教会勢力 VIII 一時の別れ、そして
「ねえお兄様、見えたかしら? あれが私の権能。凄いでしょう?」
「……うむ」
そう言って無邪気な笑みを浮かべる幼い少女。ハキハキとした声音もあって、それは大変可愛らしい仕草に見える。
俺の肯定に彼女はより一層の喜びを示し。俺の背後にて待機しているキーランが「素晴らしいご兄妹愛……なんと美しい光景だ……」と感動に打ち震えていた。
そこだけ見れば成る程、確かに美しい光景なのかもしれない。仲の良い兄妹が休日にじゃれついている微笑ましい光景に見えるのかもしれない。
──だがそれが、遥か遠くとはいえ目視できる程度先の距離で、天変地異もかくやといった災害が生み出されている素敵な特典付きであると知って、微笑ましく思える人間はどれだけいるのだろうか。
「あれ、神様が使っていた武器なんだって。お兄様は知ってる?」
「……ああ。よく知っているとも、アレを振るう雷神をな」
嘘は言っていない。
何故ならアニメで見ていたから。
巨大な
「そっか。うん、確かにお兄様はよく知っているわよね。もうちょっと近くで振り下ろした方が迫力もあったかしら……」
少女の言葉に俺は内心で思いっきり顔を引きつらせ──しかしジルという男のイメージを崩さない為、表には出さないよう全力で気を配っていた。
(自分の把握している神話や伝承の一部を現実世界で再現する権能……? なにそれチートやん……神相手でも一対一なら戦えそうやん……場合によっちゃ勝てそうやん……)
俺の膝の上に座っている少女。名を、グレイシーという。
なんの因果か神の血を濃く引きすぎた結果、ほぼ神と変わらない力を有してしまった少女であり。俺の身体に
現在ではキーランの言葉を受け、俺を兄と呼んで
「元々はこんなんじゃなかったの。でも、天の術式と先天性の権能を私なりに改造して……そしたらこんな形になっていたわ」
「……そうか」
そんな彼女は色々あってなんとか自害をやめたソフィアの「現世の状況だと神の肉体で降臨できないので、人間の肉体に神が降臨されている」などの説明を受けてどこか納得したような表情を浮かべ、結果的に勘違いは強固なものとなった。
まあ、キーランの迷推理とソフィアのおかげである程度グレイシーの情報は引き出せたので、理屈は分かっている。
俺の肉体に全ての神の力が巡っている以上、彼女の祖先である神様の力もまた当然のように巡っており、眼ではなく第六感で人間の判別をしている彼女のセンサーに引っかかった。
あとはキーランの言葉通りである。
勿論俺は神じゃないし、そもそも仮に神だとしてもその力は後天的に手に入れたものなので彼女の親族というのは全くもって見当違いもいいところなのだが───俺はそれを、現時点で訂正するつもりは全くない。
(……この少女は、使える)
この少女。なんと教会勢力特有の神々に対する信仰心というものが全くない。
故にこの少女に関しては、神々が降臨しようと俺に懐いてさえしまえば味方になってくれる可能性が高いのだ。
ならば俺がやることは単純明快。俺自身に少女を懐かせることだ。現時点では神でないと知れば
例えるなら、そう。
きっかけは同じ趣味という理由で仲良くなった男女の高校生。最初は同じ趣味だからという一点のみで仲良しという関係を築いていたが、しかし時が経つと共に趣味以外でも親交が深まり、結果として趣味が変わっても良好な仲が続いている。そんな関係を俺はこの少女と築けば良いのだ。言葉にすると犯罪者感凄いな。
まあ具体的に言うと「実は神じゃなかったんだよー」と
(多分原作では最後まで封印されてたから、この子は出てこれなかったんだろうな)
神に近すぎるが故に、彼女は神に対して信仰心を抱かない。彼女が神に対して抱くのは親愛でしかなく、また、神に近いが神そのものではない故に他の人間からは得体の知れない存在に映る。
