神話の幕開け

 国を襲った魔獣の軍勢は『レーグル』を名乗る二人組の男によって殲滅された。


 曰く、王直属の配下である彼らは魔獣による襲撃を察知した王の命令により魔獣の軍勢を殲滅し、国を守護したらしい。それを聞いた兵士や市民達は、王の采配に喜びを覚えていた。


 この地は王の住まう都市からそれなりに遠く、辺境に位置する場所だ。流石に大国でいうところの首都と辺境ほど距離の差は無いが、しかしそれでも結構な距離。


 にも関わらず、魔獣による襲来を受けてから、殲滅までの時間が非常に短い。これは間違いなく、王が自分達を気にかけてくれている事の証明だった。


 誰かが言った「王は我らを見て下さっているのだ」と。


 加えて、派遣された『レーグル』という王の腹心達。彼らの戦闘能力は完全に常軌を逸していた。キーランという男は視線を合わせて何かを呟くだけで魔獣達を絶命させ、ヘクターという青年は目には見えない速度で攻撃を加える事で魔獣を絶命させる。


 まさしく奇跡を起こした王とその腹心達に、辺境に住む彼らが強い畏敬の念を抱くのは必然だった。


「さてと、復興の手伝いだな。消火に瓦礫の撤去。ああその前に怪我人を集めねえと……」

「……随分と、手慣れているな」

「いや、国を抜けてからは結構な期間傭兵だからな俺一応。ていうかキーラン、テメェにも働いてもらうぞ」

「当然だ。この国がジル様の所有物である以上、手を抜く事は許されない。私一人で全ての瓦礫を即座に撤去してみせよう」

「その細腕でこのデカイ瓦礫とか撤去出来るのか見ものだがな」

「口を慎めよヘクター。フン、私ならこの程度……この程、度」

「言わんこっちゃねえ。テメェはどいてろ俺がやる」

「…………口を慎めよヘクター」


 レーグルの二人は、何やら会話をしながら瓦礫の撤去を行なっている。会話の内容は聞こえないが、おそらく自分達のような市民では計り知れない崇高な会話をしているに違いない。


 その会話を邪魔しないよう、されどレーグルの二人を手伝うべく自分達も復興作業を行わなければ。幸いにして、死人はいない。ならばそれを喜ぼう。町はまた作り直せる筈だから。


 ──そう思っていた時だった。


「あん?」

「これは……」


 町全体を何かが包み込んだかと思うと、みるみる内に瓦礫が宙に浮き、炎が消え、怪我人達の傷が癒えていく。家屋や地面は破壊された状態から逆再生するかのように元の形に戻っていき、最終的には魔獣の軍勢による襲撃などなかったかのように、今まで通りの当たり前の風景が出来上がっていた。


 誰かが言った「奇跡である」と。


 奇跡を目の当たりにしたとある老婆は涙を流し。とある子供達は「凄い凄い」とはしゃぎ。とある老人は両の手を合わせ。とある夫婦は互いを抱きしめる。


「……ま、」


 常識外れの事態に皆が目を驚愕し、感動している中、キーランという男が何事かを叫び出した。


「ま、まさしく!! まさしくこれは!! な、なんという事ですかジル様!! まさかこのような、このような……!! わ、私は!!  お、おお!! ジ、ジル様の魔力の波動が……!! こ、この身に、この地に降り注ぎ……!!」


 そんな風に叫んでいた彼は暫くして落ち着いたかと思うと──素早く服を脱ぎ捨てる。


 突然の行動に驚く者半分、もはやそれくらいでは動じない者半分といったところか。そして下着だけになった状態で彼は皆の前にやってきたかと思うと、ゆっくりとその口を開いた。


