乱入者
「ではまずはこの御方をお呼びしよう! 騎士団長の亭主にして救国の英雄──『粛然の処刑人』を従えし者! 『戦神の国』が王! ジル殿を!!」
直後、俺の思考が停止する。
「あん……?」
「え、王。配下の方に、騎士団長さんとご結婚される方が……?」
「ていうか『粛然の処刑人』が配下に……いや、でも戦い方的にあの人なら」
「……ジル様。キーラン殿はその……その、え?」
「え、キーランさん?」
「ソフィアさん。詳しく」
「あー。それは俺が説明するわ」
待て、落ち着け。
ゆっくりと、ゆっくりと思考を巡らせて考えるんだ。これまでに得た情報から、真実を読み解くなんぞ俺には容易いこと。この肉体は人類最高峰の頭脳を有しているのだから、解けない謎なんて皆無に等しい。
それは今から名探偵系の作品に飛ばされても、飯を食って生きていける自信があるほどだ。行く先行く先で事件が発生し、死体が量産される災厄の存在へと至ってみせよう。それだけの自信が、ある。
あるのだが。
「…………………………」
分からん。
いや正確には分かるといえば分かるのだが、しかしまるで分からん。国王の言葉から結論を出すと、キーランと騎士団長が結婚していることになってしまう。だが、それが正しい結論であるはずがない。俺は何か、何か重要な情報を聞き逃しているに違いない──!!
(ジルを
心よりの賛辞を送ろう。それを誇り、末代まで己を賛歌する曲でも作り上げれば良い。──だが、甘い。
いくら過程を上手く欺いたところで、結論がおかしければ異常に気づくのは道理。お前たちがやるべきは、結論にも違和感を抱かせないことだった。シリルであればそこにも細心の注意を払って欺いてきただろうに……お前たちは、詰めが甘すぎる。
よって、俺が出すべき結論は。
(……フッ。おそらく『粛然の処刑人』を騙る義賊でも現れたのだろうな。連中は、その偽物と本物を勘違いしているということだ。騎士団長が惚れたのは──偽物!)
訂正。俺は欺かれたままらしい。
確かにこの結論は「半裸の狂人が騎士団長と結婚できるはずがない」という疑問を解消すると同時に、国王と騎士団長の正気の沙汰とは思えない戯言の説明ができる。しかし、偽物なんざあり得ねえよと冷静な思考が断言していた。
(キーランの偽物……? ハッ、バカを言え)
大陸最高の殺し屋『粛然の処刑人』キーラン。
彼は犯罪組織『レーグル』において、ヘクターと並ぶビッグネームだ。といってもヘクターを表のビッグネームとするならば、キーランは裏のビッグネームであるという違いはあるのだが。
そもそも、彼の素性は、とある事件までは一切割れていなかった。
依頼を達成したという"結果"だけを残す粛然とした暗殺を成し遂げ続けてきた彼は、それ故に『粛然の処刑人』と呼ばれるに至った。顔も年齢も所属も性別も割れていない彼は、二つ名だけが裏社会で一人歩きする生きる伝説となったのだ。
それは間違い無く、歴史に名を残す偉業である。
あらゆる暗殺技法に精通するだけでなく、日常生活能力においても万事に通じる彼は、大陸最高の殺し屋の名を冠するに相応しい性能を有している。大陸において三本指と謳われている殺し屋の中でも、彼は明らかに頭が一つ抜けていた。
単純な戦闘力で言えば、確かに大陸最強格には劣るだろう。大陸有数の強者の中でも頂点に位置する実力を有する人間の一人ではあるが、大陸最強格との壁は厚い。しかし彼はあくまでも殺し屋であり、であればこそ直接戦闘力だけで彼の価値を推し量るのはお門違いとも言える。
そんな彼の素性が割れたのは、偶然と奇跡と必然が幾重にも重なり続けた結果によるもの。アニメでも詳しく語られていた訳ではないので考察の域は出ないが、しかし概ねこの考えで間違いないことは明白だ。