神の血が薄ければ、彼女は他の熾天と同じようになれたはずで。あるいはもっと血が濃ければ、真に神の仔として信仰の対象にすらなっていたかもしれなくて。
「ねえねえお兄様。お兄様の力も、見せて?」
ある意味、俺に近い存在なのだ。
ただ少女にとって不幸だったのは"神"と誤認された結果信仰されている俺と違って、"脅威"と認識された結果遠ざけられたことで。
「フッ、良かろう。しかと見るが良い。……いや、目には見えぬのであったな。訂正だ、しかと感じるが良い」
───
俺という存在を切り替え、同時に『神の力』を解放する。見た目に変化はないが、肌で感じ取れる"格"とでもいうべきものは段違いだろう。
純粋な『神の力』の奔流は、神威と化して周囲に降り注ぐ。
「おお……おおおおお……おおおおおおおおおお!! なんと、なんとおおおおおお!!! あれぞ!!! あれぞまさしく、まさしく神のぉぉぉおおお!!! 神のお────」
……。
…………。
俺は何も見なかった。突然叫び出したかと思えば下半身から聖水を垂れ流し、そのまま気を失う男なんていなかったんだ。
「綺麗な神力を感じるわ。やっぱり、お兄様のは違うわね。私や熾天だと、なんだか濁っているもの」
満足げに微笑むグレイシーに、そういう見方もあるのかと俺は少し思案する。純粋な神の力を用いているが故に俺の神代の魔術は他の熾天を上回っているというのは、信じても良さそうだな。
「神代の魔術も見たいわ。見たいというより、感じたい?」
「良かろう。貴様は私の妹なのだからな」
──ただ少女にとって不幸だったのは"神"と誤認された結果信仰されている俺と違って、"脅威"と認識された結果遠ざけられたことで──
ならばまあ。
少しくらい、本来のジルではあり得ないかもしれない優しさというものをこの少女に与えてやっても、良いんじゃないだろうか。
◆◆◆
そうして、月日は流れ。
(まさか、二週間も滞在する事になるとは……)
大変だった。
とても大変だった。
主に──キーランの相手が。
『妹様。私の信仰をお受け取り下さ──何をするヘクター。何? 悪影響? 私の存在が悪影響だと!? 貴様、図に……あ、オイ何をする! 貴様! その手を離せ!! ちょっと、ちょっと力が強いからと言って良い気になるな! ず、図に乗るなよヘクタアアアアァァァ!!』
『な、何故だ! 何故妹様は私ではなく、ヘクターに懐いていらっしゃるんだ!!? あ、ああこんな考えは不敬だというのに……し、しかしあんな粗暴な男の側にいては、妹様の情操教育に悪影響が……』
『ヘクター……おかしい……ジル様からの好感度も……私よりヘクターの方が上な気が……いや、そんなはずはない。ヘクターは一度も服を脱いでいないのだからな』
『ジル様。一先ず雑兵達の教育を完了させました。彼等はジル様が死ねと命じれば何も考えず喜んで自害します。試しにこの者に死ねと命じてみて下さい。ほら、私が推薦しただけで嬉しそうな顔をしているでしょう? あ、勿論私でも構いませんよ』
『ジル様。教皇の口を覆う大量の髭は、明らかに信仰心を
本当にキーランはなんなんだろうか。
ちなみに最後のは髭を剃ったら教皇のアイデンティティが失われるのではないかと思った俺が普通に断り、教皇が号泣しだした事件が起きていたりする。
(……それにしても)
教会に滞在することで教会の連中から来る狂信ムーブを恐れていたが、キーランが強すぎて正直教会の連中は全然マシな気がする。この分だと教会の外でも、俺の疲労感は変わらなさそうだ。
……いや、そんなキーランを見て「見習わなければ」と暴走する教会の面々のせいで疲れてる面もあるから、教会から出れば多少はマシになるのか? いやどっちにしろ、しんどい。
「ボス。そろそろ帰るんだっけか?」
内心で頭を抱える俺に、超絶有能ヘクターがグレイシーを肩車した状態で俺の側にやってくる。
