原作主人公たちはバカップル
服装というものは大切だ。
人は見た目が八割という言葉があるように、見た目が相手に与える印象は非常に大きい。だからこそ俺は氷の無表情を徹底しているし、凍てつくような威圧感と神威を
故にこそ、身に纏う衣服の重要性は際立つ。
パーティー会場に王が赴くということは、自らの王威を周囲に晒すということ。他国の王が主催するパーティーとなればなおさらである。
それは、静かなる闘争だ。
王が示すは武勇のみにあらず。王としての格付けはその王が持つ覇気や王道、その他多くの要素によって成される。であればこそ、たかが服装と口にして軽んじるなど言語道断。
王としての格付けは、その服装からも決定付けられる。儀礼用の剣があるように、パーティー会場に王が赴く際には、それに相応しい服装というものがあるのだ。
王の格は国の格。
現在俺の国が俺と一括りにして信仰されている以上、その双方の格を下げるような真似は許されない。絶対的な存在として君臨するからこそ、隙を見せる訳にはいかないのだ。
だからこそ、俺はその服を見繕うべくマヌスへとやってきた。
(大陸最強国家。……その肩書きは伊達ではなく、衣服の類も一級品が揃っているとはな)
上司により聞かされた、マヌスの
(医者であれば医者の頂点を。
まさに、大陸最強国家の名に相応しい大国だ。この国であれば、大抵のものは高品質のものが揃うだろう。
(とはいえ鎖国していた影響もあって、遅れている部分もあるな。ドラコ帝国の方が、品質は良いだろう。技術に関しても、洗練具合はともかく──)
そんなマヌスの弱点は、鎖国していたが故の多様性の欠如と言ったところか。日本が刀の技術力において世界随一を誇っていた時代も、大砲などの新技術では劣っていたのと似た理屈だろう。
それ故に金策や外交にも強いシリルが統治するドラコ帝国には若干劣っている部分も少なからずあるが──鎖国していてこの領域は驚嘆に値する。
礼服に関しても、ここで選んでおけば問題ないだろう。
(間違いなくこの世界における最高品質のドラコ帝国で購入するかは迷ったが……)
どうせ金を落とすなら、マヌスに落としてやるかと思ったのでこちらで購入することにした。
(しかし、ドレスコードか。俺は前世だとほとんど着たことないぞ。スマートカジュアルが割と一般的でその上はエレガンスで最上級は確か……フォーマルという括りだったか?)
まあこの世界でも似たようなもののようだ、と俺は目に付いた一着を手にとる。エーヴィヒがスーツを着ていたから存在することは察していたが、この世界でも礼服はこれなのか。
(まあ変な服装は嫌だが、しかしこれはこれでつまらんな)
女性の場合は色々あるが、男性は基本的にジャケットを着ておけば問題なかったからな前世の場合。良く言えば楽であり、悪く言えば面白みと新鮮味がない。今世でも似たようなものというのは……少々面白くないな。
ちなみにこれは小耳に挟んだ話だが、ドレスコードを指定しているのは「ドレスコードを指定していないと、とんでもない服装で来る方がいらっしゃるので……」という理由によるものである場合もあるらしい。
(まあ、だからなんだという話ではあるが)
……いやしかし、本当に暇だな。いっそのこと、ソフィアの服も俺が一緒に選んでも良いだろうか。
そんな風に俺が、内なる不満を抱いている時だった。
「ここにいたのか」
背後からの声に、俺は肩越しに振り返る。そこにいたのは、俺がよく知る青年。
「……人類最強」
大陸の頂点。先日に俺が死闘を繰り広げた相手であり、人類の極致に至っている傑物である。
「何用だ。今の私は暇を持て余している故、貴様のために時間を割くのもやぶさかではないぞ」
