教会勢力 Ⅳ 異端審問

 目の前で俺を神だと宣言した部下が、神を信仰する組織によって異端審問にかけられている件について。


 いや、意味分かんねえよ。


「ジル様こそが神。これは揺るぎない絶対の理だ」


 確かに俺は、教会勢力相手に俺が神に連なる者であると誤認させるように行動しようとしたし、その為の手札も用意していた。


 だが、この状況は想定外すぎる。


 俺は教会勢力が勝手に俺のことを神に連なる存在であると誤解するように思考を誘導させたかったのであって、堂々と「俺が神だ」などと口にして宣戦布告をしたかった訳ではない。


 相手に指摘されれば激昂げっこうするようなことも、自分で気付いた場合は案外すんなりと納得してしまうのが人間という生き物である。


 例えば「パソコンが起動しないぞ、どうなっている!?」と怒り狂う人間に対して「コンセントちゃんと刺してます?」と指摘すれば更なる怒りを買うが、パソコンを箱から取り出す手順から丁寧に説明してやると「あ、コンセント刺してなかったわ」と自己解決して怒りが霧散する話は有名だろう。


 それと似たようなことを、俺はやりたかっただけで。誰も教会勢力を相手に真正面から喧嘩を売ろうなんて考えていない。そんなことをすればどうなるかは、火を見るよりも明らかだったからな。


(これ、向こうのキーランに対する怒りが俺にまで飛び火したら、俺も死ぬんだよな……)


 そんな俺の絶望を知ってか知らずか、キーランは威風堂々としていた。その姿を見て、知らぬが仏とはこのことかと戦慄する俺。


(……いや、あれでもキーランは優秀だ。熾天は強すぎて正確な力量差を測れないのかもしれないが、少なくとも自分よりも遥かに強い……くらいは容易に分かるはず)


 なのに何故、キーランはあそこまで堂々としていられるのだろうか。そんな俺の疑問は、脳内に響くキーランの心の声によって一瞬で氷解した。


『まさしくこれは、神たるジル様の存在を証明する場。これこそが私の使命にして天命。そうですよねジル様』


 ──そんな使命を与えた記憶はない。


 疑問は氷解したが、それはそれとして全くもって意味不明だった。俺が内心でキーランの戯言ざれごとを切り捨てていると、教会側の人間──司教が口を開く。


「キーランと言ったな。その戯言のせいで、同志ジルも嘆いていよう。自らが力を与えた配下が、ここまで愚鈍であったという現実に」


 お前達の同志になった記憶はもっとない。


 なんでだ。なんでこいつらはこうも自分の脳内設定を根拠に威風堂々としていられるんだ。まるで意味が分からない。恥じらいという概念を捨て去っているのだろうか。


「先程から神たるジル様を同志同志と……。神と己を同列に語ることが不敬極まると、何故理解しない? 神をまつる勢力が聞いて呆れる。かつてオレが住んでいた国の連中と変わらんな。愚者の集まりだ」

「貴様の国と我々を同一視するなど──」

「双方殺気を抑えい。奇跡的に現れた我等と志を同じくする人間、ジルの前じゃぞ。ジルは真なる信仰を持ってこそいるが、外の人間故に我等との間には価値観の相違というものがある。加えてソレは一応ジルの配下じゃし、じゃ」


 不遜な物言いのキーラン。

 怒りをあらわにする司教。

 そんな二人に抑えるよう口を開いたのは、教会の最高権力者である教皇の老人だ。


 二人を同時に抑えることで中立のように振舞っているものの、その物言いは完全にキーランを処分することが決まっているも同然のそれである。


(同志ジルという言葉は否定しなければならないが、しかしこの場で真正面から同志であることを否定するのは火に油を注ぐようなもの……下手をすれば教会勢力と全面戦争になりかねない。熾天全員を同時に相手して勝てるわけねえだろ)


 だが不幸中の幸いとでも言うべきか、異端審問はある意味、俺が現状を打破する為の一手を考える時間稼ぎとしては機能しそうだ。


『ジル様は私を信じて、敢えて同志ジルという不名誉な言葉を見逃して下さっている。私はジル様が神である事を証明する栄誉を承ったのだ。ご期待に応えねば……!!』

(そうじゃねえ。そんな期待してねえ。お前マジで少し黙れ俺に集中させろ。……いやこれ心の声だから黙ってはいるのか。めんどくさいな)


