第9話 今、地上で起きている事実

 ――時は流れ。


 忘れられた城にせず突っ込んでからはや一ヶ月。


「なんか、あっと言う間だったな」


 旅立ちの日をむかえ、城の最下層、発着デッキで足を止めた龍慈は、ふと振り返った。


 そうしてかえりみるのは、この城でごした日々。


 結局、【る手】を含めてじゅうの【仙人掌せんにんしょう】を会得し、その都度つどひどい頭痛に苦しめられはしたが、それをのぞけば、楽しく有意義な時間だった。


「リュージ?」


 呼ばれてふと我に返り、となりに目を向けると、アーシェラが不思議そうに小首をかしげている。


 この国がかたむくレベルでうるわしく可憐な美女が、一見、何を考えているか分からない無表情キャラのようでいて、その実、よく見なければ分からないほど変化がとぼしいというだけで、案外考えている事が素直に顔に出るという事に気付けたのも、この期間に得た大きな成果の一つだ。


 そんなアーシェラのよそおいは、はだに張り付くようなインナースーツの上に、スカートの前が短く後ろが長い薄手の装束ドレスを纏い、指先から肘までを覆う甲拳、爪先から膝までを覆う長靴型の脚甲、乳房が無闇に揺れないよう下からしっかり支える胸当て、額から頭頂部までを護る頭環型の兜など、軽甲冑を装備している。


 インナースーツと軽甲冑は、【星屑統御スターダストルーラー】と名付けられた〝マザー〟から簒奪さんだつした能力で作り出したもので、その装束ドレスは、武器庫に矛槍と共に納められていた品。他のものは英傑達が実際に装備していたものだそうだが、彼女のだけは同等の性能を有する複製品レプリカ。それは、当時身に着けていたものは、彼女共々〝マザー〟と融合した時に失われてしまったから。


 当初、インナースーツと軽甲冑だけで良いと考えていたアーシェラに、装束を纏うようすすめたのは龍慈。これで、ただでさえ人目を引く高身長と抜群の容姿が相俟あいまって男女問わず注目を浴びてしまうのはまぬがれないだろうが、多少なりとも野郎共の欲望にまみれたよこしまな視線を減らす事はできるだろう。


 そして、その背後に何の支えもなく宙に浮かんでいるのは、新たに『星屑の矛』の名を与えられた矛槍。


 今後、〝マザー〟から簒奪した力は全てこの神器の能力だという事にすると決め、そのための口裏合くちうらあわせも済んでいる。


「いや、なんか名残惜なごりおしい気がしてな」


 そう答える龍慈が身にまとっているのは、両そでがなく、履物はきものは安全靴のような頑丈なブーツだが、全体的にゆったりとしていて腰で細帯ほそおびを締めて着る装束は、どことなく破戒僧を彷彿ほうふつとさせ、その上にフード付きのマントを羽織はおっている。


 ちなみに、勝手に動いて装着者を護る〔守護のマント〕だけは、ある程度自由にサイズや形状を変える事ができるのでそのまま纏っているが、それ以外は、に装備した〔神秘銀の機巧腕アガートラム〕が、武器庫に納められていた英傑達の防具や装束を内部に取り込んで製作したもの。


 そして、左腕に〔神秘銀の機巧腕〕を装備し、特に名前を付けていない伸縮自在で形状すら変える金棒を、長さ50センチほどの十手じってに変化させてかぎおびに引っ掛けるようにして腰の左斜め前に差し、荷物は、腰の右側、宝物庫にあった琥珀こはくを加工した根付ねつけで帯にげている、元ていたチュニックをばらして作った巾着袋きんちゃくぶくろ一つ。


