原作主人公 Ⅱ

 前提としてだが。

 ローランドもレイラも、決して英雄じゃなければ善人でもない。


 世界の終末を回避するために行動している主人公と聞けば善人や英雄をイメージするかもしれないが、彼らはどこまでいっても自分たちが一番大事だ。


 例えばラスボスに「今ある人類を一掃した後に俺の創る新世界の方が、世界は平和だろう。何故理解を示さない?」みたいな言葉を吐かれたら「いや世界とか知らんから。俺が死にたくないだけだから」と返すのが主人公たちである。それ故に「お前と、お前と親しい人間たちは見逃すが?」と言われたら「ならええか。疲れたし」と返すかもしれない。いや確証がないから「知らん」と一刀両断する確率の方が高いか。


 兎にも角にも、彼らはあくまでも『自分のため』に行動しているという認識を抱いておくのが大切だ。

 常識は持っているし、良識だってある。困っている人が目の前にいれば手を差し伸べもするだろう。だがそれはあくまでも自分たちのためであって、であるがゆえに彼らは英雄ではない。


 はっきり言おう。彼らは俺と同類であると。


 俺は自分が生き残るためならなんでも利用してやると決めた。それと同様で、彼らも自分たち以外は全て利用するくらいの気持ちで行動している……はず。


 少なくとも、アニメで見た行動的にはそんな感じ。相手が『世界の終末』をもたらすと判断した後の主人公たちの行動は、まさしく蛮族という言葉がふさわしいものであるがゆえに。


(だがしかし、そうだな。冷静になって、そして実際の主人公たちの行動から改めて考察してみると……主人公属性どうこうではないんだな。彼らは彼らなりの理論の元、王に面会するという手段に至っているのか。俺が教会勢力に接触したのと近い感覚だな)


 全てを利用する気概であるがゆえに曖昧な可能性であっても行動する。可能性が僅かでもあるから行動する。

 確かにそう考えれば、相手が一国の王であろうと関係ない。自分たちの命に比べれば大したことがない。

 そういう認識で行動していて──それゆえに、厄介極まりないという訳だ。


(常識を持ち合わせている自己中ほど厄介なものはいない。連中は自分たちに不利益が起きない範囲で自己中心的に行動する一方で、不利益になる行動は慎む)


 例えば王に面会を希望する程度であれば、彼らに不利益は起きない。せいぜい門前払いが関の山。そして彼らの価値観を考えるとダメ元で希望しているだろうから、門前払い程度ならどうでもいいのだ。


 だが面会が成立した場合は、礼儀作法をきちんとこなしてこの場に臨んでくる。無作法に振る舞えば自分たちに不利益だと判断しているが故に、とれる行動。


 まさしく法の範囲内で好き勝手やる連中という言葉がふさわしく、ある意味合理主義の極致だ。可能性が僅かでも存在して不利益がないのであればとりあえずやるというのは、はっきりいって非常に効率的。

 それこそ仮に最後通牒ゲームで手渡されるのが一円だろうと、彼らは拒否せずに受け取るのではないだろうか。


(連中にとっては俺の都合などまさしくどうでもいい。俺が教会勢力の事情とか知らんとばかりに突撃したのと同じこと。目の前で相対することで、深くまで掴めてきたぞ)


 原作知識で事前に考察していたデータとのズレの修正をしていく。実際に相対することで分かる人となりは大事だ。

 特にローランドは、第三部まで物語が進んだ主人公のくせに色々と謎が多すぎる。普通に考えて、第三部の中盤以降まで進んだらほとんどの情報は開示されていて然るべしだろう。なんなんだお前は。特にお前が持っているソルフィアはなんなんだ。


「この度はお忙しい中、御身の時間を我々に割いて頂いたこと、誠に感謝致します」


 俺が内心で愚痴をこぼしている間に膝を突き、頭を深く下げるレイラ。そんな彼女に続くように、ローランドも膝を突いて頭を下げる。


「私の名は、レイラと申します」

 

 レイラ。

 主人公を引っ張っていく系統のヒロイン。賞金首を見た瞬間に狂気的な笑顔を浮かべ、決して折れないし刃こぼれしないし壊れない刀を振り回す蛮族である。刀の特性上刀を研ぐ必要性は皆無なのだが、刀を研ぐ姿がかっこいいという理由で刀を研ぐ中二病みたいな精神性を持ち合わせている少女だ。


