愛憎狂乱の地エクエス王国

招待状

 人類最強との戦闘の跡地。そこには見るも無残な光景が広がっており、仮にここが人の住む土地であれば、誰一人として生き残ることはできないと容易に読み取れる。


(まあだからこそ、互いにここを戦場として選んだわけだが)


 俺は砂漠すら消失し、ガラス繊維のような大地と化した周囲を見渡して──いつも通り、元に戻すための魔術を発動する『呪文』を唱えた。


(事後処理は大事だからな)


 それにしても、と改めて戦場を見回す。


(これほどまでに凄絶な光景を生み出す領域の戦闘を繰り広げるに至っても……神々には勝てないと思うと笑えてくるな)


  人類到達地点状態の人類最強が全力全開になったときと同格か、それ以上に理不尽なのが神々である。あのときの人類最強は、五割も実力を出せていないであろうことを考えれば、その恐ろしさは一目瞭然だ。


(無理をしすぎたせいか、今は人類到達地点に入れないようだが……まあ、その辺は俺も協力すれば問題ないだろう)

 

 当然ながら、人類最強が保有していた『神の力』は回収した。そしてその代わりと言ってはなんだが……『加護』を与えている。俺を殺せる確率を上昇させていいものか悩みはしたが──少なくとも、神々を殺すまでは信用すると決めた。


 それに、向こうからしてみれば俺の言葉なんて眉唾としか思えない話だろう。神々の降臨およびその後に訪れる終末儀式は荒唐無稽というほかなく、であるが故に俺の言葉を受け入れて共犯者となった『上司』には俺も素直に感心している。


 だからこちらも、多少のリスクは背負うべきだろう。一方的に要求し続けるのはフェアじゃない。対等に神々を相手できる存在こそを、俺は欲していたのだから。


(俺、グレイシー。そして人類最強はそれぞれ単騎で神々を相手にする。そして残りの大陸最強格三人がかりで神の一柱を相手……は無理か。原作ジルにも勝ててないからな。ていうかそもそも、俺は『騎士団長』との繋がりがない。あとは、シリルとも友好的な関係とは言いがたい。ふむ。俺の方からシリルを招待して、盛大に歓迎をして親睦を深めるのも一興か……?)


 いやだが、シリルなら俺の計略は見抜いているだろう。彼はジルと同じく人類最高峰の頭脳を有する存在であり、おそらく支配者としての才能も随一。


(友好的な関係を結ぶのは不可能に近い、か。ならば当初の予定通り、無理矢理巻き込む形で……)


 ──と。


 俺がそんな風に今後を見据えて考えごとをしながら、土地を再生しているときだった。


「お、お布団……!?」

(は?)


 ──お布団? 何故ここでそんな単語が出てくる。


 突如耳に入ってきた言葉に、俺の脳内は混乱の極みに達した。故に俺は振り返り、声のした方向へと顔を向ける。


(……辺境の地の民族や部族の類、か?)


 そこには、見慣れない民族衣装のような服に身を包んだ集団がいた。彼らの荷物を見るに、大陸中を移動して回る系統の民族だろう。いやまあ、引越しの最中という可能性も当然ながら存在するが。


(いや、そんなことよりもなんだお布団って。お布団でも失くしたのか? 俺は無関係なのか?)


 いや、彼らの視線は俺に向けられている。俺が無関係とはあまり思えない。いやまあ俺にお布団を探すのに協力してほしいだけという可能性もあるにはあるが……とりあえず、真意を探らねば。


「何用だ。この私に、布団を探して欲しいということか? その不敬。万死に値──」

「お布団……!!」

「……」


 感動したように「お布団」と叫びながら涙を流し、俺に向かって平伏する謎の民族の青年。見れば他の連中も、感涙して平伏している。意味が分からない。


「……貴様ら、何が目的だ」

「ラーメン! 漫画バリバリスマートフォン!!」


 こいつは何を言っているんだ。


(なんらかの言語か……?)


 ならば規則性が存在するはずだ。如何なる言語であろうと、文法という名の法則が存在する。そこを読み解くことができれば──


「お布団! お布団! バリバリスマートフォン!」


 いや無理だ。本気で意味がわからん。そもそも単語の羅列にしか聞こえねえ。


『バリバリスマートフォン! バリバリスマートフォン!!』


 助詞や助動詞にあたる部分が理解できん。なんなんだこの言語は。そもそも本当に言語なのか? そのくせに日本語として意味が通じる単語を並べてくるのはなんなんだ。


 そしてなにより、心の声が聞こえるのはなぜだ。お前ら俺に対して信仰心抱いてんのか。どんな信仰心だよ。もう恐怖だよ。


(まあ思えば、この世界の言語も謎といえば謎だからな……。日本語で会話してるが、名前は欧州のものだったり、ラテン語だったり、ノルド語があったり)


 あくまでも仮説だが──ジルが知っている言語は、俺にも意味が通じるように脳が自動変換してくれていたのかもしれない。そしてジルが知らない言語に対しては、その変換機能がうまく働いてくれずに今回のようになるのだろう。


