パーティー開始

 入国審査。


 当たり前と言えば当たり前なのだが、大国に入国する際は審査が必要不可欠である。魔術大国はステラの案内の元だったこと、ドラコ帝国は事前にシリルが手を回していたこと、マヌスは堂々と真正面から入国したことなどでその辺をすっ飛ばしていたが、普通は審査が通らなければ入国なんてできないのだ。


 とはいえ、仮にも俺は一国の王。入国審査は入国審査でも、一般人とは異なる手法での審査だが。道中、大名行列を連想させるような大所帯を目にしたのは記憶に新しい。


「……」


 そんな最中。俺の視線は、この場において俺やソフィアに次ぐ存在感の持ち主へと向けられていた。


(騎士団長……)


 大陸最強格最後の一人、騎士団長。


 クロエほどではないにしろ小柄な体躯の少女騎士。周囲にいる騎士のほとんどが屈強な騎士であることもあって、小動物的な可愛らしさを感じないこともない。


 されど威風堂々たる姿と武人のような表情、そして荒れ狂う嵐を人の形に押し留めて静寂を保ったような異質な存在感が、体躯から与える印象を消し飛ばす。

 原作においてレイラが「巨大な嵐に立ち向かうような……」と思考していたように、その実力は本物なのだ。


 元々エクエス王国は国の性質ゆえにか女騎士はそれなりの数がいたが、彼女の影響で騎士志願者が増えているらしい。それほどまでに、騎士団長の総合的な実力は高いということである。


 アニメではシリル同様、第二部以降はほとんど出番がなかったが──人類最強を除けば大陸最強格の潜在能力は横並びだと俺は睨んでいるので、この世界では是非とも対神々用の戦力として動いて欲しい。


(人類最強の"人類到達地点"と相対して、強く思った。大陸最強格には、その思惑はどうあれ団結して神々との戦力として動けるように策を回すべきだとな)


 敵の敵は味方理論でもなんでも構わない。各個撃破をされていたのか、ジルとの最終決戦で致命的な後遺症を負っていたのか、理由は定かではないがシリルと騎士団長は第二部以降で出番がなかった。


 しかし少なくともクロエはアニメでインフレに追随していたのだから、彼らとて潜在能力では負けていないはずである。方法は今の所あまり考えていないが、各個撃破はされたりしないようにしなければ。


(それにしても、本当に美男美女が多いな)


 エクエス王国の特徴はカップリング論争が過激すぎることだが、顔面偏差値が大陸随一という特徴も存在していた。もちろんこの世界は全体的に顔面偏差値が高いが、その中でもエクエス王国は高い。


 まるで顔面偏差値大学顔面偏差値学部顔面偏差値学科顔面偏差値専攻顔面偏差値主席が集まっているような感覚である。自分で言っててなんだが、どんな大学なのだろうか。


「次の方──あ」


 呼ばれたのでソフィアを横に、ヘクターたちを背後に前に出ると、俺を見て唖然とした様子になったノアがそこにはいた。大陸全土を見渡せる視界を有する彼を起用する理由は、なんとなく想像できるので俺に驚きはあまりない。


「くく、縁があるようだな」

「え、ええ。まあ」


 ?


 何故だろうか。どことなくノアの表情がぎこちない。以前会った時も恐縮していた様子だが、今回はそれ以上だ。本人としては隠そうとしているようだが、ジルの有する観察眼であればその程度の差異は容易に──


「成る程。あなたがそうか」


 ──俺が更に深くまで探ろうとしたところで、騎士団長が近くに寄ってくる。そんな彼女の背後に付き従うのは、エクエス王国の中でも随一の実力を有する騎士たち。


「……」


 エクエス王国が誇る騎士団の連携力は、おそらく大陸でも最高峰だ。一人一人の質はマヌスに劣るだろうが、組織力という意味では騎士団に軍配が上がるだろう。


 制空権を支配するドラコ帝国。

 連携最強のエクエス王国。

 少数精鋭を往くマヌス。

 頭がおかしい魔術大国。


 これらが、大陸の覇者である大国たちの特色であり──各国の特色なんぞ知らんとばかりに真正面から全てを粉砕していくのが、それらを統率する大陸最強格たちという構図である。


(……壮観だな)


