シリアスブレーカー

 亡命して監視し続ける。

 そんな明らかに長丁場になる策を、こいつらが使ってくるだなんて思いもしなかった。

 怪しかったらとりあえず探り、違うと判断すればまた別の場所を探るのがこいつらのやり方のはず。なにせ、『世界の終末』のタイムリミットは三年。それもあくまで最大であって、下手をすれば一年以内に起きる可能性だってあるというのに。


 だから連中は怪しい奴はとりあえずぶっ飛ばすという方法しかとれなかったはずだが──いや待て、そうか。先ほども言ったように危機感と現実味が足りなさすぎるからか。

 アニメより蛮族度が減少しているのと同様で、連中が抱いていた焦りも消えているのか。だから長丁場な作戦もとれると。

 

(これまで怪しい人間すらいなかったから、とりあえずそこそこ時間をかけてでも手がかりを探ろうという話か)


 さてどうするか。

 こいつらの提案を拒否した場合のメリットを計算する。

 

 まあ当然ながら、ソルフィアを視界に入れないというのは俺の心臓に非常に優しい。アレは間違いなく俺に対する厄ネタであり、であるならばそんな存在は遠ざけたいと考えるのは自然だろう。

 台所で黒く光るGを目撃して取り逃がした場合、なるべく遠くにいてほしいのと同じ理屈。逆に近くにいて欲しいなどという人間がいれば、俺は分かり合える気がしない。近くにいれば確実に発見可能かつ殺せるというなら理解するが。


 他にも、連中の思惑を察知できているという洞察力の高さをアピールできるだろうか。

 あくまでも連中の思惑を知っているから茶番なのであって、知らなければ見抜くのは困難であるからして。それを見抜く俺の慧眼を示せるかもしれない。


 最後に単純に監視されないメリット……と言いたいが、これに関しては連中に潜伏されたら変わらないんだよな。ていうかわざわざ亡命なんて口にせず、潜伏すれば良いものを──本気で、なにが目的なんだろうか。

 

(逆に、受け入れることによるメリットはなんだろうな)


 まず第一に、原作主人公たちを手元に置いておくことで俺の方も連中を監視できるというメリットが浮かぶ。いつどこでエンカウントするか分からないよりかは、近くにいた方が分かりやすいというやつだ。いつ起動するのか分からない爆弾は、手元に置いておいた方が処理しやすい。


 第二に、あえて監視され続けることで身の潔白を証明してやろうという魂胆。流石に平民風情が王を二十四時間監視するなんてのはあり得ないわけで、であれば連中が監視できる範囲なんて限られてくる。

 やましいことがない以上、見たければ好きなだけ見ればいいのだ。現在の俺の状況なんて、名前を書いたら死ぬノートを本当に使っていない新世界の神みたいなものである。監視カメラなんざ好きなだけ付けるといいと思うのは必然だろう。いや普通に鬱陶しいから殺意が湧きそうだな。


 ていうかそもそも監視といったって、連中が知りたいのは俺が今言ったことが本当なのかを確かめようだとか、そういう部分だろう。原作のジルが民に対して洗脳教育まがいなことをしていたように、俺がそうしている可能性もあるみたいなそういう可能性の危惧。


 そして第三に──原作主人公たちを闇落ちさせてやろうというラスボスに憑依したら誰もが考えるお約束ができるというメリット。

 連中にとっての敵とは『世界の終末』をもたらす者。ひいては自分たちの平穏を脅かす者だ。原作のジルと原作主人公たちが敵対した理由なんて、結局のところはそういうこと。


 世界を終末に導くわけじゃないと分かったとはいえ、世界征服の結果自分たちに不利益があるなら大抵の人間は拒否を示すだろう。原作のジルは「私が支配するに相応しい人間以外に生きる価値はない。醜いから死ね」と人類の『選別』を行おうとしていたので、それをローランドたちは拒否したという形だ。なお、ローランドとレイラは原作ジルの中で合格ラインに達している。それでも敵対した理由は、単純にムカつくからというのと、基準が変われば殺しに来る可能性あるだろうからとのこと。正論すぎる。


