おいでませ魔術大国マギア

王の計略

 魔獣による襲撃から、一日の時が経った。


 レーグルの評判はその短期間でこの王都にまで届いているらしく、奇跡の存在だと畏敬の念を込めその名を呼ばれているらしい。朝一番に俺の部屋へやってきたキーランが、跪きながらそう言っていたので間違いないだろう。


 アイツは頭はおかしいが、嘘は吐かない。心の声を読むまでもなく、そこは信用している。


(……さて)


 アニメでよく見かける長すぎる形状の机。その上座に俺は一人腰掛け、キーランの用意した朝食を食すべく、内心で両の手を合わせた。


(いただきます……)


 日本人なら使い慣れた食前の挨拶を、心の中で発する。


 ジルが食前の挨拶をしていたかどうかはアニメで食事の描写がなかったので不明だが、まあ、多分使わないだろう。ならば当然、ジルに転生している俺も使う訳にはいかない。

 

 この肉体はラスボスのもの。自らが世界全てを支配することで、神々という空想上の存在の根絶を目論んでいたジルという男のものだ。


 そんな彼が、食事の前に手を合わせて「いただきます」なんてするはずがない。そんなことをすれば、キャラ崩壊も良いところである。


 まあしかし、食事の挨拶をしていたらギャップ萌えは狙えるかもしれないな。狙ってどうするんだという話だが。


(こういう細かなところにも気を使って演技にてっしないといけないのが、キャラクターに憑依してつらいところだ)


 気を抜けば間違いなく、前世の俺の素が出てきてしまう。そこから生じる違和感から怪しまれ、虚像が砕けてしまえば全てが終わりだ。


 だからこそ、神経を尖らせる必要がある。俺という中身を、悟られる訳にはいかないからだ。


 まあ、それはそれとして。

 

(今日も美味そうだ)


 パン。肉料理。サラダ。卵料理。スープ。紅茶。デザート。


 俺の舌を飽きさせないように所々変化したりはするが、大体朝食のメニューはこんな具合だ。言うなれば、ちょっとだけ贅沢ぜいたくな朝食といったところか。旅行先のホテルで取る朝食の気分を得られるので、割と気に入っていたりする。朝から高級料理なんざ食えんしな。


(あーベーコン美味い。サラダのドレッシングは新作か。スープはコーンスープに近い味な気がする。パンもサクサクしていてスープと合うし……キーランは俺の頭を悩ませるが何故、何故こうも有能な部分は有能なんだ……初めてお前が料理を作ってる光景を見た時は、マジでビビったぞ。これで狂信者じゃなければ……狂信者じゃなければ……)


 アレは非常に、シュールな光景だった。


 なにせ「空腹はどうやってしのげばいいんだ」とか思いながら冷蔵庫を求めて厨房らしき場所に向かえば、全身黒ずくめのキーランが流れるような手先で料理を作っていたのだから。


 ジル専属料理人キーラン。得意料理は「ジル様のお望みになるもの全て」とのこと。


 それを聞いた時は若干悪戯心いたずらごころが湧いたので、試しとばかりに俺は「寿司」と言ってみた。


 了承を受けた。

 暫く待った。

 寿司が出てきた。

 美味かった。

 異世界ってなんだっけ。


(もう料理だけ作ってりゃ良いんじゃないかな)


 そんな感じで朝食を取りつつ。


(さて……あの少女について、そろそろ考えないといけないな)


 俺が『魔王の眷属』を焼き殺した後に現れ、『氷の魔女』の弟子を名乗った少女。その少女のことを、俺は知っている。原作においてジルが率いる第一部最凶組織──『レーグル』の一員たる天才術師。


 名を、ステラという。


(まさかあんな所で出会うとはな……)


 原作にいたのに現在手元にいない『レーグル』の面々をどうやって仲間にするかは、俺の頭を悩ませる問題の一つだったが、まさか偶然出会うことになるとは思わなかった。


(さて。どうやって、こちら側に引き込むかね)


