エピローグ

 小国から離れた場所に位置する森。そこに、顔以外を鎧で纏った一人の青年がいた。青年の周囲には美男子の死体の山が築かれていて、背後には目に涙を溜めた幼い少女の姿もある。


 青年──人類最強は耳に手を当てて。


「──神を名乗った男が、『神の力』を吸収する現場を確認した」


 耳に手を当てて、人類最強はこの場にいない『上司』に向けてそう言い放った。

 彼の任務は、神を名乗った男の動向を探ること。ジルが人類最強の情報を求めていたのと同じで、彼もジルの情報を集めていたのだ。尤も、人類最強が今回ジルを発見できたのは『神の力』の暴走があってのことだったが。


『そうか。それが神かどうかは別として、『神の力』を取り込むことは可能……ということか』


 人類最強は『上司』の言葉に耳を傾ける。

 始めは人類最強の言葉を疑っていた『上司』も、流石に認めざるを得なかったのだろう。それほどまでに『神の力』は特別で、それを取り込み行使できる新勢力の登場は無視できなかった。


『……人類最強。ひとつ訊くぞ』

「なんだ」

『──お前は、逃げないな?』


 その言葉に、青年は瞼を閉じる。


 想起するのは、先ほどの人智を超えた戦争。

 自らも戦闘経験のある紅髪の男と、それを相手に互角以上に立ち回った神を名乗る男。そんな二人と同格であろう銀髪の騎士と、三人と比較すれば劣るものの大陸最強の領域に片足を踏みいれようとしていた少年。そして、自らと同じく大陸最強の座を冠する『氷の魔女』。


