魔術大国へ

「私はこれより、魔術大国へと赴く。その間の国の運営……キーランとヘクター、お前達に任せたぞ」


 そう言って、俺は眼下にて俺の言葉を聞いていた二人を見る。


 キーランは片膝を突いていて、ヘクターは起立し自然体。二人の性格を完全に示しているな、というのがそれだけで分かる体勢だった。


「魔術大国……承知致しました。その間における国の運営、このキーランが行わせていただきます」

「テメェ一人でじゃねえよ。耳付いてんのか」

「口を慎めヘクター。貴様はジル様のご慈悲を理解出来んのか? 先の言葉は私だけ特別扱いをすれば貴様が不憫だと、憐れだとお思いになったジル様のご好意にすぎない。貴様ごときが、ジル様の国の運営という大任を果たせるとでも? 図に乗るなよヘクター。何様のつもりだ」

「テメェが何様だよ叩き潰すぞ」

「……」


 ──本当に大丈夫なのだろうか。


 二人の険悪すぎる雰囲気を見て、俺は自身の判断が正しいのかどうか再度考える必要があるのでは? と思い悩む。


(……ていうか、キーランを国に放置するのは怖くないか?)


 手元に置いておくと腹が痛くなるので困るが、目に見えないところに置いておくのも怖すぎる。俺がいない間の国の運営を任せて、国に戻ってきた時にとんでもない光景が広がっていたら、俺は耐えられる気がしない。


(……魔術大国から帰ってきた時に、国民全員が裸で生活とかしていたら、俺はもう立ち直れないんじゃないか)


 そんな事態は起きないだろ、と思う俺がいる。でもキーランだぞ、と叫ぶ俺もいる。


(教会勢力も、俺が止めなければ全裸で信仰を捧げる変態集団になっていたかもしれない。そう考えると……キーランを放置するのは……何より、ヘクターにキーランのブレーキ役を任せるのは可哀想だ)


 悩んで。悩んで。悩んで、そして──。


「……いや、先の言葉は無しだ。キーランは連れて行く」

「はっ!」


 やはりキーランは手元に置いておこう、と俺は結論付けた。いつどこで、どんな風に爆発するか分からない爆弾は目に見える場所にある方が良い。


 処理しやすいからな。


「哀れだなヘクター。貴様は、ジル様のお側に控えることが出来ない。本当に哀れだな、ヘクター」

「テメェさっきまで国の運営は大任だとかなんとか言ってなかったか?」

「口を慎めよヘクター。先ほど我々に国の運営を命じられたジル様の心境と、今のジル様の心境は異なるものだ。それは即ちジル様の中で優先事項が変わったということであり、私の先の言葉との矛盾は一切生じていない。故に私は何も間違っていないのだ」

「無敵か?」


 お前ら実は仲良いだろ。


(さて、ヘクターの補佐はセオドアに任せるとして……事前にヘクターに伝えておくことは──)


 国の運営を任せるなんて暴挙も暴挙だが、当然ながら全てを任せる訳ではない。手を動かさないといけない作業の類をヘクターにやってもらうというだけで、指示を出すのは基本的に俺である。魔術大国での仕事と並行して行なうのでやることは多岐にわたるが、まあこの肉体ならなんとかなるだろう。


「ところでジル様。今回の魔獣騒動により、辺境の地におけるジル様への信仰心は盤石なものとなりました」


 そんな風に思考を巡らせていると、キーランが何やら満足げな表情で意味の分からないことを口にしてきた。


「…………そうか」


 ちょっと言葉の意味を考えてみたが、やはり意味分からない。


 信仰心が盤石? いや、魔獣に襲われて滅ぶ所だったのだから、その危機的状況を救った俺に対する畏敬の念は増すだろうし、そこは狙った。


 その為にヘクターとキーランには王直属である『レーグル』を名乗れと念話で言い含めておいたのだし……まさか、畏敬を越えて信仰心にまで昇華されたとでも言うのか……? 