 禁術を扱える『氷の魔女』の弟子という立場から推測出来るように、ステラはあの魔術大国出身の人間だ。


 この時点で彼女の頭がおかしいのは火を見るより明らかであり、そんな彼女を引き入れるということは、即ちキーランに並ぶ悩みの種を生み出すことと同義である。


 自殺願望者かと。お前は何を考えているのかと。ヘクターを呼べと。キーランと別ベクトルで頭のおかしい人間を周囲に増やしてどうするのかと。


 そんな感じの天の声が複数聞こえてきた気がしたが、俺は無視した。


(引き込まなくても変わらないなら、俺だって好き好んで引き込んだりしない)


 俺の胃痛の原因になる可能性が高い少女なんて、受取拒否を選択してお帰り願いたい気持ちはある。


 だがしかし、非常に腹立たしいことに有能な存在であることが分かっているので、デメリットを多少無視してでも引き入れておきたい。


「ジル様、紅茶のお代わりをお持ちしました」

「いただこう」


 彼女の有能な点は、まず第一に、彼女は稀少な氷属性の魔術の使い手であることが挙げられる。


 氷属性は特殊な属性であり、おそらくこの世界での使い手は『氷の魔女』とステラのみ。脳内を探ってみても氷属性の魔術に該当する情報は無かったし、書斎を漁っても存在しなかった。


(何かしら理論があるのだろうが……)


 まあその辺は、直接本人達に尋ねれば教えてもらえるだろう。


 氷属性という稀少な属性を扱えるという点だけ見ても彼女は優秀だし、まだ十代ということもあって成長性にも期待できる。何かしらきっかけでも与えてやれば、覚醒でもしてインフレに追い付く可能性は十分あるんじゃないだろうか。


 ──なにせ、師匠がインフレに付いていけたのだからな。


(……まあ、氷属性の魔術なんざ俺にとっては副産物に過ぎんが)

 

 俺がステラを欲する真の理由。


 それは、ステラが発現する『加護』の能力を是が非でも手元に置いておきたいからである。


 なんと彼女、異能力系ファンタジー作品において最強格に位置する『時間操作能力』を発現するのだ。そんな稀少かつ強力な能力を、放置するのは無能の極みだろう。


「ジル様、ケーキでございます」

「いただこう」


 まあ時間操作能力といっても世界の時を止めたりする程チートじみている訳ではない。


 彼女に出来るのは、自身の時間の操作。


 体内時間を操作して倍速で移動するだとか、腕が取れたから肉体の時間を戻して腕を治すだとか、そういった能力である。なお肉体と時間を戻せるのは三日まで。


(まあ自分自身の時間の操作しか出来ないのなら、正直そこまで必要ないんだが……)


 彼女の最も優れている点は、魔術と組み合わせて『加護』を扱える点だ。


 本来なら自分自身にしか適用されない『加護』の能力を、彼女はあろうことか魔術と組み合わせることで他人にも効果を及ぼせるよう改造しやがったのである。


 漫画とかでよくある「氷属性の究極奥義……それは、時間凍結だ(ドヤ顔)」を『加護』と併用することで可能にしたのがステラという訳だ。


 俺がそんな彼女に求めるのは唯一つ。


 それは、神々と戦争を行う際に支援役に徹してもらうことだ。神々を相手に『加護』がどこまで通用するのかは分からないが、一瞬の差が明暗を分けるというのはよくある話。


 神々の時間を一瞬でも停止させることが出来たなら、それだけもで大きな切り札となる。


(まあ、仮に通用しないならその時はその時だ。手札は多ければ多い方がいいというだけの話だし。やれることは全部やって挑むのが俺の主義だからな……)


 RPGをやる時は、魔王に挑む前にレベルを上げまくるのが俺のスタイル。特に生死を分ける場面である以上、出来ることは全てやっておくべきだろう。通用する可能性が少しでもあるのなら、試す価値は十分だ。