 絶対に壊れないんだからこの刀以上に上位の存在なんてあり得ない。だから私はなんでも斬れる──とかいう謎理論で空間をも切断してくる彼女は、正直言ってなんか怖い。

 いや本当に謎理論すぎる。言葉遊びにもなっていない理論だが、しかし実際にアニメで空間を切断していたのでなんとも言えない。バグみたいな存在と思うしかない。


 そんな彼女の自慢の刀は、今はステラの手元にある。

 まあ仮にも一国の王と対峙するのにあからさまな武器を持っておくなんてことはないので、当然だろうな。神の秘宝ではないらしいが、あの刀の出自も第三部の終盤では明かされる予定だったのだろうか。


「同じく、私の名はローランドです」


 ローランド。

 ヒロインに振り回される系主人公の系譜。基本的に面倒くさがりな性格だが、レイラの言うことはきく。曰く「主体性が低いがゆえに、自分の意思で行動するレイラに無意識下で惹かれている」だったか。


 一応武器はソルフィアだが、この時点でのローランドはソルフィアを武器として認識していない。物心ついた時から肌身離さず持っている言葉を話す黒くて平べったくて長細い『何か』であり、貫禄のなさからソルフィアの言う『神代の力』云々に関しては半信半疑で聞いている。

 ただその知識や見識の高さに関しては頼りにしている面もあり、サポーターとしてはそこそこ信頼しているらしい。ただ自分たちの価値観とは合わない案を提案されるので、大体最終決議には参加させていない。

 

 実際に神代の力を試してみろよと思うかもしれないが、得体の知れない力を扱うなど普通に恐怖案件だろう。ローランドは強者側の人間なので、未知の力を扱うことの危険性を知っている。追い込まれればその限りではないだろうが、そうでもないのに使うことはあるまい。


 ならば手放せ案件なのだが、あれは一定以上の距離を離すことができない代物。アニメにおいては「昔投げ捨てようとしたけど、至近距離で止まったと思ったら意味分からん速度で顔面に直撃して返ってきた」と言っていた。いや本当に、呪いの装備かなにかなのだろうか。


 ソルフィアを使用しない時のローランドに関しては、基本的に無手の使い手だ。ヘクターとの熱い格闘戦は必見である。

 更に特殊能力なのかは不明だが、彼は『加護』を無力化し『権能』すらも軽減させる謎の力を持っている。


 またキーランの『加護』の弱点を見抜いてきたりと、洞察力も非常に高い。キーランは主人公を含む複数人を相手に善戦していたが、『加護』の弱点を見抜かれてからは即座に撤退を選んでいたな。


『我輩はソルフィアだ。神代の存在だ』


 黙っていて下さいお願いします、と正直現実逃避したくて仕方がない黒い物体。ソルフィア。

 いや本気で、本気でこいつはマズイ。


 『■■■■■アースガルズ』すらも貫通する光の矢を弾幕のように放ってくるクソゲー武器。もしかしたら厄ネタかもしれないという認識だったが、もはやそんなレベルのものではない。

 これだけは、これだけはダメだ。完全体ジルでも勝てるかは分からない。おそらく致命的に、相性が悪い。ある意味で限りなく近くて限りなく遠いのはエーヴィヒの『闇』な気もするが……いや、よく分からんな。


(ていうか色んな意味でわけわからん武器の適正持ってるんじゃねえぞ、原作主人公……)


 本当に、あらゆる意味でジルを殺すために生まれてきたような性能だなローランド。こうして直接対面して考えると、世界がジルを殺しに来ているとしか思えない。


(まあ、焦るのは終わりだ。……切り替えていこう)


 ラスボスと主人公の邂逅など、どう考えても血で血を洗う物騒な展開しか想像できないが──大丈夫だ。そうならないための対処法を、きちんと練っているのだから。

 

 こいつらが権力者であろうと気に入らなかったら即座に切り捨てるらしい鎌倉時代の武士ですらも真っ青なレベルの蛮族であれば、対処法は存在しなかったかもしれない。しかし一応は常識を持ち合わせた存在であるがゆえに、対処法はきちんと存在する。


(俺の敗北条件はローランドたちに『世界の終末』をもたらす存在であると認識されること。勝利条件は完全に疑いを晴らすこと。そして同時に、こいつらが俺に対して接触しに来たきっかけなども探る必要がある……。不確定要素は取り除かねばな)


 俺自身が引き起こすつもりがあるかどうかなんてのはこの際どうでもいい。引き起こす存在であると認識されるということはすなわち敵対は必至ということであり、ソルフィアとかいう不確定要素と敵対するのは俺としては避けたい事態。


