決戦! ルシェ Ⅲ

 ルシェが有する秘剣。


 テールムの過程の切断に並ぶ彼女だけの剣技。概念への干渉を可能としたそれは、あらゆる繋がりを断つというものだった。


 その剣技をもって彼女はエーヴィヒと己の繋がりを断ち切り。ジルの張っていた結界の繋がりを断ち切り。ドケリーとエーヴィヒの繋がりを強制的に断ち切り。キーランが『加護』を用いて繋いできたキーランとルシェとの間に結ばれた"禁則事項と罰則"を断ち切り。ジルとソフィアの間に結ばれている"擬似神代回帰"の繋がりを断ち切った。


 あらゆる繋がりは、彼女にとって切断可能なものでしかない。それこそ絆という繋がりすら、彼女は断ち切ることを可能としていた。本人の矜持や信念、趣味嗜好が理由でそれらを断ち切ることはあり得ないが。


(……あの殺し屋にはバレちゃったね)


 幾度となく結ばれる繋がりを断ち、襲いくる騎士団長とソフィアへの対処をしながら、ルシェは内心で舌を打った。対処はできるが、しかし決して無視することができない殺し屋の異能。実力差すら無視して強制的に裁きを与えるなど、不条理にもほどがある。


(あの殺し屋をさっさと落としたいけど……)


 しかしそれは容易ではない。ルシェの見立てでは、殺し屋の実力は大陸有数の強者の中でも上澄み。異能抜きにしても今代基準で大陸最強格の領域に片足を踏み入れている程度、といったところか。


 成る程、確かに強い。世界最高の殺し屋の称号は伊達ではなく、一分野における頂点に君臨する程の才覚と経験値があるのであれば、いずれは大陸最強格の領域へ至るのは道理だろう。


 だが、だとしても遊びを辞めたルシェからすれば塵芥に等しい。集めた『闇』を自由に扱えずとも、素の実力で今のルシェは大陸最強格をも上回る──しかし、現在身を置いている状況がそれを許してくれなかった。


 まず第一に、傭兵が常に殺し屋の側にいること。彼は白兵戦を得意としていることに加え、肉体の強度がとにかく高い。大陸最強格といえど、彼の肉体の防御を貫くのは困難だ。感覚も敏感であり、片手間に斬り捨てることは不可能なほど。つまり、ルシェからしても壁役としてはそれなりの性能を有していることを意味している。


(戦闘狂なら私の方に突撃してくれてもいいと思うんだけどね。ね。ね。意外と冷静。新しく大陸最強格になるとしたら……彼が先かな?)


 あの傭兵は戦闘狂の癖に、自らの欲望を律して求められた役割に徹する理性と節度があるらしい。高密度な戦意を撒き散らし、好戦的な笑みを貼り付けてはいる。しかし傭兵が殺し屋の側を離れる気配は微塵もなかった。殺し屋もその辺を信用しているのか、自らの防御や回避を捨てて異能を持続的に放ち続けている。


(……まあそれだけならぶっちゃけ、二人まとめて殺せるんだけどね)


 が、それだけならルシェが躊躇うには足りない。片手間に殺すことができないなら、まとめて本気で殺しにいくだけで終了だ。あの二人のコンビは大陸最強格であろうと打倒し得るが、本当にそれだけ。大陸最強格を上回る自分には通用しない。


(けど、それをしようとすると隙はできる。そうすると、なんか今代の騎士団長が物凄い勢いになるんだよね。騎士団長と傭兵の二人を同時に相手する……なんて悠長でいると流石にソフィアに殺されちゃうから、正直リターンがリスクに見合わない)


 第二の理由。それは、殺し屋に対して殺意を向けた瞬間に、今代の騎士団長からの圧力が増すのである。それは、戦闘力が数倍に跳ね上がったかのような錯覚を抱いてしまうほど。緻密な予測と動きが要求される対集団戦において、突然敵の戦闘力が跳ね上がるような不確定要素を産むのは流石に避けたい。計算が狂えば、流石に死ぬ。それを理解できないほど、自分は慢心するつもりはない。


(まあけど、この状況が永久に続くなんてことはあり得ない。殺し屋が、あの異能を無限に使えるなんてあり得ないもん。必ずどこかで限界に達するはずだから、それまで待つのが正解。……といっても、流石に多勢に無勢かな)


 大陸最強格が二人。一個人に向けられる戦力としては過剰すぎるそれ。それこそ、国でも攻め滅ぼしに行くのだろうか、とすら思ってしまう戦力。いや、国を攻め滅ぼすにしても過剰すぎるレベルかもしれない。ジルの『光神の盾』によって強みの一つを実質的に奪われた状態の自分では、流石にキツイ。


