第8話 忘れられた城にて

 アーシェラが旅の仲間に加わった。


 ならば、よりしっかりと準備をしたほうが良いだろう。


 しかし、封印の部屋このばでできる事はない。


 ゆえに、龍慈が、もうここでの用はんだのかと訊くと、


「あとは、これをどうするか……」


 そうつぶやくように言ったアーシェラの目が向けられているのは、細かい粒子がうず巻くように集まってきた際、その流れに巻き込まれるようにして運ばれてきた、龍慈が砕いたほうのコア欠片かけら


 アーシェラを閉じ込めていた方は粉々に砕け散って跡形もないが、こちらは、大小無数のかたまりがそのまま残っている。


「…………」


 ここから〝マザー〟が復活する事はないと思う。だが、それでも放置してはおけない。それでは安心して旅に出る事ができない。


 黙考するアーシェラ。そのとなりで、龍慈も、どうするか、か……、とつぶやいて――ふと思いついた。


「武器や防具を作る素材として使えるんじゃないか?」


 もらって良いかたずねると、承諾をもらえたので、ヴァルヴィディエルが使うようすすめてくれた宮殿内の自分の部屋に〔恩恵の食缶〕と並べて置いておいた相棒――〔神秘銀の機巧腕〕を召喚すよびよせる。


 そして、今たチュニックをまたいで腰に巻き、〔神秘銀の機巧腕アガートラム〕をに装着した。


「俺の神器あいぼうは、左腕に装備すると武器に、右腕に装備すると万能の道具になるんだ」


 一瞬で変形する様子を初めて見て目をみはるアーシェラ。


「どうだ相棒? なんかに使えそうか?」


 一見すると左右対称なだけの巨大な銀の腕、その右掌をコアの欠片に向けつつ龍慈が問い掛けると、それにこたえるかのようにひじから先が喇叭ラッパ状に変形し、そのまま掃除機のようにコアの欠片かけらかたぱしからい込んでいく。


 そんな事もできたのか、と目を丸くする使い手をよそに、全て吸い込むなりまた音を立てて変形し、巨大な右腕に戻る〔神秘銀の機巧腕〕。


「ん? あっち?」


 その右手の人差し指が、自分の意思とは無関係にとある方向を指差した。


 どうやらそちらに欲しいものがあるらしい――そう察して龍慈が歩き出すと、その後にアーシェラが続き、封印の部屋を出ると、そこで中の様子を見守っていたヴァルヴィディエルもついてくる。


 そんな一行が辿たどり着いたのは、前に来た事がある武器庫。


「ここにある武器って、もらって良いんだよな?」

「〝それだけではない〟〝宝も、この城も、全て星獣の女王を倒した其方そなたのものだ〟」


 ヴァルヴィディエルの言う『宝』とは、宝物庫に納められた金銀財宝の事で、〝マザー〟を倒した者に与えられる褒賞であり、実は、己が身を犠牲にして災厄マザーを封印した王女のために集められた副葬品ふくそうひん


「――待って」


 そう声を上げたのはアーシェラで、


「これは、まだ必要だから」


 そう言いつつ歩み寄り、手に取ったのは、彼女が使っていたという巨大な矛槍グレイヴ


 龍慈は、笑って承諾し、構わねぇだろ? と左手で右の巨腕あいぼうを、ポンッ、と叩いた。


 果たして、これから何が起きて、何が出来上がるのか?


 龍慈が、アーシェラが、ヴァルヴィディエルが、興味津々きょうみしんしんに見守る中、〔神秘銀の機巧腕〕は、吸込口の大きさと形を変えながら、他の武器、五つ全てを次々と内部に取り込んで……


「…………ん? ――ふぉおおおおおおおぉッ!!!?」


 それきり何も起きないので、ひょっとして何かが出来上がるのではなく取り込む事でパワーアップするパターンか――と思った直後、突然、右の巨腕が、ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……、と猛烈な勢いで振動ヴァイブレーションし始めた。


 びっくりし過ぎて奇声を上げる龍慈。それに驚いて、ビクッ、と躰を強張らせるアーシェラとヴァルヴィディエル。


 〔神秘銀の機巧腕〕が高速振動していたのは、10秒ほど。始まりと同じぐらい唐突に、ピタッ、と止まり、銀腕の内側から響いてきたのは、チーンッ、という電子レンジやトースターのようなベルの音。


「…………」


 いったい〔神秘銀の機巧腕あいぼう〕の内部なかはどうなってるんだ? と龍慈が怪訝けげんそうに眉根まゆねを寄せた――ちょうどその時、今度は、前腕部の内側が、カシャンッ、と開いた。