(この段階で気付けて良かったと思っておくか。……語学の勉強をするとしよう)


 神として大陸に君臨する以上、知らない言語があっては不都合だろう。それになにより、舐められる可能性は可能な限り失くしておきたい。


 今後の課題に、俺はこの世界に存在する全ての言語の勉強を追加することを決意するのであった。









 ──後日談だが、勉強して分かったことは彼らは大地の民族と呼ばれる滅多に発見されることがない少数民族であり、俺のことを大地の神として崇めていたらしいということである。


 ◆◆◆


「……ほう?」


 謎の民族をそれっぽい表情を浮かべて頷くことでやり過ごして逃げ帰ってきた俺は、城の前に見知った青年の顔があることに気付く。


「あーなんでこんな役目を。いやけど、他の人たちに任せて外交問題になったら笑えないからなあ。うちの国の法律や常識は、他の国じゃ通用しないんだよ……」


 独り言を呟きながら、所在なさげに右往左往している青年。彼の名前はノア。エクエス王国に所属している宮廷魔術師であり、詠唱必須とはいえ、超級魔術を使えるという魔術大国以外では破格の存在である。


 余談だが、超級魔術の使い手は魔術大国以外だと天才すぎて変態扱いされる。


(まさか、俺がエクエス王国に出向く前に邂逅することになるとはな)


 かの青年は中々に優秀な能力を有しており、俺としても引き抜けるなら引き抜き抜いても良いかなと考えている人材だ。不可能なことは承知しているし、そこまで必死になる程でもないので諦めているが。


 まあ、それはそれとして。


「──くく。エクエス王国の宮廷魔術師が、私の城に何用か?」

「!?」


 ギョッとした様子で、俺の方へと顔を向けてくるノア。身長は低めで、年齢を知らなければ少年である。ギリギリショタではないという感じか。苦労人気質があることもあって、女性ファンからの人気がそれなりに高かったと記憶している。


「お、お初にお目にかかります陛下。陛下が仰っていた通り、自分はエクエス王国にて宮廷魔術師をしている、ノアと申します。自分のことをご存知なのは……その、光栄です」


 慌てた様子で、俺に対して頭を下げるノア。彼の心境は言うまでもなく、混乱の極みだろう。


「くく、大陸の全てを見渡すことができるを有する傑物を、この私が知らぬ訳がなかろう」

「き、恐縮です」


 彼としては「なんでそれを」と言いたいだろうが、実に単純な話だ。原作知識による賜物たまものである。とはいえ、一部の実力者は詳細までは掴めずとも、なんらかの監視網を有していることは感づいているので、俺が知っていてもあり得ない話ではないだろう。


 まあ本人曰く、「そこまで便利なものではなく、常に視ることはできない」のだが。ちなみに俺は某地図のようなものと認識している。なのでまあ、あれば便利だなあ、程度のものといえばその程度のものだ。


「して、何用だ。今の私は機嫌が良い。本来ならばアポが無ければ私との謁見など許さぬが──特例だ。場を設けるが?」

「い、いえいえいえいえ! そんな、滅相もありません! じ、自分はこちらをお届けに参りました次第です!」


 心底恐縮した様子で、ノアは片膝を突いて俺に向かって文書を差し出してきた。なにやら既視感があるといえばあるが、俺はそれを受け取って封を切る。


「……招待状、だと?」

「は、はい。この度、我々エクエス王国は王主催のパーティーを開くので、その案内を」

「他国の王であるこの私を招くとはな。……ふん。小国と見て、侮っているのであれば──」

「そ、そのようなことはありません! マヌスとの戦争に勝利を収めた陛下並びに貴国の規模は、間違いなく大国以上! ええ、我が王もそれは理解しています!」


 多分……と、ジルで無ければ聞こえないほど小さな声で最後に付け足していたが、本当に大丈夫なのだろうか。胃薬を処方してあげたほうがいいかもしれない。


「……良かろう。貴様の国とは、一度交流を図ろうと考えていたところだ。貴様らの王が主催するパーティーとやらに、私直々に出向いてやろう」

「は、はい。ありがとうございます」


 この人も変人なのかもしれない──みたいな視線でこちらを射抜くノアを無視して、俺は城へと戻るのであった。


 ◆◆◆


「パーティー、ですか」


 目をパチクリとさせたソフィアがそう言って、招待状をまじまじと眺める。それを横目に、俺は身支度を整えるべく服をしまったタンスの扉を開いた。


「会場は、向こう側。……私は行けないのね」

「護衛はどうすんだ、ボス」

「……」


 どことなく声に覇気がなく、しょぼんとした様子のグレイシー。護衛はどうするのか尋ねてくるヘクターに、無言で背筋を伸ばしたキーラン。


 そんな彼らの様子を察知しながら、俺は答えた。


「護衛はヘクター。そしてローランドとレイラだ」


 レイラ。

 彼女は原作において、エクエス王国で『騎士団長』を通じて成長するエピソードがあった。それをどうやって再現するか……あるいはさせないようにするべきかで悩んだ時期もあったが、この際だ。再現させてしまおう。


