悪役令嬢? 俺は王様ですけど?

 空腹を感じた俺は書斎を出て、城の中を歩いていた。その理由は至極単純で、食べ物を探すためである。


(そういえば政治的な面を任せる人材は皆無らしいが、雑事を任せる使用人くらいはいてもおかしくないか……)


 ジルは基本的に、他人の能力を信用していない。というより、自分の能力が高すぎるあまり、他人に要求する最低限の能力でさえ非常に高いのだ。あらゆる面で人類最高峰のスペックを有しているからこそ、彼は自らの手駒も厳選している。その結果、『レーグル』は第一部最凶集団と化した訳だが。


(だが、幾ら他人の能力を信用していないとしても、流石にジルが自分で買い物や料理をしているとは思えん)


 ラスボスが自炊をしているなど、流石にキャラ崩壊でしかない。炊事洗濯家事掃除が得意な魔王に威厳もクソもないだろう。あざとい系ラスボスならともかく、ジルはそういう系統のラスボスではない。なので多分、ジルはその辺を自分ではやっていない。


(外食で済ませても構わんが、使用人さんの有無は可及的速やかに把握しておきたいところだ。……探すか? いた場合は、食事も得られる)


 使用人さんがいるのにいないと思いながら生活して、不意打ちでご対面なんて未来は流石に笑えない。トイレの最中にはじめましてなんてした日には、どうなってしまうことやら。なので使用人さんの有無と、いた場合の行動パターン等は把握しておきたい。


(かといって、自分の城を歩き回るラスボスというのもそれはそれでみっともないな)


 自分の城の中を彷徨さまよい歩くラスボス。それは今後どれだけ威厳を見せようと、主人公に「でもこいつ、城の中で迷子になるんだよな……」みたいな視線で見られてしまうことを意味する。


(……外食するか)


 ただ、ここでも一つ問題が生じる。すなわち、俺は無事に城の中から出られるのだろうかという問題が。ここまで歩いた範囲だけでも、この城の埒外な広さがよく分かるというのに。


(……)


 ジルの城が攻略不可能な迷宮ダンジョンである可能性を恐れながら、俺はまだ見ぬ玄関へと思いを馳せて足を踏み出した。


 



 城は広かったが、しかし内部構造自体はシンプルだったので迷宮ダンジョンという訳ではなかった。おかげで俺は無事に城を出て、その後広大すぎる敷地からも抜け出すことにも成功したのである。


(城の周囲に人の影はなし。町も距離的には離れているな。人を遠ざけているといったところか)


 ジルがこの国の王であることを知る人間は、皆無。それでよく国の運営が成り立っていたなとは思うが、現実問題として成り立っているのだから、何かしら内部統制の技術はあるのだろう。その辺はおいおい確認するとして。


(飯の時間だ)


 適当な飲食店に入ろう。金銭価値は不明だが、それなりの枚数の金貨は持ってきた。そこまで高そうな店を選ばなければ、十分足りるだろう。


 ◆◆◆


 多くの視線を集めながら、俺は町を歩いていた。最初は不思議に思ったが、見慣れない人間がいればそうなることもあるのだろうと納得し、適当な飲食店を発見する。


(……ここで良いか)

 

 この店で食事をとることを決めた俺は、特に気負うことなく扉を開いた。店員さん同士は談笑を交わしていて──そして俺が姿を表すと同時に、静寂せいじゃくが店内を包み込む。店員の方々は俺の姿を確認すると、会話を辞めて一斉に背筋を伸ばした。顔は皆一様に青褪めており、まるで幽霊にでも出くわしたかのよう。


(え、なにこの反応)


 彼らがジルの正体を知っていることはないだろう。彼は、あくまでも裏から国を支配しているのだから。外出することがあっても、王という立場は秘匿していたはず。なので彼らがこうなっている理由から、自分の国の王様が現れたことに対する緊張という線は消去していい。


(……ふむ)


 ジルの国は小国で、ジルによる絶対的な君主制。富豪のような人間がいるかは要確認として、少なくとも貴族は存在しない。この辺りの情報から察するに。


(金持ちを見慣れていない。あるいは金持ちの接客をしたことがないから臆している、といったところか)


