恋バナ
ジルの許可も得たので騎士団長の言葉に応じたソフィアは、会議を終えてしばらくしたのち、城の庭園で星空を見上げていた。夜特有の静寂とそれに添えられた噴水の音が心地よく、自然と微笑みが浮かんでくる。
(私と話がしたい、ですか)
ふと、この大陸の人間からそんなことを言われたのは初めてだなと思う。自分は敬愛するジルの臣下であり、それはつまりジルのオマケのようなものだ。なのでジルの付き添いで他者──エミリーやクロエなど──と言葉を交わしたり顔を合わせたりする機会こそあれど、個人的な付き合いというものは皆無に等しい。同僚たちとの会話とて、ジルという共通点があってのもの。
このパーティーのドレスコードを揃えるためにレイラと服を見て回ったりしたが……それくらいだ。完全なプライベートとは言い難いだろう。グレイシーは教会の人間なので除外である。
そういう意味で、騎士団長の言葉はソフィアにとって新鮮だった。自分に対して微笑みを浮かべながら「話がしてみたい」と口にした、騎士団長の言葉は。
いや思えば──教会にいた頃でさえ、誰かと雑談をする機会はほとんどなかった気がする。『熾天』に至る前は修行に明け暮れていたし、『熾天』に至ってからは尊敬の念を集めた結果、他者が寄り付かなくなっていた。同じ『熾天』とも信仰を捧げる時間や戦闘訓練以外で顔を合わせることはなかったので、騎士団長と雑談を交わすことは人生で初の経験になるのかもしれない。
そして。
「すまない。仕事が長引いてな……待たせてしまっただろうか」
「お疲れ様です。この国から見上げる空は新鮮で楽しめましたので、そう長くは感じませんでしたよ」
「そう言ってもらえると助かる」
疲れたような表情を浮かべて現れた騎士団長は、パーティーのドレスとは異なる私服姿だった。肩口で切り揃えられた常闇のような美しい黒髪と、ルビーのような紅い瞳。白磁のように白い肌は彼女の髪と対照的で、それがどこか妖艶な空気を醸し出している。
「立ち話もなんだ。そこの椅子を使うとしよう」
そう言って腰掛けた騎士団長に続いて、腰を下ろすソフィア。騎士団長は「うーむ。ティーセットを持ってくるべきだったか……?」と首を捻って。
「星空が好きなのか?」
「どう、ですかね。少なくとも嫌いではないです」
「ふむ。随分と楽しそうに見ていたから、星空が好きなのかと思ったが」
大陸から見る星空は新鮮な気分を味わえるので、確かに楽しんでいたかもしれないな、と気付く。思っていた以上に、深層心理が表情に出ていたようだ。緩んでいる、とも言えるだろう。ジルが直々に「此度の旅路だが、貴様にとっては半分休暇のようなものだ。羽を伸ばすといい」と口にしていたのも大きいかもしれないが──反省しよう、とソフィアは思った。
「まあ、この国から見える星空は格別だと思うぞ。いつの時代かは忘れたが、恋人と美しい星空を眺めるために国中の天才が集まり、街の光量を調整したと聞く。それを今も守っているからな。まあ魔獣討伐の任を受けた部下が遭遇した冒険者が言うには、『未開発の地から見る星空の方が綺麗だと思う』とのことだが」
「冒険者ですか。それは読んで字のごとく、冒険をする方々なのでしょうか?」
「いや、冒険者が冒険する者のことを指していたのは、今は昔の話だ。大陸で未開の地がほとんど存在しない現代において、彼らは冒険者とは名ばかりの便利屋と聞くな。私も詳しくは知らん。エクエス王国はもちろん、大国は冒険者や冒険者組合との繋がりが皆無に等しいからな」
「便利屋……」