必然要素はエクエス王国の宮廷魔術師『天眼』のノアと、大陸最強格に君臨する『騎士団長』の二つ。偶然要素と奇跡要素は国の特性だったり、タイミングだったり、数多くあるのだろうが……いずれにせよ、それら全てが重なった結果、ようやく『粛然の処刑人』はその素性を晒すに至ったのだ。
とはいえ、それにはすぐさま情報規制が敷かれたので、裏社会に精通する者たちでもその情報を得たのは極一部──のはずである。そうでないと、ローランドやレイラがキーランを知らないのはおかしいからな。他方で、シリルがキーランの顔を把握しているのは相当優れた──あるいは極めて特殊な──情報網を有していることを意味している。
(それこそ、ドラコ帝国の間者が現場に居合わせていたとかな)
情報を得た連中以外は、これまで通り二つ名と特殊な依頼方法を把握しているだけだろう。あるいは直接対峙すれば、見る者が見ればその技量などから素性を推察できるだろうが。実際、ローランドはキーランのこれまでの行動と『粛然の処刑人』の名でなんとなく察したようであるし。ヘクターも、キーランの振る舞いから魔獣襲撃事件より以前に感づいたと聞く。
が、それはキーランと味方の立場に立った場合の話。敵対しているのであれば、推察したところで首が飛んで終了だ。推察結果は、墓に持っていくしかなくなる。
スペンサーなんかはそのいい例だろう。キーラン曰く、推察はされたそうだし。三本指に入るクラスの同業者であれば、キーランの特定は可能ということである。
……とまあ、色々と語ったが。
(数少ないキーランの情報を有する連中……当事者であるエクエス王国が、『粛然の処刑人』を偽物と見間違える訳がない。特に、『騎士団長』がキーランと一度対峙していることは把握している。間違えるなんざあり得ない)
とはいえ偽物と間違っていないのであれば……もしや、
(……いや。マヌスが戦争をするなんざ、どの国であっても情報を集めようとする。そんな目立つ舞台にキーランを立たせた以上、大陸全土を見通す『天眼』のノアが見落とすはずもなし。つまり、原作では発見できなかったキーランをここでは発見できて、その結果欲求を抑えられないほどに『騎士団長』が暴走するバタフライエフェクトが発生した、そんなところか?)
なるほど、筋は通っている。ならば筋書きはこれで概ね間違いないだろう。
しかし、しかしである。疑問は他にも存在するのだ。
(救国の英雄……?)
おかしい。『救国の英雄』とやらと『半裸の狂人』は、どう考えても
(いやそうじゃない。半裸の狂人であることを騎士団長は知らないだろうから──)
──『救国の英雄』とやらと『粛然の処刑人』は、どう考えても等号では結ばれないはずだ。言ってはなんだが血なまぐさい殺し屋を、白馬の王子と形容するのは無理がある。端的に言って、イメージに相違がありすぎるからして。
(……しかし、本音というのが逆に厄介なことになるとはな。嘘だったならば、向こうの筋書きは分かりやすいものなんだが)
嘘だった場合、向こうの狙いは簡単に読み取れる。
(キーランの身柄を要求する為の虚言)
ここで俺の返答を見極めて、その返答によって『俺がキーランを従えている』ことの言質を取り、そしてキーランの身柄を要求する……そんな筋書き。
王子暗殺事件の依頼人がほぼ実質的に無罪判決だったからキーランも似たようなものだろうと考えていたが──冷静に考えると、"犯行に至った意思"を重視して判決を下していたのであれば、依頼を受けたから殺したというキーランは罪に問われる可能性があるのだ。
キーランを従えてる都合上、念のためにとエクエス王国の判決はある程度読み漁ったが、しかし王子暗殺事件含めてどれもこれもが恋愛脳たちによるアホみたいな判決だったせいで「まあいけるやろ」と油断していたのかもしれない。
バカバカしいと切り捨てず、もう少し深く判例を分析すべきだった──という後悔に濡れていたことだろう。