彼は「ここにいたのか」と口にした。その言葉から俺を探していたことは明白であり、ならば俺になんらかの用があると考えるのは当然のことだろう。
俺の言葉に、人類最強はこくりと頷く。以前戦ったときよりもどことなく覇気がある彼は、真っ直ぐに俺を見据えながら口を開いた。
「少し、話をしても構わないだろうか」
◆◆◆
「ジル様。……ジル様?」
マヌスの首都。その中央広場の噴水にて天を見上げていた俺に向かって、ソフィアが名前を呼ぶ。少しばかり困惑した様子の彼女の方に顔を向けて俺は「気にするな」と口にした。
「その、ドレスは購入できました。ですが……本当に良かったのでしょうか? 私はこの大陸の金銭感覚に疎いですが、それでもこれが高いということは分かります。私などのために、ジル様が……」
「──この私の隣に立つのだ。貴様に至高のドレスを着てもらわねば、それこそ私の名と誇りに傷がつく。私のパートナーとして在る以上、貴様が自分を卑下することは許さん。それこそが私を貶める行為であると、知れ」
申し訳なさそうなソフィアに
それに事実、今回ばかりはソフィアには遠慮されると困るのだ。最近の俺のお小遣いは少ない──本来なら俺の懐に入る金の大半を国の事業や移民のあれこれに回している──ので、確かに手痛いといえば手痛い。
しかし、これは必要不可欠の出費だ。ソフィアが軽んじられるのは、俺を軽んじられるも同義。もしもそんなことになれば、ジルのキャラ像を保つために俺はそいつを虐殺しなくてはいけなくなるからして。
加えて、ソフィアの容姿は文字通り人間のものとは思えない美しさを誇っている。この世界のありとあらゆる宝石とて、彼女の輝きを前にしては無価値だ。そんな彼女がパーティーに出席するのだから、それなりのものは買ってやりたい。
冷静に考えなくても、美しい少女に底辺の服を与えてパーティーに出席など、付け入る隙を与えるだけだ。ナンパが湧くかもしれん。
(神の血を引いてる関係もあるのかね)
まあジルは神の血を無しにソフィアや他の『熾天』に匹敵する容姿を有しているのだが。しかしソフィアの場合は、その精神の高潔さから来る輝きこそが非常に綺麗で、彼女の真価だと思う。
そのことも考慮すると、やはり大衆的にもソフィアに軍配が上がるだろう。ジルは冷徹すぎるので。
「……分かりました。では、その──ありがとうございます」
花が咲いたような笑顔とはまさにこのことか。ソフィアはそう言って笑い、俺に向かって頭を下げてくる。それに向かって、俺は「構わない」と口にした。
「おいおいボス。そこはもっと気の利いたセリフを吐くとこじゃねえか? それこそソフィアがドレスを選んでる最中に、ボスも一緒に回れば良かったんだ。試着とか、見なくて良かったのか?」
「ふん。そのようなものは必要ない。ソフィアが着て、似合わぬ服など存在しないのだからな」
「まさかのここに来て火の玉ストレートかよ」
どことなく愉快げなヘクターと、あわあわとしだしたソフィア。いつのまにラブコメが始まったんだ、と俺が呆れていると。
「ローラン……その、ありがとう……」
「構わない。初めての給料は、お前に使いたかったんだ。……迷惑だったか?」
「そんなことないよ。とても、嬉しい。大切にする」
「……そうか」
「……うん」
──それは、真のラブコメの波動だった。
ローランドとレイラがピンク色のオーラを放ちながら、こちらに近づいてくる。そのオーラはもれなく俺たちに胸焼けを発症させ、ヘクターが膝を突き、ソフィアが頭を抑えるようにして唸る。
(これが、原作主人公神の力か……!?)
戦慄を覚える俺。今現在俺が受けた精神的ダメージは、これまでのダメージと別種であるからこそ俺の精神に深い爪痕を残した。
(──待て。俺たちはこれからどこに向かうんだったか?)