 そんな事を考えていたのもあって、好奇心から中をのぞき込むと、中は不自然に暗くて何も見えず……


「――ぷぉオッ!?」


 まさに間一髪。直感にしたがって咄嗟とっさに首をらしたから、チッ、と頬をかすめるだけですんだが、少しでも気を抜いていたら、勢いよく飛び出してきた何かが顔面に直撃して、今頃はゆかをのたうち回る破目はめおちいっていた事だろう。


勘弁かんべんしてくれよ……」


 開口部が音を立てて閉じ、何事もなかったかのような〔神秘銀の機巧腕あいぼう〕に文句を言いつつ龍慈が拾い上げたのは、勢いよく飛び出してきた棒状のもの。


 それは、八角形の金棒かなぼう


 長さは1メートルほどで、先端に向かって太くなっており、表面は鏡のように磨き上げられていてにぶく黒光りしているが、になっている柄頭つかがしら付近、30センチほどのつや消しされている部分はにぎっても滑らないようになっている。


「〝あれほどの宝具を潰して出来たのがそれか?〟」


 どうやら期待外れだったらしい。それを見て、しむような、責めるような口調で言うヴァルヴィディエル。


 アーシェラは何も言わないが、微妙な表情の変化から察するに、気持ちは同じようだ。


 それに対して、龍慈は、満足げに笑いながら、


「俺には、こういうのが良いんだよ」


 昔、勇仁に誘われて合気道を始めた。そして、居合いにも誘われたのだが、そちらはやらなかった。


 それは、合気道の稽古でじょうもちいるたびに、どうにも武器を使うのはしょうに合わないと思っていたからだ。


 しかし、元の世界には存在しない人外の化け物クリーチャーほふるのに、素手すでではやはり心許こころもとない。〝マザー〟戦をた今ではより強くそう思う。


 戦闘になれば、左腕に〔神秘銀の機巧腕あいぼう〕を装備する。なので、武器の素人しろうとが右手一本であつかうならどんな得物えものが良いか考えると、やはり、剣や斧のように刃筋を立てたり、鉄鎚のように打撃面を正確に当てヒットさせなければならない得物ではなく、ただただ振り回して当てれば良い――そういう単純シンプルなのがい。


「ただなぁ~……。持ち歩くには良いんだが、改造魔蟲クリーチャー相手に振り回すとなると、もぉ~ちっと長さがあったほう…が……」


 そんな風に内心を吐露とろしていると、それに応えるかのように、手にしている棒が、ぬるっ、と全長3メートルほどにまで伸びた。


「おぉ~……。なるほど、そういう仕様しようか」


 にんまりと笑う龍慈。


 早速さっそくためしてみると案の定、伸縮しんしゅくする様子をイメージするだけでその通りちぢみする。更に、それのみにとどまらず、大剣や鉄鎚など、マンガやアニメ、ゲームで見た武器を思い浮かべるだけで形状を、更に、質量おもさや重心の位置まで、自由自在に変えられる事がわかった。


 一方で、アーシェラは、その様子を見ていて何か思いついたらしい。


「形状を意のままに変化させる事ができるのは、〝マザー〟のコアと、〔星骸の玉鋼ミーティアライト〕で作った武器を融合させたからだとすると……」


 何事かブツブツつぶいていたかと思えば、おもむろに、両手で保持する矛の石突を床につき、自身の正面に真っ直ぐ立てた。


 その様子に気付いた龍慈は、矛に何かするのだと思ったが、変化が生じたのは、身に付けた装甲のほう。だが、完全に予想が間違っていたという訳ではなく、液体金属のように形を失った装甲が躰から離れ、空中を移動して矛をつつみ込み…………見ている目の前で染み込んでいった。


 小さく頷いているのを見るに、こころみは成功したらしい。


 はたから見ていても分からなかったので、結局それでどうなったのか訊いてみると、矛に残っていた全ての傷が修復された他、まだ名前がないという〝マザー〟の躰を構成していた物質を操る要領で、手で触れずとも矛を浮かべて操る事ができるようになった。更に、その内部に納めておく事ができるようになったため、つね装甲よろいとして身に付けていなくても良くなったとの事。


