第6話 くたばれファンタジー

 時は、英勇校の今年度卒業式の前日。


 場所は、エルフの占領下にある北東大陸、そのほぼ中央にある大きな都市の廃墟。  


 かつてはさかえた都市だったようだが、今では、屋根やねが残っている家屋かおくは見当たらず、巨大な木々が無秩序にそびえ、崩れた壁は蔓草つたおおわれ、でこぼこになった石畳いしだたみ隙間すきまから草が伸び、所々こけおおわれている。


 流刑るけいしょされた龍慈は、そんな場所に、着の身着のまま放り出された。


 食料はない。道具もナイフの1本すらない。だが――


「――〝来い〟」


 そう呼び掛けた直後、すぐ前の地面に忽然こつぜんと出現したのは、短い銀の円柱、待機状態の〔神秘銀の機巧腕アガートラム〕――だけではなく、


「こいつは……ッ!?」


 そのとなりには、キャンプやケータリング、給食などで汁物しるものを入れる、円筒形で左右に取っ手が付いた保温が効く大型の容器に似た神器――〔恩恵の食缶〕が。


「メグミの置き土産、か……」


 ケルト神話のダーナ神族四秘宝の一つである『ダグザの大釜おおがま』をイメージして創造されたこの神器は、どんなものでも望んだ食べ物や飲み物が望んだだけ中に現れる。


「あれ? そういやぁ、俺の周囲の霊気が消失し続けてるって話だったが……」


 己の内側に意識を向ける。すると、体内を循環する霊力が感じ取れた。


 おそらく、メグミが術を行使するのに不足していた分が自分から抜き取られたのだと思うが、昨夜はごっそり消費されて気絶したものの、今は、回復してきており、減り続けているという感覚はない。


 ならば、確認すべき事は二つ。


 一つは、神器に触れても大丈夫なのか。


 呪いのせいで、周囲の空間の霊気だけではなく、道具に触れると、そこに封入されていた霊気が消失して使いものにならなくなってしまう。現に、取り上げられた〔審神者の鏡〕は、何も映し出さなくなってしまっていた。


「……大丈夫、か……?」


 〔神秘銀の機巧腕〕を、ちょんっ、ちょちょんっ、と指先でつついてみるが、変化・異常は見られない。


 ならば、とシャツチュニックいで――そのまま装備するとそでがなくなってしまうから――両袖をへその前で結んで腰に巻き、思い切って短い銀の円柱の上に開いている穴に左手を突っ込む。


 すると、ジャコンッ、ガキンッ、カシャンッ、ジャキンッ……そんな無数の金属音を多重連鎖的に響かせて、銀色の円柱がまたたく間に、銀色の重厚な装甲が肩の上まで覆い、背筋を伸ばして立った状態で巨大な拳が膝下のくるぶし寄りにある、全体的に丸太のようだと評される自分本来の腕より倍以上太い銀色の巨腕に変形した。


「異常は…………ないな」


 これまで通り、思うがままに動く。


 さわっても問題ないのは、おそらく、神の力を結晶化させたものである神器は、霊気で動いている訳ではないからだろう。


 もう一つの確認すべき事は、〔恩恵の食缶〕がちゃんと能力を発揮するのか。


 食缶を巨腕の左手で持ち、通りだった場所から食事をするのに適当だと思える場所へ移動し、早速さっそく試してみる事に。


 左腕から〔神秘銀の機巧腕〕をはずし、両手で〔恩恵の食缶〕に触れ、食べたいものをイメージしつつ起動させるのに必要な量の霊力を込める。


 すると、以前ためした時は、所有者であるメグミの霊力でしか起動しなかったが、今回はその表面に不思議な紋様が浮かび上がった。


 それが消えるのを待って両手を離し、外蓋そとぶたをはずして、中蓋なかぶたを開ける。


 すると――


「これで、水と食料の心配をする必要はなくなったな」


 からっぽだったはずの中に入っていたのは、薄切りにスライスしたトマト、レタスとキュウリの千切り、ほぐしたたっぷりの鶏胸肉とりむねにくに特製味噌ダレをかけた好物の棒棒鶏バンバンジー


