教会勢力 VI 神に最も近い少女 前編
ソフィアの神代魔術講座は、青空教室になりました。
「……」
澄み渡る青空の下で学べるなんて幸せだな、とか思考を逸らしながら、俺は先ほどのことを思い出していた。
◆◆◆
部屋が爆発した。
流石に
まったくもって謝罪の言葉じゃなかった。
ただの調子乗ってる男だった。
しかしジルのイメージ的にはこの辺が良い落とし所だろう。俺としては大変心苦しいが、これでどうにか納得していただければと思う。とりあえず以前自分の城を拳圧で崩壊させた時と同様、魔術を用いて部屋を戻そうとする。
が、その前にソフィアは俺の言葉に対して。
「いえ、御身に謝罪の必要などございません! むしろ御身の力に耐えきれない結界しか貼っていない部屋で行った我らが処されて然るべきなのです……!!」
土下座しそうな勢いで、彼女は謝罪の言葉を述べる。
彼女は本気で言っていた。
本気で悪いのは自分達だと言い、教会全員による集団自殺も辞さない覚悟をキメていた。正直怖かったので話を無理やり終わらせるべく、そして二度とこのような悲劇が起きないよう「外でやるぞ」と言って、俺はソフィアを連れ立って今に至る。
(……にしても、俺は全ての術式に適正があるのか)
ソフィア曰く、「全ての系統に適正があるのは前代未聞」らしい。それこそかつて降臨していた神々でも全ての系統に適正があった訳ではないという言い伝えがあるらしく、彼女の俺に対する信仰心が増していた。
「まずは目で見て理解して頂くのが速いと思うので、僭越ながら私が術式を発動させます。私が得意とするのは──」
ソフィアの言葉を頭に叩き込みつつ、俺は並行して思考を巡らせる。
俺が全ての天の術式を扱えると分かったのは朗報だ。何せ、少なくとも神代の魔術における汎用性という点では熾天どころか神々さえも越える目処がついたのだから。
勿論汎用性だけで実力差が埋まる訳ではない。ていうかそもそも、神々は神代の魔術がメインウェポンではないしな。しかしあって損は無いのでここは素直に喜んで良いだろう。だがしかし、そこで思考を止めるのは良くない。
(術の適正は個人によって違う。故に肉体によって適正が決まる……本当に?)
ジルは肉体自体は元々唯の人間だ。
神の持つ権能を有していたり、神の力を取り込んだことで不老を得たなど多少の変容はあるが、それは置いておく。
(この身体は人間のそれだ。普通に考えたら、神の血を引いている熾天やそれこそ神々の方が適正が多くてもおかしくない。いやむしろそっちの方が自然だろう。だとすれば───)
前に一度、ジルが邪神に瞬殺された原因の考察についてほんの軽くだけ触れた事があるが、その考察において最も重要になるのは『神の力』に関する考察である。
かつて君臨していた神々という存在。
それは神ではなく神々という言い方の通り、一柱ではなく複数存在していた。では、ジルが体に取り込んだ『神の力』とはどの神を出自とする力なのか?
──答えは、全ての神。
正確には、全ての神々の力を混ぜて完成した力の塊のことを『神の力』と呼んでいる。
つまり主神。戦神。美神。勝利の神。悪神。その他諸々あらゆる神の力が、この肉体には混ざった状態で巡っているのだ。
それ故に不純物なんかも生じたり──という考察は端に置いておく。
(神々でもそれぞれに適正があった……。天の術式は神の力に反応して作動する。権能が無ければ神の力は取り込めない。───そういうことか)
天の術式の適正は術者の肉体に依存するのではなく『神の力』、正確にはその神の力に対応する神の存在に依存している可能性。おそらく、天の術式の系統それぞれに対応する神が存在するんじゃないだろうか。めちゃくちゃ分かりやすく例えるなら雷の系統の術式であれば雷神が対応しているとか。
熾天は神の血を引くが、人間と神の子である以上肉体に流れる神の血、即ち対応する神の力は当然絞られる。何せ、子供は父と母から生まれるのだ。必然的に第一子が引く神の血は一柱のものだけだろうし、そうなればその子供が扱える系統は一つだけになるのは必然。
適正とは即ち、どの神の血を引いているかで決定されるのだろう。
また過去の人間が大気に含まれる神の力を扱えたにも関わらず、現代の人間では俺のように権能が無ければ封印された『神の力』を取り込めないのは、封印された『神の力』が複数の神々による力を凝縮させた特別製だから。
