第12話 結成 《銀の腕》分隊

 龍慈が与えられた珍妙な【才能タレント】――【玉の肌】は、はだを最良の状態で維持する【能力アビリティ】で、清潔にしていなければ肌の状態は保てないため、副次的な作用で肌周はだまわりの環境が改善される。


 要するに、肌だけではなく、肌にれたものも、いつの間にか綺麗になる。


 身に着けていた衣服しかり、抱き合っていた相手然り、情事の際に男女の躰から分泌された様々な液体が染み込んだシーツ然り。


 事後そのまま眠ってしまったが、【玉の肌】の効果によって、二人の躰は、シャワーを浴びた後より清潔で、シーツや毛布は、使用前より綺麗な状態だったため、目覚めは最高。その上、すべすべの肌の触り心地は最上で、しんにはしっかりと良質な筋肉が付きつつも表面はふわっとやわらかい肢体の抱き心地は至高で、ぷるんっ、と張りがあって仰向けになっても形が崩れないのに、押しつけられて、ふにゅんっ、と形を変えた乳房おっぱいの感触は至福。


 それに加えて、アーシェラがもう可愛過かわいすぎて、朝から躰の一部がとても元気になってしまい、抱き合っていたせいでそれがバレてしまった時はどうしようかと思ったが、ちょっと驚きつつ恥じらいながらも少し嬉しそうに、これから…する? などと訊かれた時には脳ミソが沸騰ふっとうしかけたものの、武道家としての精神修養でつちかった自制心を最大限に発揮し、そうしたいのは山々だけどそういう訳にはいかないだろ、とさとした。


 ラーゼン達と朝食をとる約束がある。それに、一度その誘惑に負けたら、快楽におぼれて当分の間ベッドから出られなくなるような気がする。


 そんな訳で、龍慈とアーシェラは、離れがたいのをしのんでベッドから出ると、まず服を身に着け、次に、二つの窓を開けて換気し、それから、朝食までまだ時間があるので、朝練をする事に。


 日課だから、というのもあるが、それ以上に、でれっでれにゆるみ切った気を引き締めねばならない。


 普段より始めるのが遅く、時間が限られている上、昨日の内に運動できる場所を確認しておく事ができなかったので、アーシェラが座る椅子だけ残し、他は全て【仙人掌・小の手】で小さくして場所を作り、屋内でできる範囲で行なった。


 朝食は、ホテルの食堂で。


 聞いた事のない声だったのでホテルの従業員だろう。コンコンッ、とノックする音が聞こえ、ドア越しに朝食の準備ができた事を知らされた。


 そして、部屋を出てから、ホテルの食堂で、ラーゼンや団長、各車の車長達と同じ横長のテーブルで朝食をいただき、一度部屋に戻ってから傭兵ギルドをたずねるためホテルを出るまでの間に、特筆すべき出来事は、主に二つ。


 一つは、アーシェラの態度。


 ふと気付いた時にはもう、昨夜から部屋を出る直前までの可愛いアーシェラは夢か幻だったのではないか思われるほど、凛として麗しいクールなアーシェラに戻っていた。


 落ち着きがあって礼儀正しく、表情の変化がとぼしくて口数が少ない――どうやらこれが平常運転らしく、自分と二人きりでいる時だけが特別なようで…………龍慈はふと思った。ひょっとして、これが『クーデレ』ってやつなのかッ!? と。


 もう一つは、アーシェラが隠していた秘密。


 それが明かされるに至ったきっかけは、テーブルに着く前にラーゼンから掛けられた、昨日はよく眠れたか? という何気なにげない言葉。


 自分はもちろん、アーシェラも、寝顔は穏やかだった――が、龍慈はその一言でふと疑問を覚えた。


 アーシェラは、悪夢を見るのが怖くて眠る事ができなかったと言っていたが、忘れられた城で過ごした1ヶ月の間、どうしていたのだろう?


