出撃! 遺跡調査班

「謎の遺跡……神代に関するものであることを祈りたいものだ」

「セオドアくんは神様を信じてる感じなんだっけ。キーランくんみたいに」

「アレと同一視するのはやめたまえ。……信じる信じないではなく、既にほぼ確信を抱いていると言ったところか。まあ、神々にまつわる話は荒唐無稽なものが多い以上、一般的に実在性が否定されているのは仕方のないことだと理解はするがね」


 人類の頂点たちは国を地図から消滅させることを可能とし、文字通り生きる伝説のように扱われている。それはかつての魔術大国が、特級魔術によって国を一つ消し飛ばしたことで畏怖されている事実からも証明可能だ。他と隔絶した力を有する大陸最強格は、大陸最強格以外の人間では届かぬ高みに達している。例外があるとすれば、大陸有数の強者でも限りなく上澄みの実力者が、何かしらの反則じみた力を外部から授かったケースくらいだろう。


 しかし、それでも神話として語り継がれる神々の逸話と比較すれば"その程度の規模"となってしまうのもまた、否定できない事実である。人類にとっては大陸最強格でさえ別次元だというのに、それを上回る逸話を持つのが神々だ。そんな次元の領域は、もはや人々からすれば「意味がわからない」の一言に尽きてしまう。国を消滅させるだけでも現実味がないのに、大陸よりも巨大な怪物を殴り殺すだとか世界を創造しただとか言われても、人々はまるで理解が及ばないのだ。


 故に、神話が「あり得ない話」「空想の産物」「誰かの妄想」と否定されるようになったのは、当然の帰結だった。人々は神を御伽噺おとぎばなしの世界と断じていくようになったのである。とはいえ、それでも神という名の概念は人々から人間より上位のものとして位置付けられているので、真の意味で神が人々から軽んじられているという訳ではない。勿論ドラコ帝国を筆頭に、神を本当の意味で捨て去った国もあるが。


「しかしまあ、かの魔術大国で神が信仰されていなかった点は私としても疑問視したいところだ。個人的には野蛮国家……マヌス以上に、神に対して関心を抱いてもおかしくない国民性だと思うのだが?」

「魔術大国の人たちは神っていう漠然とした概念に興味関心は皆無だよ。だってほとんどの事象は、魔術で再現可能だからね。それこそ神様のお話でポピュラーな天候の操作だって、魔術を使えばできてしまう。だから雷に対する認識が『神の怒り』から、『自然現象』『昔はレアだった魔術師が悪戯してた説』みたいな風に変化していった感じなんだよね」


 未知は未知だからこそ畏怖され、時には神という概念にまで昇華される。だが、魔術大国は未知のほとんどを既知へと落とし込めていったのだ。故に、魔術大国の人間は神や神代に興味関心を抱かなかった。有益な成果は得られないと、そう思い込んでいたからだ。


「まあ勿論未知もあっただろうけど、それこそ世界を創ったとかまでいっちゃうと現実味が無さすぎるし、仮説や数式としても示しようがないから『あり得ない』って一蹴されるし」

「ふむ。中途半端に知恵や常識を身につけた結果ということか。あの国に常識を身につけたなどという評価を与えたくないが。しかし、その割にはジル殿のことを魔術の神として信仰するようになった点は興味深い。……ステラ。キミから見て、かの国ではどういった点でジル殿が信仰されるに至ったと考える?」

「ボク特有の意見ではないけど……全属性の魔術を行使可能って点と、師匠以外の人類で唯一禁術を使える点かな。これってつまり、全ての魔術を扱える可能性があるってことだから。魔術が事象の再現である以上、全ての魔術を操れるジル少年は理論上、この世の全ての事象を操れる」

「……成る程」


 そうなれば世界は思うがまま。まさに神の所業だ、とセオドアは魔術大国がジルを神として認識する理由を察した。まあ実際のところ、魔術大国の面々はジルが世界を自由自在に操れる可能性を幻視したから彼を神として崇めている訳ではなく、根本の理由はもっと別の部分にあるのだが。


「けどまあ多分、比喩表現に近いと思うよ? 人間が神様に喩えられる例は、歴史を遡ればない訳じゃないと思うし。まあ、ボクがジル少年のことを神様って認識してないから比喩表現って思うだけで、マギアの人たちは本気で神様だと思ってるかもしれないけどね」

「……ほう、それは意外な返事だ。キミはジル殿のことを、神と考えていると推察していたのだがね」

「いやー、あくまでもジル少年は人でしょ。神様は完成してるって言うけど、ジル少年は高みを目指している。それにボクは、ジル少年が星を掴み取る姿を見てみたいから側にいる訳だしね」


