第10話 その城郭都市の名は……
人は、同種の経験を積み重ねる事で
龍慈達に遅れて駆け付けたサンドリバー
「俺は、サンドリバー
「助勢、感謝する。あんた達がいてくれなかったら、討伐し終えるまでにあと何人か
そう言って謝意を示し、横転していた
「もし良ければ、あんた達も警護についてくれないか? もちろん報酬は出す」
そんな話を持ち掛けてきた。
彼らが来る前には、【
「承知した。――けど、
そんな訳で、サンドリバー車団に便乗して最寄りの都市へ向かう事に。
「大丈夫ですッ! 火が残っていましたッ! ――動きますッ!」
牽引車を点検していた者が声を上げ、転倒した衝撃で停止していた主機関が再起動した。
「うぅ~む。スチームパンクだな」
「…………?」
忘れられた城から旅立つ時、『乗り物』と言われてファンタジーな物ばかりを思い浮かべていた龍慈が、こうきたか、と思いつつ、空想科学の世界から飛び出してきたかのような巨大な乗り物を見上げながら
「なんだ? 二人は、ワイルドスチームを見るのは初めてか?」
ラーゼンが声をかけてきた。
彼
燃料は、錬金術師が錬成した『燃石』で、一度補給すれば約1週間は無補給での運用が可能であり、吸気口から取り込んだ空気とそこに
そんなワイルドスチームに連結して牽引する
この科学と魔法を融合させた技術である錬金術で製造された乗り物は、客車や荷車を引く牛馬や亜竜のおよそ4倍の速度で移動する事が可能な上、車を止めずに運転手が交代しながら長時間走らせ続ける事ができ、更に、一度に大量の人や荷物を輸送する事が可能なため諸々の費用を
要するに、今の世の中にはなくてはならない乗り物で――
「
根掘り葉掘り詮索しようとはしなかったが、それを知らないお前達は何者だ? とさりげなく探りを入れるラーゼン。
それに対して、龍慈は、へぇ~っ、と感心し切りでまるで気付かず、アーシェラは、その隣で気付かないふりをした。
「隊長。素材の回収と積み込み、完了しました」
報告に来た彼の言う『素材』とは、その二つの事。
龍慈は、そもそも素材の回収まで考えていなかったし、アーシェラは、試そうと思っていた事はあったが、不特定多数の前でそれを実行する気はなかった。
彼の指示で、手が
それから程なくして、運転手と見張り役の数名のみが搭乗し、無事だった積み荷や装備、遺体や遺品を収容した8号車がゆっくりと動き出し、龍慈とアーシェラ、隊長を含む団員達がそれに
避難壕――通称『あなぐら』とは、街道に一つ以上存在する避難場所の事であり、
そんな避難豪で、サンドリバー
その際――ラーゼンに団長と引き合わされた際、恩人とは言え乗車するなら規則だから、と〔ライセンス〕の提示を求められたのだが、龍慈とアーシェラは、それはもちろん身分を証明する事ができるものを何一つ持っていない。なので、正直に告白すると、始めは困惑されたものの、結局、分かった、この件は
そして、8号車の応急処置が済むと、サンドリバー車団は8台
遠くにある高い城壁を見付けた時は、まだ空は
「『チンコチクビへようこそっ!!』って、……正気の沙汰じゃねぇな」
先頭を走行する1号車の
こちらは共通語。日本語ではなく外国語の『チンポー湖』や『レマン湖』とは訳が違う。
頭がイカレているとしか思えない。都市にこんな名前を付けた奴は当然、変えようともせずこんな名前で呼び続けている住民も相当なものだ。
「リュージ、リュージ」
そんな巨漢の隣で体育座り(三角座り)しているアーシェラが、その肩をつんつん
「チンクチコルビ」
「なんだそりゃ?」
「さっきの看板に書いてあった。たぶん、この都市の名前」
「なんですと?」
慌てて振り向くも、既にトンネルの中。確認できず、うぬぅ~っ、と顔を
だが、トンネルを抜けると、そこは、車の駐車場というより電車の停車場といった感じの場所で、無数の歩道橋が
「チ、ン、ク、チ、コ……あっ、本当だ」
目を凝らして確認し、間違いを認める龍慈。
イカレているのは、自分の頭のほうだった。
――それはさておき。
チンクチコルビは、大きな『ユファイ川』の西側にあった『チンクの町』と東側にあった『チコルビの町』が、
そこには、石と鉄の街並み、無数の配管、大小様々の歯車、蒸気を噴き上げる機械…………そんなスチームパンク風の世界に、剣と魔法、錬金術、亜人や獣人などファンタジーの要素を混ぜ込んだような情景が広がっている。
サンドリバー車団が進入したのは、東側城壁沿いの停車場で――
「リンデンバウムや忘れられた城とは、まるで別世界だな」
ちょっと興奮して付随車の上甲板で立ち上がったら頭が歩道橋にぶつかりそうになったので、
程なくして、サンドリバー車団の8台のワイルドスチームは、誘導員の指示に従って停車し、それを待ってすぐさま降りてきた団員達が作業を開始。スルスルと伸びてきたパイプの先端をワイルドスチームに接続していく。
その様子を、龍慈が、アーシェラと共に
「あぁやって接続して、ワイルドスチームの蒸気機関が生み出すエネルギーを都市に売るんだ」
下車するのはもうしばらく待ってほしい、と戦闘部隊の隊長
ワイルドスチームの蒸気機関は、一度火を入れると廃棄されるその時まで消さない半永久機関で、だいたい一週間に一度の間隔で〔燃石〕を
彼
そんな話をしている間に、全車輌と都市との接続が完了し、彼が立ち去った後ぐらいから、
