決着

「────っ!?」


 消し飛ぶ左腕と、視界の端に映った光の矢。それは上空の『光神の盾』に激突すると同時に、広範囲に渡る大爆発を引き起こした。


「な、」


 あまりにも急激な事態に「何が」と口を開こうとして、その声は強制的に止められる。光の速度で飛来してきた矢によって、ルシェの肉体が次々と消し飛んでいくからだ。


(────!!?)


 動けない。


 足を動かそうとすれば足が消し飛び、剣で弾こうと思う間もなく腕が消し飛んでいる。どうすれば、と思えば頭が飛んだ。視界に光が差し込んだと認識するより速く、再び視界が閉ざされる。一瞬という時間の中で、ルシェは幾度となく全身を消し飛ばされていた。


 これこそが、ジルが「無理ゲー」と称する力の一端。光の速度で絶え間なく射出される回避不能の弾幕攻撃。


「がっ、はっ……」


 しかして、その悪夢は不意に止んだ。射手の力が切れたのか、タイムラグが存在するのか。理由は不明だが──弾幕攻撃は終わったのだ。


「はあ……はあ……」


 文字通り、一瞬の出来事だった。傍から見れば、一度だけ全身が消し飛ばされたように見えたかもしれない。だが、消し飛ばされた矢先に再生していくルシェにとっては別の話だ。剣士として感覚が研ぎ澄まされている分もあって、何度も何度も消し飛ばされていたのが理解できてしまう。


「ぐ、くっ……」


 数百年以上生きてきた中で、最も長い一瞬だったと、ルシェは内心で戦慄していた。あり得ない、と心の底から思う。何より──エネルギーの性質が、まるで理解できない。


「……な、んで!?」


 驚愕に目を剥きながら、彼女は勢いよく振り向く。

 そこには。


「……」


 そこには、服を多少焦がしているだけの状態で、謎の武器を構えたローランドが。羅刹変容を受けたというのに、少なくとも見た目の上ではほとんど変わらない状態で佇んでいた。


 だがしかし、先ほどとは明らかに違うとルシェは感じた。身に纏う覇気が完全に強者特有のそれであると同時に──完全に異質。明らかに、彼だけがこの場にいる他の者たちとは"何か"が違っている。世界に異物が紛れ込んでいるかのような違和感を、ルシェは抱いていた。


 だがそれ以上に、彼の周囲を飲み込んでいたはずの『闇』の海が全て蒸発してしまっているという事実。そのあり得ざる事実に、ルシェは分かりやすく動揺していた。


(……なんで? なんでなんでなんでなんで!?)


 おかしい。アレは、人間にどうにかできる代物ではない。『羅刹変容』をあの状態から逃れるなど、絶対に不可能だ。どうあっても、侵食を遅らせるのが関の山。そんなことは、ルシェが一番理解している。人間ではどうしようも──…………待て。人間、では?


「貴、方は……」

「──余所見は禁物だぞ」

「!」


 呆然とした様子のルシェを見て、好機と判断した騎士団長が剣を振るう。


 絶好の好機。完璧なタイミング。


 しかし長年の経験の賜物か。そんな隙だらけの状態でも、ルシェは反射的に行動していた。咄嗟に剣を掲げ、ルシェは騎士団長の剣を防がんとする。


 瞬間、両者の剣は激突した。彼女らを中心にドーム状の衝撃波が拡散し、大地を削り取っていく。


「……ルシェ。貴女の積み上げてきた剣は、確かに私を上回っている」


 鍔迫り合いの中、騎士団長がポツリとそう呟く。それに対して、何を当然のことを、とルシェが訝しみながら問いかけようとしたとき。


「だが、おごったなルシェ。歴代騎士団長が積み上げてきた剣は、貴女が知る剣だけではない──!」


 直後、ルシェの頰が切れる。


「なっ──」


 それはすぐに再生する程度の傷でしかない。傷とすら呼ばない程度のものでしかない。ダメージは皆無であり、戦況に影響を与える要素すら皆無と言っていいだろう。



 だがしかし、騎士団長小娘を相手に、不覚を取ってしまったという事実に変わりはない──ッッッ!