「〝この城は其方そなたのものだ〟〝気が向いたなら、いつでも帰ってくるが良い〟」


 いつも通り、大らかでどことなく父性を感じさせる思念を伝えてきたのは、見送るためについてきた聖獣ヴァルヴィディエル。


 龍慈は、そんな大きくてはるかに年上の親友に向かって、


「なぁ、やっぱり一緒に行かないか? どんなに馴染んで居心地が好くなった場所でも、ひとりじゃ退屈だろ?」


 既に一度ことわられたが、もう一度さそってみる――が、


「〝我は、遥か昔に隠遁いんとんした身〟〝今更いまさら世事せじに関わるつもりはない〟」


 また、にべなく断られてしまった。


 しかし――


「〝だが、これから其方が何を成すのか、見てみたくなった〟」


 そう言うと、ヴァルヴィディエルは、金棒を貸してほしいと頼み、龍慈は、二つ返事で了解すると早速おびから抜いて差し出す。


 すると、今は十手になっている金棒が、念動力のような力でふわりと浮かび上がって、ヴァルヴィディエルの前へ。


「〝…………〟」


 軽くまぶたを閉じて集中する巨大な聖獣。


 程なくして、その胸の前に、ぽわんっ、と出現した光の玉と、金棒が、引き合うようにして融合し…………見守っていた龍慈とアーシェラの目の前で、一頭のオオカミ姿すがたを変えた。


「〝それは、個我こがを有してはいるが、我の分身のようなもの〟〝その目をかいして、我も、この場にいながら、其方らと同じ景色を見る事ができる〟」


 ヴァルヴィディエルがそう説明している間に、大型犬よりも一回り大きいくらいの狼は、軽快な足取りで龍慈のもとへ。


 尻尾を振っているので、龍慈は、その場で片膝かたひざをつき、下から手を上げて首回りや頭をでる。


 この体毛のモフモフ感や、あたたかさ、やわらかさ…………触った感じは、普通の動物としか思えない。


 だが、ウォンッ、と挨拶あいさつするように一声鳴くと、また一瞬にして十手に戻って龍慈の手におさまった。


「個としての自我があるなら、名前もあるのかい?」

「〝まだない〟〝其方が名付けてやってくれ〟」


 そういった事が得意ではないという自覚がある龍慈は、困り顔で首をひねり…………直感で決めた。


「よしっ! お前の名前は、『バディ』だッ!」


 意のままに姿形を変える心あるくろがねの相棒、略して『如意心鉄棒』と書いて『バディ』と読ませる事にした龍慈は、ふと、勝手に動いてまもってくれるのに〔守護しゅごのマント〕にだけ名前がないのは仲間外れにしているような気になり、束の間思案して、こちらは『フレンド』と呼ぶ事にした。




 ヴァルヴィディエルを城から連れ出す事をあきらめ、あらためて、アーシェラ、それに新たな仲間である〔如意心鉄棒バディ〕と共に旅立つ事を決めた龍慈――だったのだが……


「で、どうやって地上に降りるんだ?」


 発着デッキには、乗り物のたぐいが見当たらない。


 そこで、ヴァルヴィディエルに訊くと、


「〝其方は飛べるのではないのか?〟」


 そう訊き返された。


 確かにミサイルのような速度でかっ飛ぶ事はできる。だが、着地する事ができない。


 それゆえに、活路を着水に見出して海へ向かっている途中、偶然この城に突っ込んでしまったのだという事を伝えると、


「〝この城へいたるには乗り物が必要で、帰りは当然、来る時に乗ってきたものに乗れば良い〟〝それ故に、この城に乗り物の用意はない〟」

「なんてこった……」


 旅立とうとした矢先やさきに発覚した事実に、唖然呆然とする龍慈。


 これには、アーシェラとヴァルヴィディエルも困惑をにじませ……


「正規の手段ルートで攻略した訳じゃないからこういう事になるのか……」と頭をかかえたのも束の間「……まぁ、言ってもせんのねぇ事だな」


 アーシェラとヴァルヴィディエルが思わず唖然とすあきれる程、あっさり気持ちを切り替える龍慈。


「それにしても、空飛ぶ乗り物、か……」


 いかにもファンタジーな空飛ぶ船とか、魔法の絨毯じゅうたんとかだろうか? あとありそうなのは、気球や飛行船。あるいは、翼竜ワイバーン鷲獅子グリフォンのような背に乗る事ができる生き物がいるのかもしれない。