(問題は、どうやって彼女を引き入れるかだが)


 手元に置くと決めたのは良いが、ステラは人間なので市場に行って買えるものじゃない。今の彼女は『氷の魔女』の弟子にして魔術大国に属する身。である以上、スカウトは慎重に進めなければならないだろう。


(国際問題に発展しても困る。……さて、どうするかね)


 スカウトに大事なのは、向こうの心理状況や価値観など根底に存在するものを理解し、対象が食いつく適切な餌を提示すること。ようは欲しいものを渡すことと交換条件に、こちらに引き込むということだ。


 だがそれを行うには、相当な情報収集能力が必要だ。何故なら、そんな情報は普通に生活を送っていても得られる情報じゃないから。


 国に専用の工作員を送り込んで監視。彼女の周囲から彼女のパーソナルデータを掻き集める。その他諸々を行って得た情報の正誤を精査して初めて、策を考える段階に移ることが出来る。


 だが、俺にそんな回りくどい真似は必要ない。


(……俺には、原作知識があるからな)


 内心で冷笑を浮かべる。


 原作知識。


 俺がこの世界において、非常に大きいアドバンテージを得ることが出来る絶対的な代物。この知識の素晴らしい点は、原作に出てきた人物であればパーソナルデータもある程度は叩き込まれている点だ。当然、ステラという少女のパーソナルデータもアニメで描写された範囲であればきちんと把握している。


(くく……)


 教会勢力に対する「こちらを神に連なる存在であると誤認させることで交渉を有利に進める」という案も、原作知識があったおかげで生まれたもの。


 これと同様のことを、ステラという個人に対しても行えば良い。


 まあ、教会勢力ほどアッサリと決めることは難しいと思うが。連中には「神々に絶対服従」という非常に分かりやすい価値観があったから、アッサリと決まっただけだ。


(アニメでの描写から察するに……ステラの根底に根ざす価値観や感情は、おそらく結構複雑だ)


 アニメにおいて、ステラは自分から志願して故郷である魔術大国に攻め込み、目標たる『神の力』を持ち帰ろうとしていた描写がある。

 更には『氷の魔女』相手にも苛烈かれつな姿勢を見せ、狂気的な笑みを浮かべながら殺意の高い術式を放っていた。


 そこだけ見れば魔術大国。しいては『氷の魔女』が嫌いで過激な行動を取っていたように見えるだろう。


 しかし、単純にそうであると結論付けるのが難しい描写も、存在していた。


『───やっぱり、師匠は……凄いなあ』


 これはステラの原作における最期の独白だ。


 この死ぬ直前の心の声。即ち、嘘偽りない本音から推測出来る彼女の『氷の魔女』に対する想いは、負の感情だけとは思えない。


(負の感情だけではない。つまり、単純に嫌いなだけという訳ではないはず。だが現実として、ステラは『氷の魔女』を本気で殺しにいった)


 嫌いだから殺しにいくのは常人でも理解しやすい感情だが、好きだけど殺しにいくというのは常人では理解しがたい感情だろう。


 負の感情だけではないが、しかし正の感情だけでもない。つまり、ステラの内心には正の感情と負の感情が両立していることを意味する。


 であれば、彼女が『氷の魔女』に抱いている感情とは何か。


(──嫉妬、かね)


 あくまでも推測の域は出ない。しかし、それほど間違ってはいないと俺は睨んでいる。


(相手のことを自分より格上だと羨望する正の感情があるからこそ、それに対応する劣等感などの負の感情も生まれてしまう……)


 嫉妬を動機とした殺意。


 典型的といえば典型的だが、ファンタジー作品なんて王道を行ってナンボだろうというメタ視点的なものも加味すれば、この推測は正しいように思える。


(だが……)


