第7話 古代王国の王女

 ――夢だと思った。


 何故なら、この、男の腕にかれている、という状況がそもそもあり得ない。


 屈強な男は、上半身はだかで、壁に寄り掛かって胡坐あぐらき、その図太ずぶとい両腕は私をつつみ込んで温めるかのように抱きしめたまま、眠っている。


 一方、自分の身を包んでいるのは、彼の服なのだろう。その下には何も身に着けていない。そして、横向きで彼のひざの上に座り、分厚い胸板にほほを寄せて…………かつてない程のやすらぎを得ている。


 だが、こんな事はあり得ない。


 王国には、武神と戦女神の恩寵おんちょうを受けた自分を優に超える体躯たいくの戦士など存在しなかったし、そもそも、おそれ多い、とれるどころか近付こうともしなかった。


 だから、これは、普通の小柄でか弱い女として生まれて普通の人生をあゆんでみたかった、という自分の願いが見せた夢。


 きっと、男が筋骨隆々で自分より大柄なのも、


「…………、…………、…………」


 その繰り返される寝息が、体内で霊力を循環させる体内霊力制御を会得した上で身体能力を強化する呼吸法が常態化した状態――〝覇者の息吹〟なのも、自分より強い男に守ってもらいたい、と無意識に望んでいたからなのだろう。


 そう結論付けて、男にかかえられている、という初めての状況に気付いた瞬間から緊張して強張っていた躰の力を抜き、身をゆだねて、こてん、と頭をたくましい肩に頭をもたれ掛からせた――その瞬間、


「――――~ッ!?」


 視界に入り込んできたのは、はらりと顔にかかった自分の前髪。


 その透明感のあるあおい髪を、本来の自分のものではないその色を――〝マザー〟のコアと同じ色を見た途端、温かくて甘やかな幻想は消し飛んだ。


「…………~ッ」


 焦燥にられるまま、自分を守るように抱えている男の両腕をはらけて立ち上がり、周囲に視線をはしらせる。


 記憶にないこの場所は何所どこなのか?


 あれからどれだけの時が流れたのか?


 何故なぜ自分に意識があるのか?


 〝マザー〟はどうしたのか?


 疑問ばかりが次々に浮かび上がって混乱に拍車はくしゃをかけ……


「…………んぁっ? 目ぇ覚めたのか」


 背後から聞こえてきた声に対し、はじかれたように振り返る。


 すると、自分が乱暴に腕を振り払ったせいか、男が目を覚ましていた。壁から背を離して胡坐を掻き、頭痛をこらえるかのように顔をしかめつつ頭を振っている。


「――〝マザー〟はどうしたッ!?」


 足早に詰め寄り、見下ろし、問いを放つ。


 それに対する回答は――


「マザー? ってのが、あのデカいクリーチャーの事なら、急所っぽい結晶を砕いたら砂になった。ほれ、あっちに積もってるだろ」


 そう言って指差したほうへ勢いよく振り向くと、この広大な空間の中央より奥、男が寄り掛かっていた壁の反対側では、確かに、大きな灰色の山が見える。


「砕いた? ――いったいどうやってッ!?」


 あれは、どんな手段を用いても破壊する事ができなかった。だからこそ、自分は、王国で最高位の錬金術師が創造した切り札を用いて〝マザー〟のコアと融合し、その能力と肉体の支配権を掌握した上で眠りにく事で封印したのだ。


「こう、抱き付いて、全力でめ上げた」


 身振みぶりをまじえたその答えがあまりに信じ難く、疑念の目を向ける。すると、男は更に、


「拳を叩き込んだんだが、結晶には傷一つ付かなくてな。代わりにその周囲まわりが消し飛んだ。けど、消し飛んだ部分がめちゃくちゃ粒子が細かい砂みたいになってサラサラ集まってきたから、咄嗟とっさに捕まえてそうしたんだ」


