アニメのインフレの犠牲になる敵キャラに転生したが、俺には原作知識があるから問題ない〜かませ犬から始める天下統一〜

弥生零

神話の開幕

目が覚めたらボスキャラでした

「……なんだ、この状況は」


 ふかふかのソファに身を預けながら、俺は額を抑えて唸る。視界に映るのは高級そうなデスクと、高級そうな絨毯じゅうたん。天井はめちゃくちゃ高く、照明はまさかのシャンデリア。総括すると、俺は現在めちゃくちゃ豪華な部屋にいた。


 Q.この状況において、異常な点を述べよ。

 A.全て異常である。


「意味が分からんぞ。本気でここはどこだ……?」


 おかしい。本当に全てがおかしい。本来、俺は自分の部屋にいるはず。好きなアニメがいよいよ第三期の終盤に差し掛かってきたので、復習を兼ねて第一期から見返している最中だったからだ。そして俺の部屋はこんな豪華なものではなく、アニメを見返すためだけに、こんな高級ホテルに泊まった記憶もない。


(アニメを観ている途中で寝落ちしちゃって、今ようやく目が覚めた……というのが俺の状況のはずだ。……そのはずなのに、寝る前と状況が全く違うのはどういうことだ? ここはどこなんだ?)


 少なくとも、俺の部屋ではない。何もかもが、俺の記憶にない部屋の内装。はっきり言って、異常事態だ。真っ先に思いつくのは"誘拐された"という可能性だが、だとしたら拘束されていないのは変だし、こんな綺麗な部屋に放置するのも高待遇すぎる。


「……落ち着け俺。一度、喉を潤おそう」


 そう言って、俺は宙に浮いていたカップに手を伸ばした。心を落ち着かせるために、水分を飲みたかったが故の行動なのだが。


 ──いや待て。宙に浮いているカップってなんだ?


「……」


 俺は手をピタリと止め、ふわふわと浮いているカップをガン見した。恐ろしいことに、種も仕掛けもないのにカップは宙に浮いている。ワイヤーで吊るしているだとか、そういう仕組みが一切ないのだ。間違いなく、ニュートンに喧嘩を売っている。


(待て待て待て。本気でなんだ。なんなんだここは)


 ぐるりと周囲を見渡せば、大量の本が本棚の中に所狭しと並べられていた。その中に、漫画やライトノベルといったサブカルチャーの類は存在しない。まるで図書館のような雰囲気だ。


(ていうか、この文字はなんだ?)


 目に留まった本を一冊手にとって、俺は首を傾げた。日本語でも、英語でもない。ギリシャ文字でもなさそうで、完全に初見の言語で書かれている本だ。


 そのはずなのに。


「……読める、だと?」


 読める。読めてしまう。見たこともない文字の意味が、スッと頭に入ってきて理解できてしまうのだ。


(──っ、どうなっている?)


 ここまで、あり得ないことだらけだ。言い知れぬ不安を抱いた俺は頭をかいて、そこでようやく気が付いた。


(なんだ。この前髪の色は)


 俺は日本人らしい黒髪の持ち主である。しかし、視界に映る前髪は完全に銀色なのだ。一体全体どうなっている。


(ここまであり得ないことだらけだが、それでも起きたら銀髪になってるなんて本気であり得んぞ。……だとしたら、白髪か?)


 とすると俺は、寝ている間に白髪になっていたのか? それはつまり、老けた? 一気に老けたのか?


「……」


 俺は鏡を見て、自分の姿を確認したいなと思った。そしてそう思ったとき、何故か俺の体は指を鳴らしていた。

 

「…………」


 そして指を鳴らした直後、虚空に鏡が現れる。指パッチンで鏡が現れるという意味不明な現象だがしかし、もはやそんなことはどうでも良かった。カップが宙に浮いているのだから、指パッチンをすれば鏡くらい出てくるだろうと投げやりな気分になっていたのである。


(!?)


 そして俺は、鏡に映る自分の姿を見る。そこに、見慣れた自分の顔はない。その代わりと言ってはなんだが、好きなアニメの第一期のラスボス──ジルという男の顔があった。


「は?」


 鏡の前に立っているのは俺のはずなのに、その鏡に俺の顔が映っていないという異常事態。思わず、俺は困惑の声をらしていた。


「……」


 何度見ても、どの角度から見ても、俺の顔は現れない。


 神々しさすら感じさせる銀色の髪と、鮮やかな青色の瞳を持った非常に整った顔立ちの男だ。鉄壁の無表情が氷のような冷たい雰囲気を放っているが、それがまた神聖さを感じさせる。


 まあ、つまるところ。


(……イケメンだな)


 イケメン。そう、イケメンである。


 俺の顔はここまで人間離れした美形ではない。アニメを見ていた時にも思っていたことだが、ジルという男は本当に顔が良いのだ。


 これはもう間違いなく、モテる。


(いや違う。そうじゃない)


 完全に思考の方向がおかしい、と俺は頭を振った。


 今俺が考えるべきは「この姿ならどれくらいモテるのだろうか」だとか「本当にイケメンなら何をしても許されるのか検証でもするか」だとか「リアルギャルゲーやれるのではないか」だとか、そんな現実逃避アホなことではないはずだ。


(なんで?)