「ああ。大国と違い、小国は人材が足りないことが多い。そういった小国から依頼を受けて人材を派遣するのが、冒険者組合となっている。彼らの主な任務は魔獣の討伐だが……それに留まらず、基本はなんでもするらしい」
まあその結果、国と冒険者組合のどちらの立場が大きいのかよく分からない状況に陥ってしまった小国も存在するらしいが……と騎士団長は言葉を続けた。
「加えて、冒険者組合には万が一国とことを構えたときの切り札として、大陸最強格に匹敵する実力者を一人隠し持っているという話もある。ソフィア殿も、一応は気をつけた方がいい。あのマヌスを退けた以上、大陸最強格が一人敵になろうとも、軍事的な面では問題はないと思うがな」
「大陸最強格……確か、大陸に四人しかいない実力者、でしたよね」
「ああ、一応な。『氷の魔女』『龍帝』『人類最強』……そして、私の四人。一応は、そういうことになっている」
「……? 他にもいるんですか?」
「いないと断言できるほど世界を見て回っていないし、冒険者組合の虎の子の噂が真実ならば五人になるからな。そもそも上官殿やソフィア殿がいる以上、他にもいる可能性はあるだろう? だから同格の人間がいてもそういうものだと受け入れるし……それこそ大陸の向こう側には、我々より強い者がいるかもしれん」
あまりにも埒外であれば流石に驚くが、と騎士団長は笑った。
「……それにしても、ソフィア殿の動きは少し不自然だったな。なんというか……本調子ではない状態で、それでもその中での最大のパフォーマンスを発揮することを意識した動きに近い。だが怪我はなさそうだし……本当に、不思議だ」
内心で、ソフィアは騎士団長の慧眼に賛辞を送る。ソフィアは大きく弱体化しているが、それでも実力は大陸最強格と同等のそれ。普通であれば先入観もあって違和感など抱かないはずだが……彼女は、それを見抜いた。近接戦を得意とする者同士だからこそかもしれないが、それでも見抜いた事実に変わりはない。
──と。
「まあこの話はこれくらいにしておこう。私は、こんなことを語るためにソフィア殿を呼んだ訳ではないのだから。……本題に入っても良いだろうか?」
「!」
途端、騎士団長の纏う空気が変わる。
「……」
ごくり、とソフィアは固唾を飲んで騎士団長の言葉の続きを待った。ここまでの話は、騎士団長という立場に君臨するものとしては最大級に重要なものだったはずだ。友好的な関係を結んでいる自分たちに対しても、彼女は有益な情報をもたらしてくれたりしていたのだから。
しかし、これですら前座だという。いったいどんな、どれほど重大な言葉がその口から紡がれるのかと。騎士団長の言葉を聞き漏らすまいと、全神経を集中させ。
「恋バナをしよう」
「………………」
……? 騎士団長は何を言っているのだろうか、とソフィアは珍しく本気で困惑した。
「恋バナだ。恋バナ。見たところ、ソフィアは上官殿を好いているのだろう?」
ぐいっと机に乗り出すような姿勢で切り出してきた騎士団長の言葉に、ソフィアの顔が赤く染め上がる。
「ふ、不敬ですよ騎士団長殿!」
「不敬? 好意という感情に不敬も何もない。あるのは──純粋な、愛だ」
「────!?」
曇りなき眼と共に、真っ直ぐ放たれた騎士団長の言葉。それを受けた結果、電撃に打たれたかのような衝撃がソフィアを襲う。
「ま、待ってください。そもそも私は別に、じ、ジル様のことをそういう意味で好いては……」
「隠しても無駄だ。私のセンサーは、愛を全て捉える」
「!?」
「私の才能は……他者の愛を認識することだからだ」
