剣士修行

 翌日の早朝。


 客人である俺たちは客人専用の部屋へ通され、そこで朝食をとっていた。朝食のメニューはいたってシンプルなものだが、エクエス王国の特産物から作られたという果実汁が特段に美味しい。


「ソフィア。上官殿と距離を置いてどうする」

「し、しかしアナ。ジル様の顔を見ると、なんというか、頰が熱くなってしまい……」

「ふむ。これでは本末転倒か。とりあえず一度、意識を切り替えろ。従者としての己を思い出せ」

「う、うう……」

「そしてソフィア。これは叩き潰しても問題ない小国のリストアップだ。徹夜で探したぞ。横取りされないようにリストは破棄するから、暗記しろ」

「はい。……えっ、本当にやるんですか」

「当然だろう。武功を挙げて成り上がるのが、今の時代には適している。貴族の養子になる手もあるが……まあ、やはり武功だろう。そうやって王位に就いた人間だって、大陸を見渡せばそれなりに多いぞ?」

「ほ、本当にやるんですか?」

「大丈夫だ、冥府に何度叩き落としても問題ないような屑をリストアップしたからな」


 騎士団長とソフィアは離れた位置で朝食をとっていた。今朝顔を合わせた瞬間から、ソフィアは俺に対してどこかぎこちない様子だったが……昨晩は二人で何やら会話をしていたそうだし、何かあったのだろうか。心の声は「わー! わー!」だけでよく分からなかったし。


(……二人の間の空気は悪くなさそうだが。ふむ)


 それにしてもジルの聴力をもってしても会話が聞こえないのは大陸最強格と、神の血を引く者によるコソコソ話だからだろうか。ただまあ、仲良くなったようだしなによりである。乙女の会話を盗み聞きするのは良くないだろう、と俺はそちらへの意識を打ち切った。


「騎士団長が、ああも活き活きとしている姿を見られるとは。『粛然の処刑人』殿以外にも、彼女と対等に接する者ができたのは喜ばしいことです」

「……普段はああではないのか?」

「ええ。騎士団長は、真面目な性格をしていますから。『粛然の処刑人』殿に関して語るときは、楽しそうなのですが……っと、申し遅れました。私は第一部隊隊長を務めているニールと申します。此度は、貴殿らの案内役の一人としてこの場にいる者です。以後、お見知り置きを」


 そう言って頭を垂れたのは、金髪の騎士。王子様風の空気を纏った青年は、現代日本人が真っ先に思い浮かべる騎士のような風貌をしていた。


「しかし、問題もありますね」

「……問題?」

「ええ。我々騎士団は、騎士団長と『粛然の処刑人』殿でカップリングを形成しているので、彼女たちの関係が友人であると理解できて問題ありませんが……騎士団長と、ソフィア殿の関係にカップリングを見出す者が出てきたら大問題です。──間違い無く、派閥の対立から内戦が起きるでしょう」

「そんなんで内戦が起きるなんざアホくせえ。なあボス。……ボス?」


 俺は無言で、朝食へと視線を移した。アニメをたしなみ、SNSなどで同好の士と雑談をしていた俺には、一応理解できる論理であることがなんとなく悲しくなったからである。オタクはエクエス王国民だった……?


「どうやら、ジル殿はご理解頂けたご様子」

「マジか」

「あの二人には表では距離を置いて頂いて、裏では密会という形で……いや、むしろ怪しいか。妄想がたぎる方が出てしまう。さて、どうしたものか」

「……おいローランド。コイツの言葉の意味が分かるか?」

「……いや、よく分からない」

「だよなあ」

「一先ず、祈ることにしましょう」

「何を?」


 真剣な面持ちのニールと、心底困惑してる様子のヘクターにローランド。……無理もない。普通は困惑するし、理解できない言語としか思えないだろう。


「この果実汁は輸入品にする価値がありそうですね、王」

「ん? ああ、そうだな」


 意識を切り替えて、レイラの言葉に頷く。本当にこの果実汁は美味しいし、俺としても日常的に飲めるなら飲みたい代物だ。


 とはいえ、高級品ではあるだろう。購入できるのは俺を筆頭にした一部のみだ。俺個人としては庶民の者たちにも手が届きやすい品を仕入れることで、国交の維持を強固なものにしたいところではある。なので時間を作って市場を回る予定も組み込んで──