 しかし当然ながら、疑問も存在する。

 いや存在するというより、湧いたというべきか。


 先の邂逅時の彼女の様子を見るに、どうにも嫉妬で狂うような人間には思えない。


 何故なら桁違いの魔力量を持つジルに嫉妬するどころか、むしろ好意的な反応を示していたからだ。


(時間が経過すると共に、単純な羨望が嫉妬に変異していった可能性もあるが……)


 に落ちない。

 実際に目で見たからこそ、察することができるものだって存在する。


 特にジルの観察眼が人知を超越している以上、この肉体が抱いた"違和感"という感覚は無視するべきではないはずだ。


(……他にあるとすれば)


 嫉妬したから敵対したのではなく──自分が想像していた理想の『氷の魔女』ではないという解釈違いに近い何かが氷の魔女に対して起きた可能性。


「ジル様。ケーキのお代わりなどは如何でしょうか」

「いただこう」


 解釈違い故の敵対……成る程、あり得る話だ。


 だがまあとりあえずは、アニメの描写だけで判断出来るステラの人物像に対するアプローチを考えてみよう。

 勿論、後で解釈違い故の決別パターンでのアプローチ方法も考えることを前提とした上でだが。


(憧憬。羨望。嫉妬。野心)


 氷の魔女に対して抱いているそういった複雑な感情と、魔術大国の魔術師特有の価値観。

 これらが複雑に絡み合った結果、彼女は国を抜けてレーグルに属するに至ると仮定して───。


(───嫉妬───つまり──────であるからして────────ここは───)


 脳内でステラを手に入れる為に必要な算段を整えていく。


 必要な言葉。感情。表情。物資。人員。俺がステラに提示すべき利益やそれをするタイミング、その他諸々を計算尽くしてステラ勧誘に乗り出すにはどういった行動を取るべきか。


 原作通りになるなら放っておけばいずれ『レーグル』に加入すると考えるのは甘い。既に俺とステラが接触してしまっている以上、原作通りにことが運ぶとは言い切れないからだ。


 そもそも、原作だっておそらくジルがステラを勧誘した形だろう。原作開始前──つまり各国に襲撃する前に、他国の人間がレーグルを把握する方法は存在しないのだから。


(となるとやはり、確実に接触出来るこの機会を逃す理由はない)


 向こうは俺に対して、一緒に『氷の魔女』に師事しようと持ちかけてきた。

 そして、返事を伝える待ち合わせの場所と時間に関しても約束も結んである。確実に接触出来るこの機会を、見逃す訳にはいかない。

 

(……そもそも自然と入国できる機会が舞い込んできたのに、入国しないなんてのはあり得ないからな。魔術大国に関しては)


 何せあそこにあるのは、ステラという少女だけではないのだから。

 

(魔術大国に眠る禁術──つまり、天の術式。なんとしてでも、手に入れてやろう)


 現時点で、確実にを把握できている神代の魔術。これを手に入れないなんて選択肢は、俺の中に存在しない。


(ステラと、天の術式を手に入れる。その為に、まずはステラという少女をこの目で直に見ることで事前情報原作知識との乖離具合を完全に測り……そして、掌握する)


 今の俺は、相当に酷薄な笑みを浮かべていることだろう。

 だが、知ったことじゃない。俺は自分の運命を変える為、あらゆるものを使う。それくらいしないと、神々になんて対抗出来ないだろうから。


(良し!)


 一石二鳥という言葉が相応しい状況に満足感を覚えながら、紅茶を口に含んだ。


(……ああ、そういえばそろそろ紅茶の茶葉が切れるんだったか。ヘクター辺りに買いに行かせ──)

「ジル様。紅茶の茶葉を仕入れてまいりました」

「……」


 ──いや、何時の間に買ってきたんだよ。


 俺お気に入りの茶葉の入った瓶を持ち上げて「褒めて褒めて」みたいな顔をしているキーランを見て、俺は内心で心底驚愕していた。













 ──あわよくば、魔術大国に眠る『神の力』もここで手中に収めてやろう。

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