 マヌスの戦闘鬼兵の集団を直接目にしていないこともあって、練度の高い騎士たちが一堂に揃っているこの光景は、表には出さないが俺をしばし感動させていた。


 実のところ俺は、中二病を患っていた過去を有する者。今でこそ中二病を完治させているため中二病なんて見る影もない俺だが、それでもやはり男の子であるからして。騎士というものに対する憧れに近い感情がない訳ではない。


 魔術師? アレらにどう感動しろというのだ。


(話が脱線し始めたな)


 思考を戻して、俺は騎士団長と視線を交錯させた。どうやら向こうは俺を認知しているようであるが──まあ当然か。大陸最強国家であるマヌスとの戦争に勝利を収めた以上、俺の知名度が上がるのは当然なのだから。理由を問う必要はあるまい。


「貴殿のことはかねがね。いずれ(結婚の)ご挨拶に伺おうと思っていました。挨拶が遅れたことに、謝罪を」


 騎士団長はエクエス王国の最高戦力。であれば、エクエス王国の国王が俺に挨拶をする際に、護衛として付き従って挨拶に来る可能性は高いのだろう。それにしても律儀な性格だなと思いながらも、俺は返事を返すべく口を開いた。


「構わん。貴様が私に敬意を表しているのであれば、それに関してとやかく言うほど私は狭量ではない」

「恐縮です。貴殿の国家と我々エクエス王国は、もはや家族と言っても過言ではありません。ご実家のような感覚で、どうかごゆっくりお寛ぎください。いえ、もはやここは、貴殿にとって第二のご実家です」


 特に審査は必要ないです。あなた方が本物かどうかは見れば分かるので──と口にした騎士団長がそう言って横にズレると、騎士たちが剣を掲げて俺たちが通る道を作る。


「……」


 あれなんか想像と違う気がする──と思いつつも、不都合はないので鷹揚おうように頷いた俺は、彼らが作った道を通っていった。


 ◆◆◆


「……初めて、夫の上司と会話をしてしまったぞ。ふむ、意外と緊張するものなのだな。私の挨拶に、どこか違和感はなかっただろうか」

「ばっちりですよ騎士団長」

「そうか。ならば良かった」

「それにしても、お旦那様はお見えになりませんね……?」

「ふっ。夫はシャイだからな。気配を隠すのが巧妙に上手いのも、恥ずかしがり屋さんだからだ」

「なるほど! だから暗殺の際も上手く気配を隠せるんですね!」

(違うと思います)


 ◆◆◆


 エクエス王国の入国審査を終えてから数刻ほどの時が経ち、俺が招待されたパーティーは始まった。パパッと礼服に身を包んだ俺は、護衛のヘクターとローランドを連れ立って会場へと足を踏み入れる。


「……」


 俺が会場に入った途端に会場内が静まり返っていたが、理由は深く考えるまでもなく明白だろう。ジルの纏う空気や、俺が築いてきた実績、そして立場。様々な事情が絡んだ結果、会場からの注目を一点に浴びたという訳である。


 その後は俺とパイプを繋ごうとする者や、なにやら顔を赤らめた女性への対応などをジルのキャラを崩さない範囲で丁重に行い──そして、今に至る。


 会場内は活気を取り戻していた。それを眺めながら、俺は端の方で壁に背を預けて佇む。


 ちなみに、この場にいないレイラにはソフィアの護衛に着いてもらっている。正直なところ俺もソフィアも護衛なんて必要ないのだが、護衛があるのといないのでは対外的なパフォーマンスが変わってくるのだから付けない理由はなかった。


(配下の質も、王の威光には重要な要素だからな。護衛の一人も付けない王など、ナメられる可能性が高い)


 それこそ、普通なら大名行列をするべきなのだろう。俺としては邪魔でしかないので少数精鋭で臨んだが、人数を揃えるというのは意外と大事なのだ。王という立場であれば。


(それにしても、予想通りといえば予想通りではあるが相当な権力者が多いようだ)


 だが、肝心のエクエス王国の王はまだ姿を見せていない。


 おそらくある程度歓談の時間が終わった後に、姿を見せてご高説を始めるのだろう。アニメやドラマのパーティー回でよく見る感じのやつだと言えば分かりやすいかもしれない。始めに挨拶をするか、途中で挨拶をするかで分かれるだろうが。