(最近はローランドとレイラも、馴染んできたしな)


 神々用の戦力として、原作主人公組の成長は重要だろう。メタ的な意味で考える、バッドエンド前提の物語でもない限り、彼らは神々と戦える素質があるはずなのだから。


「しかしジル様……その、パートナーの女性は誰を」


 なんとなく想像はしていたが、礼服が無いなと頭を悩ませる俺。そんな俺だが、それ以上に頭を悩ませる案件が今現在ソフィアの言った言葉である。


 パートナー。


 そう、パートナーである。よくドラマやアニメで、王様が奥様とご一緒に腕を組んでパーティー会場に現れるアレである。あんな感じのパーティーを、エクエス王国は開くらしい。


(エクエス王国らしいと言えば、らしいな)


 エクエス王国。


 カップリング論争で平然と血を流す国であり、原作で描写されていた限り、あの国でまともなのは宮廷魔術師と騎士団くらいのものだ。それ以外の連中は、常識がまるで通用しない。軍事部がまともだからあの国は大丈夫と言えば大丈夫なのだろうが……本当に、この世界はどうなっているんだろうか。


「ジル様のパートナーに相応しい女など、この世界に存在しない。ジル様は、個にして全。世界ですらも、ジル様と並び立つに値しないだろう。妹様は、ご家族なので例外です」

「テメェはボスが一生未婚でいいのか?」

「ジル様が永遠に未婚だと!? 貴様ヘクター! ジル様に魅力が無いとでも言うのか!?」

「テメェはめんどくせえ親父か何かか?」


 パートナーの女性を連れて行かなければ……侮られるだろう。いや、あの色ボケ国家の特性的に、よく分からない女性とのカップリングが生まれてしまうかもしれない。ジルのキャラクター像を考えたら、そんなことをされたら戦争を起こすしかなくなる。


(どうする)


 しかし、俺が連れて行くパートナーということは、それはつまり、そういうことである。そういう風に勘違いさせてしまうのは、非常に申し訳ない。


 やはりここは、威圧感を周囲に撒き散らしながらパーティーに赴くしかないだろう。文字通りお通夜のように冷え切ったパーティーを、彼らにプレゼントしてくれる。


「ソフィアでいいじゃない」


 ──と。

 俺が揺るがぬ決意を抱こうとした瞬間、グレイシーはアッサリとそんなことを口にした。


「わ、私ですか……?」

「ええ。あなたなら問題ないはずよ、ソフィア。年齢的にも、外見的にも、作法的にも、あなたならこなせるわ」

「ですが私如きが、その……ジル様と並び立つなど、恐れ多く……」


 俺が視線を向けると、ソフィアは不安そうに揺れる視線をよこしてきた。


「……」


 交錯する俺とソフィアの視線。彼女は心底緊張した面持ちでその場に佇んでおり、頬は赤く染まっている。


(確かに、能力的には問題ない。……しかし、そういう関係ではないのにソフィアとそういう場所に行くのは)


 迷惑極まりないだろう。なので俺は、一人で行くことを表明しようとして。


『……やはり、私などでは──』


 ……。

 …………。

 ………………この状況で断るのは、ソフィアに魅力がないというのに等しいだろう。女性に恥をかかせるものではないな。


「ソフィア。貴様に、私と共に会場へ赴く栄誉を許す」

「! は、はい!」


 パアッと、顔を綻ばせるソフィア。その顔に、俺も僅かながら心が晴れるのを感じた。


 ……さて。とりあえずは俺たち二人の服を用意するところからか。しかし、俺もソフィアもそういった知識に疎い。なにより、この国にそういったものを取り扱っている店はないだろう。


(他国で見繕うしかない、か)


 なんにせよ、エクエス王国に挑むとしよう。あそこの国にも、『神の力』は眠っているのだからな。








「私は、今回はジル様のお役に立てないということか。心苦しい……」


 いやお前あそこの王子殺してるだろ。


(罪に問われないことは知ってるが、流石にダメだわ。お前が来ないといけない事態なんてないだろうし……ないよな?)


 ポツリと呟くキーランに対して、俺は一抹の不安を抱きつつも脳内で突っ込みをいれるのであった。


 ◆◆◆


「ふふふ。パーティーだぞ、パーティー。ふふふ。私には縁がない場だと思っていたが……。ふっ、未来とは分からんものだな」

「団長もご参加されるんですか?」

「ふっ、もちろんだ。夫が帰ってくるからな」

「あ、帰ってくるんですね! 『粛然の処刑人』さん!」

「ああ。夫のあるじを紹介してくれるらしい。ふふふ、出張が長かったからな。私は、出迎える準備をするとしよう」

(俺は何も聞いていない。俺は何も知らない。どうなってるの? 騎士団長の脳内どうなってるの?)

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