第10話 春の味覚。タケノコ狩り
「目に青葉」の季節になると僕も姉も俄然嬉しくなる。それはタケノコ。僕たちはタケノコが大の好物だった。
「ねえゆーくーん、いいじゃん連れてってよお」
「だめ」
「なんでさ」
「斜面が多い。竹の落ち葉で滑りやすい」
「去年は連れてってくれたじゃんかー」
「去年は杖してなかったじゃん。アレなんて言ったっけか? ロフ、ロフ、ロフチュトラン――」
「きゃは、噛んだ」
「うるさいなあもう、絶対連れてってあげない」
「ええー」
「いや実際危ないんだから行かない方が絶対いい」
「お父さんとお母さんに言うから」
「何を?」
「ゆーくんが姉ちゃんのお風呂
「ちょっと罪を
「ふふっ」
この後十分以上もやりあって結局僕は根負けした。甘いなあ僕。
姉にも長靴を履かせ、杖を持たせる。僕も作業着を着て長靴を履いて軍手をはめて
ただし姉がいるので、行けるところにも限りがある。なるべく平坦な竹林を行こう。
うちからほど近い春の木漏れ日の気持ちいい竹林にたどり着いた。
早速僕たちは長靴でこする様にして落ち葉で隠されたタケノコの先端をまさぐる。爪先に何かが当たるような感触がした。石ころや竹の根とは明らかに違う。そこの竹の落ち葉と土をそっと払った。あった。小さくタケノコの穂先が頭を出している。タケノコを傷つけないよう、タケノコの周囲を
タケノコの全体像があらわになったらその根元に
姉は足がうまく動かないので結局僕がほとんどタケノコ掘りをする。それでも姉は片脚を地面にこすらせて、タケノコの穂先を探って三本くらいは見つけた。
次第に僕はタケノコ掘りの作業に夢中になり姉にまで気が回らなくなっていく。調子に乗って五本目のタケノコを抜いた時だった。僕は姉がいないことに気が付いた。
不安に
姉の声が聞こえる。少し上の方から。
僕は慌ててその方向を見ると5mくらい上の斜面に姉が杖を突いてよろよろと歩いていた。
僕は姉を助けにそこへ駆け寄ろうとしたが遅かった。
次の瞬間、姉は露に濡れた竹の落ち葉に杖を滑らして転倒する。小さな叫び声をあげる姉。一方の僕は必死になって全速力で姉の転んだ方へ駆けていった。
姉は転げ落ちながら竹につかまろうとしたがうまくつかめず、さらに転がりながら体のあちこちを竹にぶつけ、
斜面の途中でゴロゴロ転がり落ちる姉をキャッチするが、その勢いでずるずるっと後ずさる。それでも勢いを吸収しきれず、後ろ向きに倒れてしまう。あおむけになった僕の顔の上に姉のおなかが乗っかる。
姉が怪我をしなかったどうかの心配と、僕の顔の上に乗った姉のおなかの感触で動揺した僕はパニックになりそうだった。
顔を姉のおなかから抜いて姉の様子を見る。姉は
「ど、どこか痛いところはないっ?」
「う、うん、全然……」
姉は相変わらず
肩で息をしながら僕は何かを言おうと思った。でも、何を言っていいかわからない。
姉は僕を見ながら次第に表情を変える。
「ぷっ、ゆーくん何その怖い顔」
「ばかっ!」
思わず僕は叫んだ。僕が姉にこんな大声を張り上げたのは初めてだったかもしれない。
「僕が一歩でも遅かったらどうなってたかわかんなかったんだぞ! わかってんのかよっ!」
姉は目をまん丸にして僕を見つめていたが、やがて目を伏せ珍しくしおらしい顔になった。これも初めてのことかもしれない。
「うん、そうだね。ごめん」
そして顔を上げた。
「ありがと」
そう言う姉の表情は言葉には表しにくいもので、しおらしさと、反省と、感謝と、あとよくわからない色々な何かが含まれた表情だった。
僕はその表情に少し驚いて次の言葉がなかなか出てこなかった。
「と、とにかく気をつけろよ」
「うん……」
姉は少し寂しそうに小さく頷いた。
時間も時間だったし、姉が滑り落ちた事故ですっかり気勢をそがれた僕は、ここらで切り上げることにした。姉は黙って僕の後ろから杖を突いてついてくる。
こんなおとなしい姉の姿は見たことなかった。僕はすっかり落ち着かなくなった。柄にもなく姉を慰める。
「姉さんさ」
「ん?」
「あんまり気にすんなよ、誰にも言わないから」
「ありがと、ゆーくんってやっぱやさしいね」
「そんなことないって」
そんな姉の態度に僕は何だが居心地が悪くなる。
帰宅すると、計八本ものタケノコはおふくろと姉と僕の手で手早く皮をむかれて穂先と根元を切り落とされる。ばかでかい鍋にタケノコを何本か入れ、米ぬかと唐辛子と水も入れて茹でる。
そうやってあく抜きしたタケノコは皮をさらにむいて、ワカメを入れて煮れば
その間の姉は、やけにおとなしくて、やけに物静かで、やけに素直だった。気持ち悪いほどに。
夕飯時、大量に出来上がった
夜、僕が姉を寝室まで介助する時、姉は自分の部屋の前でぽつりと言った。
「やっぱり、ゆーくんがいないとあたしだめみたいだね」
その一言にドキッとする。
「いっ、いや…… そんなこと、ないよ」
「そんなことあるって。姉ちゃん少し思い知っちゃった。ありがと」
なぜか僕は赤くなった。
「き、気にするなって」
姉を寝かしつけた後僕は自室に戻ってベッドに横になる。
これで姉も思い知ったようだしこれからは少しは僕の言うことを聞いてくれるんじゃないだろうか。
ところが翌日になると、姉はこれまで通りのわがまま全開娘に戻っていた。僕は失望した。
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