 ローランドを殺せばソルフィアを無力化できるという確証がない以上、現状における敵対は百害あって一利なし。ソルフィアごとすり潰せるなら話は変わるが、おそらくそれはない。

 

(とはいえ向こうも俺に直接尋ねるなんてアホな真似はしてこない……はず)


 直接尋ねられるのは俺としては死に直結しかねない恐ろしい事態だが、向こう側にとっても直接尋ねるのは不敬罪だとかで死に直結しかねない恐ろしい事態である。ローランドたちは自分にとって不利益のある事態は避けるので、直接尋ねて不敬罪なんて未来は全力で避けてくるはず。


 ていうかそう思わないとやってられん。大丈夫。所詮連中は檻の中の獣。俺が檻の中にいるわけでもなし。大丈夫。やれる。

 自己暗示をかけつつ、俺は内心で一息をついた。


(とはいえ、どれだけ多くの情報を手に入れて行動に移したかによって変わってくるか。流石に俺が憑依する以前にジルが起こした百年以上前の王族貴族重鎮大虐殺事件の情報は手に入らないだろうが)


 あの事件の情報を手にする可能性のある存在など、教会勢力以外でいるのだろうか。いや、聖女がこの場にいたらワンチャンあるかもしれんのか。


 だがまあ、とりあえずは。


「ふん、謝礼は良い。そのようなものに私は興味がない。貴様は私の言葉を聞き取れなかったのか? 私は言ったであろう。目的を申せと。目的に繋がる前置きならともかく、謝礼など興味がない」


 上位者としての立場を利用し、理不尽な言葉を並べて相手の心に圧迫感を与えていく。こうすることで相手の心からゆとりを奪い、思考を単純にさせる寸法だ。

 追い込みすぎるとアホになって俺が聞かれたくないことを直接聞きかねないので加減が重要だが、しかし焦燥感を与えることは基本的にプラスに働くはず。


 が。


「失礼致しました」


 淀みなく言葉を返すレイラを見て、間違いなく世界を救うにたり得る器を有していることを察してしまう。

 最初の威圧にしたって、今となっては完全に受け流していた。成長の速度が凄まじすぎる。


(まったく、これだから『主人公』とかいう生き物は恐ろ……俺が呑まれてどうする)


 そんな思考をしている間にも、時は流れる。レイラが口を開き、それに対して俺が応じる禅問答。そしてその中で、俺はこいつらの真意を探る。


 俺と向こうの最大の違いは『相手の目的』を把握しているか否か。

 俺はローランドたちの目的を把握しているが、向こうは俺の目的を理解していない。ならばどちらが有利かなんて語るまでもなく、俺は向こうが『騙されていると認識できない範囲』で都合のいい情報を与えてやればいい。


「我々は現在、各国を周っています」

「ほう。つまり、旅人か。我々小国において、旅人の存在は貴重だ。……ふむ。少し話は変わるが、私の国は貴様たちから見てどのように映った?」

「とても良き国です。大陸広しといえど、これほどまでに素晴らしい国は存在しないかと」

「くく、であろうな」


 実際、旅人の存在は貴重である。なにせ、金を落としてくれるからな。自分の国に自信を持っている小国の長で、旅人を無碍にする輩はなかなか存在しないだろう。

 そういう意味で、自分たちを旅人であると主張したのは中々に妙手といえた。


(建前だとしても、それで面会を希望するのは非常に理由としては薄いがな)


 あくまでも心象を良くしよう程度のものにしかならない。王自ら旅人に興味を持って招いたのではなく、旅人から王に会おうなどというのは中々に中々であるからして。

 だが俺はそこを指摘しない。俺に必要なのは情報だ。であれば話を終わらせる真似なんて、よほど向こうがおかしな発言をしない限りするつもりはない。


「この国を、誇らしく思っているのですね」

「然り。ここは私が王として君臨するに、相応しい国だ」

「亡命者たちの受け入れを行なっていると聞きます。それができるだけの財力や、土地の開発力も驚嘆の一言……」


 ……ふむ。

 これは、あのパターンか?