やはり俺のヘクターは優秀だ。おそらく俺の内心の苦悩を察し、さりげなく近付いて来てくれたのだろう。そんなヘクターの献身的な姿に、俺は感動の涙さえ流しそうになっていた。
「ああ。ここにある天の術式の仕組みは理解した。私としては残念な事にいくつかの天の術式は失われていたが……まあ些末な問題だ」
本心はめちゃくちゃ悔しいのだが。本心は常に余裕なんてないんだが。ジルのキャラ像的に悔しがって
教会には魔術大国にある禁術を除く天の術式の全てが保存されていると思っていたのだが、悲しいことにそれは違った。
流石の教会でも、全てを把握しているという訳ではなかったということである。まあそれでもかなりの量の術式が眠っていたので、俺としては大変満足なのだが。
「失われてた、か。そりゃ……だって、古いんだろ?」
「神々が世界から去って教会が独自の世界に引きこもる際に、ゴタゴタがあって幾らか紛失したらしいという話を聞いた事があるわ。あとはそうね、歴代の教皇が封印した術式なんてのもあるかも。たまーに変な教皇が出てくるのよ教会って。二代目の教皇は『幼女を成長させる術式なんて必要なくない???』とか言ってたし」
「……姫さんの話にたまに出てくる二代目教皇ってのはなんなんだ。変態か?」
「変態よ」
「……変態か」
「HENTAIよ……」
「……そうか、変態か──なんか発音おかしくなかったか?」
それにしても本当に、本当にヘクターは素晴らしい。
狂信者達の奇行に流される事なく、俺に対して変わらない態度で接することの出来る同調圧力無効化能力に加え、俺が新たに第一目標としていたグレイシーからの好感度を上げる仕事もこなしていた。
俺だけでなく、ヘクターに対してもグレイシーは懐いている。二人も懐いている対象がいれば、グレイシーは間違いなく俺達の心強い味方になってくれるだろう。
それを口にして言わずとも実行してくれるとは……素晴らしい。
まさしく、彼こそが俺の忠臣と呼ぶに相応しい男である。他の連中には、是非とも彼を見習って欲しいものだ。
──と。
そんなことを考えているうちに、二人の会話は終わったらしい。肩から降りたグレイシーは俺とヘクターを下から見上げるような姿勢をとり、そして眉を八の字に曲げた。
「──ああでも……お兄様、ヘクター。本当に帰ってしまうのね……寂しいわ」
しょぼん、とした様子のグレイシー。
……。
…………。
「お前とは常に連絡が取れるよう
「っ! え、ええ!」
「まあ安心しろよ。なにせボスは王だからな。王の妹である姫さんもどうにか一緒に暮らせるようになるだろうぜ」
「楽しみにしておくわよ? あとヘクター。何より、貴方は強くなりなさい。その為の種は与えたわ。後は貴方次第よ」
「ヘッ。お怖いお姫様だ」
俺達の言葉を聞いて、グレイシーは花が咲いたような笑みを浮かべる。全く、俺がお前を利用する気満々の屑とも知らずに……全く……本当に全く……。
……さて、国に帰ったら彼女が安全快適に暮らせるよう環境を整えなければ。
家具は勿論、あらゆる面において最高級のものを用意しよう。現世はおそらくグレイシーにとっては住みにくい空間なので、彼女に与える部屋は神の力で空間が満されるよう新たに術式を組む必要があるか。
そしてまあ国家予算から……まあ、今月分は七割くらいグレイシーに使っても構わないだろう。
『ヘクタアアアァァァ!! お、お前!! お前!! い、妹様を肩車だと!? そ、そのような……そのようなアアアアァァァ!!!! こ、こここ殺す!!!! 殺してやる!!!! 私は、私はお手に触れる栄誉を承ったことすらないというのに!!!! 何様のつもりだ貴様は!!! 図に乗るなよヘクタアアアアァァァ!!』
俺はキーランを視界から完全に外した。
(ヘクター。お前には期待している……)
……それにしても、種を与えたとはなんだ? これがアニメなら強化フラグか? と捉えるが……いや、もしかして本当にヘクターが強化される、のか?