「あそこにいるとても素敵な殿方を……」

「まあ」

「神秘的ですわ……」

「異国のやんごとなきお方かしら」

「あら、知りませんの? そういえばあなたは遅れてきたのでしたね。あのお方は──」


「イケメン三人組……良い……」

「良い……」

「絵になるわ……」


「誰か話しかけてこないのかしら?」

「釣り合う女性がこの場にいないじゃない」

「カップリングはね……無差別にするものじゃないの……ちゃんとね、あるのよ……」

「無差別も良いと思うけど?」

「分かる」

「殺すわよ?」

「解釈違いだわ」


 最後の方の会話を全力で無視しながら、俺はウェイターからグラスを受け取った。エクエス王国に来る時点で覚悟はしていたが、それとこれとは別問題である。


(王威と僅かに神威を纏っているとはいえ……やはり目立つか)


 ジルの聴力が高いからだろうが──会場のあちこちから、ジルに対する賛美の声が聞こえてくる。俺の見立てだとジルは人類最高峰の顔面偏差値を有しているので当然といえば当然なのだが、この容姿は一目を置かれるらしい。


 加えて、今回のジルは礼服を着ている。


 普段の俺は、魔術的な防御等を付与しているとはいえ簡素な装いだ。そのジルがキメていると、ここまでの破壊力を生み出すのかとは鏡を見ていて思った。


「……煌びやかな空間は慣れんな」


 ポツリ、と誰にも聞こえないような声量で俺はグラスを傾けながら呟く。


 中身は酒ではなく、普通のジュースだ。酒を飲んで思考力が低下しても困る。ジルの肉体である以上そんなことはない──あるいは任意で酔いを覚まさせることが可能──かもしれないが、念には念をだ。


(一度試してみるのも良いかもしれんな。酒を飲む機会が、ないとは言えまい)


 これまではなかったが、王という立場にある以上は酒を飲まなければならない状況だってあるだろう。時間に余裕がある時に、一度試してみても良いかもしれない。


「ボス。料理をお持ちしたぜ」

「良くやったぞヘクター。大義である」

「相変わらず仰々しいな」


 律儀にも俺の分の料理を盛ってきたヘクターから皿を受け取り、内心で「いただきます」と口にして一口。


(──ふむ。美味い)


 異国の料理というのはそれだけで心踊る。異世界であろうと、国ごとに料理の特色は違うらしい。それは考えてみれば当たり前のことなのだが、こうして転生する前は異世界はどの国でも料理が同じだと思っていた。


「首尾はどうだ、ローランド」

「……貴婦人の方々から怪しい視線を感じないことはないが、直接的にどうこうという気配はないな」

「お前もか。俺もなんか変な視線は感じるんだよな。特に、ボスやお前の近くにいる時だ」

「レイラと腕を組んでる時にも、似たような視線は感じた」

「……お前、何やってんだよ」

「レイラ曰く『空気感に当てられて……』とのことらしい。レイラの望みなら、俺が叶えるのは当然だ」

「ええ……」


 しかし、これらを俺だけで食すというのも勿体無いな。ヘクターやローランドは護衛の任を遂行すべく、料理の類に自ら手をつけることはないだろう。


 ……よし、この手を使うか。


「残りは貴様にやろう、ヘクター」

「あん? もう良いのか」

「この手の形式の会食では、少量ずつ多くの種類の料理を手に取るのが私の敷く作法だ」

「……まあ、それなら貰うけどよ」

「ローランド。貴様に別の料理をとってくる栄誉を許す」

「仰せのままに。……こんな感じですか?」

「最後が無ければ及第点をくれてやろう」

「難しいな。とりあえず、盛ってきます」

「うむ」


 さて、こうすることでヘクターやローランドも料理を口にできるだろう。王と護衛という立場である以上、こうやって一々大義名分を用意しなければならないのは面倒ではある──が、配下をねぎらうのも王の務めだ。


 ──と。


 ざわり、と会場が揺れた。


 それはジルが会場に入った時に比肩──あるいは、凌駕するほどのざわめき。自然と俺の顔は上を向いて、そして。


「その、お待たせいたしました。ジル様」

「───」


 言葉を失うとはこのことか。


 俺の持つ語彙では、彼女の美しさを表現するには至らない。


 いや俺の持つ語彙どころか、この世界に存在する言葉では、彼女を表現することは不可能だろう。


 その感想を抱いたのは俺だけではないようで、ソフィアの登場にざわめいていた会場は、いつしかシンと静まり返っていた。ソフィアの背後で満足げに頷いているレイラの姿が、浮いているほどに。彼女の姿はまるで、後方彼氏面である。