……いや、待て。でも大気に含まれる神の力だって様々な神の力が存在するだろう。
普通は混ざらないものだったとしても、使う術式に応じてそれぞれの神の力を取り込んだりすれば全ての術式を使えそうだが──これは、神の力そのものにもそれぞれ適正が必要と考えるべきか? Aさんは雷神の力を取り込めますが主神の力は無理です、みたいな。
まあこの辺は憶測の域を出ないので、思考を戻そう。俺は原作者じゃないのだし。
重要なのはただ一つ。
俺には全ての神の力を有した特別製の『神の力』が巡っている可能性が高いという事だ。それぞれの神と連なる『神の力』に対応する術式があると仮定するならば、必然的にそうなるし、俺が全ての術式を扱えるのに納得がいく。
そして同時に、ジルが邪神に瞬殺された理由の考察に信憑性が帯びてきた。もしかすると、もしかするかもしれない。
(……命を賭けにして、教会にまで足を運んだ甲斐はあったということか)
俺は歓喜に震えていた。単純に力を得られただけではなく、未来の俺の生死に直接的に繋がる情報を得られたのだ。
しかもこの情報には、神々以外では原作知識が無ければどうあっても辿り着けない。この情報に辿り着けない以上、教会の連中に分かるのは俺が全ての天の術式を扱えるという特異性を有しているという結果のみ。
つまり、俺が特別な存在である事を裏付ける理由として大きな手札となる。
(ジルの頭脳と原作知識の組み合わせが怖すぎる)
教会が俺に対して抱いている信仰心は、更に強固なものとなるだろう。何せ、過去の神々すら越えた実績が生まれてしまったのだから。どうあっても、彼等は俺を神聖視せざるを得ない。
「……と、このような形です。それぞれの術式に嵌るよう神の力を肉体に巡らせる事が重要かつ、難易度の高い技術となります。如何でしょうか?」
「ああ、理解した。では、私も行うとしよう」
当然ながら、ソフィアの説明もキチンと理解している。このように物事を並列して行えるのも大変素晴らしい。前世だとテスト勉強をしている間に作業用BGMなんて流そうものなら何も手に付かなかったのだから。
(マルチタスク最高)
ソフィアの目の前で術を発動し、それが終わると同時に新たな術式がソフィアの手によって刻まれていく。
術式の数はそれなりに多く、またそれぞれ調整が絶妙な為ペースは遅い。しかしそれでも、着実に力が付いていっている。
その事実が、俺に充足感を与えていた。
◆◆◆
ソフィアは優秀な少女である。
その身は神の血を引きその力を十全に扱えるのに加えて、白兵戦と神代の魔術の才能にも優れていた。同年代に彼女に並ぶ者はおらず、その高潔な精神と理想、信仰心をもって彼女は熾天の座を獲得した。
「ここをこうするとですね……」
そんな彼女にとって神であるジルに手解きを授けるというのは畏れ多く、しかし至福の時間であった。
「成る程。こういうカラクリか」
次々と術式を理解し、そして身に付けていく神を見て自然と頬が緩む。
そして同時に、やはり別格だ、と思った。
神は完全に人間の肉体で降臨している。神の血を引いていない彼の肉体を本来巡るのは、自分と異なり純粋な魔力だけ。
魔力では天の術式は扱えず、また魔力と神の力では操作の方法も異るはず。自分と違い後天的に神の力を取り込んだ以上、その難易度は自分とは比較にならない程のはずだ。
にも関わらず、神は常識を越える。
本来あり得ない全ての系統の適正を有している事に加えて、次々と教えた術式を理解し、小規模で実験していく。色んな意味で呑み込みの速度が尋常ではない。
加えて、後天的に取り込んだが故のメリットも存在していた。
神は魔力と神の力が完全に別個として独立しているが故に、自分達が扱う神代の魔術以上の威力を誇っているのだ。
自分の場合、魔力と神の力が混ざっている為、神代の魔術の威力や発動開始時間が神より劣る。しかし、神はその制限が無い。後々世界に散らばるとされている神の力を完全に取り込んだ時、神は間違いなく、本来の姿に近い力で現世に君臨出来るはずだ。
それだけじゃない。
これは初見時──今となっては黒歴史だが──に神を観察した時から思っていた事だが、神が降臨している人間の肉体のスペックは並外れている。