「ベースとなっている剣術は同じ。基礎の練度は、貴女の方が上。貴女の時代から騎士団長に継がれ続けてきた剣術の練度に関しても同様……」


 距離を置いたルシェを見据えながら、ゆらり、と騎士団長は動く。紅い瞳でルシェを射抜いて、彼女は両手で剣を握って、そして。


「だが、時代と共に剣は発展し、派生し、新生していくものだ」


 そして、騎士団長の体がブレた。彼女の足元に亀裂が走り、次の瞬間にはルシェの横へと躍り出る。


(──っ、)


 対するルシェは歯噛みしつつも騎士団長の動きを見て、膨大な経験値から騎士団長の次の剣筋を予測。


(防げる)


 防御可能。問題ない。そう確信を抱きながら、ルシェは騎士団長の剣を弾いた。そして返す刃でカウンターを放つも、それは騎士団長が飛び跳ねることで回避されてしまい──騎士団長は空中で横回転をしたかと思うと、そのまま剣を叩きつけようとしてきた。


 が、


(派手で綺麗な線を描いているけど、なんでわざわざそんな隙が大きい動き? パフォーマンスとしてはともかく、戦闘中にバカなのかな? こんなの、少し後ろに下がるだけで回避可能だし、着地の瞬間を狙えば良いだけ)


 が、その程度の攻撃はルシェにはまるで通用しない。通用する要素がない。見た目が幾ら派手でも、当たらなければ意味はないのだ。結果として派手になったのならともかく、派手なだけの動きに意味など存在しない。


(一体、何を考え──……!?)


 背後に下がろうとしたのを急停止し、上体を傾けることで、脳天を貫こうと飛来してきていた針を回避する。いつの間に──いや違う。そうじゃない。そんなものは知らない。そんな戦い方をする騎士なんて、そんなものは知らない。


(……っ)


 対応はできる。数百年の経験値を舐められては困る。初見の手札を前にしたところで、華麗に舞ってみる。

 だが。


(これは)


 だがそれは、先ほどまでの余裕とゆとりを持って対応していた攻防ではない。思考を続け、騎士団長に対して多くの意識を向ける必要がある殺し合い。


 初見の動きに対しても、綺麗に対応はできている。しかしそれでも、一対一の勝負で命のやり取りと化している──!


「ルシェ。同じ剣で競えば貴女は間違いなく歴代最強にして最高の騎士団長だろう。だが、貴女は孤高に過ぎた。一人で積み上げる技術には、発想という点で限界が訪れることが多い。膨大な時間があろうとも、それは変わらない。一つの極致ではあるが──だとしても、過信が強すぎたな、ルシェ」


 騎士団長が、ルシェの知らない剣を使う。それは、確かにルシェの隙を突くに足る攻撃手段だった。騎士団長以外の人間がルシェの知らない攻撃手段を用いたところで、一切の動揺はない。だが、それが騎士団長であれば話は別だ。例えるならば、ボクシングの試合だと思っていた最中に総合格闘技を始められるようなもの。無意識のうちに、騎士団長の戦法を自らの先入観で当てはめていたルシェにとって、それは確かに効果的だった。


「……ふざけないで。受け継いできた剣よりも、一人で積み上げ続ける剣の方が強いに決まっている。受け継ぐってことは、一度はリセットされるってことだよ? 発想の限界? 笑わせないで欲しいかも。それこそ、人間には寿命という名の限界があるでしょう? 先代がどれだけ優れた技量を手にしていても、その技量そのものを受け継ぐことはできない。歴代騎士団長の技量の全てを積み上げて受け継ぎ続けてきている訳じゃない。そんなものに、私が負ける訳ないじゃん」


 だが、そんなものは認めないとルシェは内心で怒りに震える。初見殺しがどうした。未知の剣術を騎士団長が扱うからなんだ。そんなものは、自分が数百年と積み上げ続けてきたものを思えば取るに足りないもの。


 とある代の騎士団長がどれだけ修練を重ね経験値を得ても、次代以降の騎士団長にそれが還元されることはない。必ず、どこかで一度は終わる。考え方を還元することができたところで、全てを自らに還元し続けているこの身に勝る道理はない──とルシェは騎士団長を睨みつけた。


「そこを否定したつもりはない。貴女の言葉は、別に間違ってはいないからだ。私は不老でも不死でもないが、それは一つの答えだと思う。だから言ってるだろう、貴女は私よりも上だと」

「なら……」

「だが……だからこそと言うべきか。私は、私が貴公に勝てる部分を押し付けて戦闘を継続する。貴公の経験値が高いのであれば、その積み上げてきた経験値とは無関係の分野で戦うだけだ。それでも応用は可能だろう。だが、それでも多少は粗が出てくるのは自明の理。元より不死を相手に長期戦など無意味なのだから、一瞬一瞬に全てを出し切るつもりで押し通そう。敵の土俵に立って舞台に付き合う必要など、ないのだからな!!」

