人類の極致

 人類最強の奥義と、俺が放った上位『天の術式』の激突。その余波は、ここから離れた位置にある山脈を一瞬で蒸発させた。


 俺自身の為と、地上の被害を最小限に抑える為に小規模なブラックホールもどきを展開させてはいたが、人類最強の奥義を抑えるには、どうやらそれでも足りなかったらしい。


 元々この周辺は半径十数キロの範囲が砂漠地帯に変化していたが、どうやら更に広範囲の地形が変化する羽目になりそうである。


「……ふん」


 人類最強が放った最大最強の一撃。

 その絡繰は実に単純にして、明快なものだ。


 すなわち、人類総力に匹敵する出力のエネルギーを蒼炎として天に集め、隕石のように落下させて地上に叩き落とす。人類総力に匹敵するという特性上、彼の蒼炎を防ぐことは"人間の力"では叶わない。故に神代以後であれば、彼の一撃は地上で最も強力な一撃として放たれる。


 それは即ち、彼は一人で全人類を凌駕してしまうということである。人類全体が強くなればなるほど強力無比になるその一撃はなるほど、"人類最強"の切り札に相応しい。


 もちろん制限や制約は多く、気安く何度も放てる一撃ではない。ついでに補足すると、人類の全てに匹敵する一撃というのはあくまでも理論上の最大出力の話。実のところ、ここでいう全人類に該当する対象は、人類最強自身と彼が守護対象と認識している人々に限られるのだ。


 これらの理由から、本当の意味で人類の全てを上乗せした"真の一撃"を放つことは、現状では不可能である。


 ──そしてだからこそ、蒼炎があまりに強すぎることは、非常に不可解だった。


(……何故だ)


 いくら人類最強が奥義に『神の力』も混ぜることで出力を上昇させていたとしても、上位『天の術式』二つを展開した俺が、ここまで苦しむ状況に追い込まれるのか……?


(……まさか、人類最強が存在を知らないからグレイシーやソフィアの"人間としての力"が上乗せされている? 大陸最強格以外は守護対象のようだし)


 勘弁してほしい。


 ただでさえ、人類最強の奥義は地上最強の一撃のひとつだ。そこにやべえ連中の力を一部といえど足すとなると、その威力は想像を絶するものと化す。


(『光神の盾』のおかげで、頭上から俺に向かって放たれている直接的なエネルギーは防げているが……)


 天の術式『光神の盾』。


 これは"いかなる武器でも傷つかない"という光神の特性を、光神以外でも操作可能な位階にまで概念として落とした術式で、『天の術式』の中でも上位に位置する代物だ。


 こと防御面において、これを貫くことはほぼ不可能といっても過言ではないとはソフィアの言。神々の力は素通りする『◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎アースガルズ』と異なり、神々の力にも対抗できる点も素晴らしい。


 弱点は、名前の通りあくまでこれは盾なので、迂回する攻撃に弱い点だ。直線上の攻撃であれば弾くが、盾を避けて本体を直接狙われては盾は意味をなさない。加えて、今回のようにあまりにも広範囲に及ぶ攻撃だと、その余波がこの身に届く。


 そしてその余波が、今回は多分マズイ。


(原作ではジルが『権能』を使ってこの奥義を無傷で耐えた結果、ジルとの決戦の場にいた連中や視聴者一同が絶望する展開だったんだが……)


 今回の人類最強の奥義には『神の力』が混ざっているから、原作と同じ手段では防げん。だからこのまま盾の下で隠れているしかないのだが……しかし、余波でダメージを受けている問題が解決しない。


 右手に線が走って血が流れてきたし、服も所々切れ始めた。足の骨も軋んでいて、俺の立っている足場が沈んでいく。攻撃自体は防いでいるが、衝撃を含む余波を抑え込めている訳ではないのだ。