 元の世界なら、飛行機とか、ヘリコプター……


「……あっ」


 良い事を思いついた。


 早速さっそく試してみるため、左腕に装備している〔神秘銀の機巧腕〕を天井に向かって突き上げ、イメージを伝える。


 すると、銀の巨大な左腕は、ジャコンッ、ガキンッ、カシャンッ、ジャキンッ……そんな無数の金属音を多重連鎖的に響かせて、またたく間に二重反転式回転翼ツインローターブレードへと変形した。


 一つの回転翼ローターだと、ヘリコプターのように、テールローターかそれに類する装置がないと機体が回転してしまって安定しない。だが、時計回りと反時計回り、それぞれが逆向きに回転する二重の回転翼なら、無人飛行機械ドローンのように飛行を安定させる事ができる。


 そして、龍慈がイメージしたSFの殺人ドローンは、消音装置ノイズキャンセラーが搭載されていて音もなく接近し、この二重反転式回転翼に巻き込んで人間をズタズタに切り裂いていた。


 だからか、〔神秘銀の機巧腕〕が変形したそれも非常に静かで、二重のローターが回転する速度を上げていくと、2メートル以上140キロ超えの巨躯が、ふわり、と浮き上がった。


「……ふむ、いけそうだな」


 常時強化状態なので、自分とあと一人ぐらいなら、更に【武術】で強化せずとも、腕がげそうな苦痛とは無縁のまま地上に降りられるだろう。


「バディ。早速で悪いが、頼むぜ」


 以心伝心。言葉で説明しなくても伝わるらしく、〔如意心鉄棒〕は、十手から両足を固定できるスノーボードのような板状に変化した。


 両足を肩幅に開いてその上に乗ると勝手にしっかり固定され、それを確認した龍慈は、右手で手招てまねきしつつアーシェラを呼ぶ。


 すると、察したらしく、アーシェラは、龍慈の左右の足の間に乗ると、その背に両手を回してボードの上に立ち…………抱き合うような自分達の格好に気付いて、ほんのりほほを朱にめた。


 龍慈のほうも、細い腰に右手を回して支えてから、自分達の体勢に気付いて狼狽うろたえ、自分の胸に当たる彼女の胸当ての硬さに、残念がったり、いやこれで良かったんだと考えを改めたり……


 ――何はともあれ。


 二重のローターブレードの回転速度が上がり、


「じゃあ、――行ってくるッ!」

「どうかお元気でっ!」


 二人を乗せたボードが発着デッキの床から離れ、


「〝其方らの旅の無事を祈る〟」


 ヴァルヴィディエルに見送られて、龍慈とアーシェラは、忘れられた城から旅立った。




 別れの寂しさ、知らない場所へおもむく不安、何所どこにだって、どこまでだって行けるという高揚感…………そんな様々な思いを胸に、龍慈とアーシェラは地上を目指して降下して行き……


「……あれ?」


 龍慈は、眼下に広がる光景に違和感をおぼえた。


「…………?」


 どうしたの? と声に出さず目で訊いてくるアーシェラ。


 龍慈は、回答かいとうするため、そのこたえを求めて思案し……


「…………そうだ。――森はどこ行ったッ!?」


 流刑るけいしょされ、送り出されたエルフに占領され改造魔蟲クリーチャー跳梁跋扈ちょうりょうばっこする北東大陸は、見渡す限り樹海が広がっていた。


 しかし、眼下に望めるのは、砂漠と岩山とかわいた地面――どこまでも続く不毛の大地。


 異世界こっちでは、大地の霊脈の影響で、環境ががらりと変わったり、不自然な地形が存在したりするという話は聞いているが、一ヶ月そこそこで樹海が砂漠に変わったりするものなのだろうか?


 アーシェラに訊いてみると、


「そんな事はないと思う」

「ですよねー」


 ではどういう事なのか?