「上官殿」

「む」


 レイラと意見を交わし合っていると、騎士団長がソフィアを連れ立ってこちらにやってきた。朝食は食べ終えたようで、城で働いている侍女によって皿が下げられている。


「今から約一時間後から、訓練を開始します。上官殿たちも参加するのであればその手筈で動きますが、いかがなさいますか? お二人は客人なので、私としては剣の手ほどきだけでも問題ありませんが」


 その言葉にしばし考えて、頷く。


 俺の訓練方法は独学もいいところなので、一度他の訓練を体験したいという気持ち自体は前からあった。しかし、ジルという男が誰かに頭を下げて教えを乞うなどキャラ崩壊もいいところ。盗み見をするのもなんとなく相応しくないし、教会の訓練はアレはアレで特殊例にすぎる。


 騎士団長は、いわば専門家である。その専門家の意見を自然に聞くことができる機会なのであれば、鷹揚おうように頷くとのは当然の流れと言えた。俺の今後の成長に、繋がることは間違いないだろう。クロエによる魔術指導のおかげで、魔力の扱い方が上達したのと同じだ。


「あ、それって俺たちも参加して構わねえか?」

「構わない。とはいえ、基本は剣を扱う訓練だから、拳で戦うヘクター殿やローランド殿が参考になる訓練はそこまでないかもだが」

「体力作りとかもやるだろ? 国に滞在する間、サボってるのもなんだしよ。剣を使った訓練中は、普段の訓練を隅っこの方でしとくさ」

「了解だ。騎士たちにも、良い機会かもしれない。なにせ、あのマヌスに戦争で勝った兵士の訓練だからな」


 ……そういえば、俺たちは大陸最強国家を打倒した国の最高戦力という目で見られるのか。 訓練を参加するにあたってはあまり意識してなかったが、エクエス王国の騎士団としても得られるものはあるのだろう。


「おや。ジル殿とレイラ嬢は、騎士団長のお眼鏡に叶ったのですか?」

「ああ。ニール、お前にも良い刺激になるだろう。特に上官殿は、私と同等の才の持ち主かもしれん」

「ほう。それはそれは」

「戦意が滾っているぞ。……まあ、負けず嫌いなお前らしくはあるがな」


 ◆◆◆


「遅刻者はなし。いつものことではあるが、貴公らのその在り方を私は嬉しく思う」


 朝食を終え、ジルたちはニールの案内を受けてエクエス王国のとある一角にやってきていた。


「さて、訓練開始と言いたいが……今回はいくつか事前の通達があるので、心して聞くように。まずは先日襲撃してきた『魔王の眷属』に関してだが……」


 訓練場。


 エクエス王国が誇る騎士団のために設立されているそれは、広大な屋外空間だ。様々な状況を想定し、エリアごとに環境の変化もある。今回は草原エリアであり、天気の良さもあって皆どこか生き生きとしていた。


「……以上が、現状把握できている彼らの詳細だ」


 天候が悪くとも、ここで訓練を行う日もある。戦場が常に良天候であるとは限らず、だからこそ彼らは屋外での訓練を大切にしていた。勿論、それで体調を崩しては本末転倒なので、ある程度の見極めはしているが。ちなみに軽い風邪程度であれば、ノアが即座に完治させられる。


「そして『魔王の眷属』への対策……になるかは分からんが、警戒態勢中は常に四人一組で行動するように。一応は上官殿が結界を張ってくれているが、万が一はあるのでな。一人は情報伝達係で、もう三人は足止めだ。殺す必要はないし、無理をする必要もない。命を賭したところで傀儡にされ、自国の民を襲う兵器と化し、敵の戦力を徒らに増やすだけならば、そこはお前たちの死地ではないと知れ」

「はっ」

「勇気と蛮勇を履き違えてくれるなよ。……本音を言うと足止めも考えず全員で立ち去れと言いたいんだが……それでは民の守護が成せないからな。良いか、生き残ることを考えて行動するように。暫くの訓練は、そこを意識させることを特に重点化することにする」

 