 話を戻すが俺も正直なところ、突き詰めてしまえば世界なんてどうでもいい。再三言っているが俺の行動原理なんて『死にたくない』という生存本能からくるもの。あとは単純に神々がムカつく。


 つまり俺とローランドたちは「共通の敵を討つ」という意味合いで利害を一致させることが可能なわけで。

 ローランドが神々に対する特攻能力を持つ以上、俺に対する疑念さえ晴れてくれれば手駒にする価値は十分存在する。問題はどうやって俺の知る未来の話を信用させるかだが。


 そして今更ながら、本当の意味での『世界の終末』というのは神々が引き起こす『神罰』による世界の終焉である。一度今ある世界を終わらせることで、新たな人類および世界を創造する救済の儀式。

 救済の過程で世界が滅ぶ以上、『世界の終末』という現象が引き起こされるという流れである。ちなみに神々自身と神々の能力への耐性を有するローランド以外は文字通り完全に消滅する儀式なので、神々を倒す云々以前にあの儀式を止めないと俺も死ぬ。


 当然ながら神々を崇拝する教会の連中も死ぬのだが、教会の連中はソフィア以外それを『良し』とする狂人たちであった。

 ソフィアがそれを良しとしなかったのは「今を生きている人たちが死ぬなんてそんなものは救済じゃない」という解釈違いが原因である。


 ちなみに第二部にて「この世界を旅して回って……俺は案外、この世界を好きになっていたらしい」と自覚したローランドは神々に対して「お前たちがどんな想いでそれをするのかは分からない。──けどこうして、今を必死に生きている人たちがいる。人間は、お前たちに滅ぼされる救われるほど弱くない」とかいう英雄ムーブを始めて儀式の発動を全力で止めるため行動を開始したりする。


 第二部終盤以降のローランドは、正直めちゃくちゃかっこいい。閉じた世界で暮らしていたがゆえに良くも悪くも自己中心的だったローランドが、良くも悪くもいろんな価値観の人間と関わることで成長を果たしたという感動シーンである。


 一方で第一部のローランドは正直あまり好きじゃないがそれはそれ。ネットでの評判も、第一部時点では非常に賛否が分かれていた。尖った主人公というのは良くも悪くも、印象を与えるからな。


 まあアニメのコンセプトの一つに『世の中には色んな人間がおるんやで』というものがあるらしいので、さもありなん。魔術大国とか非常に強烈である。俺は近くにキーランとかいう核地雷を埋められてしまったので、魔術大国程度なら最近は普通に感じてきたが。


 余談だが第一部終了時点での人気投票で堂々の第一位はクロエであり、二位がキーラン、三位レイラときて僅差でヘクターの四位。ジルが五位で、ローランドは六位という結果だった。アニメのキーランはクールキャラで女性人気を我が物としていたから当然なのかもしれないが、俺の側で服脱ぐ変態が二位なのはなんか腹立つな。


(それにしてもだ……)


 時間稼ぎのために紅茶を飲みながらチラリ、と視線をレイラからローランドへと移す。


「……」


 無言。圧倒的無言である。

 ただひたすらジッとこちらを射抜いている視線が映すものは、果たしてなんなのだろうか。


(いや本気でおっかないんですけど……)


 流石に、流石に無言すぎないか。

 これまでローランドが言葉を発したのは、ソルフィアを咎めた時と自己紹介のみ。主体性が低いとはいえ、仮にもお前は主人公だろう。何故だ、何故そこまで無言なんだ。その温度のない瞳で俺をじっと眺めているだけなのはなんなんだ。


