第6話 くたばれファンタジー
時は、英勇校の今年度卒業式の前日。
場所は、エルフの占領下にある北東大陸、そのほぼ中央にある大きな都市の廃墟。
かつては
食料はない。道具もナイフの1本すらない。だが――
「――〝来い〟」
そう呼び掛けた直後、すぐ前の地面に
「こいつは……ッ!?」
その
「メグミの置き土産、か……」
ケルト神話のダーナ神族四秘宝の一つである『ダグザの
「あれ? そういやぁ、俺の周囲の霊気が消失し続けてるって話だったが……」
己の内側に意識を向ける。すると、体内を循環する霊力が感じ取れた。
おそらく、メグミが術を行使するのに不足していた分が自分から抜き取られたのだと思うが、昨夜はごっそり消費されて気絶したものの、今は、回復してきており、減り続けているという感覚はない。
ならば、確認すべき事は二つ。
一つは、神器に触れても大丈夫なのか。
呪いのせいで、周囲の空間の霊気だけではなく、道具に触れると、そこに封入されていた霊気が消失して使いものにならなくなってしまう。現に、取り上げられた〔審神者の鏡〕は、何も映し出さなくなってしまっていた。
「……大丈夫、か……?」
〔神秘銀の機巧腕〕を、ちょんっ、ちょちょんっ、と指先で
ならば、と
すると、ジャコンッ、ガキンッ、カシャンッ、ジャキンッ……そんな無数の金属音を多重連鎖的に響かせて、銀色の円柱が
「異常は…………ないな」
これまで通り、思うが
もう一つの確認すべき事は、〔恩恵の食缶〕がちゃんと能力を発揮するのか。
食缶を巨腕の左手で持ち、通りだった場所から食事をするのに適当だと思える場所へ移動し、
左腕から〔神秘銀の機巧腕〕をはずし、両手で〔恩恵の食缶〕に触れ、食べたいものをイメージしつつ起動させるのに必要な量の霊力を込める。
すると、以前
それが消えるのを待って両手を離し、
すると――
「これで、水と食料の心配をする必要はなくなったな」
メグミに感謝しつつ、
水、食料、道具……全て〔神秘銀の機巧腕〕と〔恩恵の食缶〕があれば事足りる。
ならば、次は早くも移動だ。
「どちらへ行こうか…な……」
かつては大勢の人々で
「よし、北にするか」
適当に決めて歩き出す龍慈。
上半身裸で〔神秘銀の機巧腕〕を左腕に装備し、適当な場所に置いて行っても必要になった時に
まるで警戒していないようでいて、その実、即座に迎え撃てる心構えで北へ向かって進み……
「ふむ……。『
廃墟の終わり、崩れた都市の防壁が見えてきても、道中、鳥や小さな
「ぬぅ……、険しい道を選んじまったなぁ」
と言うのも、巨大な何かに破壊されたと思しき門の残骸から都市の外へ目を向けると、そこに広がっているのは
かつては街道があったのかもしれないが、今は見る影もなく、
「はてさて、どうしたものか……」
道とは俺が通った後にできるものだッ!! と突っ込んでも良いが、枝葉が密集して暗い森の中に入ったら、
「ふむ…………、――あっ! あれをやってみるか」
ふとした思い付きから、それとは別の方法で北を目指せないか試してみる事に。
龍慈は、〔恩恵の食缶〕を適当な場所に隠してから来た道を引き返し、かつては門前広場だったと思しき開けた場所へ。
そして、足元はデコボコしているが、上にも周りにも何もない――そんな場所で、〔神秘銀の機巧腕〕の
それは、左手に装着した場合、巨腕形態から様々な武器に変形する〔神秘銀の機巧腕〕、その衝撃波砲の反動で空を飛べないか、パワードスーツの両掌からエネルギー兵器を噴射して飛ぶ知人のようにできるのではないか、と考えたから。
これを思い付いたのは、英勇高で訓練を始めて間もない頃の事だったが、すぐ、仲間達と移動するなら使う機会はないか、と思い至り、そのまま今日まで忘れていた。
「頼むぜ、相棒ッ!」
掌に開いた砲口から
廃墟に響き渡る轟音。
地上から空へ向かって一直線に引かれる細い雲。
そして、龍慈は、キランッ、と輝くお星様になった。
神器には、器物としての意志が
呼べば現れたり、所有者の意思を
それを踏まえて、龍慈は思った。
もっと〔神秘銀の機巧腕〕と意思の疎通を
何故なら――
「――~~ッ!? ―~―~――~ッッッ!! ――~~~~~ッッッッッッ!!!!」
本来は、中・近距離、角度が広い前方扇型の範囲を吹っ飛ばすはずが、空を飛ぶ、という目的を汲み取った〔神秘銀の機巧腕〕が衝撃波を収束させたらしい。見事に破壊力が推進力へと変換され、それを機関銃
だが、龍慈としては、あっという間に雲の上へ到達してしまうような高速飛行ではなく、低高度でのホバリングから始めて
普段からもっと意思の疎通を図っていれば、このような
――何はともあれ。
「――――~~~~~~~~ッッッッッッッッッッ!!!!!!!?」
眼下に広がるのは、飛行機の窓からでしか見る事ができないはずの景色。だというのに、龍慈は今、生身で強引に大気を突き破りながら飛行機より早く飛びつつ、それをガラス越しにではなく肉眼で見ている。
霊力を纏っているからこそまだ生きているが、どう考えても、人が生身で生存できる環境ではない。風の影響がエグ
(――
数秒間パニック状態に
すると、〔神秘銀の機巧腕〕はそれを汲み取って衝撃波砲を止める。
それで、ほっ、としたのも束の間、それまでは衝撃波砲が生み出す推進力で強引に直進していたからこそ一応安定していた体勢が、いっきに崩れて
上昇の感性が失われて、内臓が浮き上がるような、ふわっと
(――た、体勢を、安定、させねぇと……~ッ!)