 その説明を聞いた龍慈は、なるほど、と頷いて、


「じゃあ、とりあえずこれ着ておきな」


 そう言って、アーシェラに、また自分のチュニックを差し出した。


 はだに張り付くようなインナースーツのみの姿は、躰のラインやわずかな凹凸おうとつの陰影までが際立っていて、ある意味、はだかより目のやり場に困る。


 ――何はともあれ。


「まずは準備。移動はそれから。……できるようになったからには、旅立つ前にやっとかねぇとなぁ~」


 新たな【仙人掌せんにんしょう】を会得するには、またあのしんどい思いをしなければならない。


 龍慈は、心底嫌そうに深々とため息をついた。




 ――一週間ではりないような気がするから一ヶ月。


 そう期限を思い付きで適当に決めて、〝マザー〟の封印を守るためにきずかれた空に浮かぶ城――忘れられた城での修行が始まった。


 この期間中に成すべき事は、主に二つ。


 一つは、龍慈が、一つ使えるようになるたびに、意識を保っていられないほどの頭痛に襲われる【仙人掌】を、、安全なこの場所で会得して使いこなせるようになる事。『にせんしゅるいくらいある』そうだが、冗談じゃない、とは龍慈の弁。


 もう一つは、アーシェラが、期せず〝マザー〟から簒奪さんだつした能力を把握し、それを使いこなせるようになる事。


 そのために滞在するのは、忘れられた城の上層に存在する宮殿。


 この城は、最下層に発着デッキがあり、下層の五階と中層の四階は、様々な罠や無数の仕掛け、要所に封印されているモンスターや警備用のゴーレムが待ち受ける迷宮で、上層に宮殿が存在する。


 そのどこもかしこもがつねに綺麗で、大勢の使用人が総掛かりで手入れを欠かさないという訳ではないのに、経年劣化けいねんれっかくずれている所などないし、ちり一つ落ちていない。


 それは、計9階層の迷宮だけでなく、上層に存在する宮殿もまた、人がいない状態で一定の時間が経過すると自動的に復元され、建造された当時の状態に戻るから。


 起動したトラップは、掛かる前の状態に戻って新たな被害者を待ち構え、作動させた仕掛けは、使う前の状態に戻って侵入者が後にした階層へ引き返す事を許さない。宮殿のあるじの寝室に置かれているベッドは常人サイズで龍慈には小さく、テーブルなどをすみけ床に敷かれた豪華な絨毯じゅうたんの上にシーツを広げて就寝し、朝きた後そのまま部屋を出て夜に戻ると、シーツや家具の位置が元に戻っているし、緑の庭園が望める露天風呂まである大浴場やトイレもまた清潔な状態が維持されていて、黒カビが生えたり悪臭がただよったりという事もない。


 それゆえに、毎度毎度、寝床を用意しなければならないという面倒はあったものの、掃除や炊事に時間を取られる事がなかったからこそ修行に専念する事ができたし、その面倒のおかげで【仙人掌】の技を思い付いた。


 そんな忘れられた城には、観賞するための庭園はあっても、いねを育てる田んぼも、野菜を栽培するはたけも、家畜を飼う牧場もない。しかし、迷宮を突破した者達が〝マザー〟に挑戦する前に、傷をいやして英気をやしなえるよう、あらかじめ用意されていたものがある。


 それが、『アムリタ』。宮殿の一室、その中央に備え付けられているつぼたたえられ、どれだけ飲んでも減る事がない霊酒。


 ただ、アムリタと言っても、インド神話に登場する有名な神酒のように、飲んだだけで不死になったり、強大な力を得られたりといった効果はない。


 だが、一口飲めば、腹は満ち足り、疲労はまたたく間に回復する。それに加えて、ヴァルヴィディエルの言葉を信じるなら、傷はみるみるえ、失われた手足すら再生する上、一日にワイングラス一杯程度ていど飲み続ければ、老化が止まって、肉体や健康状態を最良の状態で維持する事ができるらしい。


 そんなアムリタは、真珠のような光沢ととろみがある乳白色の液体で、ヨーグルトに蜂蜜と数種のハーブと微量のスパイスを加えたような味わいの酒っぽくない飲み物で、なかなか美味いいける――のだが、腹は満ちても食事というにはあまりに味気ない。


 そんな訳で、躰にいから、とスムージーや野菜ジュース感覚で一日一杯飲みつつ、結局、〔恩恵の食缶〕にはお世話になりっぱなしで、城にあった食器に移して盛り付けるなど食事の用意をしながら、一緒に美味しく料理をいただきながら、食後にまったりしながら、龍慈は、アーシェラ、ヴァルヴィディエルとたくさん話をした。


 そして、特に武道場のような場所はないが、元封印の部屋や、城の仕掛けを遠隔操作できるヴァルヴィディエルに頼んで下の迷宮におもむけば、躰を動かしたり技を試したりする場所にはこまらない。


 龍慈とアーシェラは、そんなめぐまれた環境で、日々、鍛錬と研鑽を積み重ねていった。

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