 相変わらず、キーランは謎の使命感に燃えていた。心の声が聞こえるせいで、彼が本気でそう思っていることが分かってしまい、非常に頭が痛い。


 ……まあ俺が連中に同志と呼ばれているのに反論しないことに対して「臆したか。雑魚め」と思っていないのなら、別に構わないといえば構わないが。


(しかしこれは最悪の場合、キーランとヘクターはここで切り捨てる可能性を考慮する必要があるかもしれないな)


 すなわち、死人に口なし。


 いっそここでは清々しいまでの信徒ムーブをかまし、現世に戻った途端キーランとヘクターを殺害し、信徒ムーブという名の黒歴史を闇に葬り去る。


 そうすればこの場は切り抜けられるし、今後もラスボスとして──いや、ダメだ。それなりに使える手足を切り捨てるのは惜しい。これはあくまでも、最悪のパターンとしておくべきだ。


 それにヘクターを切り捨てると、俺の心の安寧が無くなる気がする。この直感に従うのであれば、彼を切り捨てるのは「惜しい」なんてレベルの問題ではない。死活問題である。


「何故貴様らは理解できん? 見ろ、ジル様のお姿を。あのつややかな髪を。あの鋭く凛々しい瞳を。服の上からも分かる完成された天性の肉体を。加えて言葉の一つ一つに含まれる───」

「儂が言うのもなんじゃがな。お主は黙っておいた方が良いと思うぞ」


 熱弁を始めるキーランを、教皇がいさめた。


 それは先ほどの建前と違い、本気で喋らない方が良いという彼なりの優しさが故の行動だった。


 教皇の瞳を見れば分かる。あれは完全にキーランをやべえ奴認識している者の瞳だ。彼は己の優しさをもってして、キーランに言っているのだ。これ以上生き恥を晒すのはやめておけと。


 今この瞬間だけ、俺と教皇の心は完全に一致していた。故に俺は教皇の言葉に激しく同意する。お前は喋らない方がいい。


「熾天ソフィアよ。その者は突然そのような世迷言を口にしだした。違いないか?」

「仰る通りです、教皇殿。確かにこれまでも突然服を脱ごうとするなどの奇行は見えましたが、まさかこれほどまでに狂っていたとは……」


 あり得ない者を見ているような視線を、ソフィアはキーランに送っていた。かの熾天相手にあのような視線で射抜かれるなんて、普通に偉業である。こんなに羨ましくない偉業は初めて見たが。


(状況を整理しよう)


 今この場にいるのは、こちら側は俺とキーランにヘクター。教会側はソフィアを含めた『熾天』の三人に加え、教会の頭脳──上層部である司教四名。そして、教会最高権力者である教皇。


 司教達は今すぐキーランを処刑すべきだと訴え、教皇はその結末自体には異論がないものの、今はまだ早計であるとの判断。


 教会最高戦力である『熾天』は、おそらくソフィアはほぼ教皇と同意見だろう。そして残る二人はというと。


「……まっ、外の人間ですしね。外には外のルールってもんがあるんじゃないですかい? それにその人、元々おかしな行動自体は取っていたんだから、まあ一種の恐慌状態なのかもしれませんぜ。同志ジルの臣下であり、恐慌事態に陥ってる彼の言動にはある程度目を瞑ってやるのが、神を信仰する我らが示すべき慈悲ってやつでは?」


 熾天の一人、ジョセフ。


 彼は教会の中では割と外の人間に対して寛容的な考えの持ち主であり、比較的外の世界の人間に近い価値観を有している人間だ。


 実のところ熾天は神の血を引いているというその性質上、教会の考えに即していない行動をとることもしばしばある。人間より神に近い存在であるが故に、彼らは教会の教えと、それと異なる価値観が入り混ざった独特な存在になることもあるらしい。


 それで良いのか最高戦力と思うかもしれないが、幾ら寛容とはいえ神を絶対視しているという点においては彼も他と変わらない。


 飄々ひょうひょうとした態度だが、神の命令とあれば隣人であろうと笑顔で殺戮する。それが、ジョセフという男の在り方だ。


「……否。……ここは……教会だ。……であるならば……教会のルールに……従うが道理……即、殺す」


 静かに、されど鋭利な瞳をもってキーランを睨む『熾天』最後の一人。マスクで口元を隠し、フードを纏って目元以外が見えない青年の名はダニエル。


 物静かな口調と態度だが、熾天で最も過激な思想を抱いている青年である。『熾天』に相応しい実力も有しており、俺が今回非常に警戒心を抱いていた存在だ。


「とはいえ、ようは彼らはお客さんでしょ? しかも、向こう側にはこちらの常識は痕跡さえも無いときた。情状酌量の余地はあると思いますけどねえ」


 そう言ってジョセフはダニエルに考え直すように言うも、しかしダニエルは不遜ふそんに鼻を鳴らすだけ。その様子に、自然と俺の眼が細まる。


「……そのような事情は……考慮に値しない。……そもそも……奴らは不法侵入者……同志の素質を持つ……ジルは例外として……残る二人は……抹殺……それが……一番良い……教皇の言葉を……待つまでもない……我が……殺す」


