第7話 古代王国の王女
――夢だと思った。
何故なら、この、男の腕に
屈強な男は、上半身
一方、自分の身を包んでいるのは、彼の服なのだろう。その下には何も身に着けていない。そして、横向きで彼の
だが、こんな事はあり得ない。
王国には、武神と戦女神の
だから、これは、普通の小柄でか弱い女として生まれて普通の人生を
きっと、男が筋骨隆々で自分より大柄なのも、
「…………、…………、…………」
その繰り返される寝息が、体内で霊力を循環させる体内霊力制御を会得した上で身体能力を強化する呼吸法が常態化した状態――〝覇者の息吹〟なのも、自分より強い男に守ってもらいたい、と無意識に望んでいたからなのだろう。
そう結論付けて、男に
「――――~ッ!?」
視界に入り込んできたのは、はらりと顔にかかった自分の前髪。
その透明感のある
「…………~ッ」
焦燥に
記憶にないこの場所は
あれからどれだけの時が流れたのか?
〝マザー〟はどうしたのか?
疑問ばかりが次々に浮かび上がって混乱に
「…………んぁっ? 目ぇ覚めたのか」
背後から聞こえてきた声に対し、
すると、自分が乱暴に腕を振り払ったせいか、男が目を覚ましていた。壁から背を離して胡坐を掻き、頭痛を
「――〝マザー〟はどうしたッ!?」
足早に詰め寄り、見下ろし、問いを放つ。
それに対する回答は――
「マザー? ってのが、あのデカいクリーチャーの事なら、急所っぽい結晶を砕いたら砂になった。ほれ、あっちに積もってるだろ」
そう言って指差したほうへ勢いよく振り向くと、この広大な空間の中央より奥、男が寄り掛かっていた壁の反対側では、確かに、大きな灰色の山が見える。
「砕いた? ――いったいどうやってッ!?」
あれは、どんな手段を用いても破壊する事ができなかった。だからこそ、自分は、王国で最高位の錬金術師が創造した切り札を用いて〝マザー〟の
「こう、抱き付いて、全力で
「拳を叩き込んだんだが、結晶には傷一つ付かなくてな。代わりにその
そう言ってから、よいしょ、と言いつつ立ち上がり、クリーチャーの成れの果てのほうへ目を向けながら、
「あの時は考えてそうした訳じゃねぇんだが、今になって思うと、あの結晶は、点で受けた衝撃を面に拡散させるとか、受けた衝撃を周囲に逃がすとか、そんな感じで破壊を
「……だから、衝撃の逃げ道がない状態で力を加え続けた結果、砕けた……」
思いつかなかったが
「――おっと」
立ち
「大丈夫かい?」
そう訊いても、返事はない。また意識を失ってしまったようだ。
龍慈は、まだ名も知らぬ女性の膝裏をすくうようにして抱き上げ、つい先程まで自分が座っていた壁際、まだかすかに温もりが残っているその場所にそっと横たえた。
「それにしても……」
自分が突き破った天井付近の壁の
「明るい……が、腹の減り具合からすると、丸一日ってところか……」
差し込んでくる外の光は、気絶する前と変わらないように見える。だが、今
「ようやく『サボテン』じゃなく『せんにんしょう』だと確信が持てたってのに、これからも一つ使えるようになるたびに丸一日寝込む事になるのか?」
【仙人掌】とは、仙術的な掌法の事。現在、使えるのは一つだけだが、その力を真に欲した時、または効果を具体的にイメージした時、知らないはずの使い方を思い出す。
ここにきてようやくそれが明らかになったのは、また気を失ってしまったこの美女に話したような経緯でマザーを倒した後の事。
そして、それ以上できる事がないという事に気付いた時、自分に彼女の状態を調べる手段があれば、と強く思った――その瞬間、自分にはないはずの技能がある事を、知らないはずなのに思い出した。
おそらく、今まで【仙人掌】が使えなかったのは、勇仁やマドカ、メグミ、その他の転移者達など頼りになる仲間がいたが
ただ、その際、術理に関する知識や経験が、決して忘れないよう脳や躰に刻み込まれるらしく、頭をハンマーで殴られたような、全身を稲妻に貫かれたかのような、強烈な衝撃を不意に受け、ノックアウト寸前の状態に。
躰のほうの痛みは
「だとしたら、この先、必要になったからって戦闘中に新しい技を思い出す訳にはいかねぇ、って
ちなみに、対象に触れる事で見落としがないよう隅々まで調べて把握する触診の掌法は、分かり
またあのしんどい思いをしなければならないのかと気重な龍慈は、一つため息をつき…………ふと目を向けたのは、あの化け物の成れの果てである灰色の砂の山。
「マザー、か……」
なんともラスボスっぽい響きだが、それを倒した今、世界中のクリーチャーが活動を停止していたりするのだろうか?