 あれほどの規模の戦争は、少なくとも自分が知る限り存在しないと人類最強は断言できる。

 人類最強という称号を得た時の自分より、間違いなく強いと確信できる絶対的な存在が三名。その、過剰すぎるとしか思えない戦力たちの全力。


 それらを遠方から見て。


「──ああ、俺は決して逃げはしない。それを国が望むのなら……俺は喜んで、この命を尽くそう」


 遠方から見て、それでも彼は言いきった。

 仮に紅髪の男と、銀髪の少女。そして、神を名乗る男を同時に相手取ることになっても──自分は、決して逃げはしないと。


『ならばいい。それと朗報だ。新しく、『神の力』が確保されたぞ』

「そうか」

『どれだけ取り込もうと、お前に損はない。なにより、お前に膝を突かせるかもしれない人間がこう何人も現れてはな』

「世界は広い。俺と同格の人間がいることは、そう驚くことではないだろう」

『だが、人類最強なのだろう?』

「そうだ。その称号を得た以上、俺に逃げるという選択肢はあり得ない。たとえ四肢をがれようとも、俺は喉元に喰らいついてみせよう」

『そうか。ならば文句はない。お前がやるべきことは、分かるな?』

「……ああ」

『お前は──神を名乗る男を、確実に殺せ』


 期待している、と続けた『上司』に対してなにも返すことなく、人類最強は『上司』との連絡を切った。次いで彼の視界が映すのは、雲が晴れつつある夕焼けの空。


 神を名乗った男に対して、思うところはなにもない。だが、それが命令ならば彼は己の牙を躊躇なく振るうだろう。彼の成すべきことはこれまでと、なにも変わらない。

 おそらく生まれた頃から、この身はそうあれと望まれたはずだ。他を寄せ付けない圧倒的な才能を持って生まれてきたことの意味は、そこにあるはずなのだ。


 ならばそれを成すことに、疑問を挟む必要なんてない。


「……」


 暫く空を見上げていた人類最強はおもむろに振り向くと、片膝を突いて背後でへたり込んでいる少女と視線を合わせた。

 少女の黒い瞳と、人類最強の濃いめの茶髪から覗く琥珀色の瞳が交錯する。


「……」


 こういう時、どうすれば良いのだろうかと人類最強は思った。不安を抱いているであろう幼い少女に対して、できることはなにかないかと。


「……」


 そして、神を名乗る男と『氷の魔女』の二人のやりとりが目に浮かんだ。

 不安を抱いている時、人は頭を撫でられると安心すると聞く。記憶にはないが、自分も幼い頃は誰かに頭を撫でられていたのかもしれない。


「……」


 ならば、と人類最強は鎧の右手部分を解除した。そして少女を安心させるため、頭を撫でようとゆっくりと手を伸ばし──


「ひっ」

「……」


 手を伸ばし。


「……」


 その手を、ゆっくりと下ろす。


「……」


 変わらない表情のまま彼は立ち上がると、少女に背を向けて再び耳に手を当てた。


「俺だ。幼い少女を一人、保護した。怪我はないが、精神が深く傷ついている。俺の不手際によるものだろう。すまないが、穏やかな性格の女性を連れてこれるだろうか? ……俺では、少女を救えない」


 連絡を終え、人類最強は再び空を見上げてその場に立っていた。彼が呼びつけた救護班が来るまでの間、少女を一人にしないようずっと。


 人類最強とまで呼ばれる青年の背中は、ひどく寂しかった。



 ◆◆◆



 魔術大国に再び寄って『上司』とやらの情報を得てから帰国した俺は、顔を赤くしたレイラにぶん殴られるローランドを目撃するという珍事件と遭遇していた。

 肩で息をするレイラと、そんな彼女をどうどうといった風になだめるステラ。なんか仲良くなってるなこの二人とか思いながら、俺はソフィアを付き従えながら足を進める。


「あ、オウサマお帰り」

「ああ。随分と、珍妙な光景なようだが」

「……まあ、ちょっとね」


 どこか歯切れの悪いステラ。少しばかり気になるが、とりあえず俺は魔術大国で得た情報をまとめなければならない。このよく分からない光景に関してはまた後で訊くとして、一先ずは城の執務室に──


「ボス」

「む、ヘクターか」


 執務室に向かおうとして、背後からかけられた声に足を止める。そこには上半身の服を脱いだ状態のヘクターがいた。

 汗を流していることから、おそらく老執事との模擬戦の直後なのだろう。それなりに良い具合に実力が練り上げられているようで、自然と俺の口角が上がった。


「キーランに続き、ヘクター。中々に仕上がったではないか。褒めて遣わすぞ」

「まだまだだけどな。いやまあそれより──」


 そう言って、ヘクターはズボンのポケットから一枚の封を取り出してきた。

 俺はそれを受け取って、中身を取り出す。そこには一枚の書状があった。シリル辺りがなにかを伝えたいのか? と思った俺はざっと内容に目を走らせる。


「……これはなんだ、ヘクター? くく、随分と手の込んだ文書ではないか。だが、不愉快でもある。貴様でなければ、極刑に値するぞ? このようなものに、私は興味がない」


 そして俺は、思わずといった風に口を開いてしまっていた。遠回しに、嘘だろ? という意味を込めて。

 だが、現実は残酷なほどに無情らしい。俺の言葉に「言いたいことは分かるがな」とヘクターは返しつつ。


「本物だよ、ボス。まあ、最近のボスの躍進はどこの国のお偉いさんも目を見張るものだから、こういう話もあるかもしれねえってのは思ってたけどよ」

「……」

「そいつは正真正銘──ボスに対する、縁談の話ってやつだ」

「……」

「まあ断るんだろうけどよ、その辺はきっちりしねえとマズイぜ。まあ、ボスなら容易だろうけど」


 星空の下、俺の体が金縛りにあったかのように硬直する。戦争をふっかけられるなら、やりようはいくらでもあった。亡命者の受け入れに関しても、同様。


 だが。


(……縁談の申し出って、どういう風に対応するんだ?)


 全くもってよく分からない事態に、俺の脳が混乱を極め始める。もしかすると人類最強以上の脅威かもしれないと、内心で冷や汗をかくのであった。


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これにて第4章完結です。次回からは5章に入ります。少しでも面白いと思ってくださった方は、現時点で読んだ範囲までの評価で⭐︎やレビューを頂けると幸いです。ランキングが高順位に昇れるかもしれないのと、カクヨムコンの結果に直結する等の理由から作者のモチベに大きく影響がありますので何卒、何卒、本気でよろしくお願い致します。

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