 そう言って、殺意を伴いながらダニエルは一歩足を踏み出した。それを見て流石に何かしないとまずいと判断した俺が口を開くより先に、ソフィアが横目にダニエルを睨む。


「待ちなさいダニエル。この場はあくまで審問です。である以上、彼を殺すのは審判が確定してから行うのが筋というもの。もう一人に至っては、処刑する理由が存在しない。確かにキーランという男は目に余る。ですが私は、彼らにこれ以後嵌めるような真似はしないと口にした。故に貴方が道理なく彼らを害すると言うならば、私は彼らを守護する為に貴方の前に立ちふさがろう」

「……正気……か? ……少なくとも……片側の……処刑は確定だろうに……。……もしや……お前は……神の意志に……逆らうと? ……それは……不遜だ」

「ほう。では尋ねるが貴公はいつ、神の代弁者になったのだ? 神の意志は神にしか語れない。貴公が神の意志を語るのは、不遜がすぎるぞ。この場にいる人間は誰も神ではない。私は勿論、貴公もそこは変わらない。貴公が神をかたるのであれば──貴公にも、異端審問をかける必要がありそうだな?」

「……」

「……」


 直後、二人の体から神威が放たれた。


 初めて受ける自分以外の神威に内心で顔をしかめながら、俺はヘクターとキーランを守護するため結界魔術を周囲に張る。


(即席、無詠唱とはいえ仮にもジルの埒外な魔力を用いて展開した結界なのだが……ギリギリか)


 こいつら正気か? 口喧嘩だけでめちゃくちゃ神威放ってるんだが。この神威だけで、現世の都市や国はほとんどが半壊するだろう。


 それでも空間が震えることすらないこの教会を褒めるべきか、口喧嘩だけでこれだけの神威が漏れるこいつらの理性の無さに呆れるべきか。どっちだ。どっちなんだ。


「……へえ。ジルさんはお二人の神威を受けても動じないんだな」

「そよ風を受けた程度で、山が動くとでも?」

「あの二人の神威をそよ風、ね」


 意味深な笑みを浮かべるジョセフを見て、自然と俺の警戒心が強まる。


 熾天の実力は一人一人が最終決戦におけるジルとほぼ同格であり、現在の俺はこの空間のおかげでかなりブーストされているとはいえ、最終決戦でのジルには及ばない……と思う。最終決戦のジルがどれほどの全能感を抱いていたのかを俺は知らないので、正確なところは分からない。


 しかし、こうして対面していると嫌でも分かる。今の俺では、決して彼らには勝てないと。そんな絶望的な結果を、人類最高峰の頭脳が分析し終えてしまっている。


 第一部において、最後の最後まで主人公勢には敗北しなかったジルラスボス。それとほぼ同格の実力者が複数人現れるが、そいつらは別にボス格でもなんでもない──インフレ激しすぎるわ。


 そんな風に俺が内心で頭を抱えている間にも、ソフィアとダニエルの会話は進んでいた。

 

「……そもそも……偽りの信仰を抱いている存在が……この神聖なる地……ここに足を踏み入れる……それ自体が……万死に値する……」

「何を──」

「……教皇」

「なんじゃ?」

「……我は……求める……アレの使用を……」


 ……アレ? なんだそれは。


 聞き覚えのない。しかしどこか不穏な響きを感じさせる単語に眉をひそめる俺を横目に、ソフィアから放たれる神威が更に強まった。


「外の者にアレを使うだと? 貴公はジルの配下を不当に殺すつもりか?」

「……笑止」

「なんだと」

「……あの男の言葉が真ならば……アレを用いても……死ぬ事はない……」

「だがそれは──」

「……そもそもこの場は……神の御前……であれば……偽りの言を口にした者が死ぬのは……当然の理屈……」

「……」

「……ソフィア……お前も……異論はなかろう……」

「……ええ、ありません」


 そう言って、二人は神威を収める。


 神の前では、あらゆる事情は些事。それが教会勢力の絶対の理屈であり、である以上、ソフィアが自らの意志を捻じ曲げるのも当然なのだ。


 ソフィアは一瞬だけ俺に向かって視線を送り。そして、力無さそうに逸らした。

 

(もしかすると強引にソフィアを巻き込んでゴリ押せるか? と思ったが、まあ不可能か)


 ソフィアは義理堅い人物だが、しかしそれでもやはり神を第一として考えている。


 教会という外界から隔絶された空間の中で完結している以上、神に近い存在とはいえ、価値観が固定されるのは当然であった。


(そんなことより、アレとはなんだ)


 偽りの言葉を口にした者が死ぬ……嘘探知機のようなものでも使うつもりか? それでキーランの言葉を偽りと反対し、その後処刑にする流れか? 