 仮に惑星を貫く一撃に耐える盾を持っていたとしても、その盾を扱うのが一般人であれば、惑星を貫く一撃を受けたそいつは盾ごと吹き飛ばされて死ぬしかない。流石に俺の場合はそこまで極端な事態にならないだろうが、しかし状況としては似たようなものだろう。


(……どうする)


 奴の攻撃が天から降り注ぐエネルギーの塊という性質上、飛んで回避することは不可能。ならば走って攻撃範囲から逃げればいいかといわれると……アレの攻撃範囲と落下速度は凄まじいの一言なので実質的に不可能。そもそも、敵前逃亡などという無様な真似は"ジル"に許されていない。


 もちろん『天の術式』の特性のおかげで、盾を展開した状態で俺が人類最強の懐に潜り込むことは可能だ。


 しかしこの奥義を放っている状態の人類最強は、ある種の無敵状態。天に力を収束させるために、彼は全身から天に力を送り続けているからだ。


 彼の全身を覆っている薄い蒼炎は、それ即ち人類の総力。それを打ち破る攻撃を放つことは、人の手では不可能だ。


 最大の矛にして、最大の盾。


 攻防一体の究極奥義。それが──人類最強の有する絶対。

 

(……厄介だ。攻略方法が存在しない)


 流石は脚本家直々に「仮にこの作品をノベルゲー化するとしたら第一部の時系列だと表ボスが人類最強で、裏ボスがジルですね。選択肢次第でボスが分岐します」とか評されていた人類最強だ。


 事実、人類の全てに匹敵する一撃を放つなんて性能は、人類を超えた神々と対峙する前の物語の終幕を飾るのに相応しい肩書きだ。人の身でありながら神の領域に足を踏み入れているジルと並び、人類規模の物語を描く第一部のラスボスとして君臨できるという設定には頷くしかない。


(今考えることじゃないな。俺の中の『神の力』とて、無尽蔵であっても無限ではない。時間が経てば回復するが、この戦闘中に使える『神の力』は限られている。……いや、天の術式を放つ寸前から何故か少し増したが。それはそれとして──)


 この状況を打開する策を編み出すべく肉体に『神の力』を巡らせながら思考に浸り──ふと、俺は気づく。


(なんというか、相変わらず人類最強の『神の力』の使い方は雑だな)


 本来であればこの肉体は、神の血が混ざっていない純正の人間──『権能』を仕込まれていたりと神々が直接創造した特殊な人間という考察もあるが──の中で唯一、『神の力』を扱えるもの。

 

 そういった特殊すぎる肉体を持っていることが理由かどうかは不明だが、俺は『神の力』に対する知覚能力のようなものが非常に発達しているらしい。それは『天の術式』講座でソフィアから「流石です、ジル様」とのお墨付きをいただくほどである。


(思えば、初めて見たときから違和感自体はあった。……いや確かに、本来であれば"人類の中ではジルにしか扱えない『神の力』"という原作設定に依存しすぎるのは良くない。人類の頂点という立ち位置から察することができるメタ視点でも「お前が神の力を使えるのはダメだろ。人の力で最強であってくれ」とは思う。……だが、それ以上になんというか──ジルとは『神の力』との共存の仕方が違うとは思っていた)


 これまでは動揺や新たな脅威への緊迫感、その他諸々の事情から深くまで探ることはできなかった。現実問題として人類最強は『神の力』を扱えていたし、それによる戦闘力の上昇も見て取れた。だから、違和感はあってもそこまで思考を回す必要性を感じられなかったのだ。


 だが、この状況下なら話は変わる。


(……もしや)


 このまま停滞したところで、状況が好転するとは思えない。悪い方に転じることもないだろうが、エネルギー激突の余波で大陸が半壊でもしたら笑えない。大国はそれぞれの大陸最強格がどうにかするとして、小国はどうしようもない。精々、隠れ大陸最強格という噂のある冒険者序列第一位の少年が滞在している国が助かるくらいではないだろうか。


(……天下統一を目指す俺からすると、その展開は最悪だな)