 メグミに感謝しつつ、いただきます、と手を合わせてから、食器がないので適当に拾った2本の枝をはし代わりにして食缶しょっかんから直接食べ…………しっかり味わって綺麗にたいらげた。


 水、食料、道具……全て〔神秘銀の機巧腕〕と〔恩恵の食缶〕があれば事足りる。


 ならば、次は早くも移動だ。


「どちらへ行こうか…な……」


 かつては大勢の人々でにぎわっていたであろう2本の大通りが交わる十字路の中心に立ち、腹が満ちて気分が良い龍慈は、脂肪がのっていても八つに割れているのが分かる腹筋はらを撫でつつ、その場でゆっくり回りながら順に四方の道の先へ目を向けて……ふと視線を上げると、はるか彼方の世界樹が見えていた事に気付いた。


「よし、北にするか」


 適当に決めて歩き出す龍慈。


 上半身裸で〔神秘銀の機巧腕〕を左腕に装備し、適当な場所に置いて行っても必要になった時に召喚すれよべば空間転位してくる事が分かってはいるものの、何となく、巨腕の左手で〔恩恵の食缶〕をかかえて持って行く。


 まるで警戒していないようでいて、その実、即座に迎え撃てる心構えで北へ向かって進み……


「ふむ……。『跳梁跋扈ちょうりょうばっこ』なんて言ってたから、そこらじゅうにウジャウジャいるのかと思ったら、そうでもないんだな」


 廃墟の終わり、崩れた都市の防壁が見えてきても、道中、鳥や小さな蜥蜴とかげ、昆虫などはチラチラ見掛けるのだが、改造魔蟲クリーチャーが出てくる気配はない。


「ぬぅ……、険しい道を選んじまったなぁ」


 と言うのも、巨大な何かに破壊されたと思しき門の残骸から都市の外へ目を向けると、そこに広がっているのは鬱蒼うっそうとした樹海。


 かつては街道があったのかもしれないが、今は見る影もなく、間伐かんばつなどされていないから木々が密集して乱立し、下草が繁茂はんもしていて獣道すら見当たらない。


「はてさて、どうしたものか……」


 道とは俺が通った後にできるものだッ!! と突っ込んでも良いが、枝葉が密集して暗い森の中に入ったら、世界樹めじるしが見えなくなってしまう。自分の事を方向音痴だと思った事はないが、渡り鳥並みの方向感覚があるかと言われるとそこまでの自信はない。


「ふむ…………、――あっ! あれをやってみるか」


 ふとした思い付きから、それとは別の方法で北を目指せないか試してみる事に。


 龍慈は、〔恩恵の食缶〕を適当な場所に隠してから来た道を引き返し、かつては門前広場だったと思しき開けた場所へ。


 そして、足元はデコボコしているが、上にも周りにも何もない――そんな場所で、〔神秘銀の機巧腕〕のてのひらを地面に向けて構えた。


 それは、左手に装着した場合、巨腕形態から様々な武器に変形する〔神秘銀の機巧腕〕、その衝撃波砲の反動で空を飛べないか、パワードスーツの両掌からエネルギー兵器を噴射して飛ぶ知人のようにできるのではないか、と考えたから。


 これを思い付いたのは、英勇高で訓練を始めて間もない頃の事だったが、すぐ、仲間達と移動するなら使う機会はないか、と思い至り、そのまま今日まで忘れていた。


「頼むぜ、相棒ッ!」


 掌に開いた砲口からまたたく間に肘から先が波動砲へと変形させ、既に常時強化状態だが、念のため更に、英勇校で身に付けた【武術】――体内霊力制御と【戦技】を併用した肉体の限界を超越する戦闘技術で、全身に霊力を纏い衝撃に対する耐久力を強化して、――ぶっ放した。