「私を誰と心得る? この世界において、私を越える存在などありはしない。この程度こなせずして、王を名乗る資格などありはせん」

「まさしく、というほかありません。いずれは大陸を統べることすら──」


 やはりそうか。

 これは、俺が大陸の支配を狙っている可能性から探るやり方か。実際、連中はアニメで『龍帝』が大陸の支配を目論んでいる情報を魔術大国から得た時に、『レーグル』だけではなく『龍帝』がそうである危険性も考慮していた。


 まあ実際、世界征服なんてどう考えてもあまり良いイメージはないだろう。ファンタジー作品であれば、悪役が考えることである。戦争だって、良いものではないのだしな。


 そして流石に「世界征服やろうとしてんか?」などと馬鹿正直に尋ねてくることはなかったか。

 俺を持ち上げながら「この世界を支配するに相応しい」という言い回しをすることで、世界征服という本来であればマイナスになる要素をプラスの意味にして問いかけてきている。

 言葉の使い方の大事さがよく分かる見本として使えそうだ。同じ意味でも、言い方を変えれば相手に与える印象は変わるというもの。


(まあこのパターンなら非常に楽だな)


 それに俺が亡命者を受け入れていることも把握している以上、連中の価値観から考えていそうなことは──


 よし、この方法でいこう。

 ジルの仮面を被りつつ、なおかつこのパターンならこの方法でやり過ごせるはず。

 とはいえ、油断は禁物。どういう風に話の方向性が転がるか分からない以上、アドリブ力だって試される可能性は十分にあるのだから。


 そう思考をまとめて、俺はゆっくりと口を開いた。


「確かに私であれば、大陸を統べること程度容易だ」

「……!」


 俺が肯定するとは思わなかったのか、レイラの瞳が僅かに揺れる。


「だがな小娘。この世界は、私が支配するに足りん。ゆえに私は、大陸の支配などという雑事に興味がない」

「……どういうことですか?」

「端的に言って価値がない。仮に貴様が大量に金貨を持っていたとして……貴様は興味のない宝石を買うのに、金貨を払うのか?」

「払いませんね」

「それと同じ理屈よ。力を持っていることと、それを振るうことは同義ではない。私にとって価値がないものを支配する理由など、一体どこに存在する? まあ宝石同様、献上されれば受け取るがな。少なくとも、自ら動くことはありえん」


 遠回しに『力あるけど使うつもりはありませんよ』ということを伝える。

 実際問題、周囲から見た俺の行動はあまりに消極的かつ受動的なもの。帝国との一件にしたって、向こうから出向いてきた時点で向こう側から接触してきたのだろうと推測できるはず。


 さらには話のスケールを一般人でも分かりやすいものに落とした例え話を提示し、その上で向こうにも俺の行動の合理性を納得させる。


 そして、ジルとしての演出も完璧にこなした。世界すら「俺が支配するには足りない」と言い切る傲慢性の演出。更には世界征服自体は可能であるという絶対的な自信の発露。


 一分の隙すら見せない理論武装。

 少なくともこの方面では、俺が世界をどうこうするつもりはないという判断を下すしかない。


(さあ、次はどの側面から俺を見定める? 世界なんて丸ごと壊してしまおうという発想の可能性か? 愉快犯的な思想の可能性を考慮するか? さあ、どう出る?)


 幾らでも尋ねてくるがいい。

 直接的に尋ねられるか──あるいは戦闘に持ち込まれたりしない限り、俺に敗北はない。そしてその方向に話が転ぶことだけは、絶対に避けるように俺は言葉を誘導する。


 焦らず、落ち着いて対処するだけの話。

 連中のパーソナルデータは叩き込んであるし、あらゆる対処法を事前に考えてきた。そしてこうして彼らの様子を逐一観察することで、現実との僅かな差異も修正している。


 例えばアニメで見ていたより主人公たちが自己中心的──すなわち、蛮族ではない点。もう少し好戦的な態度だと思っていたが、案外そうではない。アニメで『龍帝』に対しては、もう少し好戦的な気概を見せていた。

 にも関わらず落ち着いているこれはおそらく、『レーグル』による各国への襲撃を目の当たりにしていないことによる、現実味のなさからくるもの。


 人は現実味のないことに対して、精力的に動くことができない。『世界の終末』などその一端でも目撃していなければ、スケールが大きすぎて逆に身が入らないのだろう。


(逆に『三年以内にあなたは殺されます』みたいな予言であれば本気で行動していただろうな)


 この世界に来てからきちんと暗躍していたことが、うまく働いている。正当性を持って行動していた以上、付け入る隙はない。そして俺が思っていたより蛮族でないならば──なにも、なにも問題はない。


(原作より自己中心的でない割には面会を希望しているのが気にかかると言えば気にかかるが……どうやら思っていたより楽に終わりそうだし、こいつらへの最終兵器を持ち出す必要もなさそうだ)