 人々から送られてくる信仰心の強さは、そのまま俺の強さに還元されるのだ。

 人類が滅亡して信仰心を得られない状況で、神々が降臨なんてしてきたら俺は死ぬしかないのである。人の数は多ければ多いほど良い。人々が俺に対して信仰心を捧げてくれるのなら尚更だ。


(だから人類最強──我慢比べは終わりにしよう)


 幸いにして、活路は見えた。

 根性勝負などという不確定要素が多い戦闘に興じる理由はなく、なればこそ俺は更に『神の力』を全身へと巡らせる。

 

(人類最強……やはりお前は、神ではない)


 あくまでもお前は、人類種の頂点の一角でしかない。

 人類種の頂点に君臨するに足る才覚と、神々の領域に至る才覚を併せ持つジルとは、少々事情が異なるのだ。

 仮にお前が"人類到達地点"に至っていれば、話は変わっただろう。というより、お前を含む大陸最強格が目指すべきはそちらだ。


 神の領域に至る人間は、ジルだけでいい。


(……どの口が言ってるんだか)


 内心で自嘲する。


 人類最強は、本当の意味の強者だ。転生しただけの俺なんかとはまるで違う。俺なんかが人類最強を推し量るなど、烏滸がましいにも程があるというもの。それくらい、俺は純粋に人類最強を尊敬している。


 だが、自分を棚に上げずして、原作ブレイク運命を変えるなんて偉業が達成できるものか。こういうときは、調子に乗るくらいがちょうどいい。俺は俺の目的のために、あらゆる未来と困難を打ち砕くと決めた。


 それに、俺自身に自信がないから敗北しましたなど、ジルのために戦ってくれている部下たちに申し訳が立たない。俺自身の目的と──それに少しだけ、部下のためなんていう人間らしい感情論も添えて、俺はお前を倒してみせる。


 だから言おう、人類最強。俺が言えたことではないが……お前は少しばかり、神々の真似事をしすぎた。人としてのお前が相手なら、俺は敗北を喫していたかもしれない。神々の真似事をしているからこそ、そこに隙が生まれて、その隙を俺に突かれるのだと知れ──!


「天の術式、起動」


 俺がそう呟いた瞬間。

 あらゆる天災が顕現し、それらが人類最強と彼の放つ奥義に襲いかかる。

 仮に前世でこれらが同時に発生すれば、間違いなく地球は終わるとすら思ってしまうような光景。


(……擬似隕石は、天に浮いている奴の蒼炎に触れて蒸発させられたか)


 だが、問題ない。

 少なくとも、蒼炎が"揺らぎ"はしただろうからな──


 ◆◆◆


 その世界の変化を、人類最強は肌で感じ取っていた。


(くっ──)


 内心で苦悶の声をあげる。

 それはジルの放った『天の術式』の威力によるもの──ではなく、その扱い方の巧さによるものだ。


(やはり、本物の神を前に神の真似事は通じんということか)


 人類最強は『神の力』の扱い方がそう多彩ではなく、本当に単純なことしかできない。そしてその単純なことにさえ、繊細すぎる操作が要される。尋常ではない領域で、人類最強は『神の力』の扱うために神経を研ぎ澄まさせていた。


 それこそ、毎瞬ごとに針に糸を通す以上の集中力と繊細さが求められているのだ。それを行うと同時に戦闘を悠然とこなしていた人類最強は、紛れもなく人類種の頂点の一角を担うに相応しい存在で──だからこそ、本物の神により、神々の領域で乱されてしまっている。


(このまま、では……)


 エネルギーが空中分解してしまう、と人類最強は歯噛みした。

 ジルが新たに放った複数の『天の術式』は、的確にこちらの集中力を分散させるようなタイミングで放たれている。エネルギーに揺らぎを与えるため、的確に人類最強の制御権が弱い『神の力』を狙い澄まし、更には視界を悪くなるような術まで放ってきていた。


(……)