 だが特にルシェにとって問題なのは、単純な戦力数値ではなくその中身。ルシェにとって、騎士団長とソフィアはそれなり以上に厄介な天敵であるということ。


(ソフィアの攻撃は本当に相性が最悪だし、速さで上回られているから長期的にはともかく短期的には厄介。つまり、今が一番しんどい。騎士団長は……まあ、一対一ならともかく、乱戦であればある程度は私の剣に対して対応できちゃうよね。ね。ね)


 今代の騎士団長。ルシェからすれば後輩と言える少女、アナスタシア。


 才能の上では、ルシェ以上と認めざるを得ない傑物。ベースとなる剣術自体は同じである以上、ルシェが扱う剣も見切りやすくはあるだろう。加えて、騎士団長が不覚をとりそうな瞬間はソフィアがカバーしてくるし、逆もまた然り。殺し屋の異能を切断するのに必ず一手の消費が強いられる状況で、この二人を落とすのは困難。


(それと、空間切断。最高眷属としての不死性を有する私にダメージはないしすぐに戻るけど、これはこれで仕切り直しは要求されるから放置するのは得策ではない……か)


 腕を切断されれば再生するのに一瞬ではあるが時間がかかる。その再生までのタイムラグは、乱戦において好ましくない隙。かといって、ダメージ自体は皆無の相手とはいえ意識を割けば他が疎かになってしまうのは自明の理。


(私としてはソフィアに5。殺し屋に3。騎士団長に2。他は無視……が好ましいかな)


 遊びのない配分だが、しかしこれが最善だろうとルシェは舌で唇を舐めた。


 傭兵は無視で構わない。ルシェから無視をされていると分かったとしても、傭兵は最悪のケースキーランへの強襲を想定して殺し屋の側を離れることができないからだ。分かっていてもこちらに攻撃することができないならば、遠距離攻撃手段に乏しい傭兵に意識を割く必要性はない。


 よく分からない無表情の少年。大して圧力も強者特有の空気も感じないが、身のこなしから察するに大陸有数の強者でも上位には位置する実力を秘めている。──しかし、現実としては黒い長方形の武器を構えているだけ。ならば、今は無視で構わない。


 ジル。本来ならば最も警戒心を抱いて挑む必要のある相手だが、彼が自分の言葉を反故にすることはあり得ない。彼が「私は手を出さない」と口にした以上、それを信用して構わないだろう。だから、この状況で勝利を得るためにまず必要な条件は──


(これだね)


 騎士団長に呪詛を放ち、ソフィアを蹴り飛ばし、キーランの異能を切断する。一瞬という表現ですら生ぬるい速度でこれらを成したルシェはキーランに向けて牽制代わりに呪詛を放ち──ヘクターによって爆発させられた。爆煙が舞い上がり、視界から彼らの姿を覆い隠す。


 そして。


(終わらせる)


 そしてそれらを確認したルシェは──爆煙に紛れ、次なる標的を流し目で見た。


(空間を切断してくる子。才能は良い感じだし将来性も高いけど……この子なら集団戦でもさっさと料理できるね! ね! ね!)


 真っ先に落とすべきは、空間切断という剣技を有する刀使いの少女。そう狙いを定めたルシェは、爆発的な速度で刀使いへと突貫して剣を振り下ろし──火花が散った。


「っ!」

「……」


 ──初撃を防がれた? なんで?


 顔には出さず、しかし予想外の結果に内心で静かに驚愕する。このまま二の太刀三の太刀を放てば殺せるだろうが、しかし不測の事態であることに変わりはない。


(この子の実力的に、今の一撃で死んでいないとおかしいのに……)


 ──ルシェは知らぬことだが、これこそがレイラの『祝福』の力。自らの死が確定する状況であれば、それを事前に感知する第六感的異能。この奇跡により、レイラは一命を繋ぎ止めることを可能にした。


 で、あれば。


「レイラから離れてもらおうか」


 で、あれば。一命を繋ぎ止めることができたのであれば。彼女の存在を第一に考えている勇士が、その牙を下手人へと剥けるのは自明の理。勇士がその手に持つ武器の力を解放した瞬間、ルシェを除いたこの場にいるもの全ての背筋が例外なく凍りつく。


「────!」


 瞬間、時間が凍結したかのような幻惑と共に放たれしは光の矢。速すぎるが故に回避不能の必中攻撃がルシェへと突き刺さり、彼女の胴体を丸ごとえぐりとった。


「う、」


 だが、それはルシェにとって決定打となり得ない。胴体を幾ら消し飛ばされようが、首を切断されようが、心臓を貫かれようが、『最高眷属』に死が訪れることはあり得ない。溢れ出た闇が彼女の胴体部分を覆ったかと思うと、次の瞬間には彼女の肉体を元に戻していた。