 そう言って、騎士団長は手を叩いた。


「まずは走り込みだ。体力作りは基本にして前提だからサボるなよ。体力が足りないと、戦闘中でも常に体力配分を考える必要が出てくる。加えて、体力を考慮して手を抜く場面も生まれるだろう。そんな思考は戦闘において余分であり、訓練で削げるだけ削ぐに限る。常に全力で殴り続ける、あるいは回避し続けることができれば、それだけで大きなアドバンテージを得られるのだからな」

「はっ!」


 騎士団長は訓練の内容と、その訓練をする意味を口にすることを心がけていた。何故なら、その方が効率的だからだ。訓練の意味を理解していれば身が入るし、意識して訓練に励むようになる。


 誰だって「こんなことをしてなんの意味があるんだ?」と思うような訓練に励むことはないだろう。励んだとしても、意識する部分が見当違いなことになれば意味がない。自分で気付かせるのも悪くはないが、最初から教えることで最初から全力で取り組んでもらった方が最終的な習熟度は上であることを騎士団長はこれまでの実経験から把握していたので、最初から教えるようにしている。


「さて、今回は走り込みだ。一時間、常に全力で走り続けろ。最低でも三百キロメートルは走るように」

「はっ!」

「常に音速で走ることができれば千二百キロメートル以上走ることができるし、音速の二倍なら二千四百キロメートルだ。新人は、速度と体力をつけることで距離を長くしていくことを意識してほしい。始めは、全力で一時間常に一定のペースで走ることは難しいだろうが……徐々に慣れる」

「はっ!」

「多くのことは、才能がモノを言う。だがな、体力に関しては努力がモノを言う世界だ。励むように」

「はっ!」

「そして各部隊の隊長は、千二百キロメートル以上は確実に走るように」

「はっ!」

「よし、では始めるか。私に続け!」


 





「大国の訓練は中々だな。こりゃ、うちの兵士たちにも導入する必要があるかねえ」

「……いや、流石にいきなりはしんどいんじゃないか? 少なくとも、鎧は脱いだ方が……」

「そうか? けど、強くなりてえならやっぱこんくらいは必要だろうよ。今のままじゃ、アイツらは大国の雑兵に手も足も出ねえ」


 エクエス王国は、兵力という意味において平凡といえば平凡である。


 魔術大国の魔術師団は、そのほとんどが上級魔術の一撃で建造物を崩壊させる火力を有している。ドラコ帝国の竜使族は、制空権を支配しつつ音速の数倍の速度で絨毯爆撃じゅうたんばくげきを仕掛けてくる。マヌスの戦闘鬼兵は、仲間が死のうが嗤いながら攻撃を続け、しかも一人一人の肉体強度が人間のそれを遥かに凌駕している怪物集団。


 だが、エクエス王国の騎士団にはそういった特異性がない。鎧を纏って剣を振るう彼らは、純粋な人間としての力でそれらと拮抗する戦力を常備する必要があり──だからこそ、彼らは日々並々ならぬ努力を続けて、集団戦術という自分たちの利を活かす方向に特化していた。


 小国が参考にするなら、エクエス王国であるべきだろう。真似が可能かどうかは別として、他はちょっと、真似すらできないほどに異常にすぎるので。


「才能によらない部分を極限にまで鍛えることで、才能がある連中に拮抗する。好きだぜ、俺は」

「まあ確かに、継続戦闘能力はエクエス王国が一番強い気がする」

「生存能力ってのは大事だ。態勢を立て直しやすいからな」

 

 そう言って、水を飲むヘクター。訓練中の栄養補給は大事にしているようで、休憩所には体力の水と塩、そして食べやすい形にカットされた果物が用意されていた。


「体力作りを終えたあとは鎧をつけた状態で色んな挙動で動き回ったり壁を登ったりする訓練に、剣筋の確認。んでもって、最後の方には騎士団長からワンパンされた状態で模擬戦をするらしい」

