第7章■■■の加護

■からの贈り物

 それは突如、天空より大地へと飛来した。


 ────。


 一瞬の間の後、大陸中を揺るがす轟音。キノコ状の煙が巻き上がって空を覆い尽くし、衝撃波は周囲へ拡散し、自然を破壊していく。


 ────。


 やがて煙は晴れ、■の欠片を中心に、巨大なク■ーターが形成され、そし■。


 ◆◆◆


「そして、巨大なクレーターから謎の遺跡が発見されたということですか。落下地点を領土に持つ国は我々の属国ではありませんが、あまりに異質な異常事態。彼らからすれば最も近い大国である我々に助力を求めたことは、改めて考えるまでもなく納得できます。……冒険者と共同ではあるようですが」

「如何なさいますか、シリル様」

「……? ああ、そういうことですか。むしろ、冒険者がいるのは様々な面で都合が良いので構いませんよ。勿論不利益もありますが、それを補って余りある利益は得られるので。有能ならば勧誘も行いたいですが……まあ、不可能でしょうね」


 ドラコ帝国首都に構えられし皇城。その玉座に腰を下ろす男、シリルはそう言って手元の資料に目を落とす。そこに書かれた内容は、先日の隕石の落下により発見された遺跡と、それが及ぼしていると考えられる影響について。


「……」


 夜になるとクレーター近くに住む集落の人々には不気味な音が聞こえるらしいなど、気掛かりな点は多いが──


「それにしても、遺跡は無傷ですか。入り口も多少さえ、欠けていないと?」

「はい。綺麗なクレーターの一部から遺跡の入り口が見えているのですが、全く欠損は見られないとのことです」

「……ふむ」


 部下と言葉を交わしつつ、シリルはこめかみに指を添え思考する。


(それなりの規模のクレーターが形成されるような隕石落下の衝撃を受けておいて、無傷ですか)


 それも、資料によるとそれなりに古いと考えられる遺跡が、だ。遺跡なんてものは基本的にもろく、崩れやすい。隕石の落下を受ければ崩落してしまうのが自然な形とすら言える。にも関わらず、資料によると全くの無傷だそうだ。入り口だけが強固な作りになっていると言われればそれまでだが。


(最低でも小国の防壁を凌駕する程度の防御力は備わっている。いつの年代かはさておき、そんな技術力が……? いえ、何者かの基地として近年に改造されたという線もありますね。それこそ『魔王の眷属』は未だに尻尾を掴めていませんから、彼らの拠点である可能性は当然ながら考慮すべき)


 あるいはかつての大国が保有していた軍事用の施設やそれに類するものという線もあるだろう。位置関係的にはドラコ帝国のものである可能性は高いが、そんな話は伝えられていない。だとすれば、他の大国が軍事基地を開発していたのだろうか? 当時のドラコ帝国に気付かれることなく? 当時のドラコ帝国が余程杜撰だったのか。あるいは、記録に残していなかっただけかもしれない。残す必要はないと切り捨てられたのか。いや、当時の文明力や技術力による問題も考慮すべき。なんならドラコ帝国が建国されるより更に昔に起こった可能性──


(……いずれにせよ、警戒態勢は必要ですね)


 様々な可能性を脳裏に浮かべ、シリルは一人息を吐いた。いずれにせよ、巨大隕石の落下による衝撃を浴びておいて無傷の遺跡となると、厄ネタになる可能性は十分に秘めている。なんらかの対応策は、講じておくべきだろう。


「竜による生命感知はどうですか?」

「高度からの感知になりますが、地下から反応はなかったとのことです」

「つまり少なくとも、竜の感知の限りではその遺跡に人間や魔獣といったものの類は存在しないということですね」

「はっ。しかし、シリル様もご推察の通り──」

「ええ。『魔王の眷属』に生命感知は通用しません。それはファヴニールが行った場合でも同様。ですからそういった意味でも、本格的な実地調査は必須……必須ですが……」


 しかし安易には踏み切れませんね、とシリルはその目を細める。未知の遺跡の調査を行うことで得られるメリットは多い。不安要素や不確定要素を排除できるし、失われた技術の取得、未知の物質の封印といった可能性も考えられる。