 そう言ってから、よいしょ、と言いつつ立ち上がり、クリーチャーの成れの果てのほうへ目を向けながら、


「あの時は考えてそうした訳じゃねぇんだが、今になって思うと、あの結晶は、点で受けた衝撃を面に拡散させるとか、受けた衝撃を周囲に逃がすとか、そんな感じで破壊をまぬがれる性質があったんじゃねぇか?」

「……だから、衝撃の逃げ道がない状態で力を加え続けた結果、砕けた……」


 思いつかなかったがゆえに試す事もなかった可能性に愕然とし……




「――おっと」


 立ちくらみを起こしたかのようにふらついたので、咄嗟とっさに抱きとめ、


「大丈夫かい?」


 そう訊いても、返事はない。また意識を失ってしまったようだ。


 龍慈は、まだ名も知らぬ女性の膝裏をすくうようにして抱き上げ、つい先程まで自分が座っていた壁際、まだかすかに温もりが残っているその場所にそっと横たえた。


「それにしても……」


 自分が突き破った天井付近の壁のあなに目を向けて、


「明るい……が、腹の減り具合からすると、丸一日ってところか……」


 差し込んでくる外の光は、気絶する前と変わらないように見える。だが、今おぼえている空腹感は、一、二時間意識を失っていた程度のものではない。


 ゆえに、そう推測した訳なのだが……


「ようやく『サボテン』じゃなく『せんにんしょう』だと確信が持てたってのに、これからも一つ使えるようになるたびに丸一日寝込む事になるのか?」


 【仙人掌】とは、仙術的な掌法の事。現在、使えるのは一つだけだが、その力を真に欲した時、または効果を具体的にイメージした時、知らないはずの使い方を思い出す。


 ここにきてようやくそれが明らかになったのは、また気を失ってしまったこの美女に話したような経緯でマザーを倒した後の事。


 コアを砕いた直後にあの巨体が砂と化して崩壊し、頭部から生えていた結晶もまた全体に微細なひびが入って砕け散り、閉じ込められていた美女が落ちてきた。龍慈は、咄嗟に受け止め、一糸纏いっしまとわぬ美女に両袖を躰の前で結んで腰に巻いていた自分のチュニックを着せ、すぐその場を離れ、唯一の出入り口付近まで移動してから鼻と口の前に掌を近付けてかすかに息がある事を確認した。


 そして、それ以上できる事がないという事に気付いた時、自分に彼女の状態を調べる手段があれば、と強く思った――その瞬間、自分にはないはずの技能がある事を、知らないはずなのに思い出した。


 おそらく、今まで【仙人掌】が使えなかったのは、勇仁やマドカ、メグミ、その他の転移者達など頼りになる仲間がいたがゆえに、自分が何かしなければならないという状況におちいった事がなく、何の目的もなくただ『【仙人掌サボテン】ってなんなんだッ!?』とか『【仙人掌せんにんしょう】を使いたい』などと思っていただけだったからだろう。


 ただ、その際、術理に関する知識や経験が、決して忘れないよう脳や躰に刻み込まれるらしく、頭をハンマーで殴られたような、全身を稲妻に貫かれたかのような、強烈な衝撃を不意に受け、ノックアウト寸前の状態に。


 躰のほうの痛みはえられる。だが、強烈な頭痛のほうは如何いかんともし難く、頭が朦朧もうろうとし、それでも気力を振り絞ってスキルを使い彼女を触診し、命にかかわるような異常がない事が判った段階でもう限界。うわ言で、寒い、とらし震える彼女を自分の膝の上に乗せ、包み込むように抱き締めたのは、無意識の行動だった。


「だとしたら、この先、必要になったからって戦闘中に新しい技を思い出す訳にはいかねぇ、ってことは、事前じぜんに想定して安全な場所でやっとかにゃならん訳か……」


 ちなみに、対象に触れる事で見落としがないよう隅々まで調べて把握する触診の掌法は、分かりやすさを優先して、そのまま【る手】と呼ぶ事にした。


 またあのしんどい思いをしなければならないのかと気重な龍慈は、一つため息をつき…………ふと目を向けたのは、あの化け物の成れの果てである灰色の砂の山。


「マザー、か……」


 なんともラスボスっぽい響きだが、それを倒した今、世界中のクリーチャーが活動を停止していたりするのだろうか?


