第8話 初春と三歳違いの双子
水ぬるむ春も近い三月の十日。僕たち姉弟はこの日誕生日を迎えた。
おふくろはリハビリから帰ってきた姉に少し手伝わせてホールのショートケーキを焼く。
親父もおふくろも嬉しそうな顔でハッピーバースデーを歌った。僕も嬉しかった。姉が今日までこうしてうちにいてくれたことが。あまりに元気なのでもう病気なんてどっか行っちゃったんじゃないか、そんな気さえする。その姉は無理やり肩を組んできて楽しそうに、だけど少し調子っぱずれに歌っていた。
僕はプレゼントにスマホを買ってもらうことになった。姉は何もいらないってずっと言ってたけれど、新しい双眼鏡をもらった。小さくて取り回しがいい野鳥観察に最適のやつだった。「これでまた柿の木まで遠出ができる」と姉も嬉しそうだ。またあそこまで付き合わされるのか僕。
親父は相変わらず酒を飲んですっかりご機嫌だった。そして面白そうに言う。
お前たちは年の離れた双子だったんだなあ、こんなこともあるもんなんだなあ。見てみろ母さん。二人ともそっくりじゃないか、と。
そして、ありがとうな、いままでいてくれてありがとうな、これからもよろしくな、と少し涙声で言うもんだからなんだかしんみりしてしまう。
その後はなんだか四人でケーキ美味しいね、だとかぽつりぽつりとケーキの感想しか言えなくなってしまった。
おふくろと珍しく姉の作った料理もケーキも食べ終わってすっかり満腹になり、もう寝ようかと部屋で寝巻に着替え終わったところで、姉がやってきた。いたずらっぽい笑みをたたえ双眼鏡を持っている。着替え終わっててよかった。
「もう寝るんだけど」
ぶっきらぼうに言い放つ僕。
「あたしはまだ寝ないんだけど」
何が楽しいのかさっぱりわからないが、めちゃくちゃ楽しそうな顔の姉。
「早寝早起きは健康の第一歩だぞ」
「へえ」
僕の言葉を放置して姉は双眼鏡で僕を眺めるふりをした。
「何見てんだよ」
「え? ゆーくん」
「いやいや見えるわけないだろこの至近距離で」
「いやいや見えるんだなそれが」
僕は無意識のうちに左胸を手で押さえていた。
「あ、見られたくないんですね。左のおっぱいが」
姉はばかみたく嬉しそうに言う。
「ばか違うって!」
「そんなに心の中をのぞかれたくないんですかあ」
薄ら笑いを浮かべた姉が双眼鏡を構えたままにじり寄ってくる。僕は後ずさりする。
「やめろよ、人の心を覗くなんて悪趣味だぞ」
「へえ、何か知られたくないものでもあるんですか?」
めちゃくちゃ喜んでる姉の声が腹立つ。姉はニヤニヤしながらまだ詰め寄ってくる。
「何が? どんな? 知られたくないことって何かなあ? ふふふふっ よいではないかよいではないか……」
その時の僕は真っ赤になっていたと思う。
「そ、それは、言えないから言えない……」
「誰か好きな子でもいるの?」
双眼鏡から目を離して、なぜかどや顔の姉が小首をかしげて僕の目を正面から見ていた。
「うっさい! 早く部屋戻って寝ろっこのくそ姉貴!」
かっとなった僕は思わずベッドにあった枕を投げつける。手加減して弱く投げたからか姉はそれを上手にキャッチし、枕に顔をうずめる。
「ゆーくんの匂いがするう……」
「ばっ……!」
声を失った僕は姉から枕をひったくると、姉を回れ右させて追い出し、引き戸を思いっきり閉めた。
「あははっ、ごめんごめん、じゃーねおやすみー」
戸の向こうで姉の声がして、少し足を引きずりながらもぱたぱたとした軽快な足音が遠ざかっていく。そのあとベッドの中で僕は姉の真似をして枕を嗅いでみた。ほんの少しだけ姉の匂いがしたような気がした。
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