絶対者 前編

「──ほう。それが我が領土を侵した"下手人"か」


 お見合いが終わった頃、キーランから聞き入れた情報。それは俺の国に入り込んでいた殺し屋に関する情報だった。


 どうやら下手人は俺のお見合い相手の護衛役とすり替わっていたらしく、その時点で既に一人の人間が死んでいるらしい。

 これは俺だけでなく、お見合い相手にも関係ある情報と言えるだろう。


 本来なら帰国をする時間帯だったが、状況が状況である。一先ずは屋敷の応接間に集まり、キーランとステラが差し出してきた男を見やった。


「……しかし微動だにせんな。死しているのか?」

「それはほら、ボクの"力"のおかげだよ」


 そう言って手をひらひらとさせたのはステラ。敵はステラが『加護』を使わなければならないほどに強力だったということか。いや、それ以前にキーランが一人で即座に制圧はできなかった点も留意する必要がある。


(見合い相手の付近の人物とすり替わる……成る程。確かに拷問でもかけない限りは、相手の正体を掴むのは困難と言えるだろう)


 普通に考えればの話だが、と俺は内心で薄く笑った。


(だが、俺には原作知識がある。原作知識で知れる情報にも当然穴はあるが──物語の主要人物たち、ようは大陸において影響力の高い人間や勢力に関しては別だ。なにより、大凡は掴める。つまり、全体像の把握が行いやすいということだ)


 そして全体像を把握しているのなら、俺がやるべきことは単純にして明快だ。


(消去法。普通に考えれば可能性を考慮しすぎて困難を極まる手法だが、俺の場合は膨大すぎる可能性を切り捨てることが可能だ)


 なにより、俺の立ち位置は非常に特殊。そして特殊であるからこそ、俺に対するアプローチの仕方で相手を絞り込みやすいのだ。


 第一部最強集団とも言える『レーグル』を相手に単騎で戦闘可能──そしてなにより、『地の術式』などという奇怪な異能を使うという事実。現在の時期と、俺を取り巻く状況や環境。


 お見合いの護衛とすり替わる作戦を立てて実行に移せる程度には情報網を有していて、更に送り込んできた人員の戦闘力も高い。されどそれはインフレしかかった理不尽的な強さではなく、あくまでも人類規模に収まる範囲での強者。


 これらの情報から推測するに。


(マヌスだろうな)


 十中八九、マヌスで間違いないだろう。一応ドラコ帝国も不可能ではないが、シリルが立てた作戦としては粗末にすぎる。奴は俺の実力をある意味一番把握しているだろうから、奴がやるのは本腰を入れるときのみ。そして奴が本腰を入れて立てた作戦は、この程度で済まないだろう。


(まあそれ以前に、牙はへし折っているからな。時間が経過すれば回復するかもしれんが、それは今じゃない)


 なによりシリルがジルに対して警戒しているのは、実力もあるだろうがそれ以上に狡猾な面のはずだ。未来を知っているかのような言動から推測できる情報の保有量と、それを活かせる頭脳。


 これらを警戒するであろうシリルが、俺に対して「敵は優秀な情報網を有しているに違いない」や「キーランやステラと同格の人間を動員できる」などという下手人を絞り込みやすい、分かりやすい証拠を残してしまうような作戦を立てるわけがない。


 なにより、シリルがキーランやステラと同格の人間を送り込むことはないだろう。御前試合にて、奴は俺が持つ戦力を把握している。その時点で、奴が犯人という線は消去できるといっても過言ではない。


 ドラコ帝国の強力な点は、シリルという人類最高峰の頭脳を有する男が司令塔を務め、なおかつ大陸最強格の一人でもある点。そして、その両方を兼ね備えつつ皇帝という最高権力者の地位に君臨している点だ。


 これによりドラコ帝国は参謀が愚かすぎて頂点が暴走し、自爆する不安がない。何故なら、シリル自身が参謀でもあるから。

 

 王が戦力差の把握などを的確に行えないため、部下からの進言をイマイチ本質的に捉えられず、甘くみた結果痛い目を見るというパターンもない。何故なら、皇帝自身が最も戦力差の把握を的確に行えるから。


 他にも伝説の竜ファヴニールが保有していたという財宝。過去の遺産による魔術の類への防衛策なども豊富に兼ね備えられていて、情報戦も得意だ。


 大陸最強国家はマヌスだと言われているし事実そうなのかもしれないが──堅牢さでいえば、ドラコ帝国の方が上だと俺は思う。だからこそ早々にシリル自身を釣れるような状況に持ち込んで、本人に理解させる必要があったわけだが。


 話を戻そう。

 とにもかくにもシリルが俺に喧嘩を売ることはないし、売るにしてもこの程度のやり方ではない。そう思わせる思考を逆手にとってくる可能性も否定はしないが、それでも送り込んでくる戦力が足りない。