 何故だろうか、俺は嫌な予感が拭えない。


「つきましてはジル様。この王都におかれましても、信仰心を盤石なものにすべきかと」

「……」

「──ジル様のお姿を、威光を民達にお見せしましょう。御身がその姿をお見せするだけで、民達は貴方様に跪きます」


 ……信仰心どうこうは別として、確かに国の人間が俺に従うよう仕込みをするのは重要だ。国という勢力を自由に動かせるということは、それだけ取れる手札も増えるということ。個人では出来ないことも、組織単位となれば話は変わるのだから。


(俺の配下が増えれば増えるほど、戦術の幅が広がる……。ふむ)


 善は急げともいう。今やれるのなら、今のうちにやっておくか。


「……良かろう。ならば魔術大国に行く前に、く済ませるとしよう。大広間に民衆を集めておけ」

「はっ」


 さて。民衆を絶対的な支配下に置くという行為を、ごく僅かな時間で完遂させるためにはどうするべきか。


 ……一番手っ取り早いのは恐怖による屈服だろう。カリスマ性を示すという手もあるが、変な具合に狂信されても困る。


 一般人がギリギリ死なないラインの重圧を放ってしまえば、国という戦力は手中に収まるだろう。そもそも、この国は俺の国だし。


 楽な仕事だ。







 重圧を放った結果、何故か狂信者集団が爆誕した。


(……どういうことだ。何をどうしたら、恐怖政治を行おうとして狂信者が生えてくる……?)


 まるで意味が分からない。国という戦力を自由に動かせるようになったのだから良いだろう、と自分に言い聞かせはしたが、意味が分からないものは意味が分からないのだ。


(……よし、魔術大国に行こう。俺は何も見なかった)


 現実から逃げるように、俺はキーランを引き連れてステラと待ち合わせをしている場所へと向かった。


 ◆◆◆


 魔術大国。


 列強国の一つとして数えられるその国は、その名の通り大陸の中で最も魔術に対する造詣が深い国であり、国民の生活に最も魔術が密接的に関わっている国である。


 国の中には魔術の学校や研究機関が幾つも建ち並び、そこではオリジナルの魔術なんかの開発も行われていたりもする。国民の殆どが魔術以外に興味がない為閉鎖的なのもあって、他国からすればさぞかし得体の知れない国として映っているだろう。


 触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに魔術大国は周辺諸国から接触されず、結果として独自の路線を突き進んでいるのであった。


 まあどう考えても最も触らぬ神に祟りなし案件なのは、廃人確実と言われている禁術の魔導書を閲覧しに行って、当然のように廃人と化してる人間が大量発生しているという点に尽きるのだが。


 しかもその魔導書は、全く破棄される気配がない。それどころか破棄なんて誰も言い出さない。周辺諸国からしてみれば、狂気としか思えないのは自明の理であった。


 連中は魔術が第一の魔術大好き人間ばかり。国の上層部は強力な術を扱える術師を戦力として扱って軍事大国としてのし上がりたいようだが、魔術師達はそんなことに全く興味がない。


 そんなことをしている暇があれば「研究しろ!」「魔術を学べ!」と総すかんをくらうのが現実だ。


 そんな国民ばかりで国を運営する連中は何故「軍事大国としてのし上がりたい」という俗物的な思考をしているんだ? と思うかもしれないが、答えは魔術師達からしてみれば国の運営すら面倒くさいからである。


 富にも権力にも執着心がない魔術師達にとって、権力者という立場はわずらわしさしか生まない。それ故に、上層部に就くのは研究より権力や富を優先したい人間ばかり。彼らは総じて魔術の才能が無い連中であり、同時に魔術大国においては異端な思考を有している人間だ。


 そんな彼らは己の欲を満たすため国を運営するポストに就いて──なんやかんやあって胃薬が手放せない生活になるという。


 そして愛する我が子には同じ苦労をかけさせたく無いという鋼の意思から国を運営するポストに就かせないよう魔術に興味が向くように教育を行い……結果、魔術狂いが爆誕し、そんな我が子の姿に親は涙を流す。そんなお決まりがあるらしい。頭おかしい。


