少女は見る

「……」


 ──その結末を、少女は遥か遠方から眺めていた。










 大陸最強マヌスが擁する人類最強。

 あらゆる面で謎のヴェールに包まれた存在が真なる意味で戦場に降り立つことの意味を、多くの周辺諸国は理解していた。


 氷の魔女と龍帝。


 歴代最高と謳われる今代の大陸最強格を冠する彼らの戦闘力を知っている人間はそれなりに多く──クロエは定期的に癇癪で海岸を凍結させていて、シリルは示威目的で力の一端を示す機会がある──であるが故に、この二人を知る者たちは、この二人がいるにも関わらずマヌスが"人類最強"と称す存在の恐ろしさをなんとなく想像していたのである。


 人類最強は、その多くが謎に包まれた存在だ。

 だからこそ周辺諸国は今回の戦争でどうにかして人類最強の情報を得ようとして──そのあまりにも理不尽な実力に、顔をひきつらせるしかなかった。それは『氷の魔女』を擁する魔術大国の上層部や、本人が皇帝として頂点に君臨している『龍帝』シリル本人でさえも同様だ。


 なにせ空間を切断する無名の刀使いと、広範囲を更地にする無名の戦士と相対して、攻撃を受けたにも関わらず無傷。攻撃される前に対処するだったり、攻撃を回避するだったりしたのなら分かるが──直撃していながら"無傷で"耐えるなど、他の大陸最強格でも不可能。他の大陸最強格であればジャイアントキリングが成立し得るのではと各国が思うような状況でさえも、人類最強の牙城を崩すことはできなかったのだ。


 これを見ていた全ての小国は悟った。これまでの日常は、マヌスや人類最強の気まぐれで成立していただけの儚い幻想に過ぎなかったのだと。


 魔術大国の上層部は思案した。国一つを覆い尽くす規模の魔術を放ち、万物を凍結させることが可能なクロエでも、人類最強を抑えることは不可能なのではないかと。


 ドラコ帝国が頂点『龍帝』シリルは乾いた笑みを浮かべながら、しかしどこか納得したような様子を見せた。あの男がいたのだから、これもあり得るのだろうと。


 かくして人類最強という名の怪物が進軍し、敵対国は消滅し、そして他の小国も声明文に従い終わる──かのように思えたが、その人類最強に匹敵する男が現れたことで、周辺諸国は更に揺れた。


 それはまさしく、神話の再来。


 彼らの放つ力は、その全てが規格外。

 余波だけで山が幾つも消し飛び、移動するだけで地形が変化する。あらゆる災害を操る男と、その災害の悉くを踏破する人類最強。


 人一人を焼き殺すことなど容易いマグマの奔流。それを、人類最強は真正面から打ち砕く。

 光すら呑み込む謎の重力の力場。人類最強はそれに呑み込まれつつも破壊して脱出する。


 地が割れ、天が裂かれ、嵐が発生した。


 国一つ滅ぼせるであろう規模のそれらを操って悠然としている男も、それらを受けて平然としている人類最強も、小国から見れば等しく怪物だった。万全の状態の彼らの内の片方だけで、大陸全ての戦力に匹敵あるいは凌駕するのではないかと思わせてしまうほどに。











 まさしく、アレらは二つの突出した個だ。

 この時間軸において、大陸にあの二人以上の存在はいないと断言できる二人の超越者にして絶対者。


 大陸最強格と呼ばれる他の面々と比較したとしても、彼らは間違いなく別格。そのことを、少女はよく知っている。


 人類最強とジル。


 大陸において頂点に立つ両雄の衝突。魔術大国、ドラコ帝国、その他数多くの周辺諸国の首脳陣や最高戦力が戦闘の様子を安全圏から視察しているのと同様に、その少女は超然とした空気を纏いながら眺めていたのだ。


 そして。


「──」


 そして少女は瞳孔を大きく見開き。されど無表情で、周囲を圧倒するような空気を放ちながら、小さく何事かを呟き始めた。


 異様な姿だった。

 少なくとも彼女のことを知る者が今の彼女を見れば、驚愕に目を剥くことだろう。それほどまでに、今の彼女は常時の彼女と異なる様相なのだ。


 いやそうでなくとも、人類最強とジルの戦闘を見届けた者の反応としてもその姿は異様に過ぎた。恐怖を抱く者、錯乱したのか「奴らが消耗している今この瞬間であれば殺せるに違いない」と早まった計画を立て始めた者、属国志願のための嘆願書を書き始めた者、その他様々な反応があるが──この少女の反応は、間違いなく異端だった。