どう考えても、唯の人間の領域ではない。あらゆる面において埒外の才能を有した存在。自分以上に神の子の称号が相応しく思ってしまうほど、その肉体は完成されていた。
万能、という言葉が脳裏によぎる。
不敬な考えかもしれないが、おそらく神がこの肉体に降臨しておらずとも、いずれこの肉体の持ち主は自分達と同等かそれ以上の領域に達していたのだろう。
そう思ってしまうほどに目の前の彼は埒外の存在であり──それ故に、彼女は恐ろしく思う。
教会の最高戦力、熾天最後の一人。
否、熾天という枠組みの中に無理矢理押し込んでいる怪物。教皇を除けば熾天という役職が最高位であったが故に、あの少女は熾天の座に就いている。というより、就かせるしかない。
教会唯一にして最大の異端。
余りに強力すぎるが故に、どうしようもないと放置せざるを得ない化け物。
教皇に呼び出されて一度目にした時「あれは理外の存在だ」と思わされた。
しかし、あの少女は神ではない。
神ではないが故に、熾天という座を与えるしかない。
しかし、その座は余りにも彼女にとって相応しくない。
願わくば、あの少女が起きないことを───。
◆◆◆
「……なんだか、懐かしい感じがするわ」
教会の地下。誰も立ち寄らない深淵にて、一人の幼い少女がゆっくりと顔を上げた。
「何かしら、この感覚。生まれて初めて抱いた感覚なのに、懐かしい……?」
透き通った金色の髪に、病的なまでに白い肌。その容姿はまるで死人のようで。それ故に、少女はどこか幻想的だった。
「ふ、ふふふふ……」
そんな少女の口元に、弧が描かれる。
「分からない。分からないわ。分からないなら、確かめたくなるのは当然よね?」
そう言って、少女は手を
「やはり、起きてしまったか」
「やれやれ、教皇殿の言葉の通りでしたね。あんまり想像したくはなかったけどよ」
「……神の意思に……背く輩は……不要……」
──少女の目の前に、三人の人物が現れる。
教会最高権力者である教皇と、教会最高戦力である熾天。計三人が、並外れた戦意を滾らせながら少女の前に立っていた。
「あら」
その三人の登場に、少女の意識がそちらへ向く。
「その波動……もしかして、新しい教皇さん? あなたは何人目の教皇なのかしら?」
「さてな。お主が知る必要はないわい。儂らが次に会えるのかも分からんしの」
「あら残念。私が初めて会った教皇は、私に会うたびに喜んで泣いていたのに」
「お主を完全に封印する事をしないという誓約を誓った教皇、じゃな……」
「そうよ。あの人、私が好きすぎて完全な封印なんてさせないって言っていたわ。……なんだったかしら、確か……合法ロリになれるとか言っていたわ」
「合法ロリ? なんじゃそれは……儂が聞いたのはお主が神の寵愛を受けた特別な存在であるが故に、完全な封印なんて以ての外であるという言い伝えなのじゃが……」
「何事も時代の変化と共に、人間にとって都合が良いように脚色されるものよ。それこそ──貴方達が信仰している神々に関してだってそうかもしれない。……本当に、哀れな子達」
少女の言葉に、ジョセフとダニエルから身を刺す程の殺意と神威が
「へえ。それなりにやれるみたいね。歴代の熾天でも上位に位置するんじゃないかしら」
「口を慎めよお嬢さん。アンタは『神に最も近い先祖帰り』とはいえ、神そのものじゃない。これまで異端認定されていなかったのは、二代目教皇のお言葉があったからだ」
「あの教皇さん、実を言うと私あんまり好きじゃないのよね。あの人なんてあったかしら、そう。ロリコンよロリコン」
「ロリコン……? お主は先程から何を……」
「……もはや聞くに……堪えない……我はやれるぞ……教皇」
「そうじゃな。……では、もう一度長く眠ってもらうとしよう」
そう言って、三人の足元に幾重もの魔方陣が展開された。輝きは徐々に増していき、少女の肉体を押し潰すかのように暴力的なまでの重力の力場が発生する。
「そして、こうじゃ……」
そして次の瞬間、少女の肉体が精巧なガラス細工のように変換された。
まるで少女だけ異なる時空に存在するかのように、その空間だけ別の何かに置換されているかのように、少女は封印されたのである。
「初めてやったけど。成る程、こいつはすげえや。こんなん喰らっちまったら、俺ならこれが解けたところでもはや自分という存在を見失ってますよこれ」