 気になったので素直にたずねると、アーシェラは、気まずそうに目をらした。


 話したくないようだし、他人ひとがいる時にする話でもないか、と考えて追及ついきゅうしなかったのだが…………白状したのは、朝食後、部屋に戻ってから。


 アーシェラいわく、〝マザー〟から解放されて目覚めてから一週間としない内に、龍慈の部屋にかよい短い睡眠をとるようになっていたらしい。


 なんでも、悪夢にさいなまれて眠れず、ヴァルヴィディエルと話しをしたりして夜を明かしていたが、問題を解決する事はできなかった。


 修行に専念している龍慈の邪魔をしてはならない、そう思って耐え忍んでいたが、眠る事ができず、気が緩んで寝落ちすると悪夢を見て飛び起きる、という十分に睡眠がとれない状況はいちじるしく精神を疲弊ひへいさせ、ある日の夜、強い眠気に襲われたアーシェラは、ついに耐え切れなくなって龍慈に相談するため、部屋をたずねた。


 すると、龍慈はもう寝ていて、あまりにも気持ちよさそうに眠っていたので起こすのが躊躇ためらわれ、何となくとなりで横になり、一定のリズムで繰り返される寝息に耳を傾けている内にうとうとして…………はっ、と目覚めて驚いた。


 悪夢を見なかったのだ。


 それからというもの、毎夜毎晩、頃合いを見計らって部屋に侵入し、全く起きる気配がなかったので日毎ひごとに距離が近付いて、最終的には勝手に腕を借りてまくらにし、寝息を聞きながら、人肌の温もりを感じながらうとうとして、はっ、と目覚めては龍慈が起きる前に自室へ戻る――そんな事をずっと繰り返していた、との事。


 ホテルで部屋を選ぶ際に二人用を望んだのは、寝床にもぐり込むにはそのほうが好都合だったから。龍慈の心の傷に気付いていてなぐさめが必要だと思ったから、という訳ではなく、あの時は、躰と心を重ねる事になるとは思っていなかったらしい。


 龍慈は、あらためて、苦しんでいる事に気付いてあげられなかった事を、アーシェラは、悪夢から逃れたい一心で繰り返した自分の身勝手な振る舞いを、おたがいに謝り合い、龍慈は、助けになれていたのなら全く構わないと、アーシェラは、救われている自分が謝られる事などないと、お互いをゆるし合い…………さっさと準備を済ませると、ラーゼンが呼びに来るまで、並んでベッドに腰かけてイチャイチャしていた。




 傭兵組合マーセナリー・ギルドへ向かうのは、龍慈、アーシェラ、ラーゼン、団長の四人。


 龍慈とアーシェラは、ギルドに登録して身分証や通行手形を兼ねる〔ライセンス〕を得るため。


 ラーゼンと団長は、引換手形ひきかえてがたを提出してそこにしるされている額の金銭を得るためであり、死亡した傭兵達の事を報告するため。


 目指す傭兵組合の本館があるのは、都市の中心を流れるユファイ川にかるプファイト大橋の中央、中州なかすきずかれた橋脚の上。


 ちなみに、そこまでモンスターやクリーチャーの素材を運ぶ手間をはぶくため、街中に持ち込んで住民を刺激しないため、城門に程近く停車場に隣接する形で存在するのが、傭兵ギルドの『出張所』。この出張所に素材を持ち込むと、鑑定や計量してもらう事ができ、そうする事で発行されるのが『引換手形』。これをギルドに持って行くと、その日の内に、算出された額の金銭きんせんか、持ち込んだクリーチャーの甲殻から生成されるのと同じ量の〔鎧蟲の玉鋼〕を受け取る事ができる。