 まあソフィアちゃんとかグレイシーちゃんに、キーランくんとかの前では言わないけどジル少年もそれを望んでるだろうしね、とステラは言葉を続けた。


「逆にセオドアくんからしたらどうなの? キーランくんとかとは違う視点や見解から、ジル少年のことを神様だって仮説を立ててたりする?」

「ジル殿の肉体が興味深いのは事実だ。それこそ、神に近しい肉体なのではないか……最低でも、彼の肉体を調べれば神代についての手がかりを得られるのではないか、とほぼ確信があるほどに。いやはや、是非ともジル殿の細胞の培養を認めてほしいものだ。それこそ、私としては意識は奪った複製体を……」

「……いやあ、それを肯定する人はあんまりいないんじゃないかな」


 残念でならないと眼鏡を光らせるセオドアと、顔を引き攣らせるステラ。


「……ふん。くだらん、な」


 そんな二人の物騒な会話を背に受けていながら全く表情を変化させないジルだが、その実、内心ではセオドアの言葉に震えている。クローン技術がある異世界ファンタジー怖すぎない? セオドア周辺だけ科学技術の進歩極端に発展しすぎじゃない? みたいなことを考えながら、彼は移動車──セオドアが召喚した神獣を用いた馬車のようなもの──の席に深く腰掛けて目を瞑っていた。


「私の肉体の複製など、認める訳がなかろう。私は唯一無二にして、絶対の存在だ。それを複製など、その思考そのものが万死に値する不敬であると知れ。これまでの貴様の貢献を以て、此度は不問とするがな」

「しかし世界の解明の前には些事だとは思わないかね? ジル殿とて、神代に興味がない訳ではあるまい。何かを超越するには、その何かを深く知る必要があるのだから」

「ねえねえ複製体って魔術を使えるの? それならボクに対して魔術で攻撃してくる機能が欲しいなあ、なんて」

「……」

「……キミは何を考えているのだね?」

「魔術に関することを。だから今回の同行を希望したんだよ? 今回の遺跡には多分、魔術大国の禁術のお仲間が眠ってるね」

「禁術、か。それがあるのであれば、神代に関する情報が得られる可能性は高いだろう。私の考察だと、神代と禁術は密接な関係に──」

「んー確かに、禁術は魔術の原点ではないかって説があって──」


 ステラとセオドアの考察は、時折ジルの見解を交えつつも、なんだかんだで目的地に着くまで続いたという。


 ◆◆◆


「これはこれはジル殿。此度の遺跡調査を、御身までもがお手伝いくださるとは……感激でございます」

「貴様がこの場の責任者か?」

「ははっ、集落の長をしております──」


 正直に告白すると、俺は心情として遺跡調査に乗り気ではない。普通に考えて怪しすぎるし、ホラーゲームのような展開が待っている可能性さえある。感情だけで行動を選択できるのであれば、俺は即座に無視を決め込むだろう。


 だが、俺の目的は神々を撃破して生き残ることにある。そのために必要なことは、それが必要なことかもしれないという段階で成し遂げるに値するのだ。俺の感覚が"神々に関連する何かが世界に起きている"と告げている以上、それと相関関係がある確率の高い遺跡を見過ごすなどできるはずもない。故に、世界の変化や神代に造詣が深い者たちを同行者に選ぶのもまた、俺にとっては当然のことだった。


 そして。


「ありゃ、先客がいるね」

「ふむ。確か彼らは……」

「……ふん。調査の人員を無差別に募集していた以上、奴等がこの場にいることは当然と言えよう」


 そして俺の瞳は、この場に最も適していると言っても過言ではない専門家の姿を映していた。毛先がロール状になっているプラチナブロンドの髪と、髪色が生える白い肌に、貴族の令嬢を連想させる儚げな空気感。だがそれらの外見的特徴以上に、彼女が着ているバトルドレスの胸元に刺繍ししゅうされている独特なエンブレムが、俺の視線を引いていた。


「息災か? 冒険者」

「貴方は……」


 俺が声をかけると、その少女は振り返ると同時に目を見開く。見開いて、しかしすぐ様頭を下げて口を開いた。


「初めまして、ジル王殿」

「ほう、私を知るか」

「ええ。御身の国にも、冒険者組合は契約を交わそうと考えているそうですから。そしてそれ以前に、冒険者は何でも屋のようなもの。ですので、情報は命です……──仮に御身に関する情報を持っていない冒険者がいたとすれば、それは三流も良いところかと」