 こんな具合に魔術大国はどう考えてもヤバイお国なので、ぶっちゃけ行きたくない。行きたくないのだが、とある事情から俺はそんな国に向かっているのであった。


「ふんふんふんふーん」


 空を飛びながら俺の隣で鼻歌を歌う少女。


 白い肌が覗く真っ白な半袖のワンピースを纏いながら楽しそうに笑っているその可憐な姿は、多くの男性諸君にとって大変毒に違いな──


「魔術の王になる素質があるとしか思えない人と、大陸最強の魔術師である師匠……。そんな二人の魔力に当てられる生活……ぐへへへへ」


 全くもって可憐じゃなかった。


「いやあ、ボクは本当に嬉しいよ。特級魔術を頑張って身につけようね」


 可憐さと変態性を両立させた珍生物。彼女こそが世界最強の魔術師の一番弟子にして──俺の目的の一つ。名を、ステラという。


「まさかお友達を連れてくるなんて思わなかったけど」

「……」

「……めっちゃ睨まれてるんだけど。ねえ、なんか物凄く殺気みたいなものを感じるんだけど。大丈夫? ボク死なない?」


 俺に対して軽口を叩くステラを、殺気の篭った視線で睨むキーラン。視線だけで人を殺すことが出来るのであれば、確実にステラは即死だろう。それほどまでに、キーランが向ける視線は苛烈だった。


 そんなキーランの心の声は……うん、殺意しかなかった。


「まあ。今のキミはボクに抱えられて飛行している状態だし。ここで落とせば死ぬのはキミだよね」

「口を慎めよ小娘。お前ごときがジル様に対して軽口など、到底許される事ではない。お前のやるべき事は神たるジル様に対してその命を燃やし尽くしてでも、粉骨砕身ふんこつさいしんする事だ」

「ふんこつさいしん? ていうか神様って、そんなのいるわけないじゃん頭大丈夫?」

「…………貴様」


 神を侮辱した上に、神の存在を否定する。


 それは確実に、キーランや教会勢力の人間にとっての核地雷。これまでと異なり、本気で空気が変化したことを察した俺は、キーランを落ち着かせるべく口を開いた。


「──良い、キーラン。私は気にしていない」

「……はっ」

「変なのー」


 そう言って、ステラはキーランの体を揺らす。自分に本気で殺気を向けてきた相手に対して随分と呑気であるが、まあこれが彼女の美徳なのだろう。多分。


 殺気を収めたキーランが「落とすなよ小娘」と言い、ステラが「そこまで鈍臭くありませーん」と軽口を叩く。

 

 今の会話でなんとなく察した方もいるかもしれないが、俺達は現在空の旅に興じていた。


 というのも魔術大国に赴くには、これが一番速いかららしい。キーランは飛行魔術を使えないので、ステラが抱えている形である。可憐な少女が、如何にもな雰囲気の全身黒ずくめの男を抱き抱えて飛ぶ姿というのは、非常にシュールなものだった。


 それにしても。


(キーランを連れてきたのは間違いだったか……?)


 険悪な空気──といってもステラの方は能天気なので気付いてなさそうだが──を見て、俺の選択は誤りだったのではないかと思い悩む。国に置いて行くのは不安だったが……しかし、彼の俺に対する高すぎる信仰心の調整はどうしたものか。


(まあ最低限のラインを超えない限りは自重しているので、問題ないと言えばないのだろうが……いや、念には念を入れておくか?)


 ちなみに粉骨砕身とは、簡単に説明すると全力を尽くして取り組むという事である。


「炎属性の特級魔術を見るの、楽しみだなあ」


 そう言って、朗らかに笑うステラ。


「師匠の特級魔術を見ても思うけど、やっぱり違うんだよね。それ以下の魔術と特級魔術とでは。高次元の領域に近いとでも言えば良いのかな? でもなんていうか、近くはあっても高次元そのものではない気がするんだよ。出力とかじゃなくて、もっと根本的なものが。そう考えると、『禁術』は高次元の領域そのものに至ってるのかもね。『禁術』は、存在そのものが高次元じゃないと使えなかったりするのかな? だから高次元に至ってない人間は閲覧するだけで廃人化しているとか? うーん。師匠、禁術は見せてくれないから想像の域を出ないなー」


 ──いや突然めちゃくちゃ鋭い考察し始めたなお前。しかも結構いい線行ってるし。


 自分が有する知識の範囲内で真実の一端に触れているステラの言葉に、俺は素直に感心していた。


 アニメではぶっちゃけ『アホの子』みたいな印象しか抱けなかったので、鋭い洞察力を有していることを知れたのは収穫だ。魔術関連限定の洞察力かもしれないが、それでも鋭い洞察力を有する存在は貴重である。