「二人は、右端みぎはしの窓口だ」


 傭兵ギルドの本館は、重厚感のある鉄筋コンクリート造りの天井てんじょうが高い2階建て。


 扉は左右に開け放たれていて、龍慈がかがまなくても余裕で通れる大きな出入口をくぐると、そこは通路を兼ねる広間ロビーで、正面の窓口ロビーカウンターの前まで吹き抜けになっていて、天井から吊下げ式でアンティーク調のシーリングファンが回っている。2階への階段があるのは、出入口から見て左側の壁際。その階段下にあるのは、隣接する酒も出す大衆食堂――通称『ギルド酒場』に直接移動できる連絡口。右側の壁には、学校の教室にあるような黒板が備え付けられていて、そこにしるされているのは主に、ギルドから傭兵達へのお知らせと求人募集。


 そして、ギルド内を見回していた龍慈の目を一際ひときわ引いたのは、学校の図書室や図書館の入口付近でよく見かける、本の表紙が見えるように展示するためのマガジンラックを大きくしたようなたな


 等間隔とうかんかくに余裕を持たせて配置されたそれらによって、通路以外の場所のほとんどがめられており、そこにずらりと並べて展示されているのは、依頼内容が白墨チョークで書き込まれたA4サイズの持ち運びできる黒板。


 ラーゼンがそう二人をうながしたのは、龍慈が、紙や羊皮紙じゃないのはやっぱ貴重だからなんだろうな、と何とはなしに思いつつ、そんな小黒板棚の間で、種族や年齢も様々な傭兵と思しき武装した人々が、受けたい依頼、受けられる依頼を探している様子をながめていた時の事で、


「こっちの用が済んだらギルド酒場で待ってるから、終わったら来てくれ」


 龍慈が了解したむねを伝えると、ラーゼンは団長と共に逆側の窓口へ。


 装備まで見るから、と言われたので、今は十手じゅってから約2メートルの金棒になっている〔如意心鉄棒バディ〕を肩にかつぐように右手で持ち、纏っている〔守護のマントフレンド〕で隠れているが〔神秘銀の機巧腕アガートラム〕も左腕に装備している龍慈と、【星屑統御】で作った鞘を装着した約4メートルの〔星屑の矛〕を肩に担ぐように保持し、装束ドレスの上に軽甲冑を装着し、マントを纏いフードを目深まぶかかぶっているアーシェラは、『登録』と書かれた看板が天井からひもつるるされている右端の窓口へ向かった。




 受付窓口に誰もいなかったので、卓上ベルコールベルを、チーン、と鳴らす。


 すると、程なくして、制服を身に着けた二十歳はたち前後の、美人というよりは可憐な感じの女性が小走りにやってきて、吹き抜けではない窓口の内側の天井に届きそうな巨漢を見て軽く目をみはった後、お待たせいたしました、と営業スマイルを浮かべ、


「ご用件は、傭兵組合マーセナリー・ギルドへの加入で間違いありませんか?」

「はい」

推薦状すいせんじょうはお持ちですか?」


 そう言われて、あっ、と思い出し、はい、とうなずく龍慈。


 ふところから取り出したのは、ホテルのロビーを出る前にラーゼンがくれた巻物。


 羊皮紙を丸めてふうをしたそれを受付嬢うけつけじょうに差し出すと、彼女は、おあずかりします、と言って受け取り、


「では、そこの通路を進んで突当りにあるドアの前でお待ち下さい」


 という訳で、手振りで示された右の壁にある連絡口を潜り、すぐ左に曲がってあとはそのまま真っ直ぐ奥へ。


 重厚な金属のドアの前で待つ事、およそ3分。


 カシャン、ガコン、とじょうかんぬきがはずされるような金属音が響いてきてドアが開き、姿を現したのは、先程の受付嬢ではなく、年の頃は二十代後半の帳簿ちょうぼたずさえた男性職員で、