「まぁ、考えて分かるような事じゃねぇな」


 ここを出て確認するのが一番手っ取り早い。


 龍慈は、あっさり気持ちを切り替え、とりあえず腹拵はらごしらえする事にして〔恩恵の食缶〕を召喚しよびよせのどうるおして腹を満たす。


 そして――


「ここは安全みたいだし、一丁、行ってみるか」


 ほぼ丸一日意識がない状態で無事だったのだからここは安全。故に、また意識を失ってしまった彼女を置いて行っても大丈夫だろう――そう判断し、左腕に〔神秘銀の機巧腕〕を装備した龍慈は、すぐそこにある巨大な扉、この空間に存在する唯一の出入口へ。


「はてさて、鬼が出るか、じゃが出るか」


 覚悟を決めて、とびらに手をかける――その途端、


「――おっ」


 勝手に扉が動き始めた。ゴゴゴゴゴゴ……、と重々しい音を響かせて、ゆっくりと左右に開き始め……


「えぇ~……」


 龍慈がまゆをハの字にして情けない声をらしたのは、徐々に広がっていく隙間すきまから見えてしまったからだ。


 とびらの向こうに、像よりデカい四足獣が待ち構えているのを。


 一瞬、本当に一瞬だけ、力づくで扉を閉めようかと思った。


 しかし、そんな事をしても何も始まらない。それに、眠れる美女もいる。彼女をもう少しましな場所で休ませてやりたい。


「おしっ! ――やってやろうじゃねぇかッ!」


 気合を入れ、口角を吊り上げる龍慈。


 そのみなぎる戦意に呼応こおうし、〔神秘銀の機巧腕アガートラム〕が音を立てて変形――5本の指が長い5本の銃身と化して多銃身回転砲塔式重機関バルカン砲へ。


 龍慈は、重厚な扉が開き切る前に、まだ自分の拳が通るか通らないかというその隙間しにぶっ放すつもりだった――が、その直前で、


「あァ?」


 同じく隙間越しにこちらの様子をうかがっていた巨大な獣が、――おすわりした。まるで、戦うつもりはないと言わんばかりに。


「ぬぅ~……」


 戦闘になれば、こちらも無事で済むか分からない。戦わずに済むのであればそれに越した事はないのだが……


 龍慈は、どうしたものかとしばしなやみ…………〔神秘銀の機巧腕〕をバルカン砲から巨腕に戻した。


 そうしている間にも、扉は止まる事なくどんどん開いて行き…………その隙間が、龍慈の肩幅と同じ広さに。


「…………」


 背筋を伸ばし、胸を張り、堂々と開き切る前の扉から隣の部屋へ。


 そこは天井が高く、神話の世界の宮殿といった印象の場所で、天窓から光が取り込まれていて明るく、清潔感がただよっていて、扉の前のおどり場からなだらかな下り階段が続いている。


 巨大な獣がいるのは、階段を下り切った広場。


 それゆえに、デカいと思ったが、扉の向こうから見たより実際は更に大きく、お座りの姿勢で頭が4メートル程の高さにある。


 その印象は、魔獣モンスターというより神獣。一対の瞳には知性の光があり、姿形はおおかみのようだが、体毛が変化したものなのか、要所を保護するようにかぶとよろいのような甲殻で覆われているそのファンタジーな有り様は、翼のないドラゴンのようにも見える。