「……そ、そのジル様?」


 その言葉で、即座に我に帰る俺。


 いかんいかん。美少女を前に呆然とするなど、それはジルに相応しい行動とは言えない。流石に表には出していないが、しかしそれはそれで意味不明な状況と言えるだろう。


 美少女を前にして、氷のような表情とはいえ無言で静止する青年──完全に、立ったまま気絶している奴である。


 故に俺は、非常に陳腐な言葉になることを申し訳なく思いつつ、されどジルのキャラ像を崩壊させない程度にソフィアを讃えるべく口を開いた。


「────」

「は、はい!? ふ、不敬かもしれませんがジル様、もう一度、もう一度お願いします!」

「ふん。二度は言わん。私の言葉は、安くはないゆえ。……何を笑っているヘクター。貴様は疾く、次なる料理をソフィアが元に献上するが良い」

「オーケーオーケー。任せろよ」


 そう笑ってこの場から離れていくヘクターの背を見送る。そしてヘクターと入れ替わるようにしてやってきたローランドから料理を受け取り、口に入れる。


美味びみ、だな」

「王様。レイラにも少し食べさせたいんですけど良いですかね」

「構わぬ。……と、言いたいがな。貴様やヘクター、そしてレイラはあくまでも私やソフィアの護衛としてこの場に在籍することを許されている身。ゆえに、ソフィアと分け合うといい。ローランド、貴様には私の残り物をくれてやる」

「……あーなるほど、ヘクターさんに残り物を渡してたのはそういう。了解です」


 納得したように頷くローランド。聡い人間は説明が省けて楽なのと、暴走する点が少なくて済むので好ましい。


 それにしても、エクエス王国の王はいつになったら姿を見せるんだろうか──と思った時だった。


(あれは、騎士団長……か?)


 扉が開き、その中からドレスに身を包んだ騎士団長が会場に現れる。彼女も美少女なのだが、異質な威圧感の影響かソフィアほど会場はざわつかなかった。別の意味でざわついてはいるが。


(何故にドレス姿なんだ……? パーティー会場の雰囲気を損なわないため、か?)


 いや、扉近くにいる騎士たちは普通に甲冑に身を包んでいる。加えて、各人の護衛らしき面々もそれなりの装備に身を包んでいた。ならば騎士団長は、普通にパーティー参加者としてこの場にいる?


(このパーティーはパートナーが必須のはずだが……いや、どことなくそわそわしているな。ならばパートナーは遅れてやってくるということか)


 アニメで騎士団長に恋人がいたという描写はなかったが──まあ、そういうこともあるのだろう。騎士団長ガチ恋オタクたちにはお祈り申し上げるしかあるまい。合掌。


(しかし、あの騎士団長が惚れる男か……。気になるな)


 まあいずれ現れるだろう。現れないということはそれすなわち暴君のような威圧感を持つ騎士団長の暴走待ったなしということであり──そうなれば、パーティーは血の宴へと早変わりである。


(エクエス王国にそぐわない価値観の堅物娘らしい騎士団長を落としたのだから、同じくエクエス王国にそぐわない清廉潔白な白馬の王子のような男に違いない……)


 まあ俺やソフィアと同じく、仮面夫婦ならぬ仮面パートナーの可能性も……いや、仮面パートナーを連れてパーティーに普通に参加する理由がない。普通に騎士としてこの場で護衛の任に着けば良いだけなのだからな。


(アニメでは伏せられていた情報ということか。アニメが全てではないことは承知で行動してはいるが、こういう部分で隠れ設定を拝むことになるとはな)


 まともな人間同士で過ごせるのは羨ましい限りである。それも、信頼できる相手であるならなおさら──と少しばかり騎士団長を恨めしく思いながら、俺はヘクターから新しい料理を受け取ってソフィアへと手渡した。


 ◆◆◆


「不穏な気配を感じるな。オレは、やはり向かわねばならんのかもしれん」

「どしたの、キーランくん。あ、エクエス王国に行く? 行っちゃう? 特に待機命令とかもないし──」

「お前はサボりたいだけだろう」

 

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