「まぁ、考えて分かるような事じゃねぇな」
ここを出て確認するのが一番手っ取り早い。
龍慈は、あっさり気持ちを切り替え、とりあえず
そして――
「ここは安全みたいだし、一丁、行ってみるか」
ほぼ丸一日意識がない状態で無事だったのだからここは安全。故に、また意識を失ってしまった彼女を置いて行っても大丈夫だろう――そう判断し、左腕に〔神秘銀の機巧腕〕を装備した龍慈は、すぐそこにある巨大な扉、この空間に存在する唯一の出入口へ。
「はてさて、鬼が出るか、
覚悟を決めて、
「――おっ」
勝手に扉が動き始めた。ゴゴゴゴゴゴ……、と重々しい音を響かせて、ゆっくりと左右に開き始め……
「えぇ~……」
龍慈が
一瞬、本当に一瞬だけ、力づくで扉を閉めようかと思った。
しかし、そんな事をしても何も始まらない。それに、眠れる美女もいる。彼女をもう少しましな場所で休ませてやりたい。
「おしっ! ――やってやろうじゃねぇかッ!」
気合を入れ、口角を吊り上げる龍慈。
その
龍慈は、重厚な扉が開き切る前に、まだ自分の拳が通るか通らないかというその隙間
「あァ?」
同じく隙間越しにこちらの様子を
「ぬぅ~……」
戦闘になれば、こちらも無事で済むか分からない。戦わずに済むのであればそれに越した事はないのだが……
龍慈は、どうしたものかとしばし
そうしている間にも、扉は止まる事なくどんどん開いて行き…………その隙間が、龍慈の肩幅と同じ広さに。
「…………」
背筋を伸ばし、胸を張り、堂々と開き切る前の扉から隣の部屋へ。
そこは天井が高く、神話の世界の宮殿といった印象の場所で、天窓から光が取り込まれていて明るく、清潔感が
巨大な獣がいるのは、階段を下り切った広場。
それ
その印象は、
「――〝訊きたい事は
突然、空気を震わせる音声ではなく、頭の内側に直接落ち着きのある男性の
巨大な獣は、隣の部屋の奥、〝マザー〟とやらの成れの果てである灰色の砂の山のほうへ目を向けてから、視線を龍慈に戻し、
「〝おそらく、それはそなたも同じだろう〟〝だが、まず確認させてほしい〟」
「なんだい?」
「〝星獣の女王を倒したのか?〟」
「『星獣の女王』だか『マザー』だか知らないが、
「――〝待て〟〝今、『マザー』と言ったか?〟〝何故その呼称を知っている?〟」
思わずといった様子で立ち上がり、前へ身を乗り出しながら龍慈の言葉を
それに対して、龍慈は、
「こっちも、確認しておきたい事がある」
そう言いつつ、すっ、と右足を引いて半身になり、左の銀腕の手を胸の高さまで上げ、
「俺の名は『坂東 龍慈』。戦うつもりがないのなら、そちらも名乗っちゃくれねぇかい?」
自分の意思を伝え、相手の意思を問う。
巨大な獣は、そんな龍慈を興味深そうに見詰めながら、
「〝我が名は、『ヴァルヴィディエル』〟〝この忘れられた城と封印の守護者だ〟」
それを聞いた龍慈は、銀腕を下ろすと、態度を改めて、
「なるほど。なら、申し訳ないんだが、先にもう一つ教えてほしい」
そう言って、真剣な表情で訊いた。
「――
意外にもちゃんとあってくれた便所ですっきりして戻った龍慈は、眠れる美女を宮殿に複数存在する個室の一つ、そのベッドに寝かせた後、かつて人類と共に、星々の世界から降ってきた魔獣――
その内容の一つが、この『忘れられた城』について。
ヴァルヴィディエルはそう呼んでいるが、〝
最下層に発着デッキがあり、下層の五階と中層の四階は、様々な
本来であれば、最下層から入城し、
しかし、龍慈は、最下層の発着デッキを
その時、長い間この城を守り続けてきたヴァルヴィディエルは、
他の話もしたが、それらについてはひとまず割愛し、基本的にヴァルヴィディエルが通れるサイズでどこも広々としている宮殿
先に通されたのは武器庫で、本来であれば、試練の迷宮を攻略した勇者達が封印の部屋へ
天井が高い8角形の部屋で、出入口の正面の壁にはレイリア王家の紋章が