「…………まさか、――あの城移動してたのかッ!?」


 思いついたのは、ここが別の大陸だという可能性。


 知らなかっただけでこの一ヶ月の間移動し続けていたのだとすると、十分あり得る話だが……


「でたらめにかっ飛んだ挙句あげく、外からは見えないこの大空を移動し続ける城に突っ込む、ってどんな確率だよ」


 それこそ、運命の女神様のおみちびきでもなければあり得ない事だろう。


「まぁいいか」


 気にしても仕方がない。


 にもかくにも、まずは地上に降りようと、遊覧飛行を楽しみつつも高度を下げて行き……


「――リュージッ!」


 アーシェラが、唐突に鋭い声を発した。


 その目が向けられているのは、自分の背後。


 龍慈は、90度旋回し、顔を横に、目をアーシェラが指差すその先に向けて――


「アーシェラは視力が良いなッ!」


 身体強化が常態化してから勝手に視力が上がって行き、今では広大な原野で生きるアフリカの部族並みによく見える――そんな龍慈の目がとらえたのは、土煙を巻き上げて爆走する蒸気機関車SLのような車輌の列と、それを追いかけ徐々に距離を詰めていく改造魔蟲クリーチャーれ。


 龍慈は、当然のようにそちらへ進路を変更し、高度を下げながらガンガン速度を上げて行く――が、二人の目の前で、最後尾の車輌がクリーチャーの群れに追い付かれ、取り付かれた。


 横転する最後尾の車輌。数匹がそこへむらがるものの、ほとんどが止まらず、逃げ続ける車列を猛追する。


 二重反転式回転翼の飛行速度では間に合わない。このままでは到着する前に全滅してしまう。


 そこからの行動は、頭で考えてした訳ではなく――


「――しっかりつかまってろよッ!」


 龍慈が、向かおうとしている現場に背を向け、右手でしっかりアーシェラの腰をだきかかえるのとほぼ同時に、〔神秘銀の機巧腕〕が二重反転式回転翼から衝撃波砲へと変形し、〔守護のマントフレンド〕が二人の躰を纏めて包み込む。


 その直後、ドゴォオンッ、という砲声が晴れた青空に響き渡り、二人は砲撃の反動で砲弾のごとく現場に向かってかっ飛んで行った。




 ――『車団コンボイ』。


 それは、『荒野を走破する蒸気機関車ワイルダネス・スチームロコモティヴ』――通称『ワイルドスチーム』を運用し、都市から都市へ、人や物を護送する事を生業とする一団の事。警護する専属の戦闘部隊をともない、運ぶのは、おもに、郵便物や旅人、少人数で活動する傭兵などであり、危険な荒野の移動手段として利用される。


 車団組合コンボイ・ギルドに属している優良企業――サンドリバー車団コンボイは、前の都市を朝方まだ暗い内に8台で出発し、今日の昼過ぎには次の都市に到着する予定だった。


 しかし、慎重に進んではいたものの、行程のなかば、報告では先日排除されたはずの場所に潜伏していた歩哨型クリーチャーに気付くのが遅れ、襲撃を受けた。


 そして、警戒任務中だった攻撃班の活躍で、車列から引き離す事に成功し、全速力で逃走をはかったのだが――


「――クソがッ! 最後尾ケツ取りくい付かれたッ!!」


 後ろから数えて2番目を走行するワイルドスチームに牽引された観光バスほどの大きさの付随車トレーラーの屋根の上――上甲板にいる攻撃班・班長の声からして時を置かず、後続の8号車が横転したと思しき轟音が響き渡った。


「早くしろッ!! グズグズするなッ!!」


 梯子タラップつかまっている7号車担当の車長が、高速走行中の騒音に負けないよう声を張り上げ、付随車上甲板から連絡橋を渡って牽引車ワイルドスチームに戻ってきた攻撃班を車内へ呼び込み、


「行け行け行け行けぇッ!! 避難豪あなぐらまで絶対に取り付かせるなッ!!」


 今度は、備え付けの専用棚ラックに並んでいた擲弾発射器グレネードランチャーのような『衝波銃ブラスター』を手に取り、素早くその台尻グリップエンドと自分の腰に巻いているベルトを専用の鋼線ワイヤーでつないだ防衛班、戦闘系の【才能】を持たない普段は荷役にやくなどを担当する団員達を、次々と送り出す。


