでも保険ですし、戦闘力という面では僕たちの方が強い以上、さほど意味がないと言えばないですから」


 支配者然とした笑みを浮かべながら、そんなことを告げてきた『龍帝』シリルくん。その発言に若干引く者もいたが、特に反対意見はなかったため拘束された状態の死刑囚が、ドラコ帝国の兵に連れられ遺跡の中へと入っていく。その様子を見守っていると、ちょんちょんとステラが俺の肩を指で突っついてきた。


「オウサマ。魔術的支援はどうする? 魔力に反応する類の仕組みへの対策は勿論しとくよ。まあ遺跡が禁術関連だとすると、法則自体が違うからどこまで通用するかは不明だけど」

「ああ。それについてだがセオドアの装置の性能と冒険者連中の装備を加味した上で──」


 俺とステラは魔術による対策を。セオドアは科学技術を用いての対策を。冒険者たちは冒険者特有の技術を用いた対策をそれぞれ持ち出し、調査メンバー全員に共有して講じていく。避けられる不測の事態は避けるに限る以上、これは当然の措置と言えた。


「ルチアちゃん。これ何?」

「私が育てている植物の種です。お守り感覚でお持ちくだされば」

「へえ」


 このタイミングでルチアから手渡された種を見て頭上に疑問符を浮かべているステラと、受け答えをするルチア。それらを横目に、俺は俺で種の解析を開始する。


(本当に、ごく普通の植物の種だな。毒の類もない。……とはいえ、本当の意味で何もないなどということはないだろうが)


 さて、と俺は遺跡の入り口を見据えた。口元を酷薄に歪め、背後に立つステラとセオドアに向かって言い放つ。


「往くぞ」

「了解!」

「未知を見せてくれることを期待しよう」


 かくして、俺は遺跡へと足を踏み込んだ。


 ◆◆◆


「暫くは一本道と言ったところか」

「まあ最初はそんなものだろうね」

「壁に用いられているのはごく普通の物質のようだ」


 冒険者の先導の下、魔術で光を灯しながら俺たちは遺跡の中を歩いていた。始めに堂々と先陣を切っておいてなんだが、餅は餅屋であるからして。


「現時点では、相棒も特に反応を示しませんね」


 シリルの相棒──ファヴニールの子孫は、シリルの肩に乗るサイズにまで縮小した上で彼の肩の上に乗って神経を研ぎ澄ませているらしい。変化自在にも程があるでしょ、とはステラの談である。


「見た感じだと、現時点ではこれまで見てきた遺跡の類とそう違いはないね。ルチア」

「ええ、そうですね」

「け、けどなんか、荘厳な空気とかは違う気がする」

「あ、確かに」


 『聖なる妖精』の面々も、各々の経験から所感を述べている。一応もう一人いて計四人組らしいのだが、最後の一人は遺跡の外で待機させているらしい。


(……ふむ)


 そして──俺。


(嫌な感覚もあるがしかしこの感覚は……懐古、か?)


 俺ではない俺に根差す謎の感覚。これは確か、グレイシーと邂逅する直前にも抱いた感覚に近い。自分でも筆舌に尽くしがたい感覚なため、言語化するのは難しいが、それでもこの場所に何かがあることだけは分かる。


(どうやら、当たりハズレを引いたか)


 体内で静かに『神の力』を練る俺。そんな俺の変化を知ってか知らずか、背後でシリルの肩にいるファヴニールが唸り声をあげた。


「……おや、開けた場所に出ましたね」


 ──と。

 シリルの言葉の通り、俺たちはいつの間にやら開けた空間にたどり着いていた。まるでゲームのダンジョンに出てくるボス戦用ステージのような造りの空間に、俺は内心で自然と身構えてしまう。


「……はい?」


 加えて、背後のシリルが唐突に困惑したような声を漏らした。彼には、俺が魔術で先行隊と念話が可能になるように魔術をかけている。そんな彼が突然困惑する状況となると……可能性として最も高いのは、おそらく──


「さて、とても困りました」


 そんな俺の推測を肯定するかのように、ゆっくりと前に出てきたシリルは、困ったような表情を浮かべたまま口を開く。


「先行させていた死刑囚を連れていた兵たちから、このような場所があったという報告はありません。それどころか、彼らは現在行き止まりから引き返そうとしていた最中のようです」


 

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