情報整理
俺が入った途端にシン、と静まり返る店内。
新手のいじめではないだろうかと思ってしまうような状況だが、しかしどちらかというといじめっ子的立場にいるのは俺の方なのだろう。何故なら、部屋の中にいた人達が、俺の方を見ながら皆一様に顔を
「……」
俺が椅子に座った途端、ビクッと肩を震わせる人々。それから暫くして、一人の少女が震えながら俺の方へと歩いてきた。その姿はさながら、生贄に捧げられた村娘が
「娘。──とやらを一つ、だ」
「う、承りました!(だから殺さないでください)」
「……」
慌ただしく去っていく少女。それと入れ違うかのように、次々と別の人間が俺の方へとやってくる。
「なんでもお申し付け下さい(だから殺さないで下さい)」
「…………」
「最高級のお酒はいかがでしょうか!? も、勿論サービスでございます!(だから殺さないでください)」
「………………」
「余興をご披露いたします!(だから殺さないでください)」
「……………………」
何故だろうか。そんなことは言われていないのに、殺さないでくれという迫真の想いが込められた副音声が聞こえてくる気がする。そんな状況の中、俺は内心で天を仰いだ。
(──どうしてこうなった)
俺は記憶を掘り返す。
俺がジルとして君臨することを決意するまでに至った、経緯の記憶を。
◆◆◆
「第一期のラスボスを、舐めるなよ」
インフレの犠牲になったとはいえ、ラスボスはラスボス。原作主人公でさえ、直接的にはジルを倒すことはできなかったのだ。人類側では最強のスペック持っている以上、やりようによっては第二期のラスボスが相手でも勝ちの目がない訳ではないはず。であれば、第二期第三期のラスボスを下して俺が頂点に──
(──なんて。そんな簡単にいく訳がないな)
基本的にバトルアニメには、最初に出てくる敵よりも後に出てくる敵の方が強いという法則が存在する。この法則により、物語が進むごとに敵が強くなっていく──俗にいうインフレという現象が発生するのだ。『ラグナロク』もその例には漏れず、第一期と第二期では、登場キャラクターの平均的な戦闘力に差があった。
(それでもジルは強いことには強い。伊達にラスボスを務めてはいない。だが……)
自らを奮い立たせてみたが、原作を知っているからこそ無理ゲー具合がよく分かる。ジルは人類規模で最強の存在だが、神々やそれに連なる者たちは更にその上をいくのだ。強さ議論スレなんかだと最新版でも上位に君臨していたジルだが、同じ上位でも格差が存在する。考えれば考えるほどに、絶望感しかない。いっそ、逃げてやろうかとさえ思ってしまうが。
(フラグが建設されてたら逃げられな──……あ)
逆に言えば、フラグが建設されていなければ逃げられるのではないか? と俺は瞳を輝かせた。
(ジルというキャラクターが死ぬ直接的な原因は邪神に殺されることだが、しかし待て。ならば活路はある。直接戦闘で倒せなくても、そもそも邪神が降臨するフラグをへし折ってしまえば、原作と同じ結末にはならない。邪神がいなければ俺は確実に生き残れる……はず)
つまり、避けられる戦闘は避けてしまえばいいという作戦である。「第一期のラスボスを舐めるなよ」などと
(さて。死亡フラグが建設される条件を思い出すか)
俺は高速で、ラグナロクというアニメ及びジルというキャラクター周りの情報の整理を開始する。幸いにして、俺はラグナロクを見ている最中に寝落ちしたのだ。情報の整理は容易だった。
全三部構成深夜アニメ『
そのストーリー構成はとてもシンプルなもので、主人公とその仲間たちが予言にある『世界の終末』を回避するために戦っていくというものだ。
なおこの『世界の終末』は物語の開始時点では完全に原因不明の代物であり、主人公たちは原因を探しつつ、疑わしきは罰する方式で犯罪者等をぶっ飛ばしていく形式になっている。
そして
犯罪組織『レーグル』は世界中に散らばる『神の力』を集めることを目的とした組織であり、そのために国を複数も滅ぼしたことすらある連中だ。構成員は『大陸最高の殺し屋』や『大陸最強の傭兵』、『世界最強の魔女の元一番弟子』といった具合に、全員が単騎で小国を滅ぼせるチート集団。世界を滅ぼす原因かもしれないと認識されるのは、当然の帰結と言えるだろう。
そしてそんな犯罪組織を束ねる男こそが、第一部のラスボスにして今現在俺が
青年のような見た目をしているが、実年齢は百を優に越えるという点からだけでも察することができる異質性。
ラスボスらしく、性格は
『神々などという幻想の支配者は根本から不要だ。そのような無益な概念など排し、私が支配者になるとしよう』
他と隔絶した力を有していた彼の行動は早かった。
まずは自分が生まれ育った国を堕とし、裏から王として支配する。基本的に自分以外の人間の能力をアテにしていない彼は自分以外の人間の城内への立ち入りを禁止し、それから何十年以上も独力で国の運営を始めることになった。
(……ここは間違いなく、城の中。ならば少なくとも、ジルは国の王になっているということか。王になる前に憑依できていれば一般人として平凡に生活して生存するルートを選べたんだが……)
