相対的にマシ理論

 他人からの評価というものは大事だ。

 

 自分で自分の能力について語るより、他人の口から能力を語られる方が信憑性は上がる。ようは自分で「俺は天才だ」と名乗るより、他人が「あの人は天才だ」と評価する方が受け入れられやすいのだ。

 作品のレビューなんかは分かりやすい例だろう。自己推薦より、他者推薦の方が「試してみるか」という気になるもの。自己推薦だと「それ本当に面白いのか?」と疑われるからである。


 他にもSNSなんかだと自分で自分の動画を宣伝するより、他人が一部分だけ切り取って「草」などというコメント付きで送信する方が拡散されるという悲しい現実があったりするが、まあそれは余談か。


(ふむ……)


 実に有能な仕込みを果たしたキーランを眺めながら、俺は思考を巡らせる。原作主人公を取り込むにあたって、やはり精神面からの懐柔工作というのは大事だ。

 だが現在、俺は疑われている身。俺自身が幾ら身の潔白を証明しようと、払拭の限界というものがある。冤罪が無くならない理由というやつだ。


(つまり、俺以外の人間が俺の身の潔白を証明してくれれば良いわけだ)


 その点、キーランならば俺をこれでもかというくらい布教するだろう。

 俺の美徳をこれでもかというくらい語ってくれるはず。つまり、主人公たちの俺に対する心象が良くなる──と言いたいが、全身黒づくめの不審者なんだよなこいつ。


(一任するとは言ったが……俺のアピール的な意味ではやはりステラの存在は大事だろうな)


 適材適所というやつだ。

 ステラは魔術面以外では社交的な性格だし、年齢もローランド達より低いため取り入りやすいだろう。見た目も整っているし、そんな彼女が俺を絶賛すれば大抵の人間は「そうだね!」と返すしか無くなる。

 陽キャの発言力は凄まじいのだ。我が強く自分たちが一番大切とはいえ、連中には割と絆されやすい面もある。陽キャは特攻として機能するはず。


(ということで、ステラも使うか)


 とはいえキーランに「一任する」と言った手前、俺からステラを追加するのは困難。ともすればキーランを信用していないかのように受け取られかねないし、そうなるとキーランは間違いなく落ち込む。


 ゆえに、ステラには自発的にキーランに付いて行ってもらう。


 ステラに視線を送ると、それに気付いたステラがこくりと頷いた。アイコンタクトによる意思疎通。厨二心を持つ男性諸君であれば一度はやってみたいと思うであろうそれ。俺はそれを、成功させた。実績解除。


「やあやあキーランくん」


 ニコニコとした表情を浮かべたステラがキーランに声をかける。対するキーランは嫌そうに目を細めると、暫くしてから言葉を発した。


「……なにか用か、ステラ」

「ボクってさあ、この国では新人なんだよね」

「……そうだな」

「だからさあ、キーランくんの仕事を見学したいなって思って」

「……」

「オウサマに一通り教えてもらってはいるけど、実践練習って大事だと思うんだよ。キーランくんだって、その技術は実戦で磨き上げたでしょう?」

「それは……そうだが」

「だからさあ実習よろしく」

「……とのことですが、よろしいですかジル様」

「許す。教育してやれ」

「はっ。……オレの邪魔をするなよ、ステラ」

「分かってる分かってる」


 本当に分かっているのか、みたいな猜疑的な視線をステラに送るキーラン。それに対してヘラヘラと頷いたステラは、俺以外には見えないように親指を立ててきた。


(亡命者に対して、王への心象を良くするのは大事な仕事だ。頼んだぞ、ステラ)


 部屋を去っていく連中の後ろ姿を眺めながら、俺は内心で一人つぶやく。

 ……今月にはグレイシーもこの国にやってくる。それまでに、それまでに連中の件は片付けよう。何かの手違いでソルフィアvsグレイシーなどという頂上決戦をされても困る。国というか、最悪大陸が消し飛ぶがゆえに。


(グレイシーがやってるのと同じで、ステラあたりと視界を同期させる方法で覗くか……いや、中学生くらいの女子の視界で世界を覗く大学生って普通にアウトじゃね?)