客から小さな札を受け取った
「リュージ」
アーシェラに呼ばれて、ん? と顔を向けると、
「これからの予定は?」
そう問われたので、即答した。
「未定だ」
「……考えて決めておいたほうが良いと思う」
「確かに」
龍慈は頷き、ふむ、と思案し、
「まぁ、未定とは言ったが、やっぱ
日中は夏のように暑かったが、日が沈んでから冷え込んできた。自分だけなら、気温や治安に関わらず公園のベンチで問題ないが、
「明日は、
まぁ、ひとまずはこんなところじゃないか? と意見を求めると、異論はないらしく、アーシェラはこくりと頷いた。
これからの予定は? とアーシェラに問われて、龍慈が真っ先に挙げた宿探しだったが、結果から言ってしまうと、せずに済んだ。
それは、団長の
それも、
ちなみに、龍慈はそう言われたからと素直に待っていたが、ラーゼンが下車するのを待つよう言ったのは、団長と共に保証人になって手続きを行ない、身分を証明できるものを持っていない龍慈とアーシェラが市街地に入る許可を得るためだったらしい。
「部屋はどうする? 一人用を二部屋か――」
「――二人用の部屋を」
超然とした雰囲気で龍慈以外を寄せ付けず、フードを目深に被って表情を
出会ってからずっとそんなだったため、龍慈に訊いていたラーゼンは、
「何かもらえないかと訊いてみたんだがダメだった」
夕食の時間は既に過ぎていて、ホテルの食堂は閉まってしまったとの事。
ラーゼンは、すまないな、と謝りつつ受け取ってきた部屋の鍵を差し出し、
「屋根がある場所で寝られるだけで
龍慈は、ありがとうございます、と
一緒に朝食をとる約束をした後、まだ仕事が残っているらしく、ロビーから外に出て行くラーゼン。
そして、龍慈とアーシェラも部屋に向かおうとして――
龍慈が左腕に装着している〔
龍慈が目でどうするか問うと、アーシェラは、首を横に振る。〔星屑の矛〕は手元に置いておきたいようだ。
ならば、と龍慈は、〔星屑の矛〕を預かって1メートル以下にまで縮め、脱いだ〔
従業員はそれを見ていたが、特に何も言ってこない。
なので、そのまま1階ロビーを後にして階段を上がって行く。
キーホルダーに記されている部屋番号は『402』。
龍慈がドアを開け、アーシェラを先に通してから、ドア
間取りは、ワンルーム。ドアから入ると細い通路なっていて、右手にドアが二つ並んでおり、それぞれトイレとシャワールーム。その先は、正面に窓が二つ並んでいて、調度は、ベッドが二つ、丸テーブルが一つ、椅子が二つ、スチール製の収納ラックとハンガーラックが一つずつ。
トイレとシャワールームは、どちらもしっかり清掃されているようだが、古びていて、お世辞にも綺麗とは言えない。それに、シャワールームには、タオル掛けに長細く折ったバスタオルが2枚用意されているが、トイレには、水洗の洋式便器が設置されているものの、用を足した後に
まぁ、それは良い。龍慈は、【玉の肌】の副次的な作用である浄化能力があるので、風呂に入る必要も
しかし――
「やっぱ
2メートルを超える筋骨隆々の巨漢が横になると、ヘッドボードに頭が付いた状態でも足が飛び出してしまう。仰向けで両足を伸ばして寝たい龍慈にとって、ベッドが小さいのは問題だ。
とは言え、それを解決する手段は既に用意してある。
「シャワー浴びたいなら行ってきて良いぞ。その間に夕食の用意をしておくから」
まず、両方の窓のカーテンを閉めてから、
マントと軽装甲が一瞬で溶けるように消え、
龍慈は、〔如意心鉄棒〕を十手から1メートル程の金棒にして壁に立て掛け、除装して銀の短い柱状になった〔神秘銀の機巧腕〕をその隣に置き、勝手に適当なサイズに縮んだ〔守護のマント〕をそこにあったハンガーを使ってラックに掛けてから、
それから、手で、使わない収納ラックに触れて、小さくした。
それは、【仙人掌】の一つ、触れたものを小さくする【小の手】の効果。
龍慈も、アーシェラも、
そこで、宝物庫に納められていた大量の財宝を持って行くにはどうすれば良いか考えた結果、巾着袋一つに全て収まるくらい小さくして持ち運べば良いのではないか、と思いついて求めたのがこの【仙人掌・小の手】。
〔星屑の矛〕を縮めたのもこのスキルで、収納ラックに続いて二つのベッドもドールハウスに飾れるミニチュアサイズまで小さくし、窓枠に並べて置いておく。
次に、広々とした部屋の中央で、今度は、触れたものを大きくする【大の手】で丸テーブルと二つの椅子を使いやすいサイズまで大きくし、巾着袋の中から取り出した豆粒のようだった〔恩恵の食缶〕と銀製の食器類を元のサイズに戻した。
アーシェラがシャワールームから戻ると、二人で楽しく語らいながら夕食を堪能し、まったりしてから片付ける。その後は、テーブルと椅子を小さくして窓枠に置いて並べ、替わりに二つのベッドを部屋に収まるギリギリのサイズまで大きくして、
「はぁ……~っ、【仙人掌】を使えるようになっといて良かったなぁ~」
心の底からそう思いつつ、ベッドの上で大の字になった。
アーシェラも、電灯っぽく見える照明器具の光量を、
「おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
二人は、それぞれ、横になって毛布に
そして――
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