 目が覚めたらアニメのキャラクターになっていました。


 ……うん。とても意味が分からない。ならば原因を探そうと思うのは、当然のことだろう。


 しかし。


(……いや分かんねえよ)


 いくら思考を巡らせたところで、全くもって意味が分からない以外の結論が出なかった。


 なにせ、あまりに突然すぎる。いきなり二次元のキャラクターになっていたとして、冷静に原因を突き止めることのできる人間がどれほど存在するというのか。


 考えども考えども、原因なんて分かりやしない。分からないことに対して、思考を割き続けてなんになるのだろうかとすら思ってしまう。


(あー……)


 だから俺の思考は、こうなってしまった原因を突き止めることではなく、次第にジルというキャラクターに関してのものへと移行していった。


(ジル……ジルか。ジルなあ……)


 この姿の持ち主。つまりジルという人物を簡単に説明してしまうと、アニメのかませ犬キャラである。


 俺が好きなアニメ『神々の黄昏ラグナロク』にて、第一期ラスボスを務めていた男──ジル。その強さは圧倒的というほかなく、世界最高の魔女やら人類最強といった肩書きを有する怪物たちを、同時に一人で相手して、高笑いしながら勝利を収めたという実績の持ち主だ。普通に考えれば、彼はそのまま世界征服を果たせていただろう。それだけのスペックを、彼は有していたのだから。


 そんな第一期にて最強の座に君臨していた彼の最期は、第二期のラスボスの強さを見せつけるため瞬殺されるという非常に悲しいものであり、それ以降はオタクからかませ犬と呼ばれるようになってしまったという不遇な経緯を有していたりする。


(インフレの犠牲……。長編のアニメではお約束だが、あれは本当に残酷だった)


 第一期は人類同士で争って最強の支配者を決めようみたいなノリだったが、第三期は人類と神々の対立から始まる世界の命運をかけた頂上決戦。日本全国大会と世界大会くらいの差が生じてしまうのは、仕方がないかもしれないが。


(それなら尚のこと、人類側の最強戦力であるジルが神々と戦えば熱い展開だと思うんだが……。まあ、性格とかも考えるとかませ犬になっても仕方ないか)


 ジルの性格は、俗にいう俺様系に近い。犯罪組織の長にして一国の王でもある彼は、いろんな意味でかませ犬と化すに相応しい人物だった。あらゆる分野で人類最高峰の才能とスペックを有しているというチート設定すらも、踏み台としての性能を遺憾無いかんなく発揮する一因になっている。


 それこそネット掲示板では「人類最高峰のかませ犬」なんて呼称もあったほどだ。


(序盤のラスボスを務める男の末路としては、あまりに悲惨ひさんすぎたな、アレは)


 そして現在、俺はそのかませ犬になってしまっているらしい。自分で言っておいてなんだが、まるで意味が分からない。しかし、鏡に映っている姿がジルでしかないのだから俺にはどうしようもなかった。


(何故だ……いや本当に何故だ? もう一度考えてみよう。実は、最後の記憶はアニメを見ていた訳じゃないのかもしれん)


 記憶をさかのぼる。


(俺がこうなる直前の記憶はなんだ? その記憶こそが、俺がこんな状況になってしまった原因の手がかりのはず)


 遡って遡って遡って、そして。


「……ダメだ、変わらん。ラグナロクを見ていて、気が付いたら寝落ちしていた。それだけだ」


 やはり、アニメを見ていたという記憶しかなかった。つまり、原因なんてさっぱり分からん。せめてトラックにでも轢かれていたら多少は納得でき……たのだろうか? 微妙だな。


(……気が付いたら前世のアニメの第一部のボスでしたってか)


 まるでアニメのタイトルみたいだな、と思った。思って、なんだかおかしくなって一人で笑ってしまって──


(笑えねえよ)


 ──横にある本棚を殴った。


 瞬間、腹の底から響くような轟音が響く。衝撃が周囲へと拡散し、勢いよく本と粉塵ふんじん、そして瓦礫がれきが宙を舞った。


(……え?)


 呆然としながらも、恐る恐る殴った場所に視線を向ければ、トラックでも突っ込んできたのかと思ってしまうほどの巨大な穴が壁に開いていた。本棚に関しては、もはや跡形もない悲惨な状態である。


「……」


 ……違うんです。そんなつもりはなかったんです。器物破損罪で訴えたりしないでください。


 などと思っても後の祭り。現実問題として、この部屋は既に半壊状態だ。おそらく、本棚を殴った時の衝撃が本棚を破壊するだけでは収まらず、その奥にまで伝って壁も綺麗に粉砕したのだろう。


 なんなら、通路を挟んだ向こう側の壁にも穴が開いている。レーザービームでも放ったのだろうか、俺は。


「…………」


 どこまでいっても一般人メンタルでしかない俺は、自分でやったという事実を棚に上げてその光景にドン引きしていた。


「………………」


 この身体能力。間違いなく、俺のものではない。本気で殴ったわけでもないのにこの威力……ちょっと意味が分からない。


 間違いなく、ボクシングか何かで世界を狙える拳だ。狙ってどうする。


(……)