避難豪あなぐらはもうすぐそこだッ!! 余力は気にせず俺の合図あいずでぶっ放せッ!!」


 上甲板は、グルリと落下防止用のさくが取り付けられており、その中央にも左右を分けるように手摺てすりが取り付けられている。


 上甲板に一人残っていた攻撃班・班長は、牽引車あちらから付随車こちらへ移ってきた防衛班の団員達が、中央の手摺と腰のベルトとを命綱ワイヤーでつなぐのを確認しつつ指示を出し、


「――構えッ!!」


 防衛班は、後方に戦力を集中させる形で配置にき、決意の表情で衝波銃を腰撓こしだめに構えた。


 その目に映るのは、一台うばっただけではき足りず、凄まじい勢いで追い駆け、距離を詰め、左右に分かれて追い抜こうとする異形――通称『歩哨型センチネル』の群れ。


 それは、縄張りテリトリーの外縁部に配置される小型で最も数が多いクリーチャー。


 大きさは、軽乗用車ほど。前進する事ができるタイプのカニに似て、鉗脚ハサミはないが、頭、胸、腹が一体化した缶詰型の体に、5対の穿脚――歩行と攻撃に使われる先端が槍の穂先のように鋭利で堅固な計10本の脚を有し、全身が戦車のごとき重厚な外骨格で覆われている。


 昼夜を問わず群れで行動し、空腹で動けなくなる前に、生きたまま輸送したりでたりするため輪ゴムやひもで縛られたかにのように、あしちぢめて岩に擬態したり、地面をって地中に潜伏し、消耗を極限までおさえた仮死状態で獲物が近付いてくるのを待ち続ける。


 それ故に、探査系の魔法でも発見するのは非常に困難で、今回はそれに加えて、事前に得ていた情報で油断していた事もあって、発見が遅れてしまった。


「――まだだッ!! ギリギリまで引き付けろッ!!」


 衝波銃ブラスターは、銃把グリップから霊力を送り込む事で霊威を帯びた衝撃波を発射する錬金術師が製作した武器で、攻撃範囲は前方おおぎ型。


 その威力が最も発揮されるのは近距離。しかし、クリーチャーを撃破するほどの威力はない。――だが、霊力があれば誰にでも使用する事ができ、攻撃範囲が広いため正確に狙いをつける必要がなく、連射が可能な上、大きく吹っ飛ばす事はできる。


『…………~ッ!!』


 舗装されていない道を高速で走行する付随車の激しく揺れる上甲板で、命綱があってもぬぐえない転落してしまうかもしれないという恐怖と、徐々に接近してくる10本の脚を気持ち悪いぐらいなめらかに動かして並走するクリーチャーの姿に、ゴリゴリ精神をけずられながら、奥歯を食いしばって今すぐ衝波銃を撃ちまくりたいという衝動をこらえ……


 攻撃班・班長が、撃てッ!! と合図する――その直前、ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……ッ、と集中豪雨のような密度で降り注いだ光の弾丸の群れが、左側、次いで右側のクリーチャーの群れを先頭から後続へとでるように撃ち抜き――


「ぃいいいいいぃ…よぉいしょぉおおおおおぉッッッ!!!!」


 そんな威勢のいい掛け声と共に落ちてきた巨漢が、天をも震わせるほどの轟音ごうおんとどろかせて付随車の後方に着地し、そのすり鉢状の陥没クレーターができるほどの衝撃で後続のクリーチャー共を纏めて吹っ飛ばした。


「隕石ッ!?」

「いやッ、人だったぞッ!!」


 騒然となる付随車の上甲板――そこに響く、トンッ、という軽やかな音。


 不意に背後から聞こえてきた物音に、班長を始めとするその場の全員が一斉に、バッ、と振り返った。


 すると、そこには――


『…………』


 この世のものとは思えないほどの美貌に、悪路を走行中の振動をものともしない凛としたうるわしき立ち姿。この世界の女性の平均身長を大きく超え、団員達は重心を落として姿勢を低くしっているせいでなおのこと見上げねばならないのに加えて、右手に矛を携え軽甲冑を身に着けている事に違和感を覚えない威風をその身に纏っているがゆえさらに更に大きく見え、その場に居合わせた一同は、冗談ではなく、戦いの女神が降臨したのかと思った。