(ですが未知。それも、得体の知れないときましたか)


 冒険者の手によって、大陸はそのほとんどが解明されている。大国が派遣した軍の貢献もそれなりにはあるだろうが、しかしそれ以上に冒険者の"未知を求める心"が大陸の発展や開拓に大きく寄与したのは事実である。


 だが、そんな冒険者でも全てを解き明かすことはできなかった。その最たる例は海の向こう側。海を渡ろうとするものは、ある地点を超えた先から突如消息を絶ってしまうのだ。ドラコ帝国の記録によると、竜の生命感知による視点からでさえ、ある地点を超えた先は突然の消失としか説明できない異質な状態らしい。


(海の件を考慮すれば、未知の遺跡だから即刻調査しようなどという安易な結論を出すのは危険性が高い。しかし、遺跡に何かが潜んでいる可能性を考えれば間違いなく調査は必須。その何かが対話可能な類かどうかも判断すべきですね。危険物の類しかないのであればそれはそれで──)


 様々な可能性を脳裏に浮かべつつ、シリルはチラリと背後でくつろいでいる相棒を見た。


(しかし遺跡……遺跡ですか。遺跡が建造された年代くらいは、入り口付近を調べるだけで特定できる可能性はありますかね。僕のファヴニールが何かを知っているかどうかで、ある程度は……)


 シリルの相棒たるファヴニールは伝説上のファヴニールそのものではなく、あくまでもその子孫だが、その実力は始祖ファヴニールの再来と謳われており、生きた年数も数百という埒外の存在だ。そんなファヴニール相棒と唯一意思疎通が可能なシリルは、相棒の助力を借りれば調査は進展するだろうと考えている。


(しかし『龍帝』たる僕自ら、危険地かもしれない場所への調査に真っ先に乗り出すのはどうなんでしょうね……)


 ファヴニールだけを派遣する手を考え、混乱する未来しか見えないな、とシリルは思った。それに、ファヴニールが不在の自分は大陸有数の強者程度の実力しかない。元大陸最強格の爺がいるとはいえ、ファヴニールと自分が離れる状況を作ることは極力避けた方が良いだろう。ここは先行隊に様子を見てもらってからが無難か。


「やれやれ。どうすべ、き……か」

「し、シリル様?」


 ある一点を見た瞬間に硬直したシリルを見て、臣下は戸惑う。しかしそんな臣下の心境もなんのその、シリルはゆっくりと顔を俯け──


「決めました」

「は、はい?」

「決めました、と言いました」


 キッパリと、己の方針が決まったことを断言した。


「良いでしょう。僕は──」

 

 ◆◆◆


 前進しつつも平和な日々が終わったな、と俺は直感を抱いていた。ここ数週間は、エドガーとミアを育成したり、自分自身を鍛え上げたり、国の内政に勤しんだり、ソフィアから小国を献上されたりと、それなりに平穏な日常を過ごし──小国を献上されるってなんだろうね。


(……いや、それは今は置いておこう)


 表向きは氷のような無表情を浮かべ、しかし内心にて天を仰ぎながら、俺はソフィアが淹れてくれた紅茶を口に運ぶ。芳醇な香りと、口いっぱいに広がる旨味が、荒れた俺の心を落ち着かせてくれ──


「ジル少年! 間違いなく、世界は革新しているよ! ボクのセンサーがそう言っている!」

「貴様のセンサーとやらは、我が師の魔術を受け続けた結果故障でもしているのだろう。ハウスだ、ステラ」

「ハウス? ジル少年、この会話の流れで家が欲しいなんて言っちゃうの?」


 頭大丈夫? みたいな視線を送ってくるステラ。それを軽く流して机に肘を突き、俺は手元の資料を見て思考を巡らせた。


(……なんだ、何が起きようとしている)


 胸中に、言い知れぬ不安を抱きながら。


(隕石の衝突により発見された遺跡? そんなものを俺は知らない。エドガーとミアの年齢から察するに、現在は原作前の時間軸のようだが……だとしても、原作で触れられていない遺跡の発見だと?)