「────!」


 大陸最強格の特徴として、己の得意分野を強引に押し付けた戦闘状況に持っていく、というものがある。大陸有数の強者同士の戦闘は読み合いや駆け引きが多いが、大陸最強格同士の戦闘とは即ち圧倒的なまでの暴力による殴り合い。氷の魔女であれば戦場を猛吹雪に変え、龍帝であれば龍で空中を埋め尽くし、人類最強やジルであれば全てを圧倒的な力で捻じ伏せる。であれば、騎士団長が果敢に攻め立てるのは必然と言えた。


「舐め、るな!!」


 だがそれは、ルシェに対しても言えること。騎士団長が初見殺しの嵐やルシェの先入観を逆手にとって隙を見出そうとするのであれば、ルシェは膨大な経験値で捩じ伏せんと剣を振るう。時には闇を放ち、宙を蹴り、建物の屋上を飛び交いながら二人の戦闘は続いていく。


「剣を振るい続けていたとしても、お前たち魔王の眷属は表舞台には立っていなかった! ならば、同格以上との戦闘経験はあまりないのではないか!?」

「私の時代は大国同士の戦争があった! 冷戦状態でくすぶってる貴女と一緒にしないで!」

「残念ながら……私には、格上との戦闘経験を得る機会が最近あったのでな!」

「あははは! それは私にも言えることだよね! ね! ね!」


 建物が消し飛ぶ。大地が抉れる。外観を意識して植えられていた木々が吹き飛び、恋人を祝福する巨大な噴水が切断された。人的被害はともかく、騎士団長とて地図上の被害は無視をする。一般人であろうと死んで構わないと考えているルシェであれば尚更だ。であれば、大陸最強格同士の戦闘の余波でこうなるのは必然だった。広範囲に渡る攻撃手段を持ち合わせていないとはいえ、それが大陸最強格なのだから。







 ルシェが壁を走り、跳躍した騎士団長が『光神の盾』を足場に天を蹴って迎え撃つ。ルシェの卓越した剣術が騎士団長を襲い、騎士団長の完全なる初見殺しがルシェを穿つ。


「……!」

「──!」



 金属音を響かせながら互いに急所を狙う一撃を放ち、鍔迫り合いのまま大地へと降り立った。


「ぐっ」

「……ふふふ!」


 そのまま、膠着状態。されど戦況は、ルシェ優位に傾いていた。


「分かってないね、今代の騎士団長ちゃん。騎士団長としての性質だけで勝負をしたなら、確かに貴女にも勝ち目はあったのかもしれない。他の歴代騎士団長ならともかく、剣士としての才能が人類最高峰に位置する貴女ならね」


 騎士団長の体には、所々であるが傷があった。機動性を重視した戦闘服。鎧は一部が砕け散っているし、頭から流れている血が片目を実質的に潰している。対して、ルシェは無傷。戦闘中に騎士団長から喰らった攻撃が皆無だったという訳ではなく、至極単純に──回復能力に、差がありすぎた。


「けど、私には不死性という絶対的な優位性がある。それがなくても、勝っていたのは私だけどね。ね。ね。……でもまあ、貴女のことは認めてあげる。私もまた、貴女に学ばせてもらったしね」


 だから殺すんじゃなくて、堕としてあげる。そう言って、ルシェは朗らかに笑った。


「貴女と一緒なら、私はまだまだ成長できるみたい。うん。貴女も、一生私と一緒にいよう? 二人でジルの役に立とう! あ、ジルのことは好きになっちゃダメだよ? そしたら殺すから。まあでもまずは……私たちはお友達から、だね!」


 闇が、騎士団長の足元を覆っていく。苦悶に表情を歪める騎士団長。それを見て、ルシェは目を爛々と輝かせて。そして。


「呪詛 羅刹──」

「──やはり、な」


 ルシェが言い終える前に、騎士団長が笑う。


「やはり貴女は、先代の騎士団長だ。不死の癖に、ここ一番の状況でそれを活かした怪物の戦い方ができない。私の攻撃など、全て無視をすることだってできただろうに。貴女は、どうしようもなく一人の少女なんだ」


 笑いながら、彼女は言った。


「そしてだからこそ……貴公はここで敗れ去る」









「──最終工程完了。『天の術式』、起動」


 瞬間、ルシェは勢いよく顔を振り向かせた。全身から黄金の光を放ち、瞳を黄金色に輝かせたソフィアを見て、騎士団長の策に気付く。


(しまった、騎士団長に気を取られすぎた──!)


 大陸最強格の特徴として、己の得意分野を強引に押し付けた戦闘状況に持っていく、というものがある。大陸有数の強者同士の戦闘は読み合いや駆け引きが多いが、大陸最強格同士の戦闘とは即ち圧倒的なまでの暴力による殴り合い。


(私と騎士団長の移動速度に、ソフィアだけは追いつける……!)