思えば、これから向かうのはエクエス王国。それもローランドとレイラは原作と異なり殺伐とした空気で赴くのではなく、俺が招待されたパーティーに付いてくる形式のそれだ。
色ボケ国家に、バカップルを投入する。それが指し示す未来は、人類最高峰の頭脳を用いなくても明白。今以上のラブコメの波動を彼らが放ったとき、どのような化学反応が起きるのか。
(
内心で冷や汗をかく俺。
そんな俺に対して、ヘクターは肩に手を置く。手を置いて、言った。
「ボス。俺は帰っても良いんじゃねえか?」
「良い訳がなかろう。貴様には地獄まで共に付いてきてもらわねば困る。我が一の忠臣ヘクター。私はお前を信じているぞ」
「都合が良いなボス? てかボス。アンタ意外と愉快な性格してるよな?」
「……さて、なんのことやら」
頭を抱えるヘクターを横目に見ながら、俺は再び天を見やる。
『──敗北したおかげで、自分は新たな道を拓けた。感謝する。敗北はしたが、自分は人類最強の名に相応しく在るとしよう』
(俺に敗北は許されんよ、人類最強)
演者は揃った。
向かうはエクエス王国。
大陸最高の色ボケ国家にして、大陸最強格の一人である『騎士団長』を擁し、『レーグル』ともキーラン関係で少しばかり因縁がある国である。
◆◆◆
「それにしても、エクエス王国か。そんな国があったんだね。キーランくんは知ってた?」
「お前と一緒にするなステラ。常識的に考えて、大国を知らないのはあり得ない」
「え、そうなの? 多分魔術大国で、知ってる人は少ないと思うけど」
「……」
この小娘には、地理と歴史の勉強をさせる必要があるのではないだろうかとキーランは思った。敬愛するジルからは特に命を受けていないが、流石にこれはひどい。
(一般常識にも偏りがある。この国の仕事を覚えた以上、次はそちらを補強していくべきだろう)
キーランは大陸最高にして最強の殺し屋である。大陸最強格に準じる実力者である彼は、その仕事の手際からも察することができるように戦闘分野以外においても一流だ。
暗殺者として潜むにあたって、様々な分野に精通しているのは当然のこと。エクエス王国の警備体制に関しても、彼は入念に調べたからこそ、かの国の宮廷魔術師をも
(……騎士団長、か)
そんな自分が死に物狂いで防衛戦に徹することで、初めて逃げ果たすことができた英傑を思い出す。並々ならぬ気迫をもって、自分と相対した少女騎士のことを。
(『ここに残れ』と何度も連呼していたが、残る訳がないだろう。オレは殺し屋。任務を果たした以上、次の場に移動するのは当然のこと。とはいえ、辛酸を舐めさせられた屈辱はあったがな)
やれ「何故逃げる」だの「仕事を優先するのか?」だの「私も無理矢理付いていくぞ」だの叫んでいた記憶が存在する。
敵ではあったが、あの気迫はまさしく『騎士団長』の名に相応しいと思う。地の果てまで自分を追いかけると言わんばかりの形相と声音は、王子殺害を果たした自分に対してごもっともという他ない対応であった。
(無理矢理付いてくる、か。国の外に出てもオレを追い詰めようというほどの忠誠心を有したものは、この大陸にはあまり多くないだろうな)
自分もジルが傷付けられれば、似たようなことを口走るかもしれない。当時は忠誠心や信仰心を有していなかったので「なんだこの騒がしい小娘は」と思っていたが、今ならば理解できる。
「どしたのキーランくん。納得したように頷いて」
「黙れ。お前にはこれらの課題をこなしてもらう」
「多い!? 多いよこれ! なにこれ分厚すぎる!?」
「魔導書とさして変わらんだろう。魔導書を読めるのであれば、これくらいやれ」
「ぎゃー!?」
騒がしいステラを放置しながら、部屋を出る。
(いつもとは異なる時間だが、信仰の儀を始めるとしよう)
そう言って、彼は黒衣をはためかせながら廊下を歩く。
決定的な勘違いをしているのだが、今のキーランはそれに気づかない。というか多分、普通は気づかない。
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