しかし、俺にはローランドという優秀な嘘発見器がある。そのローランドが彼らの発言に嘘はないと判断している以上、上の『キーランの身柄を要求する為の虚言』という可能性は切り捨てて構わない訳で。
そしてだからこそ、本気で意味が分からないというよく分からん状況になっているのだが。騎士団長とキーランが結婚しているとか、本気で意味が分からない。
(チッ。もう少し考えたいが……時間切れ、か)
ここまで、約一秒。時間切れである。
面接などで沈黙が許されるのは約五秒間と言われているが、かといって呼び出しに応じるだけに五秒間も沈黙するのはおかしい。精々、二秒くらいのものだろう。つまり、これ以上考えるのは不可能ということだ。
「……」
なので俺は軽く息を吐き、動揺を悟らせないように表情を取り繕いつつ、ゆっくりと口を開いた。
「そのような催しを私は聞き及んでいないが?」
「サプライズ、というやつじゃ。我らは家族も同然故にな」
「……家族、か。生憎と、私はそもそも部下からそちらの『騎士団長』と婚姻を結んだなどという報告を受けていない」
「シャイなんじゃな。騎士団長が言ってた通りじゃわい」
なんだその無敵の返事は。
「夫の性格をよく理解しているようでなによりじゃぞ騎士団長。今後とも励むが良い。円満な家庭の構築は──騎士において、最も重要な務めと心得よ」
「はっ。陛下」
どんな務めだよ……とは言えないか。
前世において騎士道精神とは、兵士たちの野蛮性や暴力性を嫌った教会が、それらをどうにかするために生みだしたものだったはずだ。この世界でも似たような起源や経緯を辿って騎士道精神が生まれたのだとしたら、家庭を大事にするというのは騎士の務めとしては間違っていない。むしろ普通に立派な考え方である。
なので、ここはおかしくない。おかしくないし素晴らしいのだが……何故だろう。なんかムカつくし、これを認めることへの敗北感がすごい。
「なるほど。夫の出張が長い理由も理解した」
悶々としている俺をよそに、おかしくはないのだがおかしい会話は続く。
「新婚なのに出張が長いのはどういうことだと思っていたが……全く、結婚の報告を恥ずかしがっていたとはな。……ふふっ。とはいえ夫の欠点を受け入れずして、妻を名乗るなど言語道断。私は許そう」
なにやら勝手に納得している騎士団長に恐怖を抱くのは、間違っているだろうか。
「……ローラン」
「ああ、分かるぞレイラ。あの人は本気で、キーランさんを愛してるんだな」
「素敵ね……」
「俺たちも、あんな家庭を築いていこう」
「うん。……うん!? そ、それってローラン──」
「ああ、レイラ──」
お前たちはちょっと黙ってろ。
(頭と腹が痛い……)
魔術大国以上の悪夢が、俺を襲っている。とはいえ自国の半裸の儀式を直視した時よりはマシであると己に言い聞かせることで、俺は精神を保っていた。自国が一番ひどいのはどういうことなの。
「しかしそうじゃな。流石に騎士団長が不憫で仕方がない……ジル殿。『粛然の処刑人』殿を、こちらに連れてくることは可能ですかな?」
その言葉に、俺はしばし考える。
(……まあ確かに、本当に新婚なのだとすれば不憫にすぎる。キーランがいないと回らない仕事は今のところないし、そもそも本人がいないと本当かどうか分からんからな)
国の防衛はステラとセオドアがいればなんとかなるだろう。最終防衛ラインとしてグレイシーが城の中から『権能』を発動するというのもあるし、そもそも国の結界に反応があれば俺が気付く。セオドアの隠密魔獣軍による監視網もあるし──問題ないな。
(しかし、キーラン家庭放り出してるダメ夫説があるのか。この前は結婚していないとか言っていたが、あれか。認知していませんみたいなアレか……。いやしかし、俺相手にキーランが嘘を吐くか……?)