 この一撃は、必殺でなければならなかった。

 いや本来、確実に必殺となるはずだった。

 なにせ理論上、これを上回る出力の一撃を放つことは人類に不可能。


 確かに理論上としては存在する真の意味の最大値には届かず、ましてや真の領域──過去未来現在全ての時間軸からエネルギーを抽出する──には至っていない。だがそれでも、大陸上最大最強の一撃であることには違いないはずだった。


 人類最強は、人類の中でで最も強いから人類最強だ。


 その"最強"が全てを込めた一撃に、彼が背負っている人々の総力を上乗せしたエネルギーを用いた広範囲の一掃。これに並び立つ火力を、人類に用意することなど不可能。


(……)


 だが現実として、これに拮抗する術を用意されてしまった。

 あの光の壁はそこに込められている『神の力』もそうだが、なにより、絶対的な守護の概念のようなものが込められているように感じる。人類最強が地上の被害を無視し、無差別に放てば大陸の八割を灰燼に帰す一撃を、揺らぐことなく守護するほどの概念──間違いなく、神々にのみ許された領域の力だ。


(……)


 この蒼炎が晴れたのち、人類最強の肉体はしばらくの間動けなくなる。その硬直の隙を見逃す神ではなく、間違いなくこの身は打倒されるだろう。


(……自分は、ここで終わりか)


 この身はここで終わるのかもしれない──だが、戦争では敗北していない、と人類最強はその瞳を閉じた。


(自分の目的は果たされた。ならば、あとは上司の武運を祈るとしよう)


 上司の目的。

 それに、自分は賛同する。

 賛同しなくとも、彼の望みを叶えるべく行動はしただろう。だが、賛同できる目的であるならば、その方がいいことに違いはない。


(求められた役目も、最低限は果たした。あとは、上司次第だ)


 ある意味、人類種の悲願。

 狭義における世界救済の手段のひとつとして、上司の目的は間違いなく成立している。

 上司自身の思惑と本当の意味での目的はさておき、その過程において世界が悪くなることは決してない。そこから先のことは──人類を信じるとしよう。


(最後に神と死合うことができたか。……ならば"人類最強として"悪くない人生だった)











 自分が人類最強などと呼ばれるようになってから、どれほどの時が経過しただろうか。


 人類最強。


 文字通り、人類で最も強い存在。それが自分だとするならば、それは不相応にすぎると思う。

 この世界は広く、未知も多い。人類の全てを把握できたわけでもあるまいに、自分ごときが人類最強などという称号を得るのは正しいのだろうか? もっと相応しい英雄があるのではないか? と何度思ったことか。


 蠱毒の面々とて、まだまだ成長途中。完成しきった上で競ったならばともかく、皆が皆発展途上の中で本当の意味の人類最強など誰にも分からないのではないか。


 だが、それでも自分は人類最強を冠することになった。それは事実であり、ならば不相応と内心で思っていようとも、易々と敗北する訳にはいかない。膝を屈しそうな時が来ても、心が折れそうな時が来ても、本物の人類最強ならばと心に描いた理想に相応しく在るため、立ち上がらなければならない。

 

 人類が到達すべき領域として、遠い未来で人類が乗り越えるべき壁として、自分は君臨し続けなければならない。そのためには人類ができることは全て可能にならなければならないし、人類が滅亡しかねない規模の災厄が訪れたとしても、それを踏破して人類を守護しなければならない。