「お前達。今のは我らが王、神たるジル様によるこの地に対する救済の術だ」


 ──神。


 普通に考えれば、そんな突拍子も無い言葉を聞いたところで誰も信じないだろう。


 何せ、誰もそのような存在を見たことがないのだから。誰も、神の奇跡の恩恵なんて受けた事がないのだから。


 だが、この場にいる者達は違う。

 何故なら、彼らは見たからだ。

 王──神の奇跡を。

 この場にいる誰もが、神によって救われた。


 だから誰もがその言葉に納得の意を示し、顔も知らない王に対する忠誠心が増していく。


「これより、ジル様へ信仰を捧げる。──服を脱げ。国の民であるお前達であれば、ジル様もこの信仰の儀を快くお受けなさる事だろう」


 服を脱ぐ。成る程、確かに服を着ている状態で信仰を捧げるのは失礼だろうと誰もが納得の意を示した。


 遠い異国の地では、顔にマスクを付けた状態で接客業を行うことは非常に失礼な行為にあたると聞く。人と真摯に向き合う場面で、顔の一部を隠すのは良くないからという理由らしい。


 ならば王に対して信仰を捧げるのに、服を着ているのは異常だろう。なにせ服を着ているという事は、顔の一部なんて小さな部分ではなく、体のほとんどを覆い隠している事と同義なのだから。マスクで顔の一部を隠している事の比ではないくらいの不敬である。


 信仰を捧げるのに服を着ているなど、そんな非礼な存在は異常者に違いない。彼の言葉通り、服を脱ぐのは当然であると言えた。


「ああ……下着を脱ぐのは、まだ我らには早い。我らの信仰を完全に神に認めて頂くために、我らは日々信仰を重ねていくのだ」


 成る程。確かに突然下着の中までさらすというのは、それはそれで非礼にあたるだろう。遠い異国の地では、付き合って間もない段階で神聖な行いをするのは不埒ふらちな真似にあたるという。


 そしてまた、信仰を捧げる儀も神聖な行いだ。


 この二つは『神聖な行い』という点で繋がりを有する関係にあり、であるならば信仰を始めて間もない段階で、下着の中を曝すのは大変不敬に違いない。


 自分達の知らない知識を伝え、しかし何故そうなるのかは自分達に気付かせる。


 まさしく、目の前の存在は神の使徒なのだ。


 彼らは神たる王のみならず、目の前のキーランという男に対しても尊敬の念を深めていく。


「……ふむ」


 そうして何も言わずに服を脱いで下着のみになった皆を見て、彼は満足げに頷いた。


「では始める。何、難しく考える必要はない。ただこの状態でひざまずき、信仰を捧げるだけなのだからな」


 キーランが跪き、それにならって民達も跪いて信仰を捧げる。


 素晴らしく開放的だ、と誰もが思った。


 皆の心が一つになり、神たる王に信仰を捧げるとはこれほどまでに清々しい気持ちになれるのだなと誰もが理解し、この神聖な行為を自分達に伝えて下さったキーランに対する尊敬の念をますます強め、町の中央に彼の銅像を建てる事を決めた。


 そしてこの日からこの町では一日に三回、キーランにより伝導された信仰の儀が集団で行われるようになる。皆を救った理想の王。その王に対する忠義、信仰を示すのは当然の事だったからだ。


 またこの儀を行って以降、何故かこの町は多くの子供に恵まれる事になる。近年は少子高齢化が進んでおり衰退するのではないかと危ぶまれていたが、この儀を行ってからは万事解決。


 まさしくこれはの祝福であり、この町の住民達から王へと向けられる信仰心は留まることを知らなかった。









「……」


 何十人もの人間が集まって体のほぼ全てを外界に晒し、その状態で跪いて信仰を捧げるその光景。


 この町は国の入り口であり、他国の人間がまず始めに訪れる土地である。この国に訪れた人間が、この信仰の現場を見た時どう思うのだろうか。


「……」


 俺なら間違いなく回れ右するな、とヘクターは思った。

 同時に、ジルが見てたらどうするのだろうかとも思った。


「……」


 おそらく、この国にまともな人間はジルと自分しかいない。決して、決しておかしいのは自分なのか? などと思ってはいけない。


 間違いなく異様な光景をそのまま暫し見て、そしてヘクターは天を仰いだ。


(頭おかしい……)


 天を仰いだが、そこには雲ひとつない青空が広がっているだけだった。


 ◆◆◆


 魔獣騒動は滞りなく終わりを迎えた。


 氷の魔女の弟子との会話を終えて別れた俺は、とりあえず王城に戻った。そこから城や教会を爆発させた時にも使った魔術と、治癒の魔術の二つを前戦があったとされる町に展開し、復興作業も済ませた。