「神々への信仰を測る神代の魔術」


 そんな俺の内心の疑問を見透かしているのか、ジョセフが飄々とした様子のまま俺に向かって言葉を放った。


「元々教会は、神々への信仰を確たるものとする為に設立されたものでな。教会へ志願する連中に使っていた、神が編み出された神代の術だよ。現世と隔絶されてからは一切使われてない術だけどな」


 ……成る程。俺は戦力的な意味で神代の魔術を絶対視していたが、そんなしょうもないものもあるのか。記憶しておこう。


 いや、一概にしょうもないとも言えないか。裏切り者やスパイを弾ける異能は有用だ。てかそれ俺達にピンポイントで刺さってるじゃねえか。マズイな。


 キーランの俺に対する信仰心は本物だが、しかし俺はそもそも神じゃない。俺が神であれば俺への信仰心は神への信仰心とイコールだが、俺が神ではない以上その信仰は神への信仰として判断されるはずがなく、その術には一切の信仰が示されない結果になる。


 必然的にキーランは偽りの言葉を述べたことになり、神の前で嘘を吐いたキーランは殺す、という寸法か。


「ちなみに信仰がない奴は自動で死んでくれるっていう素敵な機能付きなんですわ。同意がないと使えないけどな」


 いや強すぎるわなんだそれ。嘘八百を並べて使えば信仰心を持ってない相手には無敵の術じゃねえか?


(……いや待て、千年以上も使われていない術なんだ。ならば準備に手間がかかるかもしれない)


 それまでに打開策をなんとか考え出さねば。そんな俺の心の声も虚しく、事態は大きく動きだした。


「……では……始める……」


 ダニエルの手元とキーランの足元に、黄金色の魔方陣が展開される。


(チッ──!!)


 そんなすぐに発動できるのかよと毒吐く間もなく、信仰心を持たないキーランが──


「……………………………………………………………………………………………………………」


 それは、俺の予想した数秒先の未来とは異なる光景だった。


 目を見開き、絶句しながらキーランを見るダニエル。


 対して、ゴミを見るような視線をダニエルへと送るキーラン。


(これは……?)


 両者の間にあった力関係のようなものが……キーランの優勢へと傾いている……?


「……バカ……な……」

「……そのようなものがあるならさっさと出していればいいものを。教会。真の信仰を持つとの事だったが、期待外れだったか。真の神に気付くことさえ出来ないとは」


 待て。待て待て待てどういう状況だ。


「……バカ……な……この術は……神々に対する信仰にのみ……反応を……示す……神々以外への信仰は……対象外である……はず……」

「貴様はまだ分からんのか? オレは最初から言っている。──ジル様こそが、この世界に降臨せし神であると」


 クワッと、目を見開きこちらを注視する教皇と司教。


 その視線の色に、俺は見覚えしかない。


 完全に、完全にキーランが俺に向ける視線と同一である。自然と、俺の足が一歩退きそうになった。


「……神、なのですか」


 待って──じゃない落ち着け。


 変態を幻視したからといって、目的を見失うな。なんの因果か知らないが、当初の思惑通りに軌道が修正されそうな状況に挽回されたんだ。これに乗らない手はない!


「……フッ。ようやく気付いたか教皇よ。然り、私は人間の身体を借りることで初めてこの世界に降臨した神だ。貴様らも把握している通り、今の現世の環境では、神の肉体では降臨出来ない故な」

「お、おお……! 貴方様がここへ来たのは初だというのに、現世から天界への変化を把握している……! ま、まさに……!!」

「こ、このお方が……神……!!」

「こ、これまではとんだご無礼を……!」

「なに許そう。こうして貴様らを試していたのは私なのだからな」


 一体どの口が言っているんだ案件だが、俺は神々しさすら感じさせるであろう笑みを浮かべながら、つらつらと嘘を並べまくる。原作知識で本来神々と教会しか知り得ない情報を把握しているからこそ、為せる業である。


 相手を寛容に許すことで神としての余裕を演出するのも大切だ。変に話がこじれて嘘がバレても困る。大事なのは迅速に、俺にとって都合が良い方向で話を終わらせることである。なので俺は、細かい点は無視して速攻で畳み掛けることにした。