「リュージ様とアーシェラ様?」


 そう確認してきたので二人がうなずくと、


「私は『ケレス』。お二人のご登録を担当させていただきます」


 そう名乗って一礼した。


 ケレスにうながされて、二人は部屋の中へ。


 ここまでの通路もそうだったが、この部屋も天井が高く、入口から見て正面の壁際には、人の頭ぐらいある水晶玉が中央にえられている魔法的な意味がありそうな装飾がほどこされたつくえと、巨大な印字機タイプライターのようなものが鎮座している机が並んでいて、左側の壁には普通のドアが一つ、右側の壁には何もないが天井まで等間隔に横線が引かれている。


「お二人は、分隊ぶんたいを組むという事でよろしいですか?」

「ん? 分隊?」


 『分隊』とは、要するに冒険者の『一行パーティ』のようなもので、部隊を構成する最小単位。メンバーは最大8名まで。


 この分隊が四つ集まった集団が『小隊』、小隊が四つ集まった集団が『中隊』で、この中隊から『傭兵団』を名乗る事ができるらしい。


 龍慈がそのつもりだと答えると、


「分隊名はもうお決まりですか?」


 決まっていない。なのでアーシェラに相談すると、直感的にひらめいたらしい。


「――『銀の腕』」

「銀の腕、か…………いいね」


 ケレスが、持っていた帳簿――団体名を記録した名簿で確認すると、そういった部隊や傭兵団は他に存在しないそうなので、分隊名は、龍慈が装備している〔神秘銀の機巧腕〕にちなんだ《銀の腕》に決まった。


「では、リュージ様が個人識別のため〔ライセンス〕に霊力を登録している間、アーシェラ様はこちらのボードへの記入をお願いします。全てめなければならないという訳ではありませんが、可能な限り記入して下さい」


 部屋には椅子が二つ用意されていたが、ケレスの指示で、得物を部屋のすみに立て掛け、横線が引かれている壁の前に並んで立たされ、文字の読み書きはできるかとたずねられたのでそろって頷くと、龍慈は、水晶玉がえられている机のほうへと促され、アーシェラは、塗料で文字がしるされているA4サイズの黒板と白墨チョークを渡された。


 それからの細かい手続きは割愛するとして…………龍慈とアーシェラが〔ライセンス〕を手にするまでにかかった時間は、小一時間ほど。


 お盆トレイせて差し出されたそれは、遺体判別用と戦死報告用の2枚式認識票IDタグのようなもので、装飾品用の細い鎖に取り付けられたその2枚は、どちらも縦2センチ横5センチ程の長方形。


 一方は、銅のプレート。こちらは認識票で、氏名、性別、種族、生年月日、信仰する神や宗派が打刻だこくされている。


 このプレートの色が示すのは、傭兵としての『ランク』ではなく、戦闘力を示す『レベル』で、レベル1から鉄、白、青、緑、黄、橙、赤、銅、銀、金の10段階。


 白から赤までは、鉄のプレートに塗料で着色したもので、銅から精鋭と見做みなされ、緊急時に傭兵を招集し臨時で部隊を編成する際には、同じ色の者達を集めて分隊なり小隊が作られるらしい。


 そして、龍慈とアーシェラが始めから銅のプレートレベル8なのは、軍目付いくさめつけと審査官の資格を有するラーゼンの推薦状にしるされていた内容を、ギルドが信用した結果なのだとか。


 ちなみに、この世界の生まれではない龍慈と、長く封印されていたアーシェラは、生年月日を記入しなかったのだが、ギルドのほうで年齢から逆算して生年のみ打刻されている。


 更に余談になるが、龍慈は16歳。アーシェラは封印された当時の18歳。自分のほうが年上だったという事を知ったアーシェラは、しばらくの間、隣の巨漢を見上げて唖然としていた。


 もう一方は、銀の縁取りがされた半透明のプレートで、こちらが〔ライセンス〕。


 一定量の情報を記録する事ができ、書き換えも可能な板状の記録珠メモリーオーブで、傭兵としてのランクや賞罰しょうばつ、受けた依頼の種類、達成回数や失敗回数などの情報が記録されており、個人識別こじんしきべつのために霊力を登録してあるので、以後、本人認証ほんにんにんしょうは全てこれで行なわれる。