 時と場所を忘れて思わず見惚みとれ、言葉を失う団員達。


 そんな視線をかいさず、つい先程、龍慈が光弾を撃ちまくりながら墜落ちゃくちする前、〔神秘銀の機巧腕〕を衝撃波砲から多銃身回転砲塔式重機関バルカン砲へ変形させながら空中で一瞬仰向けになった巨漢の腹筋はらを蹴って跳躍し、【空気使い】の能力で風を纏い飛行してここに降り立ったアーシェラは、左手を振り上げた。


 〝マザー〟から簒奪さんだつした能力で操る『星屑』と名付けた微粒子は、小さぎて肉眼では確認できない。そして、一ヶ月の研鑽をて、その拡散・結合は一瞬。


 それ故に、余人の目には、長さ約2メートルの両端が鋭くとがった投槍の群れが、空中に忽然こつぜんと現れたようにしか見えない。


 そして、戦女神アーシェラの手が振り下ろされると同時に、投槍の群れが音の壁を突破する勢いで飛翔し、龍慈が造ったクレーターを回り込んでなお追いかけてくるクリーチャーの先頭集団を串刺くしざしにして派手に転倒クラッシュさせた。それが後続を巻き込んでこの車輌と追手の距離が大きく離れたのを確認すると、トンッ、とまるで体重がないかのような軽やかさで跳躍ちょうやく。周囲に無数の投槍を出現させながら、転倒した先頭集団を回り込んできたクリーチャーの群れに向かって飛んで行った。


『…………』


 唖然呆然とする団員達。そこへ――


「――避難壕あなぐらに入るぞッ!!」

「――――ッ!? せろッ!! 全員伏せろ伏せろッ!!」


 牽引車側から掛けられた車長の声で、はっ、と我に返った攻撃班・班長が、自分もその場で片膝立ちの低い姿勢になりつつ防衛班の団員達に指示し、全員が我に返ってその場で伏せるのとほぼ同時に、7号車は傾斜スロープを下って隧道トンネルに入り、急制動フルブレーキ。6号車に追突する直前で停止すると同時に、防衛班と交代して中に戻っていた攻撃班が車外へ飛び出して行く。


「――6、7号車は戦闘準備のまま待機ッ!! 俺達が出たら閉めろッ!!」


 長柄の斧槍ハルバードたずさえた狼頭の獣人――サンドリバー車団・戦闘部隊隊長の声が避難壕内に響き渡り、彼みずから多種族混合の精鋭達を引き連れて疾走し…………行くべき者達が全員出たところで、長柄の鉄鎚ハンマーを構えて待っていた者が、子供の背丈ほどもある鉄骨の操作棒レバーを殴り倒した。


 直後、ガコンッ、と固定具ロックがはずれ、上部が蝶番ちょうつがいで固定され下部が天井に吊り上げられていた分厚い金属の隔壁が、ブオッ、と突風を巻き起こしながら勢いよく落ちてきて、ズガァアァンッ、と閉まり、入口の両脇で待機していた者達が、外から押しても開かないよう開放防止金具ストッパーを起こす。


 そのように、仲間達がやるべき事をやっていた時、7号車の上甲板にいる団員達は、先程の出来事が、現実だったのか、それとも極限状態で錯乱した結果の幻覚だったのか判然とせず、へたり込んだまま茫然としていた。


 ちょうどその頃――




 ――ヴヴヴヴヴヴッ、ヴヴヴヴヴッ、ヴヴヴヴヴヴヴヴッ、ヴヴヴヴヴッ!!