 人類が滅亡する規模の災厄が訪れたなら、この身もう一つの人類を犠牲にすれば良い。人類が滅亡する一撃を前に自分は倒れるだろうが、それをもって災厄は終わらせてみせる。


 これまで、数多くの"人類最強と呼ばれるべき先人"はいたはずだ。過去の偉人、英雄──そういった偉大な者たちが紡いできたものが、人類の歴史であり、今を生きる人々だ。


 ならば自分が、先人たちの顔に泥を塗る訳にはいかない。「あなた方が繋いできたバトンはここで落としてしまいました」などと、そんな無責任なことを言っていいはずがない。


 不可能などあってはならない。人類最強に、不可能などある訳がない。その程度の実力で、人類最強であっていいはずがない。


 『お前はなんでもできるから人類最強なのだろう』と、遠い記憶の中の誰かに恨み言のように言われた。


 それは正しく、しかし間違いだ。


 そう呼ばれるようになったからこそ、自分は全てができるようになったのだ。


 ──全てができるようにならなければならなかったから、全てをできるようにしたのだ。


 何故なら、そうでなければ人類最強ではないと思ったから。そしてそう思ったのならば、血反吐を吐いてでも実行しようとするのが、人間という生き物だ。


 故に自分は、本物ではないのだろう。


 本当の意味での人類最強とは、生まれながらに全てができるに違いない。自分は所詮、人類最強という称号を手にしてしまったから、それに相応しくあらなければならないという理由で、ここまで様々なものを積み上げてきただけに過ぎないのだから。


 天才と秀才が違うのと同じこと。本物の人類最強と自分は、決定的に違う。


(──嗚呼、だから)


 偽りの人類最強は、神を前に敗れる。


 神。


 本当の意味で、人類を超越した存在。

 英雄と呼ばれる存在は確かにある種において人類を超越しているが……しかし本当の意味で、規格からして人類を超越しているのが神々だ。人類が至る程度の領域では、神々を前には無力だった。


(……)


 ……いや、違う。自分が本物ではないから、神を前に敗北してしまうのだろう。本物であれば、神殺しを成せたはずなのだから。


 だからこれは、罰だ。


 人類最強に相応しくないのに、人類最強という名前を冠したから、そう在るために生きてきた愚か者に対する、神罰なのだ。


(……)


 だからこの結末は、仕方がないこと。己の無力と才能の無さを嘆きながら、この身は役目を終える。


(自分では……神には、勝てなかった)


 当然だ。当然のことだ。確かに自分は、本物の人類最強ならばと、その意志で立ち上がり続けてきた。


 けど、自分は本物じゃない。


 だから、人々を笑顔にすることはできない。あの時の幼子のように、自分は周囲を怖がらせてしまうだけ。本物の人類最強ならば、救った上で笑顔にできるだろうに。自分は救うだけで、笑顔を作れない。作れたことが、ない。


 戦闘鬼兵は、愉しそうに殺し合いをする。だけど、自分に立ち向かってくる戦闘鬼兵は必死の形相だった。それは多分、自分に対する怒りなのだろう。「お前のような偽物がそこに立つな」と、彼らはそう言いたかったに違いない。


 まったくもってその通りだと思う自分が、彼らに言い返す言葉はなく、されど己の座をそう簡単に渡すのは許されないから、自分はそれを返り討ちにするしかない。本物には届かないが、しかし彼らを返り討ちにできるくらいには至った力量で。


(ああ──)


 結局、最後まで、自分は本物にはなれなかった。やはり、自分如きが人類最強の座に立つべきではなかった。もっと、もっと相応しい人はいた。いたはずだ。だから、これで良い。偽物が敗北するのは、当然のことなのだから。


(──これで、偽りの人生は終わる)


 ……。


 …………。


 ………………だが。


 だが、今現在、人類最強とは他でもない自分のことではないのか。


(……まだだ)


 確かに、自分は本物ではない。本物なら、神だって倒せるはずなのだから。


 だがその神を倒せるはずの人類最強の称号を、自分は冠していて──ならば、自分は神殺しを可能としなければならないのではないのか。


 本物の人類最強は、この程度のことで諦めるのか? 仕方がないなんて思うのか? 自分は偽物だから仕方がないと、本物の人類最強はそこで歩みを止めるのか?


