第34話 お月見の夜の祈り
お月見は旧暦の八月十五日、つまり新暦だと九月中旬の今日だった。
僕が飾りに使うススキを取りに行こうと休耕田に出ると、いつの間にか姉が後ろをついてきていた。
「なに?」
僕がぞんざいな言葉をぶつけると、
「なに? って姉ちゃんもススキ採りに来たんだよ」
と笑顔でしれっと言い放つ。
「危ないからダメだって言ってたじゃん」
「大丈夫だって言ってたじゃん」
片手で杖を突いて実に楽しそうな顔を見せられると僕にはもう何も言えなくなる。
僕がずんずん先に進んでいくと姉が僕を呼び止める。
「ねえねえ、ここにススキ生えてるじゃん」
ふっ、素人はこれだから。
「これはススキじゃないよ。オギ」
「オギ?」
「だからこれはいらない子」
「だって全然ススキとおんなじだよ。これでいいじゃん」
「だあめ、違う種類なんだから」
「どこが違うのさー」
姉は不満そうだ。
僕はオギをひと房取って姉に見せる。
「ほら、ここにノギがない」
「ノギ」
「ツンツンした細くて長いトゲみたいなもの。あとでススキのを見せたげるから比べてみな」
「へえ、いつの間にずいぶん詳しくなったんだね」
「まあね。ススキは小山の上に生えるからすぐわかる。ほらあれ」
僕が指さした先にはススキの大きな株があって、そこからたくさんのススキが生えていた。
姉が足を取られたりしないよう注意して目を配りながらその小山に近づく。鎌でススキを刈り取ると姉に見せる。
「ほら、ススキにはノギがあるだろ。これ」
「ふーん、細かいとこ見てるんだねえ」
素直に感心する姉に僕は少し鼻が高かった。こんなことはなかなかないからな。
ススキを刈って帰宅して、花瓶に活ける。姉は杖を突きながら台所へ行きおふくろの手伝いをしに行ったようだ。
もう夕方なのに開けっ放しの縁側には暑苦しい風が弱々しく吹いてくる。気がつけば少し気の早い中秋の名月がひょっこり顔をのぞかせていた。
縁側には蒸かした里芋、茹でた枝豆、茹で栗、とうもろこし、あんころ餅、栗ご飯、それに十五個のお団子を積み上げた月見団子が並ぶ。
僕が蚊取り線香をつけると、辺り一面に独特な除虫菊の線香の香りが漂いはじめた。
夕食時になると僕たちは縁側に集まり、食べたいものから食べたいように食べる。僕はトウモロコシや里芋、姉ならあんころ餅や栗ご飯、といった具合に。親父は真っ先に枝豆に手を付け、盃の冷酒に月を映して風流を気取っている。
親父は飲んでつぶれるかと思いきや、おふくろとこれからの収穫の段取りについて話し合いを始めた。そう、中秋の名月は単にきれいなお月様を眺めるお祭りじゃない。一年の実りと収穫を祝うお祭りなんだ。農家の我が家では大切なお祭りだ。僕は月を眺めながら今年の豊作を祝った。そして、全然関係ないのだけれど、姉が少しでも長生きできますようにと月に向かって静かに、そして真剣に祈った。
「何考えてるの」
僕の隣で姉さんがこっそり聞いてきた。親父とおふくろはすっかり酒が回って、大声で何か楽しそうに話している。もう農作業の話をしているようには見えない。こっちのことなんかまるでお構いなしだ。
「姉さんのこと」
僕は月を眺めながら呟く。
「あたしのこと?」
意外そうな姉の声。
「そっ」
僕は小さな里芋に塩をつけて口に放り込んだ。
「へえ、姉ちゃんは美人だなあ、って?」
くすくす笑いながら姉は言った。
「まあそんなとこ」
「えっ」
姉は真顔になってこっちを見てる。やばい、困ったことにこの顔は本当にかわいい。
僕は姉から目をそむけ、もう一つ里芋を口に放り込むと月を眺めてまた姉のことを祈った。
ようやく気温が下がり始めた夜の空気が僕の頬を撫でる。
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