「現世と教会を隔てる境界を更に強化した術。彼女の肉体と精神はそれぞれ別個な低次元に置換された。精神見た目ともに幼き娘相手にする所業ではないかもしれんが───」
『幼き娘? 見くびるなよ
その声に、教皇と熾天は大きく目を見開いた。
『何を勘違いしているのかしら? いや、何を勘違いしていたと言うべきかしらね。これまで私が、貴方達の術とやらの影響で定期的に封印されていたとでも思っていたの? 私が眠ってやっていただけなのに、教会も堕ちたのかしら』
「バ、かな……」
『私は何者か。それに対して、神の恩寵を受けたが故に先祖帰りとして神に最も近い存在になった者と定義したのは誰だったかしら。新たな神として召し上げて祀るか不敬として処すかで意見こそ分かれていたけれど、しかし私の特別性は誰もが認識していたのよ?』
「チィ!」
『私は目が見えなくて、貴方達は目が見える。なのに貴方達は真実が見えないなんて……皮肉な話だと思わない?』
「……処す……」
『さて、と。私は上に用があるの。なんだか初めてなのに懐かしい感覚……もしかして、神様がいたりするのかしら? なにかしらこう……温かい? 心がなんかこうポカポカ……うーん。そもそも神の血を色濃く引く私にとって神様って──』
教皇が腕を振るった。
ジョセフが神の秘宝の効果を発動させた。
ダニエルの足元に、先ほど以上の神威の宿った魔方陣が展開された。
それらは決して、個人に対して放つようなものではない。ましてやそれら全てを同時に放つなど、それこそ国に対してぶつけるのにも過剰すぎる戦力。
──だがしかし、その戦力を少女は上回る。
「だからその程度じゃ、私には意味ないって教えてあげたのに。はあ、そもそもなんで逃げないのかしら」
教皇と熾天二人は、地に沈んでいた。どうでも良さげに
「やっぱり面倒くさいわね。面倒くさいからこれまでは眠っててあげたけど」
そしてすぐに、彼女はそれらから視線を外した。彼女の中の何かが言っている。この上に、彼女の目的たり得るものがあると。
「……ふふふ」
それは、ジルが原作と呼んでいる作品にはついぞ登場しなかった存在。
設定だけは存在したが、しかし詳細は一切表に出なかった例外中の例外。
そしてその設定とは「機嫌を損ねた神二柱の手によって念入りに叩き潰された為再起不能となり表舞台には上がらなかった」というもの。
そう。原作において、少女は再起不能の状態だったのだ。機嫌が悪い状態の神二柱から叩き潰されてなお、再起不能程度で済んでいたのだ。
「この感覚……私の中の神の血が何かを伝えているような……」
◆◆◆
あれから数時間。
俺は、めちゃくちゃ疲れていた。
「流石はジル様……そうは思わんか?」
「ええ。……ところでキーラン殿。何故、貴方がいるのですか?」
「監視だ。貴様がジル様に
「……私の信仰が、偽りだと?」
「そうとは言っていない。現段階で貴様がジル様に抱いている信仰心は、まあ、及第点はあると認めよう。少なくとも、ヘクターよりはマシだ」
「……」
「だが……ジル様の肉体に術式を刻むという行為に対して、貴様が良からぬ考えを抱かんとも限らんだろう?」
「なっ! 私の信仰を愚弄する気ですか!?」
「フン。色目を使うなど、浅ましい」
「ッッッ!!」
天の術式の修行以上に、キーランの存在が俺の精神を疲弊させていく……。
「ジル様。お飲物をどうぞ」
「……受け取ろう」
まあ、便利なところは便利ではあるのだ。痒いところに手が届くというかなんというか。まあそれ以上の疲労感を俺に与えている時点で、マッチポンプ感が否めないのだが。
「それにしても、本当に素晴らしい速度です、神」
「当然だ、ジル様だぞ? 貴様ごときが推し量ろうなど
「貴方には言っていません」
彼らを横目に、俺はキーランから手渡された水を
(……成る程、聖水か)
これなら神の力の回復も速いだろう。そんな風に一息ついていると───ふと、懐かしい感覚が俺の中に宿った。
(なん、だ?)
いや違う。この感覚の根源は俺だが俺じゃないものに根ざしている。なんだ、この感覚は。
「───! お下がりください! 神!」
突然の感覚に眉を
何事だ、と口を開く直前。
自分の身を襲ってきたかつてない程の危機感に、全身の肌が
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