 予想だにしなかった事態に混乱が極みに達し──ふと、我にかえる。


(ああなるほど、これは夢か。夢なんだな)


 あまりに非現実的すぎる光景。それに、一周回って俺は冷静になり始めた。


(そうだ、これは夢だ。夢に違いない)


 普通に考えて、俺がアニメのキャラクターになるなんてあり得ない。軽く殴っただけで、めちゃくちゃ硬そうな壁を破壊するなんてことはもっとあり得ない。


(バカバカしい。何を悩んでいたんだか、俺は)


 だからこれは、夢に違いない。むしろ何故、真っ先にその可能性を考えなかったのかと自分の頭の悪さを疑うレベルである。


「……フッ」


 ということで夢から覚めるために、俺は自分の顔面を思いっきり殴ってみた。

 

 ◆◆◆


 書斎は見るも無残なことになってしまった。


 顔面を思いっきり殴った途端に衝撃が周囲に拡散し、書斎が爆発して瓦礫の山と化したのである。いや書斎だけじゃない。それ以外の部屋らしきものも全て、瓦礫の山。


 幸いにして建物自体が倒壊とかはしてないし、奥の奥の方まで見れば無事な壁もある。だとしても、瓦礫以外ほとんど何もない悲しすぎる空間が生まれてしまったことに変わりはない訳で。


「……あっ、あの無事な壁見たことある。もしかしなくても、俺がいる場所ってアニメでジルが初登場した城なのか。なるほどな、これが聖地巡礼ってやつか」


 はははと乾いた笑みを浮かべながら現実逃避気味に呟いて、すぐに頭を抱えた。


 顔面を殴ったときには多少の痛みを感じたので、これは現実なのだろう。これだけの破壊力があるパンチを顔面に受けながら「ちょっと痛い……いや痛いかこれ? 分からん」くらいのダメージで済むのが、この肉体の脅威のスペックの高さを物語っていたが。


 なにせ、鼻血すら出ていないのである。どうなってるんだこの体は。


(いや、体の仕組みなんてどうでもいい。何故に俺はジルになっているんだ。憑依か、憑依なのか? よく分からんが魂だけ異世界転移した系か? web小説でも始まってるのか?)


 あるいは転生したらジルになっていて、今になって前世の記憶が戻ったみたいなパターンか。こういった異世界転生あるいは転移には、複数のパターンが考えられるから状況の特定が難しい。


「いずれにせよ、いきなり自分の拠点を破壊してしまうのはどうなんだ……?」


 ゴミ屋敷ならぬ瓦礫屋敷と化した周囲を見て、思わず溜息。異世界転生において、拠点の確保は重要だ。それを破壊するなど、なんと愚かな。


(馬小屋で生活するのは避けたいんだが……)


 そもそもこれどうやって片付ければいいんだろうかと悩み──気が付けば、頭の中に浮かんできた呪文を唱えていた。


「───」


 途端、まるで逆再生するかのように瓦礫の山が動きだす。それらは遅くも速くもない速度で元の位置に戻っていき、ついには何事もなかったかのように元の書斎の状態が再現されていた。


「修復、か? 便利な力だ」


 詳しい原理は分からない。時を巻き戻したのか。空間そのものを元の状態に戻したのか。俺の記憶の通りに現実を再現したのか。分からないが……便利な力であることに変わりはない。


 とはいえそれなりの力……おそらく魔力を消費したことを感じる。相応の代償はある魔術なのだろう。


 まあそれなりの量とはいえこの肉体のスペック的には微々たるもののようで、相対値としては大したことはないが。

 

「ここまで便利な力があるのに、かませ犬キャラなんて本当に不憫ふびんなキャラクターだ、な……?」


 そこまで言って、俺はピタリと体を硬直させてしまう。次いで、内心でダラダラと大量の汗が流れ始めた。


(このままだと、俺は殺されるのでは?)


 ジルはかませ犬なのだから、そのかませ犬に転生している俺はかませ犬以外の何者でもないのでは? 


「……」


 ジルの最期は、第二期のラスボスに瞬殺されることである。ならばジルに転生した俺も、第二期のラスボスに瞬殺されてしまうのではないだろうか。 


 ──そう。このままでは。


(……落ち着け。幸いにして、ジルは人類最高峰の才能を有しているという脚本家のお墨付きがあるだろう)


 天井を見上げながら、俺は第二期のラスボスと第三期のラスボスを脳裏に浮かべる。その他にも、第二期以降に出てくる強者たち。そして、彼らを強者たらしめるこの世界におけるインフレ要素。そういったものを思い浮かべながら、俺は言った。

 

「第一期のラスボスを、舐めるなよ」


 チートアイテム。敵の弱点。勢力図。人類側の戦力。その他全ての原作知識も活用して──絶対に生き残ってやる。



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ここまで読了いただき誠に感謝を。

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