 廃墟に響き渡る轟音。


 地上から空へ向かって一直線に引かれる細い雲。


 そして、龍慈は、キランッ、と輝くお星様になった。




 神器には、器物としての意志が宿やどっている。


 呼べば現れたり、所有者の意思をみ取って、飲食物を生成したり、思うがままに動いたり、変形したりするのだから、疑う余地はない。


 それを踏まえて、龍慈は思った。


 もっと〔神秘銀の機巧腕〕と意思の疎通をはかっておくべきだった、と。


 何故なら――


「――~~ッ!?  ―~―~――~ッッッ!!  ――~~~~~ッッッッッッ!!!!」


 本来は、中・近距離、角度が広い前方扇型の範囲を吹っ飛ばすはずが、空を飛ぶ、という目的を汲み取った〔神秘銀の機巧腕〕が衝撃波を収束させたらしい。見事に破壊力が推進力へと変換され、それを機関銃みの速度で連射する事で、今、ミサイルのような速さで一直線に空をかっ飛んでいる。


 だが、龍慈としては、あっという間に雲の上へ到達してしまうような高速飛行ではなく、低高度でのホバリングから始めて徐々じょじょに速度を上げていきたかった。


 普段からもっと意思の疎通を図っていれば、このような齟齬そごをきたす事はなかったかもしれない、そうと思うとやまれてならないが……


 ――何はともあれ。


「――――~~~~~~~~ッッッッッッッッッッ!!!!!!!?」


 眼下に広がるのは、飛行機の窓からでしか見る事ができないはずの景色。だというのに、龍慈は今、生身で強引に大気を突き破りながら飛行機より早く飛びつつ、それをガラス越しにではなく肉眼で見ている。


 霊力を纏っているからこそまだ生きているが、どう考えても、人が生身で生存できる環境ではない。風の影響がエグぎて声を出す事もできなかった――が、


(――速過はやすぎるッ!!)


 数秒間パニック状態におちいっていたものの、ようやく地上に置き去りにされていた意識が高空へ打ち上げられた躰に追い付いてきた。


 すると、〔神秘銀の機巧腕〕はそれを汲み取って衝撃波砲を止める。


 それで、ほっ、としたのも束の間、それまでは衝撃波砲が生み出す推進力で強引に直進していたからこそ一応安定していた体勢が、いっきに崩れて錐揉きりもみ状態に。


 上昇の感性が失われて、内臓が浮き上がるような、ふわっとかんき気をおぼえてから間もなく下降が始まり……


(――た、体勢を、安定、させねぇと……~ッ!)


 すると、それを汲み取った〔神秘銀の機巧腕〕が、今度は、姿勢制御用推進装置スラスターのように、ボッ、ボッ、ボボッ、と断続的に衝撃波砲を発射してそれを叶えてくれた。


(スカイダイビングをしてみたい、と思ってはいたけどよぉ……~ッ!)


 ようやく周囲を見回すだけの余裕ができたものの、寒いし、呼吸しづらいし、向かい風が轟々とうるさいし…………だが、眼下に広がる絶景には感動を覚える。


 動転しパニクったし、焦ったし、正直、小便チビるかと思ったが、スカイダイビングは好いものだ――そう思った直後、気付いた。


(パラシュートねぇえええええぇ――――~ッッッ!!!!)


 落下傘パラシュートのないスカイダイビングは、ただの投身自殺だ。


 このままだと確実に死ぬ。


(今度こそ、徐々じょじょに、だッ!)


 衝撃波砲を真下に向け、発射し、落下速度を殺して軟着陸する己の姿をイメージする。


 それを汲み取った〔神秘銀の機巧腕〕が発砲した――が、ボボッ、ボッ、ボッ、とスラスターのような出力ではらちが明かない。


 ゆえに、断続的にではなく、出力を少しずつ上昇させながらあのミサイルのごとく飛んだ時のような高速連射をするイメージを相棒アガートラムに送る。


(徐々にだぞ。徐々に、徐々に、徐々に、徐々――ぶフッッッ!?)


 天空に響き渡る轟音。一条の雲を引いて急上昇する巨漢。


(極端過ぎるだろッ!?)


 胸中でそんな事をわめいている間にもロケットのような上昇は続いていて――


(上は、――ヤバイッ!!)


 高度が上がれば上がるほど気温が下がり、霊力を纏っていても耐えがたいものになってきた。更に、うっすらと星が見えてきて……


 宇宙に飛び出すおのれを想像して怖気おぞけ立ち、咄嗟とっさあお向けになって両足を振り上げつつるようにして強引に軌道を変更。上昇から一転、まるで流れ星のように地上へ向かって落ちていく。


(どうすりゃ生きて地上に戻れるッ!?)