「〝これらはどれも、星獣の女王を倒すために創造された宝具であり、かつて、各国から集った
あの巨大な化け物を倒すためだというのなら、大剣、矛槍、戦斧、戦鎚、長杖、大盾――一種類ずつあるその全てが、モンスターを狩る有名ゲームのハンターが使うものの
ヴァルヴィディエルは、そんな武器の一つに目を向け、
「〝当時、あの〔
ヴァルヴィディエルが目を向けたのは、その中で最も長大な武器。
全長は約4メートル。鍔元から
そして、ヴァルヴィディエルが『姫』と呼ぶのは、あの結晶の中に閉じ込められていた美女の事で、目覚めた彼女とも話をした。
「私は、『アーシェラ』。
年の頃は、十代後半。身長は190センチに
更に特筆すべきは、機能美と造形美を兼ね備えたその抜群のプロポーション。
――それはさておき。
結晶に閉じ込められていた美女――アーシェラが知りたがったのは、ここが何所かという事や、〝マザー〟を封印してからどれくらいの時が流れたのか、王国がどうなったのか…………などなど。
更に、アーシェラとヴァルヴィディエル、双方が知りたがったのは、この巨漢はいったい何者なのか、この城の外は今どうなっているのか、といった事で、龍慈は、自分の事を含め、こちらの世界に召還されてから知った事、英勇校で習った事を語って聞かせたのだが……
「クリーチャー?」
「〝星界の獣の正体が、エルフによって改造された
龍慈は、エルフが世界樹と共生関係にあった昆虫を改造した生体兵器だと教えられた。
だがしかし――
「〝それはあり得ぬ〟」
そう断言するヴァルヴィディエル。何故なら、
「〝世界樹は、霊獣と妖精族の領域〟〝
何でも、『
「へぇ~。じゃあ、
そうだ、と言いたそうにしつつも、外の情報を全く持っていないが故にそう断じる事が
「……妖精族や霊獣達がエルフと手を組んだ、という可能性は?」
ないだろうな、と思っているだろう事が
「〝エルフ共が
彼女らにとって、『
そして、その目的は、この世界の生物を絶滅させ、地上を自分達が生息しやすい環境に造り変える事――そう
それを聞いても、龍慈は、ふぅ~ん、とやはりどうでも良さそうで、
「結局のところ、ここで考えてたって答えは出ない、って事だな」
あっさりとそう結論付けた。
「話したい事があります」
そう言ってアーシェラが歩き出し、龍慈とヴァルヴィディエルはその後について行く。
宮殿の廊下を移動する道すがら、自分が、武神と戦女神、二柱の神から【才能】を授かったレイリアという王国の王女だという事、王国最強の戦士だったが
「でも、完全に封印する事はできなかった。おそらく、〝マザー〟の意識は残っていて、奪い切れなかった能力を駆使して
アーシェラは、そう推論を
「そして、
そう言いながら、
……十数秒後。
体積を圧縮したり、色や質感まで自在に変えられるらしく、肌に張り付くようなインナースーツに、指先から
(
龍慈が、何とはなしにそんな事を考えていると、アーシェラが歩み寄ってきて、
「これ、ありがとう」
そう言って差し出されたのは、巨漢サイズのチュニック。
龍慈が、おう、と頷き、受け取って身に着けると、まだ何かあるのか、アーシェラが真っ直ぐこちらを見ていて、
「――私は、リュージと共に行く」
そんな事を言い出した。
「〝マザー〟と共に滅びるはずだったこの命とこの力、全てリュージのために使う」
表情を見るに、もう決めた事らしい。
ならば――
「旅は道連れ世は情け。一緒に行くってぇんなら構わねぇんだが……」
気に入らない事があると言わんばかりに
「楽な旅じゃねぇだろうが、苦しいだけの旅でもねぇはずだ」
そう言ってから一転して、にっ、と笑い、
「もっと肩の力を抜いてこうぜ」
お気楽な調子でそう語り掛けつつ、ぽんっ、と頭
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