「――〝訊きたい事は多々たたある〟」


 突然、空気を震わせる音声ではなく、頭の内側に直接落ち着きのある男性の思念こえが響いてきたのは、龍慈が階段を下りる直前の事。


 巨大な獣は、隣の部屋の奥、〝マザー〟とやらの成れの果てである灰色の砂の山のほうへ目を向けてから、視線を龍慈に戻し、


「〝おそらく、それはそなたも同じだろう〟〝だが、まず確認させてほしい〟」

「なんだい?」

「〝星獣の女王を倒したのか?〟」

「『星獣の女王』だか『マザー』だか知らないが、コアなら砕いた。復活しないようだからたぶん――」

「――〝待て〟〝今、『マザー』と言ったか?〟〝何故その呼称を知っている?〟」


 思わずといった様子で立ち上がり、前へ身を乗り出しながら龍慈の言葉をさえぎるように問う巨大な獣。


 それに対して、龍慈は、狼狽うろたえる事なく堂々と、


「こっちも、確認しておきたい事がある」


 そう言いつつ、すっ、と右足を引いて半身になり、左の銀腕の手を胸の高さまで上げ、てのひらを巨大な獣に向けて、


「俺の名は『坂東 龍慈』。、そちらも名乗っちゃくれねぇかい?」


 自分の意思を伝え、相手の意思を問う。


 巨大な獣は、そんな龍慈を興味深そうに見詰めながら、


「〝我が名は、『ヴァルヴィディエル』〟〝この忘れられた城と封印の守護者だ〟」


 それを聞いた龍慈は、銀腕を下ろすと、態度を改めて、


「なるほど。なら、申し訳ないんだが、先にもう一つ教えてほしい」


 そう言って、真剣な表情で訊いた。


「――お便所トイレはどこですか?」




 意外にもちゃんとあってくれた便所ですっきりして戻った龍慈は、眠れる美女を宮殿に複数存在する個室の一つ、そのベッドに寝かせた後、かつて人類と共に、星々の世界から降ってきた魔獣――星獣ビーストと戦い、100年らずで命尽きてしまう人にはになえない役目、この城の守護を任された聖獣ヴァルヴィディエルと宮殿内を散策しながら話をした。


 その内容の一つが、この『忘れられた城』について。


 ヴァルヴィディエルはそう呼んでいるが、〝星獣の女王マザー〟の封印が不用意にやぶられる事がないよう隠し、この地へと至った者が十分な実力を有しているかはかるために試練を与える――それだけのためにきずかれたこの城に、正式な名前はないらしい。


 最下層に発着デッキがあり、下層の五階と中層の四階は、様々なわなや仕掛け、要所に封印されているモンスターや警備用のゴーレムが待ち受ける迷宮で、上層に宮殿が存在する。


 本来であれば、最下層から入城し、幾多いくたの試練を乗り越えて宮殿へいたり、試練で受けた傷をいやし、英気をやしない、装備を整え、それからマザー討伐にのぞむはずだった。


 しかし、龍慈は、最下層の発着デッキをのぞき、城全体を覆っている結界を突き破って上層へ侵入するにとどまらず、宮殿最奥部の壁を突き破って封印の部屋へ突っ込んだ。


 その時、長い間この城を守り続けてきたヴァルヴィディエルは、いまだかつてない程の混乱を経験したらしい。最奥の部屋の扉はマザーの封印が解かれると、それ以降、討伐後に内側からしか開けられないよう自動的に展開される結界によって隔絶され中の様子がうかがえなくなってしまうため、龍慈が出てくるまで気が気でなかった、との事。


 他の話もしたが、それらについてはひとまず割愛し、基本的にヴァルヴィディエルが通れるサイズでどこも広々としている宮殿めぐり、その後半で案内されたのは、武器庫と宝物庫。


 先に通されたのは武器庫で、本来であれば、試練の迷宮を攻略した勇者達が封印の部屋へのぞむ前に案内するはずだった場所なのだとか。


 天井が高い8角形の部屋で、出入口の正面の壁にはレイリア王家の紋章がかかげられ、他6面の壁にそれぞれ、並々ならぬ風格を漂わせる武器、防具、装束しょうぞくなど装備一式が安置されている。


「〝これらはどれも、星獣の女王を倒すために創造された宝具であり、かつて、各国から集った英傑えいけつ達がその身にまとい、手にたずさえていたもの〟〝大きな犠牲をはらいながらも封印する事しかできなかった彼らの、自分達には不可能だった悲願を成し遂げて欲しい、という願いと共に、ここに納められている〟」