「!?」
絶句するソフィア。そんな才能があるのか、とソフィアは大きく目を見開いていた。
「で、ですが……私は本当に、その……敬意は有していますが、その……。ジル様に対して、自分を偽るなどそれこそ不敬で……」
「ふむ。自覚がないパターンか」
「じ、自覚がないパターン?」
「ああ。ある意味最も最悪なパターンだ」
「最悪……」
「大抵このパターンは、自分の気持ちに気付いたときには相手のカップリングが完成されている。気付いたときには手遅れという訳だな。……危なかったなソフィア殿。私のセンサーによれば、上官殿はまだ特定の相手が存在していない。つまり、今ならまだ勝てる」
「は、はあ」
顎に手を添え、素早く分析を完了させた騎士団長。よく分からないが、あまりにもの気迫にソフィアはとりあえず頷くしかなかった。
「良いか。これからいくつか私が質問をする。ソフィア殿は、それに答えてくれれば良い」
「わ、分かりました」
◆◆◆
場面は、エクエス王国でヘクターたちに用意された部屋のバルコニーへと変わる。
「やっぱよ、こういう飯がちょうどいいんだよ」
「……それは同意するかもしれない」
「なんとなく、理解できます」
「だろ? いやまあ高級な飯も美味えよ? それは否定しねえ。否定しねえし、普通に好きだ。けどまあ……こういうのがやっぱ好きなんだよな」
そこでは巨大な鍋が、グツグツと音を立てていた。中には多種多様な野菜と肉。スープは適当な調味料を「この組み合わせで不味くなることはない」を入れて作られた──所謂、男飯。
「ボスは俺たちに気を遣って飯を分けてくれたが……足りねえしなあ。お偉いさんたちが集まって、立食形式で食う飯は慎ましくていけねえ。それがマナーとは分かっているがな、俺のような傭兵向きじゃねえんだ。……ボス自身も足りねえと思うが、大丈夫かね?」
「大丈夫ではないぞヘクター。何故、私を呼ばない」
「いやそれはボスはなんだかんだで高級志向なのかなと──ってボス!?」
「いつのまに来たんですか」
「心臓が止まるかと思いました……」
いつのまにか椅子を用意して、ヘクターたちと一緒に鍋を囲んでいたジル。鍋の様子を確認しては「灰汁が出ているぞ」とヘクターにお玉を要求して灰汁を取っている。
(……馴染んでる)
馴染んでいる。この上なく馴染んでいる、とローランドは思った。おそらくレイラも同じだろう。圧倒的な神聖さと王気は健在だというのに、彼は物凄くこの場に馴染んでいた。その馴染み具合は──元々は平民と言われた方がすんなりするくらいである。
「今の私はオフだ。貴様らも硬くする必要はない」
「俺の心臓に悪いんだが」
「構わん。私が許す」
「……何を許されたんだ?」
「分からん」
「分かんねえのかよ」
馴染んでいるのに違和感が凄い状況を、ヘクターは普通に受け入れているらしい。彼の順応性が高いのか──あるいは、元々何かを察していたのか。
ただとりあえず、ジルの空気が柔らかいことはローランドにも分かる。マヌスとの戦争が終わってからは、その傾向が顕著にも思うが……最強の大国との戦争に勝利して、ほぼ確実な平穏を得たからだろうか?
(……だとしたら)
だとしたら『世界の終末』に関してジルに相談するのはやめた方が良いかもしれない、とローランドは思った。彼が平穏を望んでいるのなら、あえて厄ネタを持ち込む必要もない。自分たちだけで解決できるなら、それで良いだろう。
(いや、けど世界を巻き込む事態だとすれば、取り返しがつかなくなる前に相談した方が良いのか……?)