「──」


 ブツブツと、なんらかの思案をするように少女は言葉を紡ぐ。

 その表情は動くことがなく、瞳孔は開いたまま。


 狂気すら感じさせるその姿。

 その姿は、ジルが彼女の視界から消えるまで続いていた。


「……」


 やがて少女は瞳を閉じる。

 閉じて。


「……流石に、動く必要があるようね」


 最後にそう締めくくると、少女は踵を返す。暗い闇の中に、少女の姿は消えていく。







 その少女は──聖女と、呼ばれていた。


 未来を視ることができるとされる聖女。彼女の瞳は、果たして何を映しているのか。


 ◆◆◆


 あり得ないとは思うが、マヌスが謎の技術で人類最強を即時回復させる可能性は否定できない。だから俺は、急いでマヌスへと降り立ったのだが。


「……結界か」


 マヌスを覆う結界。どうやら並みの特級魔術では崩せない強度を誇っているようで、マヌスが大陸最強国家を冠するに相応しい戦力を有することを改めて理解する。


(なるほどな)


 そんな大層な結界を冷ややかな視線で見上げながら、俺は思案した。


(ジルの威力の特級魔術や天の術式であれば、あっさりと正面から破壊できるが……)


 戦争をしていて、しかも人類最強相手に死を覚悟しておいてなんだが、俺は原作ジルのようにマヌスの人間を虐殺するつもりはない。元々風聞などを考えてそれは徹底するつもりだったが、人類最強をこちらに迎え入れようと考えるのならなおさらである。


(だがしかし、そうか)


 原作の人類最強と、俺の前に立ち塞がった人類最強。最も大きな違いは『神の力』を持っているかどうかだと考えていたが──よくよく考えると、自国の民を、守るべき存在を背後においているかどうかの違いも大きかったのだろう。


(原作の人類最強は。真に守りたいものを失っていたのかもしれないのか)


 人類最強がマヌスに対してどのような感情を抱いていたのかはあまり語られていなかったが、生まれ育った故郷と守るべき者を失った青年の心境など、察して余りある。


 それでも無力な人々を守るためにと完全体ジルや邪神、神を相手に武器を手にして立ち上がっていた彼は、真に高潔な人物と言えるだろう。どこまでいっても自分の生存のために戦っている俺とは、大違いも大違いだ。


(まあだからなんだという話だが。しかし、そうだな)


 そう考えると、人類最強への交渉材料に使う手札として利用するためにも、マヌスとはなるべく穏便に話をつけたいところだ。元より信仰心のために残虐な手段や結末は回避するべく動くつもりでいたが、より一層注意を払わなければいけないだろう。


 まあそもそも人類最強が敗れた以上、降伏を促せばそれを受け入れる確率は十分高いだろうが。


(留意すべきは、『神の力』に関してか)


 人類最強が『神の秘宝』を器として利用することで『神の力』を擬似的に使用していたのと似たようなことを別の手段で用いてくる危険性は、警戒しておくべきだろう。とはいえ大半は『蠱毒』に回しているだろうし、人類最強という最大の駒を投入する際に出し惜しみをするとは思えないので微妙なラインだが──


(……さて)


 敵の最高戦力である人類最強を下した以上、立場は圧倒的にこちら優位。

 当然ながら俺自身、色々と消耗をしていて正直かなりキツイといえばキツイのだが、それを誤魔化すための表情作りは完璧。ジルの頭脳を活用することで舌だって回るし、神威を解放して圧迫面接を開始するくらいなら問題ない。



(結界による防壁? バレないために隠密行動? くだらない。そんなものはジルの障害にならないし、ジルがそんなことをする訳がない)


 そもそもコソコソと敵国に侵入するジルなど、そんなものはジルではないだろう。威風堂々と、真正面から敵国に入国(入国とは言っていない)するのがラスボスたるジルのやり方である。


 だから、そう。


「止まれ」

「……」


 俺は堂々と、マヌスの門の前に立ち。


「ここから先は──」

「……くく」

 

 そして、職務を全うすべく俺を止めようと槍を構える門番に対して、俺は酷薄な笑みを浮かべながら神威を放った。


 ──途端。俺の眼前に立っていた門番が、抗えない"何か"を前にしたかのように膝を突く。その顔は酷く蒼ざめていて、額には汗がべったりとつき、身を包む鎧がカタカタと音を鳴らしている。


「私を相手に槍を構えるなど不敬に処すと言いたいところだが──くく、私という存在を前にひれ伏したあたり、無知蒙昧という訳ではないようだな」


 もっともらしい理由をつけて、膝を屈した門番の横を、堂々と通り抜ける俺。


「良いぞ、特例だ。此度は許そう。以後は何人たりとも、この私の歩みを止めることはできぬと心得よ」


 こうして俺は、マヌスへの入国を果たすのであった。


 













「……来るか。神を名乗る男」

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