俺が即興で考えた生存戦略のベストは、国を堕とす前に憑依していることだった。なにせ王になる前であれば、一般人として適当に過ごせたのだから。ラスボスとしての立ち位置だと取れなかった行動も、一般人であれば取れるのである。
(まあ仕方ない。無い物ねだりをして
一般人でないのは非常に厄介だ。しかしまだだ、まだリカバリーが効く範囲だと自分に言い聞かせて記憶を
(確かそこからは……)
国の運営が落ち着き始めてから暫くして。
彼は神々に関する調査を開始したことで、世界中に『神の力』と呼ばれる莫大なエネルギーが存在することを把握。その力の塊は彼が手中に収めた国にもあったようで、それを取り込んだ彼は「神々が過去に実在していた」ことを察知した。
とはいえ、彼にとって神々が実在していたかどうかなんて重要ではない。そんなことよりも、『神の力』の方が彼にとっては重要だった。
『ほう。これは中々に使えるではないか』
彼は『神の力』の有用性を認め、神話の力を手にするべく行動を開始する。自らが絶対者として君臨するのに、使える道具であると認めたが
そしてそこで投入された戦力こそが、第一部の主たる敵『レーグル』である。
ジルは犯罪者や流れ者、殺し屋などをスカウト、あるいは実力で屈服させるなどし、自らが取り込んだ『神の力』の一端を貸し与えることで彼らの『力』とし、各国に
主人公たちは世界を守るために『レーグル』と戦闘を繰り広げ、撃退を繰り返していく。
主人公たちの活躍のせいで途中までは順調だったはずの計画の
第一部のラスボスを務めるだけあって、彼は桁違いに強かった。
あらゆる才能が埒外なことに加えて、取り込んだ『神の力』、更には彼が持つ生来の『固有能力』までも駆使してくるのだ。放送当時は「こいつだけでええやん」などと言われていたものである。実際、結局主人公はジルを直接倒すことは出来なかったのだし。
あらゆる面において、人類最高峰の才能を有する怪物。それが、ジルという男だ。頼れる味方は全員がジル一人に倒され、大国が地図から消滅していくその光景は、まさに絶望的という他なかった。
そんな彼の呆気ない最期。かませ犬化は、ある瞬間に世界が完全に
それは、ジルが最初の『神の力』の封印を解き、その身に取り込んだことで確定する決して避けられない世界の変化だった。神々が何百年以上も前から仕組んでいた、巧妙な仕掛け。それはつまり、ジルの行動は全て神々の掌の上だったことを意味する。圧倒的な強さを誇っていたジルは、神々の計画通りに行動していた道化にすぎなかったのだ。
故にジルにとって、それは突然起こった出来事だった。
ジルと主人公の戦闘の最中、突如現れた『何か』。それを見たジルと主人公は、激しい悪寒を
故にそれを排除しようと反射的に行動し──呆気なく返り討ちに遭い、喰われた。当然、自らが神々の
そこで第一部は終了。インフレの幕開けとされる第二部の始まりである。
第二部以降は教会勢力やら世界の裏側やら海底都市やら何やら色々と世界観が広がっていき、インフレが加速する。ジルがそこまで特別な存在ではなくなった瞬間である。
第一部を人類同士の争いとするならば、第二部以降は謂わば人類vs神の軍勢という構図だ。幾らジルが人間という枠組みにおいて最強でも、神の軍勢が同等以上の実力を有するのは自明の理。
それでも「いやまあジルには固有能力があるし……」などのフォローが彼のファンからはされていたのだが、その固有能力は神々ならデフォルトで備えていることが判明。
加えて、ジルがその固有能力を有していたのは、神々が仕組んでいたからということまで発覚して完全にお通夜である。
(さて……)
ここまでジル周辺の情報を整理してみたが……ぶっちゃけ、ここで俺にとって重要な情報はただ一つだけだ。
すなわち──ジルが既に『神の力』を取り込んでいるか否か。
(取り込んでいなければ、世界は変貌しない。変貌しないならば、邪神も神々も降臨なんてしないはずだ。そしてそいつらが降臨しないならば、俺は死なない──!!)
前世において、数多く存在したジル救済SS。その中にはジルが『神の力』を取り込まなかったIFも存在し、その作品における彼は自由気ままに生活をしていた。
(それと同じことを、俺も成し遂げてみせる。目指せスローライフ。現代知識を使って農家でも始めよう)
そんなことを考えながら、俺は意識を自分の内側に向けてみた。
すると、なんか「これ『神の力』じゃね?」みたいな力の波動を感じた。
(……チッ)
一番楽な道が途絶えた。
邪神降臨そのものを防ぐというジルの死亡フラグをへし折る最優の手立てが、完全に無くなってしまったからだ。
「……くそ」
このまま原作通りに未来が進めば、間違いなく俺は死ぬだろう。それも、かませ犬として。
「……」
死ぬのはとても嫌である。好き好んで死ぬなんて真っ平御免であるし、それがかませ犬としてなら
何が悲しくて、目が覚めたら死ぬことが確定しているかませ犬に転生しなければならないのか。
お前今日からかませ犬な! 死ね! とか言われて納得できる訳がないだろう?