 内心でほくそ笑みつつ、俺は二人を睥睨へいげいし続ける。

 一度しか使えなさそうな連中への究極の一手は、どうやら今回は使わずに済みそうだ。


「その、恐れながら……難民たちには興味があるのですか?」

「奴らは今ある状況への変革を求めて、私の国にまで辿り着いた。それはつまり、停滞し続けるわけではないということ。また、私という存在の価値を理解する程度には見る目がある。ならば私が支配するに、十分足り得るとも」

「! 御身は、停滞を良しとしないと?」


 これはあれか。この国が弱者を優先した結果停滞を求めて発展しない可能性から、国がいずれ衰退して滅ぶ可能性を考慮していたやつか。まあ確かに、停滞し続ける国が世界を支配したら──いずれ終わるだろうからな。

 なるほど、その可能性もきちんと考えてきていたのか。レイラはそこまで頭が回らないだろうし、ローランドあたりか? いや、性格的にローランドよりはソルフィアの可能性が高いか。


 まあいずれにせよ、それに対する返事も用意してあるが。


「当然だ。とはいえ……人という生き物はそこまで強くないことは理解している。この私には程遠い概念だが」

「……」

「強者という概念が存在する以上、弱者もまた存在するが道理。弱肉強食の世界において、弱者とは淘汰されるしかない生き物だ」

「……なら」

「だがな小娘──先ほども言ったようにこの国に辿り着く程度には、この国に来た連中は骨がある」


 重圧を放ち、空間を震撼させる。

 冷然とした瞳で二人を射抜きつつ、俺は言葉を言い放った。


「貴様らがどのように私の国の民を推し量ったのかは知らんが──侮るなよ。貴様らが『弱者』と認識した者達は、まだ『敗者』ではない。作品の価値が完成で決まるのであれば、人の価値もまた散り際で定まるのが道理。連中は、変化を求めてここに来た。であれば、停滞し続けると何故決めつける?」

「そ、れは……」


 責任転嫁とは少し違うが、似たようなもの。

 ようはあれである「あれ、俺そんなこと言ってないんですけど? あれれ、なんでそんな風に決めつけてるの? あれれー?」みたいな口喧嘩でされれば大変腹立たしくなる戦法である。


 そしてそれ故に、言い返すのは非常に難しい。

 加えて今回俺は煽りではなく、咎めるような口調で言葉を紡いだのでレイラとしては後ろめたさがあるはず。言い返す言葉など、あるはずがない。


 さらに。


「ふん。まあ、貴様たちが私の国の民に対して申したというのは勝手な私の憶測か……許せ」

「い、いえ。滅相もありません」


 俺にも多少は間違いがあると認めておく。所謂ギャップというやつを利用した技。

 これでこの方面から、俺を疑うのは難しくなったはず。


(さあ、次はどう出る?)


 根掘り葉掘り尋ねてくるがいい。

 あらゆる疑いを、晴らしてみせよう。













 謁見の開始から、すでに一時間が経過していた。


「……ありがとうございます」

「良い。国を運営するにあたって他者の視点というものは、それなりに参考になるというものよ」

「失礼ながらその……御身でも、絶対ではないと?」

「そのように捉えられる。それ自体が私には度し難く、許容してはならない事態であるという話だ」

「……?」

「良いか。私が幾ら絶対であろうと、それを受け取る人間がそれを絶対と認識しなければ意味がないのだ。善意を悪意として受け取られれば、善行であろうと悪行と化す。──つまりだ。私が正しい行いをしたところで、周囲がそれを正しく認識しなければ意味がないということ」

「! なるほど、そういう……」

「然り。ゆえに、旅人の視点を知れる機会というのは私としても貴重だ。自然な感想であるがゆえに、な」


 俺はレイラが感じ取った可能性の悉くを否定し、そして納得させることに成功していた。


(……最初はどうなるかと思ったが)


 我ながら見事な手腕だ、と自身を褒めちぎりたい。原作主人公組は神々の次に危険視していた存在であるがゆえに、それの対処法がきちんと働いていることは俺にとって大変喜ばしい事態だった。


(しかし)


 だが、俺としては少しばかり不明瞭な点があることも確かである。その筆頭とは。


(しかし、聖女に関しては触れないのか? その名を知る者たちにとって聖女の名はそれなりに重く、であればそれが与える影響は大きい。俺の見識の高さは分かったはず。ならば聖女の名が機能することくらいは察してしかるべし……奴らの切れるカードの中でもそれなりの価値がある代物だというのに、何故そこに触れない?)


