対策会議

 『魔王の眷属』による襲撃が収まってからしばらくして、パーティーは再開された。とはいえ、自由参加の形式だが。警戒心の強いものは帰宅して良いとの宣言を受け──誰も帰宅しなかった。推しカプについて語り合う貴族たちの姿が、そこにはあった。


 これでもしも解釈違いがあればカップリング論争が始まるのではと危惧していた俺だったが……そこは国王が、きちんと事前調査をして酷すぎる論争は起きないようにしていたらしい。その事前調査の段階で解釈違い貴族を発見し、色々あって論争が起きたらしいが、その話は全力で無視した。


「すまぬな、ジル殿。先の『魔王の眷属』とやらの目的は、騎士団長であるという……我らの問題に、貴殿らを巻き込むことになるとは」

「構わん。我々も、『魔王の眷属』の動向は探っていたところ……こう言ってはなんだが、こちらとしても都合が良い。私としては情報共有をしたいところだが?」

「そう言っていただけるとありがたい。カップリング論争や恋愛が絡む物事以外で血を流すなど、悲劇にもほどがあるからの……戦争は、可能な限り避けるべき悪じゃ。そうせざるを得ない理由があるのは、上に立つ者としては分かるがのう」


 むしろカップリング論争で血が流れる方が悲劇だと思うのは気のせいか? という感情を飲み込む。俺は多様性を認める善良な一市民であるからして、理解しがたいものを前にしても笑顔を浮かべてやり過ごすことができるのだ。今はジルなので無表情だが。


「『魔王の眷属』は、この近くに潜んでいるだろう。ドケリーと名乗った男の撤退を助けた援軍も気がかりだ……戦力増強という意味も込めて、直ぐにでもキーランを呼び出そう」

「ありがたい。騎士団長も喜ぶじゃろう。……彼女は、生真面目な性格をしていてな。そして、儂としては娘のようにも思っている娘じゃ。その娘が、彼氏を飛び越え婚約者を連れてくる……儂はキーラン殿に『娘はやらん』と殴るべきじゃろうか? 救国の英雄たるキーラン殿を、儂は殴れるのじゃろうか?」


 おかしい。俺は『魔王の眷属』への対策に関する会話をしていたはず。何故、娘が彼氏を連れてくることを知ってしまった父親の葛藤を聞くような状況に陥っているのだろうか。


「……儂は、娘の彼氏を殴ることに、憧れを抱いていてな」


 それはそれでなんか違うと思う。


「陛下……いえ、今はあえて言いましょう──父上」

「……!」

「私は、どうか父上にこそ……受け入れて欲しい」

「騎士団長!」

「父上!」

「騎士団長!」

「父上!」

「……」


 狂気だ、狂気を感じる。


「なるほど」


 内心で俺が震えていると、ソフィアが俺の横に立つ。横に立って、彼女は晴れ晴れとした表情で言った。


「人類の存続と繁栄。人々が歴史を紡いでいくために必要な、神聖にして神秘の一端。その通過儀礼と最終儀礼を司る国が、ここということですか……いい国ですね、ジル様」


 ソフィアの好意的すぎる解釈が凄い。最近俺は、彼女が天使の生まれ変わりか何かにさえ思えてきている。神の血を引いているので、あながち間違いではないかもしれないのが恐ろしい点だ。


「──さて」


 俺がソフィア天使説について真剣に考え、哲学的観点から考察を始めようとした瞬間に、騎士団長が場を引き締めるような空気を纏う。それを受け、国王も居住まいを正した。


「陛下、そして上官殿。パーティーが終わり次第、『魔王の眷属』とやらに関する対策会議を始めましょう。『天眼』には仕事をさせています。騎士たちの招集も、既に。外にいるのであれば、今すぐにでも特定はされていることでしょう」

「うむ。承知した」

「良かろう。善は急げという」


 ◆◆◆


「結論から言うと、『魔王の眷属』とやらの居場所は掴めていません」


 パーティーを終え、エクエス王国の王城、その会議室に通された俺は、巨大な水晶玉の映像──『天眼』によって映し出された外の風景を見ていた。


「……結界を解いた直後には、お前には伝令があったはず。そう遠くまでは行けないだろうことと『天眼』で発見できていない二つの点から考えると、想定していた以上に近くに潜伏している可能性が高いか? それこそ、王都のどこかに」

「どう、でしょうね。何度も言っていますが、自分の『天眼』はそこまで便利なものじゃないんです。特定の場所の監視だとかは得意ですが、特定のものや人物を発見するのに長けている訳ではない。見落としているタイミングのルートから逃走していたのなら、漏れている可能性は否めません」