 この程度の戦力を持ち込むということは、向こうは「これで足りるだろう。もしも足りなくても、逃亡くらいはできるだろう」と判断したということ。


 そして事実、キーランとステラの二人掛かりで捕獲する必要がある程度には強かった。


(まあとりあえず言えることは俺という人間を正確に把握できていない──あるいは、把握できている人間はいてそこから情報を得ていたとしても、イマイチ想像しきれない人間が人員を動かす地位にいるということだ)


 なおかつ、お見合いに関する情報を手に入れる程度の情報網は有している。

 総括し、人類最強との接触からそう時が経っていないことも踏まえて、マヌスが今回の"敵"に違いないだろう。小国では色々と不可能な点が多すぎるし。


(ふむ。しかし……)


 そうなると、人類最強からの情報を得て叩き出した連中の回答は俺の殺害ということか。


(くく、成る程な。実にシンプルで──実に、愚か。人類最強という突出した実力者を有しているからこそ、戦力差の把握が苦手という話かもしれんがな……それなら潔く、人類最強のイエスマンにでもなればいいものを)


 まあそうならないための理由はあるかもしれないが。人体実験を繰り返していそうだから、人類最強をも超える逸材を求めているとかはあるかもしれない。

 案外、人類最強の周囲は殺伐としていたりしてな。日夜殺し合いとかしていたり──いや、流石にないかそんな物騒な話。怖すぎるわ。


(そう考えると、戦争的な意味では魔術師が実質的に力を有している魔術大国や、実力者があらゆる面での頂点に立つドラコ帝国はこの世界だと合理的なのかもな)


 まあ後者に関しては度し難いほどのアホが頂点に立てば自滅まっしぐらだが、度し難いほどのアホはファヴニールに消し飛ばされるらしいから問題ないだろう。


(それにしても、随分と面白い収穫があったものだ)


 地の術式。


 初めて聞く単語だが、これはどう考えても天の術式と何かしら関係がある。


 天と地。


 これは数多の創作物において、多く目にする機会があるワードだろう。天地の理だの。天地創造だの。神を天と見立てて人を地と見立てるだの、色々と神秘的なものである。


 その単語やメタ視点から推測するに、おそらく地の術式は天の術式を基にして作られた魔術の起源。天の術式を神々の法、魔術を人の理とするならば、地の術式は半神の道とでも例えようか。


「……ふん」


 そこまで思考をまとめて、俺は床に伏せた状態から微動だにしない男を眺める。ステラの『加護』により、時間を停止させられた憐れな殺し屋を。


(この水晶玉を媒介にしているようだが……)


 水晶玉に術式を保存し、力を巡らせることで発動する形式。シンプルかつ、肉体に術式を刻む天の術式に近い代物だな。


 ただ、気になる点がある。

 

(……時間を停止させているからか? この男からは、『神の力』をまるで感じ取れん。地の術式とはなにを動力源にしている……?)


 原作において、地の術式なんて単語は存在しなかった。マヌスはジルが直々に、攻め滅ぼして壊滅させたから描写されなかったという可能性もあるにはあるが──『神の力』を動力源にしているならば、ジルはサンプルの一つや二つ入手するだろう。


 憶測の域は出ないが人類最強が『神の力』を取り込んでいたのと同様、マヌスは色々と原作と異なる推移をたどっていると見るべきか。

 そうなると原作とは異なる道を歩むに至った原因があるはずで、その原因を探る必要も──と、考察は一旦ここまでか。


「ステラ、時間を動かせ」

「……いいの?」

「かまわぬ。とはいえ、念のためだ。部屋の周囲に冷気を巡らしておけ。そして、この男が逃亡を試みた瞬間に停止させれば問題ないはずだ」


 いずれにせよ、確かな証拠と裏付けは必要だ。そしてそれらが終われば順当に、なにより的確にマヌスを叩き潰すとしよう。


「じゃ。動かすよー」


 そして──


 ◆◆◆


 時間が動き出す。


 それにより、意識が戻るスペンサー。先ほどまでと全く異なる空間に自分がいることに驚愕し、暫し呆然としていた彼だったが。


「────ッッッ!」


 スペンサーが行ったことは単純にして明快だった。

 自らの標的が眼前に立っていて、こちらを見下ろしている。それはマヌスの人間であるスペンサーにとって不快極まりないと言うほかなく、本来の依頼の件もあり、スペンサーは無意識下で即座に指を動かした。


「────」


 糸の嵐が、銀髪の男に襲いかかる。初見、それもスペンサー自身これまで打ち出したことがないほどの速度で放たれたそれ。

 おそらく、今の一撃であれば人類最強にすら届く。そう自分でも思ってしまうほどの、洗練され切った技。


 そう思って。


「──■■■■■アースガルズ


 そう思って、スペンサーは地獄を知ることになる。


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