「ワンパンをされた後でか」

「ああ。痛みを負った状態でも生き残れるようにするんだと」

「……本当に、生き残ることに特化しているな」

「ああ。俺も得られるものが多いぜ」


 ◆◆◆


「さて、では剣の訓練を開始しようか」


 そう言って、騎士団長は微笑む。


 この場には俺とレイラに加えて、騎士団長のアシスタントとしてニール。そして、見学ということで騎士団長が連れてきたソフィアがいた。


 曰く「ソフィアのためにもなる」とのことだが、彼女の主武装は槍である。まあ、対剣士用の訓練にはなるのだろうが……いや、俺が気にしても仕方がないか。


「人類最高峰の剣士に至る才能を持っていながら剣士として一切鍛えていない上官殿は、是非とも可能性の芽を出したいと思いまして。他にも様々な分野で上官殿は人類最高峰の存在に至る可能性を秘めていますが……とりあえず、私としては剣を推したいですね」


 どれを極めるかは好きに決めるといいが、と騎士団長は俺に剣を渡してきた。


「先の剣を扱うのは、ある程度形が成ってからです。とりあえずは、この剣で基礎を身につけて頂きたく」

「ふむ」

「まずは……なんとなく、で構いません。一度剣を振ってみて下さい」


 言われたように、俺はアニメやゲーム、ドラマの動きを脳裏に描いて剣を振ってみる。ニールが「ほう」と感心したように呟き、レイラも「流石ですね」と頷いた。


「やはり、私の見立ては間違いじゃありませんね。筋が良い……どころじゃない。良すぎる。剣士の才能だけでなく、あらゆる面で天に愛された才能を有している上官殿は、才能を掛け合わせることで真価を発揮するのでしょう」

「……才能を、掛け合わせる?」


 思わぬ言葉に、俺は騎士団長に聞き返していた。それは、俺が成長を果たすのに間違いなく一役買うと直感が囁いている。


「今は無意識ですが、いずれは……。まあ、これは後ほど。とりあえず、修正点を少し述べますね。まずですが、この構えから剣を振る場合、後ろ足の重心は──」


 先の言葉の真意は気になるが、騎士団長が後でいいと言うなら後に回そう。こういうのは、専門家に従うべきだろうから。専門家すら疑うことで成長を果たすほどの領域に、俺はまだ達していないだろうし。


 もちろん、俺と騎士団長がこれから戦闘を開始すれば間違いなく俺が圧勝する。そしてそれは、騎士団長も理解しているだろう。だからこそ、彼女の言葉は信じるに値し、俺はそれに従って鍛錬を積むのみだ。


「──一先ずは、こんなところですね。普通なら一時間以上只管に、今教えたやり方で剣を振ってもらうんですが……上官殿なら十分もいらないでしょう。……ニール、監督を頼む。あなたが問題ないと判断したら、私に知らせるように」

「御意に」

「ないとは思うが、修正すべき点があればその都度上官殿にご指摘しろ。慣れれば無意識に肩が上がりすぎたりするからな……まあ、上官殿であればないと思うが」

「はっ」


 ではその間にこちらも進めよう、と騎士団長は視線をレイラへと移した。


「まず質問だが、あなたはどこまで斬れる?」


 ◆◆◆


「落ち着いて。エミリーは、中級魔術自体は使えている。だから、下地は間違いなくある」

「で、ですが」

「失敗しても構わない。エミリーが諦めないなら、私は最後までエミリーをきちんと見る。恐れる必要はない」

「……わかりました」


 クロエ監督のもと、中級魔術を無詠唱で行う訓練をエミリーはこなしていた。


 進捗は良くない。けれど、エミリーは諦めなかった。ジルくんは頑張っているし、偉大な師匠もいる。それで諦めるほど自分は根性なしではないのだと、エミリーは毎日中級魔術を無詠唱で放とうとして──自爆している。


「くっ」

「問題ない。さっきより、魔力の制御が良くなっている」

「はい」

「無詠唱で魔術を使うにあたって、難しい点は覚えている?」

「はい」

「なら、大丈夫」

「頑張ります!」

「ジルは私が育てた」

「はい! はい?」


 突然そんなことを口にしたクロエに対して、思わずエミリーは首を傾げた。


「えっと、クロエ様。どうしました?」

「ジルは私が育てた」

「え、えーっと?」

「私の育成方針に、異を唱えられた気がする」

「は、はあ」

「由々しき事態。訴訟も辞さない」

「どういうことですか……」


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Q.エクエス王国の修行過酷すぎない?

A.仮想敵が戦闘狂集団、竜の軍勢、マップ兵器みたいな連中だから仕方ない。

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