 まあどうでもいいが、と冷めた思考で俺は近くの席に座る。ビクッと肩を震わせながらも懸命に俺の元へと注文を聞きにきた少女に対して、俺は簡潔に一言。


「小娘」

「は、はいっ」

「──とやらを一つ、だ」

「う、承りました!」


 大きく頭を下げ、そして静かに、されど慌ただしく駆けていくという器用な真似をする少女の背を見送り、俺は頬杖をつく。簡単な料理と思しきものを頼んだが、実際のところはよく分からない。三十分くらいは見ておくか。いや、店内の様子からして食事時は外しているだろうから、一時間程度なら待機しても構わない。考えたいことは多いので、それはそれで好都──


「こちら、当店最高級の酒でございます!」

「余興をご披露いたします!」

「私は──」


 ──どうしてこうなった。


 突然視界に入ってきたかと思えば、恐怖に染まった表情のまませわしなく動き始める店員さんたち。酒を出さなければ殺される。余興で笑わせることができなかったら殺される。何かしらしていないと殺される、とでも言いたげなその様子に、俺は内心で若干引いていた。彼らが必死なことは分かるが、それはそれとして引いていた。


(……こんな状況でも、ジルの肉体だからか無視をして考え事に集中はできる。できるが)


 見る気もない芸をさせ、そのまま放置し続けるというのは、罰ゲームすぎて不憫な気もする。しかし、優しい言葉をかけるのはそれはそれでジルとして違うだろう。


(ジルが偽物と思われるような行動をとるのは、今後を考えると良くないからな。いずれ王として表舞台に立つときが来る以上、その際に『でもあの人、昔優しい言葉をかけてくれたんだ。多分、ツンデレさんなんだよ!』みたいな噂が回らないようにしなければ)


 よし、興味がないとでも言って解散させよう。俺は邪魔な店員さんを視界から排除できるし、キャラ崩壊も防げる。彼らも仕事がなくなってハッピーだろう。誰も不幸にならない完璧な作戦である。


(それはそれとして、口調を大切にしなければな。威厳を保つためにも)


 ジルに相応しい言い回しと声音を実行すべく全神経を研ぎ澄ませて、俺はゆっくりと口を開いた。


「──不要だ。貴様らは持ち場に付け。仕事のない者は、適度に骨を休めていれば良かろう。私に対して、無駄に何かをする必要はない。目障りだ」


 遠回しに、さっさと失せろと告げてやる。明らかに身分の高い人間による命令という大義名分を得た彼らは、嬉々としてこの場を去るに違いな──


「……えっ?」


 去るに違いないと思ったが、そんなことはなかった。呆然とした様子のまま、彼らは俺の視界の中に居座り続けている。


「……貴様。私の決定に異を唱えるのか?」

「い、いえ! 滅相もございません!」

「ならば去れ。貴様らのそれは、己の職務を超えた行為であろう?」


 宅配便さんが、休憩中にコーラを飲んでいることに対して文句を言うような趣味は俺にはない。そういった意図を込めて言ってやったのだが、しかし青年は立ち去る様子を見せない。まだ何かあるのか? と胡乱うろんげな視線を送ると。


「で、ですがその! ……で、では、無聊の慰めにならずとも、お許しになられるのですか!? よ、余興は必要ないと?!」

「……生産性がない故に、不要だ」

「そ、それで罰があったりはしないのですか!?」

「ないに決まっているだろう。貴様らは、己の職務を遂行することを考えると良い。貴様の職は、間違っても道化ではなかろうに」


 バカバカしいと内心で吐き捨てつつ、しかしこのような発想に至ってしまう店員が自国にいるというのは、それなりに有益な情報かもしれんと思い直す。もしや悪役令嬢や悪徳貴族でもいるのだろうか、この国には。貴族の類はいないので、あくまで"もどき"になるが。


 まあそれはそれとして、そろそろ彼らにはお引き取り願おう。


「今後、私がそのような無駄な行為を貴様に求めることはないと心得よ」


 原作ジルは悪役で理不尽だが、しかしその理不尽さにも一貫性のようなものはある。なので、俺もそれにならうべきだろう。叛逆者はんぎゃくしゃや敵対者は鏖殺おうさつするが、そうでないなら適度に寛容に、だ。この考え方は、生存戦略にも繋がるものであるからして。


(まあ、あとは放置で構わんだろう)


 そう結論付けて、俺は考え事に集中──


「お食事の用意ができました! お客様!」

「……いただこう」


 非常に迅速な仕事である。先ほどと違って、緊張した様子を見せなくなった店員さんの切り替えの早さに呆れながら、一旦思考を止めて食事を開始する。なお、食事前後の挨拶は内心だけに留めておいた。ラスボスが「いただきます」するのはおかしいからな。