ヘクターがインフレ後にも付いてこれるようになる。ヘクターと隣り合わせで戦う。その未来を俺は考えて……悪い気はしなかった。
「ジル様の、お国……」
少し離れた場所から、ソフィアが小さな声でそのようなことを呟いたのが耳に入ってくる。俺は世に
おそらく、ソフィアは俺の治める国に来たいのだろう。
グレイシーとの一件以来、ソフィアからの距離感は非常に近くなっていた。やはり、あの一件は俺たちの結束を強固なものにしてくれたのだろう。
が、流石に後に敵対するであろう人間を本拠地に迎え入れる趣味は俺にはない。確かに一時は対グレイシー同盟を結んだが……それはそれ、これはこれだ。
(いやまあ俺からソフィアに向ける信頼も、確かに強くなったが)
ソフィアのことは気に入っているが、絶対に手元に置いておきたいほどでは無いのだし。
(……いやまあ、世話になったと言えばなったのだが)
この数日間を思い出す。
俺の食事を運んでくれたのソフィアだったし、『天の術式』の修行において、彼女は俺に付きっきりだった。彼女の開く講座は俺を甘やかすことに特化されており、それは時が経過するごとに、自分が良くない方向に成長していくのを強く実感できるほどである。
『流石です、ジル様』
『そうです。その感覚ですよ。……ここまでの微調整を可能にするとは。このソフィア、感服いたしました』
『失敗程度で、ジル様の価値は揺らぎません。失敗するということは、伸び代があるということですよ。むしろ、素晴らしいことだと思いませんか?』
無敵になった気分だった。
もしかして俺は最強系主人公なのでは? などという愚かなな勘違いをしそうになるほどだった。ソフィア、恐ろしい子。
(得難い人物であるのは事実、か)
ちらり、と俺はソフィアに視線を向ける。そこから聞こえてくる彼女の心の声を聞いて、俺は──内心で鼻を鳴らした。
「……ソフィア。私はまだ、己が『天の術式』を極めたなどと思ってはいない。この私が命じた任を、途中放棄などしてくれるなよ?」
「……!」
驚いたように目を丸くし、そして心得たとばかりに微笑むソフィア。俺の言葉の意図が正しく伝わってくれたようで、なによりである。
(……まあ、ソフィアは『熾天』の中でも、本当の意味で仲間になってくれる可能性が一番高い人物だしな)
どうやらこの数日で、俺は多少なりとも他人を信用するということを思い出したらしい。ヘクターやキーランに対しても、駒という認識ができなくなっている。
それが吉と出るか凶と出るかは不明だが──まあ、こっちの方が心は病まないな。
「……では行くぞ、ヘクター。キーラン」
背後で跪いている教会の面々を最後に
◆◆◆
「……む」
「……体が、重いな」
「……」
分かってはいたが、元の世界の環境はジルの肉体のパフォーマンス能力を低下させるらしい。元々はこれが当たり前だったはずだが、あの環境を知っている今ではこの環境が不愉快で仕方がない。人間というのは、贅沢な生き物だ。
(……ふむ)
最大出力が低下したのに加えて、この環境に慣れなければならないという意味でもそこそこ弱体化しているだろう。
まあ、それでもスペック上現時点でこの世界の最強は俺である。
慢心は良くないが、不安になりすぎるとそれはそれで視野を狭くするので避けた方が良いだろう。
さて、国に戻るか。
『突然すまない。聞こえるかな、ジル殿』
そう思った俺の頭に、セオドアからの『念話』が届く。
『聞こえている。なんだ、セオドア。何かあったか』
『ああ、大有りだ。正直、私の手に余る事態が発生した』
なんだと、と尋ねるより先に、セオドアは言葉を続けた。
『結論から言うと謎の魔獣が国を襲おうとしている。神狼を出せばどうにかなるが、それだとどっちにしろ結果として国は滅ぶだろうし、お互いに本意ではないだろう? どうにかしてくれないかな、ジル殿』
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