「とはいえ、初めは俯瞰して視ただろう。それで見つからなかった以上、即座に潜伏している可能性が高いと思うが」

「それは、そうですね……」

「一度、全ての家を漁りますか?」

「……それが速いが、しかし下手に刺激して無差別に暴れられても困る。敵の目的が私にあるのであれば、探りつつ待ちの姿勢でいるのも手ではあるだろう」

「しかし、悠長に構えすぎて敵に時間を与えるのも良くはないでしょう。なので──」

「しかし──」

「横から失礼。ここは──」

「だがそれだと──」


 様々な可能性が浮上し、議論され、そして適切な解を導き出すべく皆が思考を巡らせる。この世界は狂人が多いが、しかし狂人としての真価を発揮する場面以外だと、完全に思考停止で行動に移す人間は少ない。思慮深いのだ、基本的には。おかしいときは思考停止としか思えないが、そういう場面以外ではきちんと頭を使う。


「そもそも見張りがあってなお、あの人数が入り込めたのはどういうカラクリでしょう? いえ、一部の見張りは消されていたので、伝達する隙すらなかったといえばそれまでですが……しかし道中の形跡すらも皆無となると……」

「逃走経路を確保していた援軍に関しても、掴めなかった……加えて、上官殿の張った結界は最上位に位置するもの。それを部分的とはいえ崩壊させた相手だ。常識的な考えで、連中の逃走経路や潜伏先を考えること自体が、間違いか……?」

「しかし、だとすればどうしましょう団長。ノアの『天眼』をすり抜ける能力を敵が有しているのなら、我々がノアで探ること自体が敵の狙いかもしれません」

「……今こうしていること自体が、連中の思惑通りということか」


 苦々しい表情を浮かべた騎士団長は、やがて俺に視線を送ると、その頭を下げてくる。


「上官殿。恐れながら、知恵をお借りしてもよろしいでしょうか」

「当然だ。……とはいえ私としても、連中の全てを把握している訳ではないがな」


 ソフィアが出してくれた紅茶を飲みながら、俺は口を開いた。


「まずあの人数が違和感なく入り込めた理由だが……連中が見張りの人間を傀儡にし、使役したからだろう」

「なっ」

「しかし、それなら流石に顔で判別が……」

「顔の改造くらい、連中には造作もない。ギリギリまでは元の顔で、襲撃を仕掛ける瞬間に改造したということだ」

「……見張りの者が何人か消えていたのは、殺されたからではなく、傀儡にされたからということですか……」

「……いえ、待ってください。だとすればそれは、とてつもない脅威ですよ」


 一人の文官が、顔を青ざめさせながら言葉を続けた。


「戦力を現地で強制的に調達可能ということは、敵対勢力に対して疑心を幾らでも生むことができるということです。今この会議にいる仲間とて、実は『魔王の眷属』による傀儡かもしれないのですから」


 その考察に、この場にいる全員の顔が強張った。それは騎士団長とて例外ではなく、ローランドやレイラも表情を険しくしている。ヘクターは不機嫌そうに顔を歪め、ソフィアも眉を顰めていた。それらを横目に。


「いや、それは問題ない」


 それらを横目に、俺は彼らの不安を解消すべく口を開いた。


「連中による傀儡化は、物言わぬ骸への変容だ。つまり、常人とはまるで異なる状態に陥るということだ。連中が本当の意味で『魔王の眷属』として在るには一定の期間を要する儀式と、魔王への信仰心が必要であり、なればこそ我らが傀儡を見抜けぬという道理はない。人間として擬態させるのが不可能とは言わんが……まあ、不可能であろうよ。そもそもとして見た目も、幽鬼のようなものであるからな」


 これは原作知識によるものだ。原作で『魔王の眷属』がソフィアに全滅させられる際、三下キャラ特有の最期に情報をペラペラと語り出すやつでこんなことを叫んでいたからな。最期の言葉である以上、ほぼ確実と言えるだろう。とはいえ進化を遂げる可能性は十分あるので、油断は大敵だが。


「そして、より確実性を得るためにだが……」


 そこまで言って、俺は不敵な笑みを浮かべる。


「この国に、私やソフィアによる結界を張っても構わんか?」


 進化を遂げられたら厄介なのは俺も同じである。何より、連中の力は人類の天敵にもほどがある。大陸最強格とて、連中の相手は難しい。ある意味では、神々以上に難しい。戦力増強を考えている俺としては、人類側の戦力が『魔王の眷属』によって削られるのは面白くない。


「あとはそうだな……貴様らの武具に、一手間加えるとしよう。今のままでは、貴様らが一方的に屠られかねんのでな」


 かといって追い詰めすぎればそれはそれでエーヴィヒが自棄になるかもしれないので、その塩梅あんばいが難しいといえば難しいが。


(『魔王の眷属』は第二部で登場した勢力。エーヴィヒ自身は未登場だったが、しかしインフレした世界で登場した勢力の長だ。グレイシーは、おそらく神々とほぼ同クラス。海底都市の頂点も、神々と互角だ。なら、エーヴィヒは……)