 違和感。

 とはいえ、やり過ごせたのだからいいだろう。

 内心で一息をついて──


「ところで、その……よろしいでしょうか」

「許す。申すが良い」


 いや、やはりおかしい。証を提示してから聖女の名の下に行動していると訴えれば、さらに奥深くまで尋ねることだって可能だろう。流石に『世界の終末』とは言えんだろうが、予言を都合よく捏造して使えばそれなりに──まさか……ソルフィアが入れ知恵でもしたか?


(……ならば前提を切り替えるか)


 ここまでは前座であった可能性に、俺の意識が切り替わる。


 ひとまずは話に合わせよう。ソルフィアの案だとしても実際に行動するのがローランドたちである以上、確信を突く方向性に話を切り替えられることはまずないはず。

 相手の真の目的を、会話の中から探れ。

 

「我々は、様々な国を周っています。戦乱の世ほどではないにしろ、この世界は多くの危険に満ちている。それこそ、世界が破滅するかもしれない未来だってあるでしょう」


 ……ここで世界の終末に関して触れてきたか。まあ確かに、世界の終末を間接的に尋ねるのはどこかでやる必要がある。


 だが少々回りくどい。間接的とはいえ、あまりに言い回しが回りくどい。究極的にいえば効率厨的な思考を有する彼らの案とは思えない。

 それにこれは俺に何かを尋ねるというより──これから演説を行うかのような切り口だ。


(何故だ。それは愚策だろう)


 連中の最適解は『祝福』を最大限利用するための禅問答だろう。俺の言葉の嘘を察知し、そこから逆説的に解を導き出すのが最も効率的なはず。


 会話にもならない一方的な演説など、どう考えても非効率的すぎる。何のために面会を行なった? 俺とより多くの会話をするためじゃないのか? 実際それまではそうだったはず。何故ここでわざわざ、ジルからの心象すら悪くしそうな言葉を放つ?


「我々はこの国を見て、畏れ多くもこの国の王──すなわち、御身の姿を一目見たいと思ったのです」

「……莫迦にしているのか貴様は。賛辞もすぎれば、愚弄にしかならんぞ。既にそれは、聞き終えたはずだが」


 百歩譲ってこれを会話とするならば、いくらなんでも考えなしがすぎないか? まさかソルフィアの案ではなく──苦し紛れの、アドリブか?


「先ほども申し上げた通り、この国は大変素晴らしい。まさしく神の御技というほかない国。大陸広しといえどこの国以上の国は存在しないでしょう。そのような国を運営なさる御身はまさしく、この世界で最も尊きお方に違いありません」

「くどい。そのような至極当然のことを幾度となく口にされたところで、私にとってなんの価値もない。ここは常識を語らう場ではない。貴様は何を考えている」


 なんだ、こいつらの目的は『世界の終末』を回避することだろう。なのになぜ、このような結果になる。

 こんな回りくどいお世辞をしてなんの意味がある。こんなもの、俺が「くだらない」と両断することで謁見を終わらせる大義名分を与えるだけだろうが。

 

 実際、このままいけば俺の勝利で終わるぞ。

 もはや連中が俺に対して疑う要素がないのであれば、少なくとも俺にとって彼らなんてどうでもいい。一体、何を考えている。

 疑う要素がないなら他の場所に移るのがこいつらのやり方のはず。こんな、こんな長丁場──長丁場?

 

(……いや待て、まさか)


 だが、あり得るのか。

 こいつらがその選択をするなんてことが、あり得るのか?

 性格的にあり得ない。

 となるとやはりソルフィアか? だが、納得させた材料はなんだ。こいつら我の強さは一級品だぞ。


 いやしかし、この手段をとるならば何故口にする? いや口にするにしても、それなら最初からステラにでも伝えれば──いやあくまでも最終手段ならばそこは問題ないのか? しかし、読めない。なんだ、こいつらに何があった。

 

「ゆえに、私並びにローランド」


 だがしかし、もうそれしか考えられない。

 あり得ないと切り捨てていた可能性だが、しかし彼らでなければ十分あり得る切り口。

 本来であれば最も可能性は高いやり方。誰だって真っ先に思いつく、あまりにも単純すぎる方法。


 すなわち、


「御身の国に、亡命させて頂きたく存じます」


 すなわち、容疑者の側に居座る。

 こいつら──俺を監視し続ける気だ。


 険しくなりそうな表情を抑えつつ、俺は拳を少しだけ強く握った。

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