潜在的同志

 エドガーとミア。


 西洋人形のような容姿を持つ二人はその見た目こそ愛らしいが、その実は第一期最凶集団こと犯罪組織『レーグル』が誇る最年少コンビである。また、非常に仲の良い──良すぎると言ってもいい──双子の兄妹でもある。ジルに「気に入った」という理由で拾われ育てられたためか、ジルに懐いていることを匂わせる発言をしていた二人組だ。詳細こそ完全に不明だが、兄妹の発言と態度からして、それなりに良好な関係を築けてはいたのだろう。まあ、ジルにとっては利用価値を見出しただけなのかもしれないが。


 そんな彼らの特徴は、簡潔に述べるとジルと自分たち以外の全てを見下す選民思想の持ち主である。同僚たる『レーグル』に対してさえ、彼らは基本的に傲慢かつ高圧的な態度をとっていたのだ。そんな彼らに対してヘクターは「背伸びしてるねえ」と愉しげに見ていて、キーランは眉を潜め、セオドアは我関せずといった様子だったか。なおステラは原作だと兄妹登場時には既に死亡していたため、ステラ側の反応は不明である。


 さて。レーグル最年少コンビたる彼ら兄妹の戦闘力に関してだが、『レーグル』の構成員として認められるだけあって、彼らは大陸有数の強者に位置する実力者である。


 まずは妹のメアに関して。彼女の主武装は弓。遠距離からの攻撃を主体とし、的確なタイミングで兄のサポートをする戦闘スタイルの持ち主だ。発現した『加護』の名前は『天の美貌ブリージンガメン』。その能力は非常にシンプルながら強力なもので、端的に言ってしまうと魅了による洗脳──完全な洗脳ではないが──能力。能力発動条件は彼女の存在を五感のいずれかで認識させることであり、それは即ち相手が目を瞑っていたとしても、耳を利用すれば他者の魅了が可能であることを意味する。初見での対処は皆無に近く、能力無効化条件を満たしているかどうかで勝敗が決するといったところか。なお余談だが、この『加護』は彼女の兄エドガーに対してのみバフとして機能する。


 そして兄のエドガー、彼は剣士だ。その剣士としての実力も、特殊な剣技を有しているので相当なものだが──それ以上に、彼の発現した『加護』が、あまりにも強すぎた。


 その名も『天の剣フレイ』。その能力は、端的に言ってしまうと『絶対に勝利する』というもの。ありとあらゆる場面で、彼は必ず勝利を収めてしまうのだ。彼が最強を自称してしまうのも、納得という他ない能力の持ち主である。


 まあ、そんな彼でも原作では呆気なく死んでしまったのだが。彼の能力は絶対に勝利する能力であって、絶対に死亡しない能力ではない。ローランドの加護を無効化する特殊体質も一因だが、その辺りの穴を突かれて彼は退場したのである。つまり、決して完全無敵な人間ではない。


(だが、それでも使える能力を発現する存在であることに変わりはない)


 彼らは出自が完全に不明だったため捜索に難航していたが、まさか向こうの方から接触してくれるとはな。完全に棚から牡丹餅のような状況だが、俺の生存確率が高くなるなら是非もなし。


(それにしても、この兄妹がエクエス王国生まれだったのであれば祖国を襲撃したということだが……)


 まあ、その辺も会話の中で探れば良いか。とりあえずは、彼らの返事を聞くとしよう。


「はっきり言うと、力がほしいです」

「お兄様と同じです」

「……ふむ」


 復讐でも目論んでいる感じだろうか。仮にそうだとしたら、それがエクエス王国そのものに対してのものなのか、特定個人に対するものなのかで俺も対応を変えなければならないだろう。エクエス王国とはそれなりに良好な関係を築けそうな以上、神々との決戦に向けて不確定事項は摘んでおくに限る。