 治癒の魔術は所詮治癒の魔術でしかない為、死んだ人間がいたらどうしようもないが。


 随分も大盤振る舞いと思われるかもしれないが──国の人間はもしかしたら今後に使えるかもしれないので、アフターケアを行うのは当然だろう。


「問題は無かったか。キーラン、ヘクター」

「はっ! 万事解決致しました、ジル様」

「……まあ、問題は無かった……のか?」


 自信満々なキーランと、どこか歯切れの悪い様子のヘクター。


(ふむ……成る程な)


 どうやら問題はあったらしい。


「……そうか。もしや、死者が出たか?」


 キーランは嘘を吐かない。しかしそれは彼の主観では問題がないだけで、客観的に見たら問題がある事態があったのかもしれない。


 キーランは元々殺し屋だし、一般人の命の一つや二つなら誤差と認識するだろう。ヘクターも傭兵だが、しかし彼はアニメにおいて一般人は巻き込まない主義をしていた。


 ならばと思い、俺はそこを尋ねてみる。


「いや。それは無かったぜ、うん」


 死者は出なかったか。


 ……うん、まあ、なら良しとしよう。完全にどうしようもない異常事態が起きたのならキーランだってこうも自信満々にならないだろうし、それこそヘクターも黙っていることはないだろう。


 良し、良し!

 魔獣の問題は解決したと喜んでおこう。


「……」


 それに何故か、俺の身体の調子が良くなった。本当に若干だが、能力が向上した気がする。その理由は定かではないが、まあおそらくこの身体に慣れたからとかそんな理由だろう。身体の使い方を覚えたら、能力が向上するのは当然だし。


(……それにしても、魔王の眷属)


 連中が第一部の段階で至る所に出てくるなんてことになったら、どうなんだ……? 先の遭遇戦で、女は伝道師がどうのこうの言っていたが……伝道師は実在するのか? したとして、それはどれくらい強いんだ……?


 教会勢力に連絡を取れば安心出来るのだろうが、しかし熾天とかいう第一部における過剰戦力を引っ張り出すのはどうなのか。まあ幸いにして、レーグルの面々には神々由来の力の一種である『加護』がある。呪詛には抵抗出来るはずだ。


(まあ、俺の戦闘経験値レベル上げとして使えそうな存在モンスターのようなものが湧いて出てきたとでも思えば良いか)


 目的もどこにいるのかもよく分からない組織への対処法なんて、今考えたところでどうしようもない。今は脇に置いておこう。


(──ここからだ)


 今はまだ、スタート地点に立ったばかり。


 天の術式はある程度身に付けた。だが、足りない。神々に対抗するには足りない。最低でもグレイシーかそれ以上の実力を有する神々。

 

 ……そう、神々なのだ。


 グレイシーと同等かそれ以上の存在が、のだ。


 ……考えれば考えるほど、絶望的な状況だ。今の俺では全然足りない。グレイシーを見てから、より一層そう思った。


 だが、


(使い古された言葉だが……)


 足りないということは、伸び代があるということ。この世界には、まだまだジルという男が手にしていない力や技術が眠っている。俺の持つ原作知識の中でさえ、そういったものがまだあるのだ。


 ならば、グレイシーのような例外が……俺の知らない原作知識の範囲外に、神々を討ち滅ぼす『何か』があるかもしれない。


 足を止めるな。

 思考を巡らせ続けろ。

 使えるものは全て使え。

 されど状況は見極めろ。

 強くなれ。

 そして、そして──


(かませ犬には、ならない……)


 ──たとえ原作本来の歴史を壊してでも、俺は俺の目的を果たす。


 これは、俺というちっぽけな人間が、ただ自分のエゴを貫き通す。


 ただそれだけの、物語だ。


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第1章読了誠にありがとうございます。ここまで読んで面白いと思って頂ければ、現時点の評価で構いませんので⭐︎かレビューを頂けると幸いです。更新の励みになりますので、よろしくお願いいたします。

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