 本体が出てくれば確実に仕留めるつもりではある。しかし仮初めの肉体ですら、相性を抜きにしたスペックではジルと互角の実力であるエーヴィヒの本体。その本体の実力は、俺の想像を絶するものかもしれないというのもまた、事実だった。


 ……それこそ、もしも、もしもだが。あのアニメの世界観で続編のような立ち位置となる構想を脚本家が練っていたとして。そして仮に、第三部で神々が消滅するのだとして。その後の世界でのラスボスが、エーヴィヒだったという可能性も──


「かたじけない。ジル殿」

「ありがとうございます、上官殿」

「ふん。礼は良いがな、貴様らは私を疑うということを覚えるべきだ。国の防衛機構を、他国の人間に一任する……些か、不用心だと思うがな」

「人を見る目はあるつもりじゃ。……しかし、そうじゃな。ジル殿が納得する理由を述べるならば、我らには対抗策がない。ならば、勝算の高い方を選ぶというのは、理にかなっているとは思わんか?」

「……くく、なるほど。それは確かに、私好みの回答だ」


 何はともあれ、方針は決まった。ドケリーと名乗った最高眷属と、俺の結界を崩壊させ、突然消えた謎の異能を操る援軍……おそらくはもう一人の最高眷属。その二人は、ここで潰しておこう。


 そしてここまで俺が善意を振り撒いた以上、この国に赴いた幾つかの目的も達成しやすくなるだろう。


「しかしジル殿だけに、一方的に与え続けてもらうというのは道理に反するのに加え、国の沽券にかかわる。ジル殿……何か我々に、望むものはないか?」


 きた、と俺は内心で冷笑を浮かべた。


 そもそも俺がこの国に来た目的は、『魔王の眷属』を討伐するためではない。大事の前の小事、程度のものなのだ。油断はしないし全力でことに当たるが、それはそれとして真の目的は別にあることを忘れてはいけない。


 だから俺は国王と視線を交錯させ、目的を果たすべく静かに言葉を紡ぐ。


「……『神の力』」

「!」


 そう。あくまでも俺がこの国に来た目的は、この国が管理している『神の力』の確保。元々は取引をして手に入れようと考えていたが、彼らが『神の力』の価値を把握している以上、如何に高価値の物を対価に出そうとも確実性に欠けてしまう。


(だが、騎士団長では討伐が難しい『魔王の眷属』を討伐することで、連中に恩を売れば話は変わる)


 『魔王の眷属』を放置すれば、国家滅亡もあり得る話。ならば俺が国を救ってやれば、彼らは俺からの要求を断りにくくなるだろう。国を救うことで、俺に対して信仰心……とまでは言わずとも、それに近い感情を抱く人間も出てくるかもしれない。


 本来は予定になかった『魔王の眷属』討伐だが、それをするだけで一石二鳥になるこの状況ならば、俺は喜んでそれをしてみせよう。


「ふん。何も一方的に要求する、とまでは言わん。……ソフィア。アレを出せ」

「はっ」


 そう言って虚空から一振りの剣を取り出したソフィア。その剣を見て、何を思ったのか騎士団長は眼を細めた。


「これは『神の秘宝』という私が知る限り最高峰の武具だ。私はこれと『神の力』を取引をするための、場を設けることを要求する」

「……すいません。私からも、よろしいでしょうか」


 そこで、騎士団長が声をあげる。俺が許可を出すと、彼女は俺の方を見ながら。


「それほどの剣を有し、なおかつ才能までも兼ね備えているのなら、あなた自身が剣士として大成することも不可能ではない。──白状しよう。私は、あなたを剣士として鍛えたくて鍛えたくて仕方がない」


 なんて?


 どこか楽しげに言う彼女に対して、俺は内心で目を点にする。


「それとそこの刀の少女もだが……」


 そして騎士団長は俺からレイラへと視線を移し、最後にはソフィアと視線を合わせる。合わせて、微笑んだ。


「あなたにも興味がある。少し、話す時間をくれないだろうか」


 ◆◆◆


 最高眷属の一角、ルシェ。彼女はエーヴィヒから強奪した莫大な力を調整しながら、恍惚とした表情を浮かべていた。


「あの人が、あの人が私のことを考えている気がする……。これはもう、両想い……!」


 仮にそれが殺意だとしても、ルシェは喜んで受け入れるだろう。慕っている相手が自分に対して意識を向けてくれている。それが、彼女にとっては最も大事なことだからだ。殺意を向けるほどの感情を抱いてくれているのに、喜ばない女がいるだろうか? そんな風に考えるのが、彼女の思考回路だった。


「喜んでくれるといいなあ」


 ◆◆◆


「さてステラ、オレは行く。……課題をサボるなよ」

「サボらないよ! サボったら怖いもん!!」

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