 普通にセクハラじゃね? という思考がよぎる。グレイシーに「お兄様……」みたいな感じでドン引きされるんじゃね? 


 ……よし、やめておこう。


 ◆◆◆


 先を歩く男を見る。

 背筋の伸びた背中に、重心にブレのない動き。一挙一動をジッと眺めながら、ローランドはキーランという男の戦闘スタイルを推測する。


(……強いな。そして、気配の消し方も巧妙。おそらく基本は暗殺に徹するが、正面戦闘もこなせる手合い)


 暗器として機能もしつつ、正面戦闘も可能な武器──短刀あたりが妥当だろうか。あるいは魔術を使う可能性。魔力はさほど感じ取れないが、一方で何か異質な力は感じる。

 そしてそれは、先ほど彼が『禁則事項』とやらを口にした時により強く感じた。レイラも何か違和感を感じていた──おそらく、危機察知能力が微妙に機能していた。


(何かを仕込まれたと思った方がいい……ただおそらく即死する系統だったり、すでに死が確定している系統ではない。もしそうなら、レイラの『祝福』が強く反応するはず。つまり、普通に過ごす分には問題ない。それほど強くない呪いの類か……条件を満たせば凶悪な代物かの二択。そして少なくとも俺自身には、何かが効いた様子もない)


 ローランドの真骨頂は、なにも考えていないように見えて無意識のうちに色々と考え込んでいるという意味不明なもの。

 そしてなにより、本人もそこまで考えているつもりはない。ゆえに誰もローランドがなにを考えているのか読めないし、誰も彼がなにかを考えていることにすら気づけない。実際、なにも考えていない時もあるという。


「キーランさんのお仕事は?」

「色々あるが……メインとしては裏からの国の警護をこなしている。だが最近は、神殿を──」


 レイラとキーランの会話を聞くため、ローランドは思考を停止させた。

 裏からの国の警護という言葉からして、おそらく呪いは「国の警護」に関係するもの。つまり、国に仇なさない限り問題はないだろうと判断したがゆえに。

 無理矢理吐かせる手もあるが、なにもしなければなにも起きないならばなにもしないのがこの場における最適解。


(俺も人となりを把握しておこう)


 ローランドも会話に混ざるべく、ゆっくりとその口を開いた。


「その、キーランさんにとってこの国の王とは……」

「──オレにとって、ジル様こそがこの世界の理だ。ジル様が死ねと仰るならば、喜んでこの命を捧げる」


 とんでもないことを口にしたキーランに絶句するローランドとレイラ。

 その狂信っぷりを見たステラは頭を抱えながら、フォローすべく口を開く。


「い、いやあキーランくんの忠誠心は高いなあ」

「当然だ。むしろ死を命じられ、喜んで死なない者達こそが異常なのだ」

「そ、そうかな」

「ふん。師に魔術で殺される瞬間を想像しろ」

「すごくいい」


 ありのままが受け入れられる。それがこの国の長所であると最近のステラは認識している。

 となると、やはりそこを全面的に推すべきだろう。彼女は自分に正直だった。


「だろう。恐れ多いとは理解しているが──是非とも、最期はジル様の手で殺されたいものだ……」

「ボクも死ぬときは、師匠に殺されて死にたいなあ」


 しみじみといった様子で語るキーランと、楽しそうに笑うステラ。狂気としか言えない二人の会話を聞く、ローランドとレイラの心の中は完全に一致していた。


 ───こいつらやべえ。


 不遜であると理解しながらも、先ほどの王直々にこの国を案内してほしいと切に思ってしまう二人。

 ジルの知らないところで、ジルの意図しない方向で、ジルの好感度が上昇した瞬間である。


 キーランとステラプロデュースのジルの好感度上げゲームが、幕を上げた。

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