 そう言って、少女は笑みを浮かべる。


「申し遅れましたが、私はルチアと申します。冒険者序列第三位『聖なる妖精』を率いる者です。何卒よろしくお願い致しますね。それと、そちらの方々は……」

「あ、ご丁寧にありがとう。ボクの名前はステラだよ。ジル少……オウサマの臣下って感じかな。よろしくね」

「セオドアだ。ジル殿の下で、とある研究をさせてもらっている」

「ステラさんに、セオドアさんですね。よろしくお願い致します」


 冒険者。


 原作アニメでも、ほとんど触れられることがなかった謎の勢力。それこそ、『魔王の眷属』よりも謎だ。一応冒険者序列第一位が大陸最強格に匹敵するみたいな設定は開示されていたし、この世界に来てから集めた情報にからして、おそらくその設定は真実なのだろう。そして目の前の少女の実力は、俺の目測だと──


(『加護』抜きのステラや、レイラと同等くらい……か?)


 いや、それより少し劣る程度、が適切なラインか。とはいえ大陸有数の強者でも中位クラスの実力者が率いたチームで第三位となると、第二位のチームも『レーグル』の構成員と戦闘が可能な領域にあるのかもしれない。尤も、『加護』がある以上、単純に実力を詰めるだけでは『レーグル』を撃破するなど不可能な話だが。初見殺しの異能を攻略できるかどうかも、『レーグル』攻略においては重要事項であるからして。


「して、貴様は第三位と言ったな。つまり冒険者組合は、此度の遺跡調査をそれほど重く受け止めている……と捉えるが?」

「そうですね。第二位と第一位はソロなことに加えて、性格に難があるので……チームを組んでいる冒険者の中では最上位の我々が派遣されるに足る理由がある、という解釈で構いません」

「ほう」


 第二位と第一位はソロで活動しているのか。冒険者に関する情報はあまり俺の手元に来ない──優先度が低いのもあるが、第二位と第一位に関しては本当に謎──ため、良い情報を得られた。可能であれば、勧誘活動に勤しむとしよう。性格に難があるとのことだが、性癖や趣味趣向、価値観や行動原理に難がある人物を多く召し抱えている俺には、その程度の問題はもはや些事である。


「ルチアー!」


 そんな風に俺が思考を巡らせていると、辺りに少女の声が響いた。彼女の名前を呼んでいることから、十中八九『聖なる妖精』とやらの構成員だろう。


「リラ。はしたないですよ。それに、ジル王の御前です」

「!? も、申し訳ございません!」

「構わん。私は王だが、しかし場と状況を考慮し、多少は楽にして良い。それに、貴様はルチアに用があったのだろう?」

「で、ではお言葉に甘えて……ルチア。ドラコ帝国の『龍帝』が来たって……」

「…………そう、ですか」


 リラと呼ばれた少女の言葉に、俺は内心で僅かに眉根を寄せた。『ドラコ帝国に調査依頼が送られた情報自体は掴んでいたが、しかし『龍帝』が直接この地に来ることは正直予想外だったからだ。あの男の性格上、少なくとも暫くは様子見をすると踏んでいたが。


「……ジル王。失礼ながら、『龍帝』の方へ向かっても……」

「──その必要はありませんよ」


 いや。俺の存在を察知していたのだとすれば、『龍帝』が直接出向く動機には十分か。俺に敗北を喫したとはいえ、あれから随分と時間も経った。再起可能な心理状態にはなっているだろうし、奴の野望を考えればこの状況は、全く不自然な状況ではない。


「久しぶりですね、ジル。目覚ましい活躍をしているようで何よりですよ」

「私が歩みを止めぬ以上、それは当然のこと。……ヘクターが、貴様の部下の世話になっていると訊く。その点については、然るべき褒賞をくれてやろう」

「それは僕も同じですよ。爺が限りなく全盛期へと近づいているのは、貴方の部下のおかげですから。ですので、謝礼は不要です」

「くくっ、そうか。……して、貴様自身はどうだ? シリル」

「ははっ。僕がどうなっているかは、その目で直接ご覧になってください。ジル」

「……くくく」

「……ははは」








「ねえねえセオドアくん。あの二人を中心に、なんか空間が歪んで見えるんだけど」

「実力自体はジル殿の方が圧倒的に上だが、しかし頭脳に関しては別だ。共に人類最高峰の頭脳を有している以上…………ふむ。あの二人の脳波を検出することで、新しい──」

「あー、ダメだこれ。自分の世界に入っちゃってる。ごめんねルチアちゃん。この場でまともなのはボクだけみたい。ルチアちゃんも『龍帝』さんに用があったと思うけど、少しだけ待ってて」

「……ええ」

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