最後の二人

 カップリング論争。


 それそのものは前世にも存在した現象だが、エクエス王国の場合は文字通り国家を巻き込んだ内乱にまで発展する例が多々あるので、軽々しく扱うことのできない問題である。国土を広げ国民の生活圏を分散させるなり、王族や貴族には思考停止の武力行使に移らないよう倫理観を備えさせるなり、カップリングに関する関心が薄く法に対してある程度厳格な視点を有する人間を騎士団に採用する努力義務だったり、その他にも様々な面から間接的に対策を講じてはいるものの、根本的な解決になっているかと問われれば微妙。というかそもそも不可能だし、国民全員が良くも悪くも割り切っている。そんな現象。


 王族貴族の痴情のもつれでさえ国民の解釈違い派と解釈一致派の対立を引き起こし、国全体を巻き込んだ派閥抗争のようなものが起きてしまう可能性があるのである。痴情のもつれで国家滅亡ということ自体はあり得なくもないのだろうが、この国の場合はその規模が桁違いという他ない。現代では大きく改善されているが、恋戦時代とでもいうべき時代はそれはもう酷かったとのこと。他国の人間からして見れば、24時間体制で昼ドラ朝ドラ日曜夜のドラマが放送されてる感覚だろう。


『なんで浮気をしたのよ!』

『真実の愛を求めたまで。政略結婚など、心底くだらない通例だと思わないか?』

『なっ……』

『お言葉ですが王よ! 王族の座に就いた人間が浮気をするなど、そんなものは私の理想とは違います! 解釈違いです!』

『ねえ、進言する理由がおかしくないかしら?』

『くっ、一理あるな。俺も、俺が王でなければ解釈不一致で暴れていたかもしれん』

『ねえ、なんでその指摘で少し納得するのかしら?』

『自分はむしろ解釈一致だと思います! なんなら私も側室に!』

『少し黙っててくれないかしら?』

『君と王のカップリングは違うかな』

『カップリングから離れないかしら?』


『○○様が浮気?!』

『不純すぎる。あり得ないな』

『いや、むしろ浮気するの解釈一致だから許せるわ』

『浮気自体は解釈一致だけど、浮気相手がアレはないわ。解釈違いだわ』

『は? そこのカップリングは悪くないだろ。けどそれはそれとして、浮気は解釈違いなんだが?』

『浮気も相手も全てが解釈違いです』

『カップリング自体は嫌いじゃないが、受け攻め逆じゃね?』

『『『『『よろしい。ならば戦争だ』』』』』


 それはまさしく混沌模様。浮気許せる派許せない派だけに分裂するならともかく、浮気許せる派の中にもカップリングで対立が生まれ、両方一致していたとしてもそこから更なる解釈一致不一致が生まれてしまう。そこで終わるならまだ良いが、血に塗れた闘争に発展するのがかつてのエクエス王国クオリティだ。


 こんな具合に恋の話になると途端にIQ3と化す彼らだが、しかしそれ以外の面では普通に有能で団結力もあるというのもこの国の特徴である。恋愛に対して関心が深いということは、それだけ情に厚いということも意味しているからして。友情パワーや仲間意識による組織力も非常に高い。


 また、他人の口から「アイツはAとBのカップリングを推してるらしい」と聞かされても「本人の口から聞いた訳ではないのだが?」と冷静に考えることもできるらしい。コイバナを介した陰謀や暗躍は、実のところエクエス王国では隙になり得ないのである。四大国の一角という称号は伊達ではなく、軍事的な面でも政治的な面でもエクエス王国は非常に高水準にまとまっているということだ。


 それこそ恋戦時代でさえも、外敵に対しては騎士団が出陣し、国民や貴族によるカップリング論争ならぬカップリング戦争も一時休戦し、外敵を迎え撃っていたそうな。曰く、「他国の侵略者の手で推しカプが消失したらどうするんだ」という論理による団結力とのこと。