「ボクも早く特級魔術を使いたいな。勿論、禁術も。ああ、両方使える師匠は凄いや……はあ」


 特級魔術を会得した人間は、それだけで偉人の領域。

 それらを越えて『禁術』を使うにまで至っている『氷の魔女』は、名実共に魔術界の頂点に位置する世界で唯一無二の怪物だ。


 そんな師匠を持つが故に、思うところがあるのだろう。それが嫉妬なのかは不明だが、そこは事前情報から推測した部分と大きくズレてはいなさそうだな。


 横目に彼女を観察しながら、俺は彼女に対する評価などを随時アップデートしていく。能力面だけを目的にしていたが、研究者的な立ち位置に就かせるのも悪くない。セオドアとは別の分野で、彼女は優秀な人材になり得るだろう。


 加えて、性格も悪くない。


 キーランすら軽く流せる胆力たんりょくや容姿も含めて、外交官的なポストに就かせて他国との関係を良好に──。

 

「……? どうしたんだいジル? なんかボク、視線を感じたんだけど」

「気のせいだろう」


 ステラはジル少年と口にしたが──実はなんと、今の俺は少年の姿をしている。


 ステラに対して、俺は「自分は他国の人間だから、子供の姿の方が弟子入りする際に国の人達との摩擦が少ないのではないか」と提案した。


 始めは「あーもしかして幻術で子供の姿になる感じ? 魔術大国の人たちには幻術は一切通用しないから意味ないよ」との返事をくれたステラだったが、俺が薬を飲んだ瞬間に背が縮んだのを見て「は?」という言葉を漏らしていた。


 セオドアが言うには「厳密には若返りではない」らしいが、結果だけ見るなら若返りである。


 ちなみに『わ、若返りか……。いやはや凄いな。師匠でもそれは無理だ。不老は身につけてるけど……』とはステラの言。セオドアすげえな。ちなみに外見年齢は大体小学校三年生くらいだ。完全にショタである。


「さてと、そんな事を話しているうちに着いたよ」


 時間にして三時間ほどだろうか。そう言って空中で立ち止まった彼女の隣で、俺は眼下に広がる光景を見た。


「ようこそ魔術大国マギアへ。歓迎するよ少年。キミの成長に、期待しているよ?」


 魔術大国マギア。


 大陸に君臨する列強国の一角にして、世界最強の魔女の居城。様々なものを胸中に浮かべながら、俺はその国を眺めていた。


 ◆◆◆


 ──同時刻、教会。


「お兄様が私と同じくらいの外見年齢になって魔術大国とやらに訪れたわ」

「ジ、ジル様がグレイシーと同じくらいの外見年齢に!? ど、どのようなお姿なのですか!?」

「可愛いわよ? 無表情なのには変わらないけど……なに、気になるのソフィア? あなたにも経路を繋げれば見せてあげられるけど」

「え、ええ!」

「まあ、見せないけどね」

「………………………………………………………………………………………………………」


「教皇。魔術大国ってあの頭おかしい国でしょう? 神が心配だ。教会の全勢力をもって、魔術大国に監視を付けるべきじゃないですかい?」

「……否……神のご行動は……全て正しい……なれば監視など……不敬にすぎる……神のご行動を辿るのは……妹であるグレイシー様だけの……特権……」

「といってもダニエルさんよ、あの魔術大国だぞ? 神の身に何が起きるか、分かったもんじゃない」

「……貴様は……神に不信を……抱くと……? ……重要なのは……我らの意思では……ない……神の行く道に……我らは続くのみ……」

「俺達は神の信徒だ。信徒ならば神の行く道に対して、万全の整備を行おうとするのは当然ってもんでしょうよ」

「良い。二人の意見はよく分かった。両者ともに、神を第一に考えておる。……ふむ、儂としてはダニエルの意見を支持する。おそらく、神は人間の肉体という立場を利用され、魔術大国に探りを入れていらっしゃるのだろう。我々は必要最低限の準備だけしておき、ここで待機するべきじゃ」

「……探り?」

「うむ。伝承によると、神が人間のふりをして人間と共に生活をなさるのというのは、割とありふれた話だそうじゃ。それと同様の事を、神は現在行なっているのじゃろう。──魔術大国を生かすか滅ぼすか……それを裁定するために、の」

「……なるほど」

「んじゃま、滅ぼす時が来た時の為の準備だけしときますかね」


「なんでアイツらって、ああも極端なのかしら」

「………………………………」

「こっちは拗ねてるし……はあ。お兄様とヘクターに会いたいわ」

 

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