「私に力を望むか、面白い。して、その理由は?」

「見たから」

「……何をだ?」

「あなたの強さを」

「成る程な。だが、私が尋ねたいのはそこではない。もっと根源的なもの……何故、貴様達が力を求めるかだ」


 俺がそう言うと、なんだそんなことか、とでも言いたげな様子でエドガーはその口元を歪めた。


「単純だよ……です。僕の目的は、ミアと共に生きること。そのために、力が必要なんだ」

「生きること、か。その答えへと至るまでに何事かがあったことは察するが、あえて問おう。貴様達の生みの親はどうした?」

「父親は物心がついた頃にはいませんでした。父親に捨てられ荒れていた母親は……最近、捕まったので」


 成る程な、と俺は頷く。頷いて、更に深堀りすべく言葉を続けた。


「国の庇護下には入らぬのか」

「そうしたら、ミアと生きることが難しくなりますからね」

「ここの国王がそれほど狭量とは思わんが」

「いいえ、狭量ですよ。少なくとも、僕たち兄妹にとってはですが」


 確信を抱いているかのようなエドガーの声音に、自然と俺の眼が細まる。完全な妄想という訳ではなさそうだが、しかし兄妹仲良く過ごすことをあの王が拒絶するとは思えないのも事実。まあ俺の下に戦力が転がり込んでくること自体は歓迎すべきなので、その辺を掘り下げる必要はないか。


「理解した。……理解したが、しかし分からんな。私から生き抜くための力を得ようという心算は買おう。だが財力や生活基盤ではなく、武力を真っ先に貴様達は求めるのか? 貴様らの本目的が、父親に対する復讐であるならば理解できるがな」

「復讐? 何故?」

「ふん、ならば逆に問おう。憎くはないのか? 貴様ら一家を捨てた父親が。貴様の母が豹変したのも、元を辿れば父親が原因だろう?」

「いえ、特には。ミアと出会えたのは、父のおかげでもありますからね」

「お兄様……」

「ミア……」

「……」


 ジルの観察眼をもって調べたが、どうやら嘘は言っていないらしい。確かに、は特に憎んでいないようだ。彼らの行動指針としての第一基準は、言葉の通り自分達が不動なのだろう。


(だがそうなると、本気でエドガーとミアの思考回路が理解できん)


 生き残るために俺に対して保護を求めるのではなく、何故物理的な力を求めるのか、その狙いが見えてこないのだ。天涯孤独の身となったのであれば、まずはそこを他者に頼ろうとする筈だが。俺と違って幼いのだし。


(いや、待て。原作が跡形もなく崩壊しつつあるから覚えているのに忘れがちだが、よくよく考えれば『レーグル』は犯罪組織だ)


 殺し屋のキーランを筆頭に、国を抜けて傭兵として大陸を渡り歩いていたヘクター。『氷の魔女』の弟子たるステラ。自身の改造すら厭わないセオドア。この面子に加わる以上、この双子にもそれなりのバックボーン──犯罪履歴だったり地位だったり、そういうものが原作ではあったと仮定しよう。


(とするとこの先の未来で、彼らは俺から力を得て、生き残るためになんらかの犯罪を起こすつもりなのかもしれん)


 まあ生きるための犯罪として真っ先に思いつくのは食糧品だとかの窃盗だが、しかし『レーグル』として認められるにはチープすぎる気もするな。……いや、年齢を考えればそれくらいが妥当か。


「くくっ。そのような状況に置かれているのにも関わらず、父親を憎まんとはな。ならば問おう。貴様らは私から力を得て、何を成さんとする?」

「とても単純なことです。僕が、エクエス王国の王になる。僕たちが頂点に立つことで、僕たちは本当の意味での平穏を手にしたい」


 ◆◆◆


 エドガーとミア。二人は正確にはエクエス王国の人間ではない。エクエス王国生まれの母を持った、とある小国生まれの双子の兄妹である。父親が蒸発し、家庭が荒れ、生活費を稼ぐために色々と行い、それから紆余曲折あってエクエス王国にまで流れ着いた。そういう経緯だ。