 ちなみに、ランクは、下からD、C、B、A、Sの5段階で、こちらは通常通り、龍慈とアーシェラもDランクから。


 この半透明のプレートライセンスは戦死報告にも使われ、死亡している傭兵を発見した場合、状況が遺体の回収を許さないのであれば、金属のプレートはその場に残し、こちらを回収してギルドに届けると謝礼金が支払われる。


 更に、クレジットカードとしての機能が備わっているため、ギルドの『預かり所』にお金を預けておけば、市民権を持たない者は入れない内側の壁のこちら側――通称『市外しがい』の店舗なら、嵩張かさば貨幣かへいを持ち歩かずともこれで買い物ができるとの事。


 この2枚は、どちらも最初の登録は無料。だが、紛失して再発行する際は有料。


 ……などなど。


 〔ライセンス〕と認識票についての説明を一通り聞いた後、また登録用窓口に戻るよう指示されたので、龍慈とアーシェラは、ケレスに感謝を伝えて部屋を後にした。


「お疲れ様でした」


 言われた通り、登録用の窓口に戻ると、そこには先程の受付嬢の姿が。


「では、〔ライセンス〕に記録された情報にあやまりがないか確認して下さい」


 最初はする決まりになっているが、本来であれば当人が見る必要のないもの。だが、希望すれば、確認させてもらえるし、内容を変更する事もできるとの事。


 手渡された『読取器よみとりき』というらしいそれは、ノートサイズの鏡のような代物で、受付嬢に教えられた通り、龍慈が、上にある挿入口に〔ライセンス〕を差し込むと、そこに記録されている情報が光の文字で表示された。


 まずは、認識票に打刻されているのと同じ。次に、分隊名、ランク、賞罰しょうばつ、ギルドに登録した日付、受けた依頼の種類別の達成回数や失敗回数など。続いて、瞳の色や髪の色、身長など個人の特徴に加えて装備の特徴についての記述があり、それ以降は、ケレスに渡された塗料で文字が記されているA4サイズの黒板に記入したのと同じ内容だった。


「ここなんだけど」


 龍慈が指差したのは、個人の特徴についての部分で、


「〔神秘銀の機巧腕こいつ〕は義腕じゃないんだ」


 そう指摘して、一応、除装はずして見せる。


 すると、受付嬢は、小黒板にその事をしるし、他にはないかと確認してきたので、龍慈は、ないな、と頷いた。


 〔ライセンス〕を引き抜くと文字が消え、龍慈は、〔読取器〕をアーシェラに手渡す。


 そして――


「190もない」


 アーシェラが真っ先に指摘しもんくをいったのは、身長についてだった。


 身長などはかったおぼえがないので尋ねてみると、あの部屋で等間隔に横線が引かれていた壁の前に立たされた――あれがそうだったそうで、正確に計測する訳ではないので表記は5センチきざみと決まっており、185よりも190に近ければ、達していなくても190と記載されるのだとか。


 アーシェラにとって、190以上か、未満か、というのはかなり重要な事らしく、冷静に淡々と変更を希望したが、重要なのは、本人がどう思っているか、より、実際にどうなのか、だと言われて却下された。


 それでもアーシェラはしばらくねばっていたが、


「俺は220らしいから、30センチ近いがあるんだな」


 龍慈が、が事ながらよくもまぁ成長痛もなくすくすく育ったもんだとあきれつつ、何気なくつぶやくと、アーシェラがふとこちらを見上げてきて…………どういう心境の変化か、不承不承といった様子ではあったが、要請を取り下げた。


 結局、修正されたのは、龍慈の左腕は健在、義腕ではないという一点のみ。


 その後、説明は、依頼の受け方、メンバーの探し方、昇級レベルアップ昇格ランクアップの条件、既に存在している傭兵団に入団する方法…………などなどに続き、ギルド本館に存在する施設の事に。