分からない、とローランドは思った。以前までの自分なら、レイラ以外はどうでも良いので特に考えることなくジルに話を聞いていたはずなのに──この心境の変化はなんだろうか。何故、自分はこんな思考をしているのだろうか。合理的じゃない。これだと──
「どうした、ローランド」
「え、いやその……」
「硬くする必要はないと口にした以上、その態度は逆に不敬だと言えるが……まあ良い。それよりも、できたぞ。この私が手ずからよそってやろう」
「あ、ありがとうございます」
そうして渡された器を受け取り、一口。……美味しかった。屋外で食べる雑多な料理というものが無性に美味しく感じるのもあるが……なんというか、美味しかった。
「くくっ、ヘクターの料理を口にするのは初か」
「あー確かに、ボスは料理長とキーランの飯くれえしか口にしてねえからな」
「然り。王である以上、口にするものにもそれ相応の価値が求められる。そうでなくては、王としての格が落ちるからだ。民衆に違いを見せるのも、王としての務め」
「ハッ、これは良いのか?」
「構わん。今はオフだと言っているだろう。今ここにいるのは"ジル"であって、王でなければ神でもない。敵には容赦せんし、有象無象には興味関心もないが──忠臣が珍しく手ずから作った料理であれば、興味も湧こう」
「一々そういう風に言わなくちゃならねえ王ってのも大変だなオイ」
「傭兵としての真価を、見せてみよ」
「俺は料理人としての武者修行なんざしてねえんだよ」
「なんだ知らんのかヘクター。今時の傭兵はな、女子力が求められるのだ」
「そんな時代なら国を抜けた傭兵らしく革命を起こすわ」
ヘクターが酒を飲みながら「あー美味え」と鍋を口にし、ジルもそれに倣うようにグラスに入れた酒を飲んでいた。その所作は王としてのそれなのだが、それでバルコニーで鍋を囲んでいるのだから少し笑ってしまう。
「……ま、多少は気楽にやれてんなら良かったわ」
ヘクターが何やら呟いたが、ローランドの耳には聞こえなかった。ジルは少しだけ反応したが、それを無視して鍋の中身を取り出して──
「ローランドにレイラ。酒の肴を用意せよ」
「……?」
「え……?」
「ここはエクエス王国。ならば貴様らが語るべき話は自ずと一つに定められよう」
ニヤリ、とジルが不敵に笑う。笑って、言った。
「貴様らの馴れ初めを聞かせるが良い。恋バナとやらに興じようではないか」
「では、そうですね。……アレは、私が賞金首の首を草原に並べている時でした」
「……待て。
「趣味ですから」
「趣味」
「日常から始まった恋なので」
「日常」
◆◆◆
「自覚を得たか。最悪の最悪は避けられそうだな」
「……」
机の上に伏せたソフィアと、得意げな表情を浮かべた騎士団長。両者のパワーバランスは、完全に騎士団長の方へと傾いていた。
「……」
撃沈。撃沈である。教皇が見れば「おおソフィア。『熾天』ともあろうものが情けない」とかなんとか言いそうな構図。神に仕える教会の最高戦力である身としては、相応しくない絵面であった。
「……」
だが、だがどうしろと言うのかとソフィアは涙目のまま机をバンバンと叩く。感情の本流を抑えられない。先の問答の結果、もはや彼女はよく分からない心理状態に陥ってしまった。
「物に当たるのは良くないぞ、ソフィア殿」
ピタリ、とバンバンを止めるソフィア。彼女はいい子だった。
「うう……」
「かわいらしいな」
「その口を閉じてください……」
「覇気がないぞ」
「……」
「さて、自覚を得た以上は次の行動に移らないとな」
「……?」
恨めしそうな表情から一転して不思議そうな表情を浮かべるソフィアに、騎士団長は切り出した。
「プロポーズだ、ソフィア殿。結婚のために、今すぐ行動しなければならない」
「そ、そんなに急なものんですか!? だ、段階とかあるんじゃないですか!?」
「何を言っている。恋心を自覚するということは、それはもう結婚するために行動するということに他ならない」
「で、ですが」
「それともなんだソフィア殿。貴殿のその尊い気持ちは、その程度のものなのか?」
「そ、そういう訳では! で、ですがそもそも……これは不敬で」
「愛を抱くのが不敬な世界なら、私はその世界を破壊しよう」
本気の目だった。そしておそらく、その状態の騎士団長は戦闘力が百倍くらいに上昇するのではないかとソフィアにさえ思わせるだけの覇気が、そこには存在した。
「好きなのだろう? ならば自らを偽る必要はない」