(……これ実は隙を伺っていて、不意打ち狙っていたりするんだろうか。自然体を装いながら最低限の警戒だけは常にしていたが──もしそれすら読まれていたらどうしよう。「あの王様余裕ぶってるけどめっちゃ警戒してね?」とか読まれてたらどうしよう)


 考えが読めなさすぎて怖い。

 ローランドの実力は全くもって未知数。完全体になる前のジル相手にボコられたかと思えば、特に何もせずに最終決戦での完全体ジル相手に持ち堪えたりとインフレの速度がインフレで片付けていいのか分からない。ご都合主義で片付けていいのか全く分からないのだ。


 それに成長というよりかは本来の力を取り戻していっているかのような独白が第二部であったせいで、非常に不安である。今こうして眺められているだけでローランドが本来の力とやらを取り戻し、アニメにおける第三部の実力に至っていたら俺はどうしたらいいんだ。


 結局のところ世の中は弱肉強食。法律どうこう吠えたところで、国を真正面から相手にしても粉砕できる実力者相手にはなんの意味もなさないのだ。


 理不尽な暴力装置には、決して敵わない。

 

(なんか不安になってきたぞ。不敬罪あるから無敵だわとか思ってたけど、いざレスバトルが終わったらなんかそんなことない気がしてきた。さっきまではアドリナリンが出てたけど、ローランドの目を見てたらなんか怖くなってきた)

 

 常識は持っている。不利益になる行動は慎む。だがそれは、向こうのほうが弱い場合の話。仮に向こうが今この瞬間に俺の実力を超えてしまったらどうしようもない。


 それこそ俺が不敬罪を唱えたところで「そうか」と返して殺しにかかってくる相手に「不敬罪! 不敬罪なんだってば!」と叫んだところで俺は死ぬのである。日本の小学生のほとんどが身につけているとされる必殺技「バリアー」の方がまだ効果があるのではないだろうか。


「先ほどから言葉を発しておらんが、貴様はどうなのだ。小僧」


 とはいえ無言であり続けるのも限界だ。レイラの言葉を躱しつつ、俺はローランドを読み取ろうと言葉を投げる。

 勿論こうしている間にも、思考は止めない。二人の亡命を受け入れるか否かに関する考えをまとめておく。


「……私としても同意見です」

「理由は?」

「私は正直、レイラと平和に楽しく過ごすことができたらそれでいいと思っています。この国はこの世界において間違いなくとても平和な国で──正直、レイラと余生を過ごすならこういう国がいいです」

「ろ、ローラン……」


 それまでの鉄仮面を崩して顔を赤らめるレイラと、一切動じることなく言い切ったローランド。それボスキャラと対面している時にやることじゃねえだろラブコメはよそでやれや、と思った俺は間違っているのだろうか。


(ていうか余生ってお前まだ高校生くらいの年齢……いやこの世界の平均寿命分からんからなんとも言えんのか。しかし本気でアレだな。本気でこの時点のこいつ自分とレイラの人生以外に興味ないな……。ジルの観察眼で見た感じ、ガチの本心じゃねえか……)

 

 レイラはともかくとして、ローランドは割と真面目に『世界の終末』さえなければこの国に骨を埋めても良いと考えていそうである。

 加えてレイラの瞳に、なんかハートマークが見える。もうこれあれやん。俺邪魔者やん……。


「……なにこれ。なんかこう、なんかこう甘い。口の中が、甘い……」


 リア充の波動に直撃したステラが小声で呟き、助けを求めるような視線を送ってきている。先ほどまでは「難しい話すぎてよく分からないけど、とりあえず黙っておこう」みたいな感じで立っていたのだが、どうしてこうなった。