 まあそれはそれとして、カップリング論争からの内乱は勃発していたし、その歴史故に貴族の領地ごとに異なる法律を敷く政治体制を取らざるを得ないといった事実は変わらないのだが。内乱でも推しカプが消失する可能性はあるのでは? 疑惑に関しては、暗黙の了解で内乱による推しカプ消失を互いに避けていた、と推測するしかない。俺はエクエス王国民ではないし、原作でも大国の過去や歴史はそこまで触れられていなかったので、この辺りは推測が限界である。


 人間とは、理屈より感情を優先してしまう生き物だ。意思決定に不要な部分を感情論から考慮してしまい、結果として誤った意思決定をしてしまう例は多い。本来、将来を考えるにあたって過去に費やした労力等が勿体ないから──という感情論は不要なのである。どの選択をしたところで、過去に費やした労力等はなくならないのだから、その部分を考慮する必要はない。同じ値段の物を買う店を選ぶ際に、物の値段を考慮する必要はないだろう。特典の良し悪しや送料の有無といった共通しない部分を考慮する必要はあるが。


 しかし、それでも感情論を優先してしまうのが人間という生き物だし、俺自身感情論を優先してしまうケースもあるだろう。全てにおいて機械的に選択し続けるなんぞ、人間には不可能なのである。


 それに、感情論とて一概に間違いであると断言はできない。それこそ、感情を優先することこそが最も合理的であると考えている人間にとっては、感情を優先することが正しい選択なのだから。合理的選択は人それぞれである以上、個々のケースで場合分けする必要が出てくるのである。つまり、考えるだけ不毛すぎる。エクエス王国の民にとっては、恋愛やカップリングが最も重要──ただそれだけの話なのだから。


  ──とまあ長々と語ったが、これらの前提知識から俺が言いたいことはただ一つである。


(まさか彼らに、カップリングと天秤にかけるほどの友情を持ち合わせる可能性があったとは……)


 俺は一人、静かに戦慄していた。己の定めたカップリングを比較対象にするほどに、目の前の彼は友情を大事にしようという意思があるのである。いや確かに情に厚いとも言ったが、それでもカップリングに勝るほどではないと思っていた俺にとって、目の前の青年の言葉は驚愕に値するものだった。彼の選択は、俺が生き残ることを放棄して、別の選択肢を選ぶに等しいと言えるだろう。


(解釈違いは殺し合い待った無しだから、そもそもカップリングについて語り合わないようにしておくだと……? あのエクエス王国民が……? なんだこいつ、天才か?)


 始めはルシェとは全く関係ない方向からの相談に面を喰らい頭を抱えたが、彼の相談内容を咀嚼していくうちに驚愕は戦慄へと移行していった。ようは親友と仲違い(物理)を起こさないために本音を伏せているが、本音を伏せた状態で接し続けるのは本当に親友と呼べるのだろうか、という類の悩みだろう。


(同じカップリングの人間と交流を持ってそいつを親友にしろ、という策では解決しない。あくまでもこの青年は、その親友とやらと親友であり続けたいのだから……。うーん、難しい問題だな)

 

 いやというかこれ難しい問題ではなく──解決不能な類の問題なのでは。


(その親友とやらの推しているカップリングを俺が調査し、あらゆる面で一致していれば背中を押して解決するが……)


 それはどう考えても見ず知らずの一般人相手にジルがかける労力ではない。そういうのは物語の主人公が担うべき役割だろう。ラスボスがするのはおかしい。


(かといって、不可能だと切り捨てるのは敗北感があるな)


 ジルの辞書に敗北の二文字はない。故に、不可能だと口にして青年を諦めさせるのは禁じ手である。だから青年を諦めさせるにしても、ジルの頭脳が及ばなかったことが原因なのではなく、青年自身に原因があるのだと思わせる必要があるのだ。


(さて、どう切り出すか……)