「は、はい」
「しかしなんともかわいらしいな。だんだんと好きになっていく過程を聞けたのは、個人的にも得難い経験だった」
「言わないでくださいよ……」
これまでのエピソードを聞かれ、それに答えると根掘り葉掘り感情を思い出させ、更にそこから深く指摘され、そしてそして──と、騎士団長の質問は、あまりにも的確にソフィアの感情を覚醒させた。なんでもない日常から起きていたソフィアの感情を、騎士団長は目敏く読み取っていたのだ。
「実に面白いエピソードを聞けた。個人的に特に傑作だったのは、魔術大国でのエピソードだな。私にはよく分からん謎の敵との戦いの後で立ち戻った魔術大国での買い物で──」
「い、言わないで下さいよ」
「自覚がなかったのはソフィア殿だろう?」
「うっ」
「しかし、上官殿に姉がいらしたとはな。それも『氷の魔女』とは」
「私の憶測なので、姉かどうか確定していませんが……髪と瞳の色が」
「それだけだとソフィア殿も一致しているが……まあ良い。さて、ではそろそろ始めようか」
ふうと、騎士団長が息を吐く。そして。
「ソフィア殿。実を言うと、現実は辛く厳しいものだ。ぶっちゃけ、王族と平民が結婚するなんて、普通は無理だ」
「え」
ここまできてそれはないんじゃない? とショックを受けるソフィア。今すぐ自決しそうな勢いの彼女に「まあ待て」と騎士団長は言葉を続けた。
「普通は、と言っただろう。ソフィア殿。身分違いの恋を叶える方法は、きちんと存在する」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ」
堂々と言い放つ騎士団長。その瞳に嘘の色はなく、それ故に彼女が本気で言っていることを理解した。一体彼女は、どれほど高度な頭脳を有しているのだろう──と、ソフィアの中で騎士団長への畏敬の念がグングン上昇していく。
「その方法は色々とあるが……手っ取り早いのはソフィア殿。あなたの身分を上げることだ」
「え」
「功績を立てるぞ、ソフィア殿」
ズバリ、身分が低いのがダメなのなら、身分を上げればいいじゃない作戦である。
「とりあえずソフィア殿。適当な小国を叩き潰して、そこの女王になろう」
「え」
「案ずるな。もちろん、叩き潰す小国は選ぶ。圧政や悪法を敷いてる国を探すんだ。そこの民を救って、権力を得るということだな。私も手伝おう。素性は隠すが」
「あの」
「上官殿か、エクエス王国が口出しをしても越権行為にならない国であることが前提だ。いくら極悪非道なものが王であろうと、そういう統治と言われればそれまでではある。個人的には好かんがな。王の形はそれぞれだ。とはいえ、法律上向こう側に問題があるのであれば問題ない。一度は異議を、二度目は警告を促して……まあ、任せてくれ。その辺はどうにかしよう」
世界はうまくできていて、敵を作るということは同時に味方を作ることでもある。そのことを、騎士団長はよく知っていた。
「そ、その騎士団長殿。流石にそれは」
「ソフィア殿。世の中、綺麗事だけでは回らないんだ。自分が幸せになるためには、他人の不幸の上に立つ覚悟を持たなければならない」
「深い言葉なんですが、多分言う場面を間違えています」
不思議そうな表情を浮かべる騎士団長。今更ながら、ソフィアは恐怖を覚えた。
「まあソフィア殿、諦めるな。不敬だなんだのと言って、その気持ちに蓋をする必要はない」
「騎士団長殿……」
ソフィアは自分を恥じた。騎士団長は、本気で自分のために言ってくれていたのだ。先ほどのも、おそらく自分に"それくらいの覚悟を持て"という意味を込めた激励であって、本気でそうしろというつもりはなかったのだろう。そんな騎士団長に恐怖を覚えた自分は、いろんな意味で未熟である。
「私の見立てでは、上官殿は寛容だ。当たって砕けるくらいに終わるだろう」
「あれ、砕けるんですか?」
「だからソフィア殿。結婚のために行動しよう」
「あの、砕けるんですか?」
「ソフィア殿──いや、ソフィアと呼んでも良いだろうか」
「え、ええ」
「私はアナスタシアという名前なのだがな……アナと呼んでくれ」
「わ、分かりました」
「さてソフィア」
「はい?」
騎士団長はソフィアの手を取った。そして。
「協力は惜しまない。どうか、貴公の道に幸あらんことを」
そして優しげに微笑みながら、そう口にしたのだった。
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