(うまい)


 これは当たりだな、と思いながら二口目を食べようとして──ニコニコとした笑顔で待機している店員さんが視界に入った。


 ……まあ、これくらいならキャラ崩壊にはならないか。


「ふん。悪くない。励め」

「ありがとうございます!」


 異世界の料理ということで少し身構えていたが、普通に美味しい。見た目としては海外の郷土料理に近い感覚かもしれん。味付けは日本人の俺にも馴染む──いや、ジルの肉体だから適応している可能性もあるか。まあなんにせよ、うまいなら構わん。


(料理人の類を雇うまでは色んな飲食店を漁るのも悪くはないかもしれ──)

「やあ、邪魔をするよ」

「ごめんあそばせ」


 そんなことを考えていた矢先、俺の耳に男女の声が響いた。客か、と軽い気持ちで考えていたが、俺の視界の中で店員さんの表情が固まったことと、店内の空気が張り詰められていくことから、何やら事情がありそうである。


(……いや、待て。そういうことか)


 少しだけ思考を巡らせて、なんとなく察した。俺が来店したときに店員さんがどこか怯えた様子だったのは、今しがた来訪してきた男女の二人組が原因なのだろう、と。


「ほら、客を楽しませるのが店員の仕事ではなくて? 料理が来るまでの間、わたくしたちのお相手をしなさいな」

「とりあえず、犬のモノマネなんてどうだろうか」

「あらあら。それだと直接的すぎて面白くありませんわ。彼らの想像力を働かせるためにも、もっと婉曲えんきょく的にお伝えして芸をご披露していただきましょう」


 随分と悪質な客だな、と思った。如何いかにもといった三下キャラと言うべきか。なんというかその、三下キャラのお約束のような言動である。


 だがまあ、それがどうしたという話だ。ジルはラスボスであって、主人公ではない。ここで妙な正義感を振りかざして行動するのは違うだろう。積極的に悪意を振りくつもりはないが、かといって正義の味方として振る舞うつもりもないのである。


 だが。


(……だが。提供された料理は、うまかった。この世界に来て、初めて受けた善意とも言える)


 ……。

 …………。

 ………………この国は、ジルの所有物だ。ならばこの国にある店だって、全てジルのもの。そしてこの飲食店は、ジルに対して貢物みつぎものを献上した。つまり、臣民としての義務を果たしたとも言える。


 そのジルの臣民に対して、身勝手に振る舞う輩はこう捉えることができるのではないだろうか。


 すなわち、ジルを舐め腐っている不届き者であると。


(いや、だがしかし。だとしても、ジルが行動を起こすには少し弱いか……?)


 そんな風に、俺が葛藤かっとうしているときだった。


「お、お客様。その、他のお客様がいらっしゃいますので……今回は──」

「それ、僕たちよりも偉いのかい?」


 随分と、愉快な言葉が聞こえた気がした。


(それ……それと言ったのか。あの男は。ジルのことを)


 安い挑発。売り言葉に買い言葉──だが、それでもジルを見下した発言であることに違いはない。


 で、あれば。


「そ、そういう問題ではなく……」

「あらあら。辞世の句はお決まりかしら?」


 舐められた状態を放置するのは、ジルがとる行動として相応しくないだろう。故に俺は、非常に自己中極まりない理由で不届き者を排除するべく行動しよう。


 そう。全ては己のために。


 ◆◆◆


 ああまたいつもの客だ、と誰もがその表情を曇らせた。それなりに金を持つようになった人間は、こうも横暴な態度を取るようになってしまうのかと、諦観にも似た気持ちが湧いてくる。



「で、ではその……」

「芸を披露いたします……」


 お客様に心地よい空間を──という店の理念を考えれば、彼らを楽しませるために体を張るのは当然といえば当然なのだ。たとえ、嫌だと思っていても、こんなことを想定していなかったとしても、やらなければならないのだ。


 大丈夫。これまで通り、下手に出ていれば時間は過ぎ去って──

 

「愚民共が」


 ──違った。

 今回は、いつもと状況が違ったのだ、と誰もがハッとした様子で声のした方向へと顔を向けた。


 今日、初めて来店したお客様。高貴な服装と端正な顔立ち。そして何より、身にまとう雰囲気からして、金を持つ側の客であることは明白で。そのことを察したからこそ、いつもの悪質な客と似たような性格だと思いながら接客して──実のところ、全然違った。そんな、どこか不思議なお客様。