まあどれだけ予想を重ねたところで、キーラン本人の言葉には敵わないだろう。百聞は一見にしかずということで俺は、キーランを呼び出すことにした。
(まあ、キーラン繋がりで騎士団長が戦力になるかもしれないしな……悪手ではない……はず)
しかし何故だろうか。余計にややこしい事態になる未来しか見えないのである。かといって、拒否をすればそれはそれで恐ろしい未来が待ち受けている気もするので八方塞がり。ならば呼び出す方向で問題はないだろう。そっちの方が、多分マシだ。
「構わぬ。私としても、本人に確認をしたいところだ」
だが念話が届く距離まで移動する必要がある。その旨を俺が国王に伝えようとした、まさにそのとき。
「だがその前に、鼠を狩らねばならんようだな?」
「ジル様、お下がりください」
「夫の上官に傷をつけさせる訳にはいかんな」
「ローラン!」
「ああ」
「なんだ、全員察知してやがったか。頼もしい限りだねえ!」
ソフィアが黄金の光を薄く放出して、『権能』を発動した俺の前に躍り出る。騎士団長がドレス姿のまま虚空から一振りの剣を取り出し、刀を取り出したレイラとレイラの言葉を受けたローランドが構えた。そしてそれらを横目に肩を竦めたヘクターは拳を前に突き出して──
「そら、死に晒せ!」
瞬間、衝撃が会場内を震撼させる。突然の事態にこの場にいる者たちが騒然とする中、動じることがなかった国王は眼を鋭くさせ。
「落ち着けい! 我々が取り乱すのは、推しの電撃結婚報道や離婚届を突然提出されたとき程度にすると心得よ!!」
どんな
そして周囲の安全を確保した後、俺は視線をヘクターの前方──より正確には、彼が殴ったことで壁の
しかし。
「……あん?」
しかし、その壁の染みが
「──『魔王の眷属』か。それもその不死性……『最高眷属』だな」
「知っているのですか、上官殿」
「……あの男の同属ですか」
俺の呟きに声だけで反応した騎士団長と、嫌なことを思い出したのか苦々しい表情を浮かべたソフィア。ローランドも眉根を寄せており、それを見たレイラの警戒心が高まる。
(上官殿という呼称は気になるが……)
そして、ヘクター。彼は目を細めながら、蘇った男を睨んでいた。
「テメェ……」
「通常の手段でパーティーに参加する『騎士団長』に用があったのだがな。……これほどの手練れが揃ってい──」
「私は既婚者だ、他を当たれ」
「……」
何言ってんだこいつ、みたいな視線を俺たちに送ってくる『魔王の眷属』。激しく同意だが、全員が無視した。いや正確には、エクエス王国の人間以外はか。エクエス王国の人間は全員、『騎士団長』の言葉に頷いている。
「ないわー」
「好きだからって……。ほんと、タイミングってのがあるわよね。好きでもない相手からの過剰な好意なんて、それはもう死刑よ」
「バカお前。好きという気持ち自体に善悪はないだろ」
「ええ。好きという気持ちは、尊いものですから……」
「好きという気持ち自体に善悪はなくても、そこから出てくる行動に善悪はあるのよ」
「あー、なるほど」
「まあ待てよ。惚れちまったら、なにもかも分からなくなることだってある。俺は応援するぜ」
「私も応援しますわ」
「本当に好きならなりふり構ってなんていらねえ。綺麗事だけが、全てじゃねえんだ。権力による押さえつけの愛はダメだが……アプローチは別だ」
「それは解釈違いです」
「互いに心が通じ合っているのなら、不当な結婚式に現れるプリンスのような存在として推せたんだがな……」
「いや待て。もしかしたら過去に色々とあったパターンかもしれない。推せないと決めつけるのは早い。推せるかもしれんぞ」
「私の中だと、騎士団長のお相手は既に決まっているので」
「過去の判例から考えると、彼は死罪だね」
こいつら危機管理能力皆無か?
「……そこの『騎士団長』を魔王様に捧げ、傀儡とする予──」
「魔王様とやらに伝えるといい。私は既婚者だと」
「いやだから違──」
「なるほど、悪徳領主系か」
「つまりあの人は苦労人ポジか……」
「敵サイド唯一の常識人に違いない」
「ボクには全て分かったよ。この後の展開がね」
なんだこいつらは、みたいな視線が『魔王の眷属』から俺たちへと向けられる。激しく同意だが、全力で無視した。
「……『最高眷属』が、この短期間で数名も滅んだ。小国を墜として得られる傀儡に価値がないことは、奇しくもスフラメルが証明した」
同意を得られないことを悟ったのか、恋愛脳たちを無視してゆっくりと語りだす『魔王の眷属』。
「神代の遺産の確保。大陸最強格や稀少な異能持ちの傀儡化。海の向こう側の調査。魔王様降誕。その他複数の任が、我らには降りている。ところで──」
ズン、と会場の照明が消え、空間が紅く染まる。その変化に、さしものエクエス王国の人間たちも口を閉ざした。
「──お前たちを傀儡にすれば、それらを達成する補強になるか?」
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