 エドガーは父親に対して、本当にそこまで憎しみを抱いていない。


 父親と呼べる存在がおらず、母親と呼ぶべき女性からも愛を注がれなかった双子の兄妹。彼らの幼少期はそれなりに過酷で、そしてそれなりに悲惨なものだったのだろう。語って聞かせれば悲劇的に捉えてくれる人間だって少なくはないのかもしれない。


 だが、それでも彼らは父も母も大して憎んでいないのだ。それはがいるからというのもあるが──そんな感情は無駄だと切り捨てているからだ。


 大元を辿れば、両親なんて小さな枠組みに対して負の感情を抱き続けていても仕方がない。憎しみを抱くだけで、生活できる訳がないのだから。


 つまり、彼らは「根本的な部分から変えないと自分たちはこの先を生きていけない」と世界に対してある種の諦観を抱いている。これが、彼ら双子が力を求める消極的理由。分かりやすく言ってしまえば、彼らは弱肉強食の法則に則り強者の側──大国の王へと成り上がろうとしている。


 そのために必要なのは、力だ。


 大国に存在する大陸最強格と謳われる別格の怪物たち。大国の王になるには、その大陸最強格を相手に真正面から打ち破る必要がある。そんなことは、幼い彼らでも簡単に理解できることだった。


 しかし、どうやってあの高みに至れば良いのかはまるで分からなかった。


 家にあった狩猟用の弓と盗んだ剣を手に挑んだところで騎士団長に勝てる訳がないし、そもそも普通の兵士にだって勝てるか怪しい。かといって騎士団長より弱い人間に対して教えを請うたところで意味があるとは思えず、その先に王になるビジョンも浮かばない。


 本当にどうすれば良いんだと嘆いて──彼らは、理想像に近い男を目にした。


 男が戦闘を行ったのは、本当に一瞬だ。


 されどその一瞬で、男は国を覆い尽くす攻撃を防ぐ結界を張っただけに留まらず、騎士団長でさえ大いに苦戦を強いられた相手に互角の攻防を繰り広げていた。それも、終始余裕を残した表情を浮かべた状態で。大国の王を目指すエドガーとミアが、男に弟子入りを願おうと考えたのは、当然の帰結だった。


 そして何なら、エドガーとミアは男でさえも越えようという気概を有している。この世界は弱肉強食。信じられるのは互いだけ。自分たちよりも強い存在がいるなど、彼らにとっては恐るべき事態でしかないのだから。


 だから、彼らはここに来た。


「……くく」


 そして。


「くっ、はははは!」


 固唾を飲んで男の反応を待っていた二人は、男の反応を受けて思わずポカンと口を半開きにしてしまった。


「平穏を得るために自分たちよりも強い連中を一掃したいと、貴様らのような小童が口にするか! くく、成る程、傑作だ。だが真理ではある。くくく……」


 腹を抱えて笑う男に、戸惑う双子。それを悟ったのか、男は「許せ」と笑いを堪えながら口にして。


「それほどまでの向上心があるのであれば、私が手をかける程度の見込みはあろう」


 ここに来て、初めて男は双子のことを本当の意味で視た。自然と、二人の背筋が伸びる。


「先の言葉、決して忘れるなよ小僧共」


 ◆◆◆


 そして同時刻。ジルが双子と対話を行なっている間、別の場面でも動きがあった。


「……どうしたのですか、アナ? ジル様の魔術により治療が完了したとはいえ、戦闘が終わったばかりです。数日は安静にしていた方が」

「まあ、確認したいことがあってな」


 どこか儚げに笑う騎士団長は、おもむろにソフィアの手をとる。戸惑うソフィアに向けて、彼女は口を開いた。


「聞かせてほしいんだ、ソフィア。お前が見た、旦那様や同僚たち──そして上官殿たちのこれまでを。その言葉を聞いて、私は答えを出さなければいけないと思うから」

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