 あり得ない仮定だ。本物が、偽物であることを理由に諦めるのかどうかを考えるなど、前提からして破綻している。


 だが、それでも、それでも分かる。


 本物の人類最強ならば、偽物であることを理由に諦めたりなどしないと。まだ、誰も笑顔にできていないのならば、笑顔を作れるような存在になるべく努力をするはずだと。人類最強は完全無欠な存在を指す言葉だが、それでも仮に、仮に不完全な部分があるならば、それを超克するために行動しているはずだと。


(この程度のことを、ここまで追い込まれてようやく気づくとは……やはり、自分にこの称号は相応しくない。──だが、それでも分かる)


 自分はまだ、相応しくない。それは当たり前の話だ。だが──だからこそ、諦めていい理由にはならない。


(本物の人類最強なら、こんな所で倒れる訳がない。ならば自分にも、ここで倒れていい道理ない)


 何故なら自分は人類最強。


 その称号は不相応という自覚はあれど、それでも自分はそう呼ばれているのだから。


 ◆◆◆


 蒼炎が消し飛ぶと同時、硬直する人類最強の肉体。


 本当の意味で"絶対"の全てを放ち終えた瞬間だからこそ、奴は蒼炎が晴れてから数瞬の間、決して動くことはできない。蒼炎が在る状況では身動きをとれるが、それが霧散してしまえば案山子かかしも同然だ。


 原作では周囲に大陸最強格がいたから硬直している間を守ってくれるだろうという理由で一撃を放っていたが……今回は俺の体内への噴火攻撃に危機を感じ、苦肉の策として放ったのだろう。


 まあ、奴の事情はどうでも良い。敵の隙を見逃す俺ではなく。一瞬で人類最強の前に移動した俺は、人類最強の顔面を鷲掴みにした。


(……人類最強、お前は強かった。だが、俺とてここで負ける訳にはいかない事情がある)


 天の術式を起動する。

 奴の体内に小規模な流星群を起こし、体内を完全に蹂躙し、潰す。


(終わりだ──)


 人類最強、お前は本物だ。

 俺のような偽物とは違う。

 俺は本来ジルではなくて、それでもジルになってしまったからそう演じようとしているだけの──……?


(……なに?)


 空気が変わった。

 尋常ではない圧力を、動かないはずの人類最強の全身から感じる。おかしい。もはやこいつに戦闘力はないに等しいはず。それでもしばらくしたら動けるようになる驚異的な理解不能な肉体をしているが、だとしても今この瞬間は──そんなことを考えていたときだった。


「……!」


 凄まじい力を受けた衝撃と共に、俺の肉体が後方に吹き飛ばされる。突然の事態に舌を打ちながら地面に着地し、俺は視線を前に向けた。


「貴様──」


 ──そして、気づく。

 人類最強の右目が、蒼い炎を帯びていることに。


(なっ──)


 俺の背筋が凍りつき、目が大きく見開かれる。

 ゆらり、と幽鬼のように動き始める人類最強の肉体。

 それを見て、俺の背中を嫌な汗が伝うのを感じた。


(まさか、あれは……)


 動けるはずがない。

 道理に合わない。

 そういうものと定められているはず。

 そんな常識を嘲笑うかのように、人類最強から放たれる圧力が増し始めた。


(アニメでクロエが覚醒したときと、同じ……)


 それを、俺は知っている。

 アニメでも一切明かされていないブラックボックス。

 神々と戦闘可能な領域に至る、人類種における究極。


 その名を、


(──人類到達地点)


 俺が求めていた、もうひとつの力。

 人と神の両方の性質を併せ持つジルだからこそ、そしてその双方を知っていたからこそ、それを目標にして試行錯誤していた。


 そして人としての極限こそが、人類到達地点。


(待て、落ち着け。まだ、まだ初期段階)


 だが、それに関してほとんど分からずじまいで。だから半ば諦めていて。


(マズイ。圧力がもはや完全に『何か』の領域に──)


 しかしそれを、こいつ本物は──


「──!!」


 人類最強が、右腕を振り上げる。

 それに対して俺は、最大限の警戒心を抱いて。


 そして──


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次回

人の身で神の領域に至りし者vs人類の極致に至りし者

 

 

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