「誰の許しを得て、その口を開いている?」


 そんな彼が食事の手を止めて成金客を睨むと、それだけで成金客はひるんだ。そしてそのまま冷や汗を流し始める成金客を見て、誰もがこの場の空気が変化していくことを感じた。


「ゆ、許しも何も……き、キミは何様のつもりなのかな?」

「──ほう。何様、か。この国で私に何様ときたか……くくっ」

「な、何がおかしいのかな……」

「くくっ……いずれ貴様らも分かるだろう。そのときを、愉しみにすることだな」


 少しだけ、男は愉快げに口元を歪めた。だが、それもほんの一瞬のこと。先ほどと同じ無表情に戻ると、男は成金客を氷のような視線で射抜いぬく。


「……っ! わ、わたくしたちの行為に、あなたが関与するなど、どういったご了見……」

「黙れ、食事が不味くなる。不愉快だ」

「そ、それならもっといい店をご紹介す──ひぃぃっ!」


 ズン、と男を中心に重圧が放たれ。


「な、なにが……!?」


 成金の二人組が、重圧に耐えきれず膝を突き。


「良いか。二度は言わんぞ、小童こわっぱ共」


 そしてそれを見下ろしながら、男は口を開いた。


「私は、貴様らが、不愉快だ、と言ったのだ」

「────」


 震えだす成金と、そんな二人組を睥睨へいげいする絶対者。両者の格付けは、第三者から見ても決定的だった。


「貴様らが私の前で、この店を所有物にしているかのような振る舞いをする。それは即ち、貴様らが私のことを下に見ている、という認識に相違ないな?」

「あ、あ……いえ、そ、の」

「私の記憶領域に留めるほどの価値もない貴様らが、私の視界に居座り続けている時点で大罪に値するが、私は寛容だ。その程度の些事は許そう」

「あ、ありがたき幸……」

「だが、それはそれ。これはこれ、だ」

「ひっ」

「慎めよ、下郎。貴様ら自身の品位の程度が知れる。この店は、これより私の管轄下に入ることとした。以後の貴様らの行動は、その身に返ってくると、知れ」


 邪魔をしたな、といつのまにか食事を終えていた絶対者は金貨を席に置いて立ち去っていく。だが、その金貨の量は──


「お、多すぎます! これだと──」

「ふん。迷惑料も込み、というやつだ。それにその程度、私にとっては端金はしがねでしかない。……精々、その金をうまく活用することだ。それと、貴様らも強く在るが良い。搾取さくしゅされるだけの存在であり続けるならば、私が目をかける価値はないがゆえ


 そう一方的に告げて、今度こそ絶対者は店から去って行く。それを見た一同は、慌てた様子で絶対者を見送るべく外に出て。


「ありがとうございました!」


 一斉に、頭を下げた。





 なおこの絶対者の行動により、この場にいるが、救われていることが分かるのは、彼らが店の中に戻ってすぐのことであった。


 ◆◆◆


(さて、腹拵はらごしらえは済んだ)


 ならば、俺が次にやるべきことは一つだろう。


「ご対面といこうか、『レーグル』の構成員」


 アニメ『ラグナロク』第一期における最凶集団『レーグル』。彼らと顔を合わせることで、今後の行動指針を決めようか。


--------------------------------------------------


〜おまけ その後の店内〜

「凄い人だったな……」

「ああ。俺たちは、お客様が相手とはいえ、少し下手に出すぎていたのかもしれない」

「そうですね。よし、私たちも、頑張りましょう!」

「……ところで、成金客はどうする?」

「あっ。どうしましょう」

「……出禁にする、とか?」

「そうだな。とりあえず、帰ってもらうか(扉を開く)」


「……良い」

「ゾクゾクしますわ……」

「あの視線、めちゃくちゃ良い……」

「ああ……ああ……!!」


「……(扉を閉める)」

「……先輩。俺、見たくないものを見た気がするんですが」

「……いや、気のせいじゃないか?」

「で、ですけど──」

「す、凄い! 凄いですよ店長!」

「は?」

「え?」

「だって、成金客の人たち、幸せそうじゃないですか?」

「し、幸せそう」

「ま、まあ、そうとも言え……るのか?」

「そうですよ! 凄いことですよこれ! だって、救われた私たちがハッピーなのは当然だとして、糾弾された彼らもハッピーなんですよ! 悪い人も幸せにするなんて、凄すぎますよ!」

「……確かに」

「そう言われると、ヤバイくらい凄く感じますね……」

「一体、何者なんだ……」


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