 ──だがそれはあくまでも傾向の話であり、大陸最強格が読み合いや駆け引きを苦手としている訳ではない。同格であれば、暴力で殴り合いをしながら読み合いや駆け引きを行い出し抜こうとするのは当然のことだ。


(油断した油断した油断した!)


 騎士団長との鍔迫り合いの瞬間から、殺し屋が異能を使ってこなかったことも、勇士が光の矢で支援をしなかったことも、全てはこの為の布石だった。騎士団長との一騎打ちだと思い込ませることで、ソフィアという唯一の天敵から完全に意識を逸らさせるための、連携だったのだ。


「くっ」


 騎士団長を前蹴りで遠くへやり、ルシェはソフィアと向き合うべく体の向きを反転させる。剣に『闇』と『血』を纏わせ、ソフィアの『天の術式』を捩じ伏せてみせると喝を込めて叫んだ。


「これで終わらせます、ルシェ!」

「誇大妄想も甚だしいね!」


 ソフィアの槍が輝き、ルシェの剣が漆黒に染め上がる。空間を照らす神々しい光と、空間を蹂躙する闇の暴虐。対極に位置する力を込めながら二人は視線を交錯させて、同時に必殺を放った。


「愛の女神の片鱗を知りなさい──『フェンサリル』!」


 瞬間、ソフィアの背後に顕現するは女神の宮殿。神々が棲まう世界の一端。その宮殿の中央から世界を呑み込まんとする光線が放たれ、ルシェへと襲い掛かる。


「己の無力を知れ、『無間──」

「──ええ、この瞬間でしょう。貴公が歴代の騎士団長の一人なれば!」


 ソフィアの術に対抗すべく、ルシェの剣が振るわれる寸前。彼女の前に、剣を横薙ぎに振るうかのような姿勢で躍り出た一人の騎士がいた。


(──、いつの間に!? というか、あの時で退場していなかったの!?)


 ニール。

 大陸有数の強者にして、エクエス王国が誇る騎士団の一番隊隊長を務める男。彼は、大陸最強格に至ることはできない。それだけの才能を、彼は生まれ持つことができなかったから。


 だが、それでも彼は騎士団長の背中を追っていた。自分よりも年下の少女の指南を受けながら、彼はこの地に立っている。


 ──で、あれば。騎士団長に次いでルシェの行動パターンを予測できるのは、この男に他ならない。


 ローランドを庇って以後、彼は一時的に退場したかのように見せかけ、この瞬間決定的瞬間を待っていた。その意図を汲んだのか、ジルも特にニールに対して言及せず、彼は完全に表舞台から去ったように錯覚させられていたのである。


(く、)


 ルシェの剣が中途半端な形で振るわれ、されど騎士──ニールの剣を持っていた方の腕を斬り飛ばす。片腕を斬られたというのに、しかしニールは笑っていた。


(半手も遅らされた……!)


 邪魔だ、とルシェはニールを投げ飛ばす。殺すよりも、この方が速い。自爆特攻になど付き合っていられるか。


(今度こそ……ッッ!?)


 直後、切断される両腕。構えを取った瞬間に、再び仕切り直しを要求されてしまう。この場にいない存在による斬撃。だがそれは、空間切断ではない。太刀筋から察するに、騎士団長の斬撃だった。


(んな……!)


 どういう仕組みで斬撃が飛んできた? 騎士団長の気配は周囲に感じない──いや、考えている暇はない! 再生が終わると同時に、ルシェは再び構えて。


「──っ! 『無間地獄』!」


 想定よりも数手遅らされて、眼前に差し迫った光線を叩き潰すべくルシェの剣は振るわれた。あらゆる繋がりを断つ秘剣を織り交ぜ、彼女はソフィアの必殺を真正面から迎え撃つ。


「──っ!」

「────!」


 そして、二つの力は衝突した。小国を滅ぼして余りある規模のエネルギー同士が衝突し、二人の叫びをかき消すほどの轟音が響く。衝突の際に生じた余波は大地を焦がし、二人の体を徐々に後退させていく。


 だが、ルシェには分かった。


「──っ、なんで……!」


 自分が、押し負けてしまっていると。自分の体の方が、後退する速度が速いと。ルシェには分かってしまった。


「なんで、なんでなんでなんでなんで……!!」


 何故、勝てない。何故、ここで押し負ける。何故、こんな完璧なタイミングで! 天敵が自分の前に立っている!?


「私は、私は……っ!!」


 そして、闇は光に呑み込まれた。ルシェの胴体を貫く光の奔流。それを受けて、ルシェの体は崩れ落ちた。


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