 あの巨大な化け物を倒すためだというのなら、大剣、矛槍、戦斧、戦鎚、長杖、大盾――一種類ずつあるその全てが、モンスターを狩る有名ゲームのハンターが使うもののごとき長大な超重武器ばかりなのも頷ける。


 ヴァルヴィディエルは、そんな武器の一つに目を向け、


「〝当時、あの〔千鍛百錬の矛グレイヴ〕を使っていたのが、姫だ〟」


 ヴァルヴィディエルが目を向けたのは、その中で最も長大な武器。


 全長は約4メートル。鍔元からきっさきに向かって細くなっていく鋭利な槍穂やりほは約2メートル、柄の長さは約2メートル。鏡のように磨き上げられた槍穂から石突まで一体形成で、穂が巨大な槍のようでも、柄の長い大剣のようでもあるシンプルながら流麗な形状フォルムの長柄武器には、どこか近未来SF的な雰囲気がただよっている。


 そして、ヴァルヴィディエルが『姫』と呼ぶのは、あの結晶の中に閉じ込められていた美女の事で、目覚めた彼女とも話をした。


「私は、『アーシェラ』。うるわしきレイリアをべる女王の子、【武神と戦女神いくさめがみの娘】」


 年の頃は、十代後半。身長は190センチにせまり、その美貌は可憐であり麗しくもあるがとにかく綺麗で、生来のものではないらしい、白く肌理きめ細やかなはだは白磁の如く、髪と瞳は透明感があって青にも緑にも見えるあお


 更に特筆すべきは、機能美と造形美を兼ね備えたその抜群のプロポーション。


 贅肉ムダなにくが付き難い筋肉質な躰に、女性としての機能とを維持する上で必要な量の脂肪がしっかりと付いていて、腰や二の腕など締まるべきところはきゅっと締まり、胸や尻や太腿などつくべきところはむちっとしていて、特に、女性にとっての理想形だと言われる半球型――乳首を中心に上下左右均等にふくらんでいる美しくかつ豊かな乳房と、張りのある尻の丸みがなんとも素晴らしく……


 ――それはさておき。


 結晶に閉じ込められていた美女――アーシェラが知りたがったのは、ここが何所かという事や、〝マザー〟を封印してからどれくらいの時が流れたのか、王国がどうなったのか…………などなど。


 更に、アーシェラとヴァルヴィディエル、双方が知りたがったのは、この巨漢はいったい何者なのか、この城の外は今どうなっているのか、といった事で、龍慈は、自分の事を含め、こちらの世界に召還されてから知った事、英勇校で習った事を語って聞かせたのだが……


「クリーチャー?」

「〝星界の獣の正体が、エルフによって改造されたむしだと?〟」


 龍慈は、エルフが世界樹と共生関係にあった昆虫を改造した生体兵器だと教えられた。


 だがしかし――


「〝それはあり得ぬ〟」


 そう断言するヴァルヴィディエル。何故なら、


「〝世界樹は、霊獣と妖精族の領域〟〝縄張りテリトリーに踏み込まれた霊獣共や、上層に存在する妖精郷のフェアリー共が、そのような勝手を許すはずがない〟」


 何でも、『妖精族フェアリー』とは、龍慈が思い浮かべた通り、背中に光の羽を有する小妖精の事で、矮小わいしょうかつ脆弱ぜいじゃくで体内霊力保有量も微々たるもの。だが、体外霊気マナの感知とあつかいにけるがゆえに、清浄な霊気をほぼ無制限に使える世界樹付近に限れば、フェアリーに勝てる者は存在しないとの事。


「へぇ~。じゃあ、転移者おれ達は嘘を教えられたって事か?」


 わりとどうでも良さそうに訊く龍慈。


 そうだ、と言いたそうにしつつも、外の情報を全く持っていないが故にそう断じる事が躊躇ためらわれるらしく、アーシェラとヴァルヴィディエルは、困惑がにじむ顔を見合わせ、