 衝撃波砲を止めて、雲海を眼下に望みながら必死に考え…………不意に雲間から見えたのは、


(――海ッ!!)


 雲の上から落ちて海面に叩きつけられた際の衝撃は、コンクリートに墜落した時と大差ないだろう。


 しかし、パッ、と龍慈の脳裏にひらめいたのは、水切みずきり――平たい小石に回転を加えて水平に投げて水面を飛び跳ねさせる遊び。


 それからの連想で、


(豚さんの紅の飛行艇みてぇに着水すれば……~ッ!?)


 活路を見出みいだした龍慈は、空中で必死に体勢を整えると、海に向かって背を向け衝撃波砲をぶっ放した。


 一直線に、陸地の上空から海上へ。


 そして、龍慈は、無理矢理エグイ風圧に逆らって肩越しに進行方向へ目を向け、進路上に島などの障害物がない事を確認しようとして――


「――は?」


 愕然と目を見開いた。


 それは、そこにあったのが、空でも、雲でも、海でもなく、忽然こつぜんと出現した城の壁だったからだ。




 魔法的な光学迷彩で隠されていたのか、どうしたって見逃すはずのない巨大な建造物が厳然として目の前に存在していて――


(――なんですとぉおおおおおおぉッ!!!?)


 予期せぬ出来事に頭が真っ白になった――が、躰と神器は考えるよりも早く動き、咄嗟とっさに反転して衝撃波砲から巨腕に戻った〔神秘銀の機巧腕〕と右腕で頭部をかばうなど防御姿勢を取る。


 その直後、壁に激突――そのまま突き破って城内に飛び込んだ。


 まだ、何も考えられない。だが、意識は加速し、目にうつる全てが遅く見える。


 城内は暗く、だからこそ落下先、床で光を放つ巨大な魔法陣が目に飛び込んできて――


「――ぬぅんッッッ!!」


 反射的に繰り出した左の巨拳を、魔法陣に叩き込んだ。


 それは、もちろん魔法陣が憎かったからではなく、墜落死を避けるため。


 外壁にぶつかり突き破った事で多少勢いが落ちたものの、まだまだ死ねる速度だった。霊力で最大限強化した状態でも、両足で着地したら骨折して身動きが取れなくなってしまうかもしれない。


 ゆえに、打ち込んだ〔神秘銀の機巧腕〕の各関節部を懸架装置サスペンションのように使って衝撃を吸収・緩和。躰を丸めて、左の巨拳から前腕、肘、二の腕、肩と順についてそのまま勢いに逆らわずごろごろ転がり…………最後は、くるっ、と四分の一ひねってから右手だけで後転し、しゃがんだ状態で止まった。


「し、死ぬかと思った……~っ」


 バクバクいっている胸を押さえながらそうつぶやき、乱れた呼吸を整える事で動悸どうきしずめ、それから現状を確認すべく周囲へ目を向ける――その直前、フッ、と足元の巨大な魔法陣の光が消え、続いて、ゴゴゴゴゴゴ……、と床が不気味な鳴動を始め……


「……やっぱ、俺のせいだよなぁ~」


 巨腕の一撃で魔法陣の一部を破損させたせいか、例の呪いのせいか……兎にも角にも、他に原因が思い当たらない。


 魔法陣の光が消えてしまったため城内は暗く、自分が突き破った天井付近の壁のあなから外の光が差し込んでいるものの、闇を全てはらうには弱過ぎる。


(この場に留まるのはマズそうだな)