「かつて地上を去る際、神々は世界にとある細工を施した。それは知っているな?」

「はい。言い伝えによりますと、一人の人間に『権能』が目覚めるようにしておられたと」


 そう、権能。


 名を、『■■■■■アースガルズ


 それこそが一部において猛威を奮ったジルの固有能力であり、神々ならデフォルトで備えている異能。神々と人間を隔てる──絶対的な力。


「その通りだ。だがな教皇。仮に人間が権能を得たとしても──その者が権能を起動する発想に至らねば、まるで意味を成さんとは思わんか?」

「……!!」

「犬の群れで育った猫が自らを犬と認識し、猫としての習性を失うのと同じだ。人間社会の中で権能に目覚めただけの人間は自らをただの人間と定義し、権能を扱えずにその生涯を終える。そうなればそもそも封印が解かれずに終わるであろう。……それを防ぐために、この私がいるというわけだ」


 まあジルは普通に権能を扱うのだが……よく考えたら凄いな。


 しかし、普通に考えたら俺の言っているようにただの人間として埋もれるという結末の方が自然だろう。現に、「なるほど」「確かに」「流石神」などの声が彼等から聞こえてくる。


(分かってはいたが、チョロい)


 彼らは神々を絶対視している。それは本来非常に難儀な話なのだが──こちらを神に連なる存在と誤認してくれれば、これ以上なく扱いやすい。


(……懸念事項は神代の魔術で俺が神として認識されている点だが)


 おそらくこれは、俺が持つ『神の力』に反応したのだろう。


 この世界における莫大なエネルギー『神の力』。それは純然たる神々の力の産物であるが故に、神々そのものとも言える代物だ。


 神が『神の力』を扱うものを指すならば、『神の力』を扱うものはすなわ神である。言葉遊びみたいな理屈だが、おそらくこういうことである。


 あの術式。もしかすると『熾天』に対して信仰を抱いてる連中相手にも、今回のキーランと同じような結果を出すんじゃないだろうか。


 まあようは、ガバである。


(千年単位で術を使ってなかったから、このガバを知らなかったというオチだろうな。なんともまあ……)


 杜撰ずさんにすぎる。俺ならば念入りにチェックをしてから取り掛かるが、まあ独立した世界に住んでいたらこうなるのもやむなしか。


 まあ俺にとっては都合の良い結果が転がり込んできてくれたので、ありがたく思っておくとしよう。


(……くく。なんだ、役に立つじゃないかキーラン)


 初めて、俺はキーランを見直した。狂信者なんてなんの役に立つんだと思っていたが、中々いい仕事をしてくれたじゃないか。


 表に出すつもりはないが、しかし俺はキーランを内心で褒め称え──。


「……何をしているお前達。今すぐジル様に信仰を捧げろ」


 直後、服を脱ぎだしたキーランに絶句する。


「お前達に教えてやろう。真の信仰とは、信仰心とは神に対して全てをさらけ出すことだ。それこそ、自らの罪すらも。自らの内に秘められたものを明かすのに、外側を隠しているのはおかしな話だと思わんか?」


 お前は何を言っているんだ。


「『何故、赤子が神の寵愛ちょうあいを受け、祝福されると言われるのか。それは赤子が一糸まとわぬ姿だからに他ならない』」


 発言と心の声が完全に一致している。


(こいつ、本気で言っている)


 絶句する俺。表情にこそ出さないように努めているが、しかし俺の内心が阿鼻叫喚であることは言うまでもない。


「……ボス。マジか?」


 ヘクターが信じられない者を見たというような目で、俺とキーランを交互に見ている。待て、待つんだヘクター。俺をキーランと一緒の枠に括るんじゃない。


「……なんという、事じゃ」


 内心で恐怖すら抱いている俺の耳に、教皇の静かな声が入ってくる。


 間違いなく、キーランの世迷言に怒りを覚えて──。


「確かに……これ以上なく、理に適っている……」


 お前は何を言っているんだ。


「……」

「か、神に対して秘め事など……」

「あ……ああ……」


 蒼褪め始める司教達。お前達教会の頭脳なんだよな? 知能指数大幅に低下してないか?


「…………自、害を」


 やめろ。俺は熾天討伐RTAなんてしていない。


「……わ、私は。神に対してや、槍を……」


 おい何故槍をへし折ろうとしている。その槍も神の秘宝だろうが。これ以上無く不敬だろうが。


「────」


 気絶している……。


「お前達! 今すぐ神への信仰を捧げるべくその身に纏っているものを脱ぎ捨て───」


 待って。

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