「……妖精族や霊獣達がエルフと手を組んだ、という可能性は?」


 ないだろうな、と思っているだろう事がうかがえる顔でアーシェラが訊くと、ヴァルヴィディエルのほうもうなりり声を漏らし……


「〝エルフ共がいくさを仕掛けて勝利し世界樹を独占している、というよりはありえるだろうが……〟」


 彼女らにとって、『星獣ビースト』または『星界の獣』とは、星々の世界、つまり、宇宙から飛来した侵略者であり、『星獣の女王マザー』とは、地上に落ちた全ての下位種をべる最上位種の事。


 そして、その目的は、この世界の生物を絶滅させ、地上を自分達が生息しやすい環境に造り変える事――そうわれていたらしい。


 それを聞いても、龍慈は、ふぅ~ん、とやはりどうでも良さそうで、


「結局のところ、ここで考えてたって答えは出ない、って事だな」


 あっさりとそう結論付けた。




「話したい事があります」


 そう言ってアーシェラが歩き出し、龍慈とヴァルヴィディエルはその後について行く。


 宮殿の廊下を移動する道すがら、自分が、武神と戦女神、二柱の神から【才能】を授かったレイリアという王国の王女だという事、王国最強の戦士だったがゆえに、存亡の危機に立たされた祖国を、いては世界を救うため、周辺諸国の英傑達と力を合わせて〝マザー〟と戦い、しかし、倒す事ができず、みずからの意思で〝マザー〟のコアと融合し、からくも封印したのだという現在へ至る経緯いきさつかたり――


「でも、完全に封印する事はできなかった。おそらく、〝マザー〟の意識は残っていて、奪い切れなかった能力を駆使してコアの複製を作り、そちらにみずからの意識を移す事で主導権を奪い返そうとしたのだと思う」


 辿たどり着いたのは、封印の部屋。


 アーシェラは、そう推論をべつつ〝マザー〟の成れの果てである灰色の砂の山に向かって歩を進め――


「そして、目論見もくろみ通り復活を果たしたものの、リュージに、複製して意識を移したコアを破壊された事で滅んだ。――私と〝力〟をのこして」


 そう言いながら、りっぱなしだった龍慈のチュニックをいで一糸纏いっしまとわぬ姿に――その直後、灰色の砂が、〝マザー〟の躰を構築していた物質が、一斉に舞い上がり、渦巻くようにしてアーシェラのもとに集まってそのはだを覆っていく。


 ……十数秒後。


 体積を圧縮したり、色や質感まで自在に変えられるらしく、肌に張り付くようなインナースーツに、指先からひじまでを覆う甲拳、爪先から膝までを覆う長靴型の脚甲、乳房が無闇に揺れないよう下からしっかり持ち上げてささえる胸当て、額から頭頂部までを護る頭環型の兜など、要所を覆う軽装甲を身に付けた姿は、綺麗に整い過ぎた容姿と相俟あいまってメカ少女のようで……


先刻さっきのもなんかSFのナノテクノロジーナノテクっぽかったし、レイリアって王国は、ひょっとして、現代よりはるかに科学が進歩していた超古代文明的なあれだったのか?)


 龍慈が、何とはなしにそんな事を考えていると、アーシェラが歩み寄ってきて、


「これ、ありがとう」


 そう言って差し出されたのは、巨漢サイズのチュニック。


 龍慈が、おう、と頷き、受け取って身に着けると、まだ何かあるのか、アーシェラが真っ直ぐこちらを見ていて、


「――私は、リュージと共に行く」


 そんな事を言い出した。


「〝マザー〟と共に滅びるはずだったこの命とこの力、全てリュージのために使う」


 表情を見るに、もう決めた事らしい。


 ならば――


「旅は道連れ世は情け。一緒に行くってぇんなら構わねぇんだが……」


 気に入らない事があると言わんばかりに眉間みけんにしわを寄せ、


「楽な旅じゃねぇだろうが、苦しいだけの旅でもねぇはずだ」


 そう言ってから一転して、にっ、と笑い、


「もっと肩の力を抜いてこうぜ」


 お気楽な調子でそう語り掛けつつ、ぽんっ、と頭に手を乗せをなでる龍慈。


 いにしえの王国の王女にして世界を救った最強の英雄は、その感触に戸惑い、目を丸くした。

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