「……」
そう。神々の思惑通りに利用されて、死亡して退場。そんな理不尽な話に、納得なんてできる訳がない。
──ならば、どうすれば良いか。
「……やはりやるしかないか。原作ブレイク」
険しい道であることは重々承知。
先ほども言ったように、ジルは第一部のラスボスに位置する存在だし、第二部第三部に入っても強さ議論スレなんかでは上位の位置に君臨してはいた。
人類最高峰の才能を有しているという肩書きは伊達ではなく、神々や神々に準じる存在以外では間違いなく最強ではある。
だがしかし、頂点との差は大きい。ジルは世界最高峰の人類であるが、世界最高峰の神ではない。人類基準では神に等しい力を持っていても、神からすればそれは当たり前の力なのだ。
「……」
だが、それでもやるしかない。
先ほども言ったようにこの肉体のスペックは非常に高く、神と同じ力を有していることも大きい。一応は『神の力』を扱える以上、神々相手に全く通用しないということはないはずだから。
「……」
加えて、俺には知識がある。
アニメはまだ放送途中だったせいで結末こそ知らないし、情報の偏りはあるだろうが、それでも重要部分に関してはこの世界でトップクラスの情報量を有してはいるはず。
神に近いスペックを持ったジルに、原作知識という圧倒的なアドバンテージを持った俺が憑依している以上、下克上の可能性はあるはずだ。神々が天界で余裕をこいている間に、俺は連中を殲滅する手札を揃えてしまえばいい。
また、アニメにおいてジルが瞬殺されたのは相性の問題ではないか、という考察もあった。その考察が正しいのかどうかもここでは検証可能だし、活路だって見えてくる。
(いずれにせよ、現在の時系列がどの辺りかを確認する必要があるな)
特に気になるのは、ジルの配下である『レーグル』に関してである。
既に原作が始まっているのなら各国に尖兵が派遣されていることになる。原作が始まっていないのなら、どの程度配下が集まっている時系列なのかが問題だ。
まあいずれにせよ、一度『レーグル』の面々とは顔合わせをする必要があるだろう。ジルの命令に従う連中を、放置するのはもったいない。
(ただ、俺が偽物だとバレないようにしないとな……)
『レーグル』の面々にとって、ジルは絶対的な強者である。だが、彼らは別にジルに絶対的な忠誠を誓っていた訳ではない。
第一部の終盤にて、ジルは生き残っていた『レーグル』の連中に向かって「お前ら雑魚すぎ。ここで消すけど良いよね?」みたいなことを宣告。
これに
第一部においては最強格の敵であった『レーグル』の面々。実際彼らが有する『加護』は非常に強力な異能であり、主人公たちを大いに苦戦させたのだ。それ故に、それ程の実力と実績を持つ彼らを一瞬で返り討ちにするジルが視聴者諸君に与えたインパクトは、それはそれは絶大であった……というのは別の話。
ここで重要なのは、激昂した部下に叛逆を起こされたという事実である。
この事実が意味するのは、『レーグル』の面々は別にジルに完全な忠誠を誓っていた訳ではないということだ。ジルに従ってはいたが、それはきっかけ次第で反抗される程度のものということである。
「……」
それは困るな、と思った。
ジル自身ならともかく、今の俺はジルではない。ジルの持つスペックを御しきれていないし、この体が何をできるのかも知っている範囲でしか知らない。
そしてそれは別に、使いこなせるということでもない。初見のゲームを遊ぶ際に、そのゲームで最強スペックのキャラを選択したところで、そのゲームに精通している対戦相手に勝てるかと言われると微妙なラインだろう。というか多分、普通に不可能だ。
なので仮に『レーグル』の面々がジルを偽物と認識、そうでなくとも弱者であると認識し、叛逆でもしてきたら、もしかすると俺は死んでしまうかもしれない。
仮にも『神の力』の一端を貸し与えられた連中である。また、戦闘技術も非常に高い。一芸に特化した連中の技量は、その分野においては大陸でも随一、あるいは頂点の能力を有している。『加護』を抜きにしても、彼らは人類の中で紛れもない強者たちだ。
単純なスペックならジルの体を持つ俺が圧倒的優位であるが、戦闘技術や経験値は向こうの方が上。なんなら、俺には喧嘩の経験すらない。そんな状態で、どうやって勝利を確信しろというのか。
(ある程度ならスペックのゴリ押しも通用するかもしれんが……慎重に行動しておいて損はない)
俺は気を引き締めた。
バレないようにしなくてはならない。それこそ、多少オーバーキルな威圧感を与えることになってでも、ゴリ押しで
故に俺は覚悟を決める。修羅になる覚悟を。
絶対にかませ犬にならないための一歩を、俺は踏み出──そうとした瞬間、俺は自らの腹部から響く音を認識してしまった。
「……空腹だ」
……食べ物を、探そうか。
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