すると、それを汲み取った〔神秘銀の機巧腕〕が、今度は、
(スカイダイビングをしてみたい、と思ってはいたけどよぉ……~ッ!)
ようやく周囲を見回すだけの余裕ができたものの、寒いし、呼吸し
(パラシュートねぇえええええぇ――――~ッッッ!!!!)
このままだと確実に死ぬ。
(今度こそ、
衝撃波砲を真下に向け、発射し、落下速度を殺して軟着陸する己の姿をイメージする。
それを汲み取った〔神秘銀の機巧腕〕が発砲した――が、ボボッ、ボッ、ボッ、とスラスターのような出力では
(徐々にだぞ。徐々に、徐々に、徐々に、徐々――ぶフッッッ!?)
天空に響き渡る轟音。一条の雲を引いて急上昇する巨漢。
(極端過ぎるだろッ!?)
胸中でそんな事を
(上は、――ヤバイッ!!)
高度が上がれば上がるほど気温が下がり、霊力を纏っていても耐えがたいものになってきた。更に、うっすらと星が見えてきて……
宇宙に飛び出す
(どうすりゃ生きて地上に戻れるッ!?)
衝撃波砲を止めて、雲海を眼下に望みながら必死に考え…………不意に雲間から見えたのは、
(――海ッ!!)
雲の上から落ちて海面に叩きつけられた際の衝撃は、コンクリートに墜落した時と大差ないだろう。
しかし、パッ、と龍慈の脳裏に
それからの連想で、
(豚さんの紅の飛行艇みてぇに着水すれば……~ッ!?)
活路を
一直線に、陸地の上空から海上へ。
そして、龍慈は、無理矢理エグイ風圧に逆らって肩越しに進行方向へ目を向け、進路上に島などの障害物がない事を確認しようとして――
「――は?」
愕然と目を見開いた。
それは、そこにあったのが、空でも、雲でも、海でもなく、
魔法的な光学迷彩で隠されていたのか、どうしたって見逃すはずのない巨大な建造物が厳然として目の前に存在していて――
(――なんですとぉおおおおおおぉッ!!!?)
予期せぬ出来事に頭が真っ白になった――が、躰と神器は考えるよりも早く動き、
その直後、壁に激突――そのまま突き破って城内に飛び込んだ。
まだ、何も考えられない。だが、意識は加速し、目に
城内は暗く、だからこそ落下先、床で光を放つ巨大な魔法陣が目に飛び込んできて――
「――ぬぅんッッッ!!」
反射的に繰り出した左の巨拳を、魔法陣に叩き込んだ。
それは、もちろん魔法陣が憎かったからではなく、墜落死を避けるため。
外壁にぶつかり突き破った事で多少勢いが落ちたものの、まだまだ死ねる速度だった。霊力で最大限強化した状態でも、両足で着地したら骨折して身動きが取れなくなってしまうかもしれない。
「し、死ぬかと思った……~っ」
バクバクいっている胸を押さえながらそう
「……やっぱ、俺のせいだよなぁ~」
巨腕の一撃で魔法陣の一部を破損させたせいか、例の呪いのせいか……兎にも角にも、他に原因が思い当たらない。
魔法陣の光が消えてしまったため城内は暗く、自分が突き破った天井付近の壁の
(この場に留まるのはマズそうだな)
本能が鳴らす警鐘に
「うおッ!?」
突如、無数に存在していた照明器具が一斉に点灯して室内がいっきに明るくなり、
「なんじゃこりゃ……~ッ!?」
この空間の端、というか、おそらく、最も奥まった場所に、
体長は、20メートル以上。全身が昆虫を
その姿は、英勇校で受けた座学の時間に魔法的な投影機で見せられたものの中では『
しかも、その結晶は、美女が閉じ込められているクリスタルの柱から、同じサイズの結晶が生えた不格好な形で――その二つの接合部が突如、パリンッ、とガラスが割れたような音を響かせて分離した。
あんぐりと口を開けたアホ
「…………おいおい、何だそれは?」
正直な話、クリスタルに封じられている美女を見た時は、胸が、ドキッ、と高鳴った。
それは、彼女を解放する事で何か物語が始まるような、いかにもファンタジーな展開が脳裏を過ったが
しかし、石像のようだったそれが、
それは、この巨大な怪異を封印するための人身御供、自己犠牲……そんな
「キシャアアアアアアアアアアアァッッッ!!!!」
唐突に動き出した巨大な怪物の威圧感も、ビリビリ肌を震わせるひどく耳障りな咆哮も、まるで気にならない。
巨大クリーチャーが動き出したのに呼応するかのようなタイミングで、四方の壁に出現した無数の魔法陣から光の
そんなものがあろうとなかろうと関係ない。
「まぁ、始めから返事は期待しちゃあぁいねぇよ」
声音は低く穏やかで、しかし、感情の高ぶりによって爆発的に増幅された霊力が筋骨隆々たる肉体から怒りのオーラとして立ち昇り、普段は呑気そうで人好きがする顔に悪鬼羅刹の形相が浮かび、軽く腰を落として重心を下げると両足の下で床が割れて細かなひびが無数に入り、突き出した〔神秘銀の機巧腕〕が衝撃波砲へと変形し――
「くたばれ――」
危機感を
「――ファンタジィイイイイイイイイイイィッッッ!!!!」
ブンッ、と衝撃波砲を振って真後ろへ向けるなり発砲。その反動で
そして、飛び込んだ勢いのまま、見るからに
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