 〔ライセンス〕の説明の際に少し触れた、金銭や持ち物を預かって保管してくれる『預かり所』の他にも、字が読めない者のために資料の管理を専門とする職員が常駐していて、依頼達成のために必要な情報を提供してくれる『情報室』や、新たな【才能】が開花していないか、【技術】が上位のものに変化したり別ものものに派生していたりしないか確認する事ができる『鏡の間』などが存在するそうで……


「――あッ!?」


 龍慈が突然声を上げたのは、その『鏡の間』が話題に上った時の事だった。


 受付嬢に、ど、どうかしましたかっ!? と訊かれた時は、驚かせてしまった事をびてから忘れていた事を思い出しただけだと言って誤魔化したが……


「どうしたの?」


 受付嬢の説明が終わり、ここでは割愛するが、を受けてほしいと要請されてひとまず考えてみると返し、感謝をげて別れ、晴れて傭兵になった後、アーシェラに尋ねられた。


「呪いの事を、な。すっかり忘れてた」

「呪い?」

「あれ? 話してなかったか?」


 忘れられた城で生活した約一ヶ月の間、食事などの際に、自分はこの世界に召還された転移者だという事や、あちらの世界の事、別行動している仲間の事などを話題にしたが、呪いの事については話していなかったらしい。


 共に行動するなら、知っておいてもらったほうが良いだろう。


 龍慈は、自分にかかっている呪いの事を――周囲の空間の霊気だけではなく道具に触れるとそこに封入されていた霊気が消失して使いものにならなくなってしまうのだという事を話した。


 すると――


「それは、おかしい」

「おかしい?」

「そんな呪いにかかっているのなら、〔如意心鉄棒バディ〕や〔守護のマントフレンド〕が、今、無事でいられるはずがない」

「あっ」

「〔ライセンス〕を作る際に触れた道具は壊れなかったし、忘れられた城の設備やアムリタのつぼに触れても問題なかった。それに何より、ヴァルヴィディエルが気付かないはずがない」

「確かに」


 ならどういう事だ? と首をひねる龍慈。


 アーシェラも、しばしもくして思案し……


「……もう呪いはけている?」

「は? なんで?」


 この呪いは、メグミを元の世界に送り返した代償。それゆえに、神官長は、この世界に使徒達を留めている神器の砂時計の力を打ち消して送還したのだとすると、64年に一度しか行えない〝召喚の儀〟に相当する莫大な量の霊気が消失するまで解ける事はないだろう、と言っていたが……


「〝マザー〟のコアに触れた事で、〝マザー〟がながい時をかけて核にたくわえていた霊気を吸収したから」

「…………あぁ~、なるほど」


 呪いが解けたのがそのタイミングなら、突入する際に忘れられた城をおおい隠していた結界を一時的に消失させてしまったのと、〝マザー〟を封印から解き放ってしまったのは呪いのせいで、ヴァルヴィディエルと出会った時にはもう解除されていた事になる。


 十分に納得できる説明だった。


「じゃあ、そういう事で」


 原因理由はどうあれ、呪いが解けているなら万々歳ばんばんざい。もう思いなやむ必要もない。


 つい先程まですっかり忘れていたが。


 ――何はともあれ。


 龍慈は、そう言ってあっさり片付けると、さっさと気持ちを切り替えて、


「とりあえず、ギルド酒場に行こう。〔ライセンス〕をもらうのに結構時間かかったからな。これ以上待たせたら悪い」


 ラーゼンと団長が待っていると言っていた、ギルド酒場へ向かって歩き出す。


 アーシェラは、まず、その切り替えの速さにあきれ、次に、リュージらしいと苦笑し、それから、どうした? とついてきていない事に気付いて足を止め振り返った巨漢に、何でもない、と告げると、軽い足取りでとなりに並び、共に歩いて行った。

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