「がぁ!」

「!」


 反撃とばかりに、ローランドに向かって押し寄せるは闇の大瀑布。彼は跳躍してそれを回避するも、しかしその行動を予測して飛翔していたルシェに顔面を鷲掴みにされ、そのまま闇の海に放り込まれてしまう。


「彼女ちゃんの為に命を捨てて真っ先に行動できるのは当たり前。当たり前だけど、とても良いことだと思うよ」


 轟音と共に、水柱のように闇の海が捲き上る。

 そして。


「だから──堕ちてくれると嬉しいな」


 ──呪詛 羅刹変容


 世界が紅く染まる。

 音が消え、自然と誰もが動きを止めてしまっていた。


「まずは一人」


 そんな中、真っ先に行動へと移したのはルシェだ。当初の予定通り、彼女はレイラへと剣を向けて襲いかかる。


「あははは! 永遠のカップルにしてあげるね! ね! ね!」

「────っ、」


 間一髪で回避するレイラ。哄笑あげるルシェ。ルシェの先にあった壁が切断され、無人の建物は轟音と共に崩れ落ちていく。


「うーん。永遠のカップルにしてあげるのに。なんで避けるのかな? 一生綺麗なままで、一緒にいれるのにね?」

「くっ、」

「彼氏くんはもう堕ちたよ? 本当に好きなら、彼氏くんに付いて行って貴女も堕ちるのが普通じゃないのかな? なんで躊躇うの? 好きなら一緒にいれるだけで嬉しいものじゃないの? 堕ちる方が嫌なの? それはさ、愛が足りないよね! ね! ねえええええ!!」

「レイラから離れなさい!」


 ルシェを止めるべく、ソフィアと騎士団長が駆ける。それを察知したルシェは大地に闇を叩きつけると、砂塵に身を潜めて距離をとった。


「っ! 砂塵に闇を混ぜることで、視界だけではなく気配までをも隠しましたか!」

「……成る程。純粋な闇であれば、それはそれでルシェを察知しやすかったが、それの対策で砂塵も混ぜる工程を挟んできたということか……」


 ソフィアの槍が空振り、それを見た騎士団長は剣を振るうことで暴風を起こす。砂塵が晴れた先にルシェはおらず、視線を移せば少し離れた地点にて彼女は剣を弄んでいた。


「うーん惜しかったね」


 けど、とルシェは嗤う。今の攻防で、ソフィアと騎士団長はレイラに対してもある程度カバーに入れる態勢に移行した。立ち位置もそうだが、意識の面でもレイラを庇おうとするようになるだろう。最善ではないが、しかしこの状況は十分以上に自分優位。体力切れという概念すらない自分にとっては、膠着状態ですら優勢と化す。


(なら、次の手順は騎士団長を落とすことだね。ね。ね)


 ルシェが身を屈め、駆けた直後──ソフィアが騎士団長の前へと、躍り出て、迎撃する態勢へと移った。


「まあ、そうだよね!」


 キン、と音を立てて弾かれる剣。槍の方がリーチが長い分、ルシェの力が乗り切る前に防御されるのは自明の理。かといって、懐に潜り込みすぎればそれはそれで力を十全に出しきれない。


 ならば。


「流石ですね、ルシェ」

「貴女もね」


 ならば、とルシェが行動に移せばそれにソフィアは対応する。同格以上の敵に対する戦闘経験値はソフィアの方が上かもしれない、とルシェはソフィアに対する脅威度を一段階上昇させた。


「ルシェ。私は正直、真っ直ぐ自らの想いをぶつけることができる貴女を好ましく思っている」

「……へえ」

「ですが、それでも一般人を盾にする行為は許せません」


 それに、とソフィアは笑った。


「言葉にするのは恥ずかしいですが……私も、ジル様が好きです。畏れ多くも、とても好きです。なので、貴女には渡したくありません。ええ、渡したくありませんとも!」

「っ!」


 視界を埋め尽くす黄金の光。自らを殺せる力を見て、血の盾を前方に展開しつつ即座にルシェは後ろに下がった。下がりながら、作戦を再構築していく。


(ソフィアに割く意識の割合を上昇させないと死ぬね。そうすると……)


 そんな風にルシェが思考した瞬間。


「────っ!?」


 消し飛ぶ左腕と、視界の端に映った光の矢。それは上空の『光神の盾』に激突すると同時に、広範囲に渡る大爆発を引き起こした。

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