 原作で触れられていないということは、物語には無関係な至極どうでもいい遺跡なのではないか、という楽観的可能性も当然ある。だがその可能性を、俺は真っ先に切り捨てていた。


(ステラもなんとなく察知しているようだが……確かに俺も、世界に異様な変化を感じている。そしてそれはおそらく、ソフィアやグレイシーも同様だろう……。なんだ、この胸騒ぎは)


 世界の変化と、同時期に発見された遺跡の発見。これが無関係であると、俺には到底思えなかった。


(それに、隕石落下の衝撃による被害もそれなりに大きいはず)


 俺の国にすら、隕石衝突の余波は届いていた。正確には、結界が感知し防いだが、しかし結界がなければ軽い地震程度の影響はあったはずで──


(そんな規模の隕石の衝突が起きていたのであれば、原作でチラッとくらいは語られてもおかしくはないはずだ)


 つまりこれは、おそらくだが完全なるイレギュラー。本来の世界線では、起きていなかった異常事態が、この世界で起きようとしているのではないか、と俺は強い警戒心を抱いていた。


(神々関連か、別の原因か……それはハッキリしていないが)


 少なくとも、無視はあり得ない。最大限の警戒と、装備を用意して挑むとしよう。それこそ、海底都市に挑むくらいの警戒を有していて損はないはずだ。


(初見殺しの罠の類。未知のウイルスや細菌が充満している可能性。ジルの『権能』を素通りするなんらかの攻性手段。謎の勢力がある可能性も考慮しなければ。……正直、挑みたくないという気持ちもあるのだが──)


 しかし己の目と魔術による探知、そして肌感覚以上に信じられるものはない。ならば俺は、この遺跡を調査しよう。それが俺が生き残るために、避けて通れない道であるならば。


「──して。この遺跡調査に貴様も同行すると、そう申したいのか? ステラ」

「うん」

「……ふむ」


 まあステラの育成はエドガーとミアの育成の次に急務であると、元より考えていた。彼女自身の才能と、潜在能力。現時点で発現してる『加護』の特性に加え、エネルギーに関する感覚がジルに匹敵している点も、対神々を考えると重要性が高い。あと、復興作業を手伝ってもらうために早く特級魔術を修得して欲しいという私的な欲もある。


「良かろう、貴様の同行を許可するステラ。良きにはからえ」

「ははーっ。……で、良いのかな? ジル少年」

「最後が余計だ。戯け者め」


 遺跡とは謂わば、過去の遺物。そして俺とステラの直感が真であるならば、神代に関連するものである可能性は非常に高い。そして往々にして、フラグや伏線というのはこういった場所を起点とするもの。遺跡に重要な情報が眠っている可能性は十分に考えられる。


(鬼や蛇が出る可能性も高いからな。心して挑むとしよう)


 さて。では班編成を考えるか。俺とステラだけで挑むのはリスクが大きい。が、ソフィアを連れて行くのは神々に関連する可能性を考慮してまだ避けたい。戦略的な意味では心強いが、万が一を考えると彼女は国に置いておくのが無難だろう。


「そこはほら、ジル少年がボクの性格を受け入れないと。狭量なオオサマじゃないでしょ?」


 俺が思考を巡らせている最中、そう言ってウインクを飛ばしてくるステラ。俺は思考を止めることなく、彼女の顔を見ながら一言。


「ウインクすらできぬとは……貴様が特級魔術に至るのは、まだまだ先の話のようだな……」

「えっ」


 かくして、楽しい楽しい遺跡調査が始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る