 左から来るクリーチャーは、バルカン砲に変形した〔神秘銀の機巧腕あいぼう〕が勝手に動いて始末してくれる。


 ゆえに、口角を吊り上げ悪魔のように笑う龍慈は、スノーボード状から金棒かなぼうに戻って右手に収まり、更に長さ約3メートルまで伸びた〔如意心鉄棒バディ〕を、ドゴンッ、ドドドゴンッ、ドドゴンッ、とモグラたたきやワニワニパニックなら完全制覇パーフェクト間違いなしのハイスピードかつリズミカルに振り上げては振り下ろす単純動作を繰り返し、正面と右側から来る、または後ろへ抜けようとするクリーチャー共をほふり……


「――リュージっ!」


 後ろから呼び掛けられて、はっ、と我に返った時、動くクリーチャーは1体も残っていなかった。


「大丈夫?」

「おうっ。そっちは流石さすがだな」


 結構な数を通してしまったと思ったが、ここにいるという事はそのことごとくを始末してきたという事だろうに、一滴の返り血も浴びず、汗をくどころか息を乱してすらいない。


「リュージも、……凄い」


 古代王国最強の戦士は、周囲を見回して目をみはる。


 加勢しなければと急いだにもかかわらず、着いてみれば既に終わっていた。しかも、そのほとんどが真上からの一撃で、歩哨型センチネルの体で最も硬いが故に防御行動をとろうとしない部分を、あえてねらって叩き割っている。


 尋常な膂力ちからでできる事ではない。


「なぁに、みんなが協力してくれたからな」


 〔神秘銀の機巧腕あいぼう〕と〔如意心鉄棒バディ〕は言うにおよばず、〔守護のマントフレンド〕も、背にはらった訳でもないのに勝手に背中側で折りたたまれてくれたので、動きをさまたげられる事なく暴れる事ができた。


「おかげで確信できた。――俺は戦える」


 〝マザー〟の時は頭に血が上っていてその実感がなかったので、龍慈の中では今回が初陣ういじんという事になる。


 そして、クリーチャーと対峙してみて、はだで感じたのは、くるおしいまでの飢餓感きがかんだった。


 奴らは、積極的に人を襲う。だが、それは、機械的に処理している訳でも、殺しを楽しんでいる訳でもない。――食らうために、生きるために、襲い掛かって来る。


 それを知って、龍慈は、おのれの血がたぎるのを感じた。


 クリーチャーを作り出し、地上に落しているのがエルフだとしても、今ここにいない奴らは関係ない。


 今、地上ここで起きているのは、エルフとのではなく、クリーチャーとのだ。


 生きるか、死ぬか、二つに一つ。


 そうと分かった今、奴らをぶち殺す事に、淘汰とうたする事に、一片の迷いもない。


「リュージ。敵はまだ残ってる」

「ん? ……おぉっ、そうだった!」


 二人は、クリーチャーの死骸を乗り越えて駆け出し、奴らに追い付かれて横転させられた車輌のもとへ。


 しかし、結果から言ってしまうと、生存者は0。


 例ええてはいても、捕食中は無防備になるからまず危険を排除しよう、という程度の知恵は働くらしく、そこにむらがっていた奴らは、二人の接近に気付くと即座に襲い掛かった。


 龍慈は、アーシェラと共にそいつらを鎧袖一触がいしゅういっしょく蹴散けちらして、〔神秘銀の機巧腕〕を巨大な左腕に戻し、〔如意心鉄棒〕を十手に戻して帯に差し、生存者を救助しようと近付いて……


「~~~~ッッッ!!!?」


 ――思い知った。


 今、地上ここで起きているのは、奴らとの生存競争。生きるか、死ぬか、二つに一つ。奴らもまた、こちらをぶち殺す事に、淘汰とうたする事に、一片の迷いもないのだという事を。


 横転した牽引車トレーラーヘッドの運転室や後部の荷台、付随車トレーラーの客席部分など、人が乗る場所の壁や天井は、あの穿脚あしによって、つらぬかれ、引き裂かれ、じ開けられており、外へ飛び出して奮戦するも敗れたと思しき者達、車内に閉じこもったが表に引きずり出されたと思しき者達…………その全員が息絶えている。


 そして、一目見てそうと分かるほどに破壊された人体を、血が、内臓が、脳髄のうずいが体外へ飛び出してはいてもかろうじて原形を留めている遺体を――クリーチャーによって蹂躙じゅうりんされた者達の末路を、初めて目の当たりにした龍慈は、たぎっていた血が冷めていくのを感じながら、その場で愕然と立ち尽くした。

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