「……」


 呆れて言葉も出ないとはこのことか。もしこれが演技なら、ローランドの演技力は俺を優に上回る傑物として認める他ない。

 完全に消え去ったシリアスな空気を感じながら、俺は頬杖をついて口を開く。


「……随分と、そこな小娘に入れ込んでいるようだな。臆面もなく、よくぞ言い放つ」

「……? 好ましいものに対して正直でいるのは、当然ではないでしょうか。私は、自分の気持ちに正直でありたいと思っています。レイラと過ごしたい。それだけです」

「ぐはっ!」

『……ローラン。お前は乙女心というものをもう少し知るべきでだな……』

「お前より俺の方がレイラを知っている」

「──────ッッッ!!」

「甘い! なにこれ! なんなのこれ!? ジル少──じゃないオウサマ! コーヒー! コーヒーを淹れてもよろしいでしょうか!」


 吐血して床に倒れ伏すレイラと、のたうちまわりながら叫ぶステラ。王の御前だぞとか、もはや口にする気にもならない。完全にそういう空気ではない。


 正直、俺も膝を屈しそうなのだ。


 なにが悲しくて、リア充コントを眼前で見せつけられないといけないんだ。だが、だがしかしキーランの服を脱ぎだす宗教よりは全然マシであると自分に言い聞かせることで俺は無表情を貫いている。

 コメディな空気にすら流されない。ギャグキャラ特有の謎補正すら打ち砕く高みへと至ってみせよう。


「──良いだろう」


 とはいえナメられても困るので、気を引き締めさせるために連中に重圧を浴びせる。

 慌てて起立したレイラとステラに、先ほどとなんら変わらないローランド。ステラ──というか直属の部下たる『レーグル』の面々はよほどな公の場以外では自然体で全然構わないしそう伝えてはいるのだが、まあ原作主人公たちがいる手前ということでついでである。


「だがな。私は貴様らに価値を見出せん。安住の地を求めるのは構わんが……対価として貴様らはこの私に、なにを支払う?」


 しかし、ただで亡命させてあげますよなんて優しいことを言うわけがなかろう。

 連中が亡命するだけで俺に転がり込むメリットはあるが、建前というのは大事だ。これで答えられないようならば、幾らメリットがあるとはいえ連中はお払い箱にするしかない。


「──手始めに、労働力を。それと、兵士の強化も承ります。こう見えて、力には自信があります」

「……ふむ」


 まあ正直この国は弱者の数が増えすぎて労働力が不足している面があるので、助かるといえば助かる。それこそ、今後増えるであろう移民たちを考えると土地の開発だって手が足りてない。国の兵士に関してもヘクター辺りは自己研鑽に励んでほしいので、放置していた面があるのは認めよう。

 

「……良かろう。では一週間だ。一週間、私は貴様らの働き具合を見定める。貴様らは死に物狂いでこの私に──価値を示せ」

「はっ」


 さて、では誰に監視を任せるべきか。ここにいるし、ステラにでも──


「ジル様。その者達の教育ですが、この私にお任せ頂きたく存じます」

「っ!」

「……」


 レイラが勢いよく振り返り、ローランドは気にした様子もなく視線を送る。

 そんな二人の様子から連中の戦力を再計算しつつ、俺はその男に向かって口を開いた。


「珍しいな。お前がそれを望むとは」

「少々、気がかりな点がございまして」

「……そうか。ならば良かろう。その者達の教育は貴様に一任する」

「承知致しました」


 顔を見せない黒いローブを纏った男──キーランが立ち上がる。

 そのまま彼は衆目に晒している瞳を爛々と輝かせながら、悠然と言い放った。


「……亡命希望者ども。お前たちには、一つだけ言っておこう。この国における【禁則事項】はジル様への意図的な攻撃行為。【罰則】は死だ。よく覚えておけ」

「……? はい」

「……」

「……」


 お前、実はめちゃくちゃ有能なのか……?


(正直、こちらのシリアスブレイカー筆頭だからなんかさらにカオスになると思ってたわ……すまんなキーラン……)


 会話の中で自然と『加護』でローランドたちに対して楔を打ち込むという手腕を示してきたキーランをガン見しながら、俺はこいつの扱いをどうすればいいのか本気で分からなくなっていた。

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