 本能が鳴らす警鐘にしたがって立ち上がり、勘に任せてこの場から離れようとした――その時、


「うおッ!?」


 突如、無数に存在していた照明器具が一斉に点灯して室内がいっきに明るくなり、咄嗟とっさに、暗闇に慣れ始めていた目をかばうため右手でひさしを作り――


「なんじゃこりゃ……~ッ!?」


 この空間の端、というか、おそらく、最も奥まった場所に、蟷螂カマキリを禍々しくしたエイリアンのような異形の石像が存在している事に気が付いた。


 体長は、20メートル以上。全身が昆虫を彷彿ほうふつとさせる外骨格でつつまれ、後ろに長く伸びた頭部には、前後左右上下の全方位を視界に納め死角を作らない位置に計八つの複眼が備わっており、目立つカミキリムシのような大顎の奥、口内にはさめのように無数の牙が並んでいる。その下、細長い前胸には、鳥の足に似た4本の指を備える2本の腕と、2対4本の巨大な鎌状の長い前足。更にその下、前後に長い胴体には、無数のとげを有して先端が槍の穂先のようにとがった6本の脚。


 その姿は、英勇校で受けた座学の時間に魔法的な投影機で見せられたものの中では『屍喰型改造魔蟲スカベンジャー』に近い。だが、まるで別物。細かい違いをげればきりがないのではぶくが、その最大の違いは、細長い前胸の中央に存在しているクリスタルのような青にも緑にも見えるあおく透き通った結晶で、――その中には髪の長い裸の美女の姿が。


 しかも、その結晶は、美女が閉じ込められているクリスタルの柱から、同じサイズの結晶が生えた不格好な形で――その二つの接合部が突如、パリンッ、とガラスが割れたような音を響かせて分離した。


 あんぐりと口を開けたアホづらさらす龍慈の目の前で、美女を閉じ込めたほうのクリスタルの柱が石像の中へ吸い込まれるように消え、代わりに、中に何も入っていない分離したほうのクリスタルの柱がまり込む。その数秒後、後ろに長く伸びた頭部、その額に当たる場所から、一角馬ユニコーンの角のごとく、美女が閉じ込められたクリスタルの柱が生えた。


「…………おいおい、何だそれは?」


 正直な話、クリスタルに封じられている美女を見た時は、胸が、ドキッ、と高鳴った。


 それは、彼女を解放する事で何か物語が始まるような、いかにもファンタジーな展開が脳裏を過ったがゆえに。


 しかし、石像のようだったそれが、むらさきがかった光沢のある黒へ、生物の質感へと変化して動き出したのを見ている今は、沸々フツフツはらわたが煮えくり返っている。


 それは、この巨大な怪異を封印するための人身御供、自己犠牲……そんな胸糞むなくそが悪くなるような言葉しか思い浮かばないが故に。


「キシャアアアアアアアアアアアァッッッ!!!!」


 唐突に動き出した巨大な怪物の威圧感も、ビリビリ肌を震わせるひどく耳障りな咆哮も、まるで気にならない。


 巨大クリーチャーが動き出したのに呼応するかのようなタイミングで、四方の壁に出現した無数の魔法陣から光のくさりが飛び出してすさまじい勢いで伸び、化け物の腕や脚、前胸や胴体に巻き付いて束縛したのを見ても、どうとも思わない。


 そんなものがあろうとなかろうと関係ない。


「まぁ、始めから返事は期待しちゃあぁいねぇよ」


 声音は低く穏やかで、しかし、感情の高ぶりによって爆発的に増幅された霊力が筋骨隆々たる肉体から怒りのオーラとして立ち昇り、普段は呑気そうで人好きがする顔に悪鬼羅刹の形相が浮かび、軽く腰を落として重心を下げると両足の下で床が割れて細かなひびが無数に入り、突き出した〔神秘銀の機巧腕〕が衝撃波砲へと変形し――


「くたばれ――」


 危機感をおぼえたのだろう。砲口を向けられた巨大クリーチャーは、絶叫ぜっきょうするように咆哮ほうこうし、樹齢千年を超える大木のように図太い2本一対の腕の筋肉が隆起した次の瞬間、光の鎖を強引に引き千切るなり胸の前で交差させて防御姿勢を取った――直後、


「――ファンタジィイイイイイイイイイイィッッッ!!!!」


 ブンッ、と衝撃波砲を振って真後ろへ向けるなり発砲。その反動でみずからを砲弾と化さしめた龍慈は、一瞬にして交差された巨大クリーチャーの腕の下をくぐってふところへ。


 そして、飛び込んだ勢いのまま、見るからに急所コアと思しき結晶クリスタル憤怒の一撃みぎこぶしをブチ込んだ。

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