 膝から崩れ落ちている青年を見下ろしながら、俺は内心でため息を吐いた。


 ◆◆◆


「──貴様の苦悩は理解した」


 頭上から響く声に、青年はゆっくりと顔を上げる。


「理解した上で口にしよう。貴様には不可能だとな」

「そ、そんな……」

「私であれば仮にカップリングとやらの解釈が違っていても仲違いを起こすなどあり得んが、貴様らは違うのだろう? 故に、不可能だ」


 王の言葉に、青年は戦慄した。カップリングの解釈が不一致でも、殺し合いをするどころか仲違いも起こさない。それはもはや、青年からすれば神の領域だった。


「じ、自分が御身の持つそれとは異なる解釈のカップリングについて語っても、御身はそれを咎めないと?」

「その通りだが?」


 天才か、と青年は思った。

 バカにしてんのか、と青年の思考を読み取ったジルは思った。


「つ、つまり自分が親友と真の意味で親友足り得ないのは……」

「貴様の能力不足が原因だ」

「……」

「他の要因は、貴様の気の持ちようといったところか。……ふん、くだらん。親友とはいえ、全てをつまびらかにする必要はなかろうに」


 王の言葉が、青年の胸に重くのしかかる。だが、それはどうしようもないほどに現実で──


(カップリングの解釈不一致で仲違いをしないなんて……そんな神の領域に、俺なんかが辿り着ける訳がない……)


 つまり自分に親友なんて作る資格はなかったのだろう。カップリングについて語り合うことが好きなのに、それを親友とすることはできない──ああ、世界はなんて残酷なのだろうか。


(俺はダメだ。こんな次元が違う方に対しても、カップリングを見出していたんだからな……)


 青年は、王と銀髪の少女でカップリングを見出していた人間だ。あの乱入者と王でカップリングを見出す人間がいるという話を聞くが、そんなものは邪、道──


(あれ?)


 邪道と断言しようとして、できなかった。それはそれでアリだな、なんて思ってしまったからだ。


(な、なんで……なんで複数のカップリングを見出せるんだ!? アレも、アレもありじゃないか……カップリングの中身にしたって、こういうシチュエーションもありだし……こんな受け答えをする王もありだぞ!? 妄想が、妄想が捗る……! 俺はジルソフィ推しのはずだったのに……!)


 真理に至った青年が驚愕に目を見開き、それを察したジルが内心で表情を引きつらせ始める。


(あらゆるカップリングを受け入れると同時に、あらゆるカップリングを成立させてしまうなんて! か、神だ……! 神が、神がここにいる……! 神に関するカップリングであれば、俺はアイツと語り合えるんだ……!)


 スッ、と青年は立ち上がった。スッ、とジルは青年と心の距離を置いた。


「神よ」

「……」

「自分は、親友と親友であり続けられそうです」

「…………然様か」

「はい。神よ、自分が、エクエス王国に御身を広げます。次に当国へお越しするときは──御身の威光を示す黄金像が乱立しているでしょう」

「………………そうか」







「……」


 大きく頭を下げて去っていく青年の背を見送り、ジルは天井を見上げる。見上げて、心の中で言った。


(……二度とこの国には来ないようにしよう。早く、早く神の力を回収しなければ──)

「あの……」


 はて、とジルは胸中にて疑問符を浮かべ──そりゃカウンセリング相手は次々と現れるか、と納得する。心労は続きそうだと嘆息し、それと同時に懐かしいという感情を抱いた。


(どこかで聞いた覚えのある声……)


 そこまで至って、ジルは内心で目を見開いた。顔を正面へと向け、彼は相談相手を直視する。


「……悩みを聞いていただけると耳にして、来ました」


 そこにいたのは、少年と少女の二人組。どことなく危うげな空気を纏った二人組は、ジルを真っ直ぐに見据えている。


「──ほう」


 二人組を見たジルの表情が、愉快げに歪む。どことなく空気を変化させた彼の胸中は。


(……成る程、確かにらしいと言えばらしいか。特に憂いもなくエクエス王国を襲撃していたから候補として除外していたが……そうか、原作では祖国を襲撃していたのか──『レーグル』最後の二人組。エドガーとミア)


 キーランに並んで凶悪と評価してしまうほどの『加護』を発現する人物をその目で見て。


「良い目をしているな、小僧共。であれば貴様らは、この私に何を望む?」


 ジルは、愉しげに笑った。

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