第5話 二人の行方

 時は、英勇校の今年度卒業式の日。


 場所は、聖オルフィーナ学園の校舎、その一室。


 既に式典は終了し、生徒会がもよお送別会パーティーに出席するため、卒業生達が制服から盛装に着替えているころ、戦場へ向かって旅立つ転移者達は、パーティ単位でそれぞれに用意された一室で、制服から戦闘服へ着替えていた。


 もちろん、転移者であっても希望者はパーティーに参加する事ができるし、事実、半数近い転移者達が参加する。


 しかし、イストーリア王国へ向かう転移者達メンバーは、卒業式後すぐ出発し、向こうで盛大に催される式典に参加する事になっていた。


「いったいどこに行ったのよ……」


 くノ一風の装束を身に纏い、左右の太腿の外側に装着したホルスターにそれぞれ大型拳銃型の神器をおさめたマドカは、2体の展示用人形マネキンに――それらが着けたままの僧兵風の装束と巫女風の装束に目を向けながら、ぽつりとつぶやいた。


 そのとなりに並ぶのは、旅の武芸者風の装束を身に纏い、背中に2メートルを超える野太刀を背負い、左腰に大小の二刀をいている勇仁で、


「龍慈の事は心配する必要がない。そして、メグミには龍慈がついてる。――だから、大丈夫」


 だろ? と同意を求められたマドカは、やや眉尻まゆじりが下がっているものの、うん、と頷いた。


 部屋のドアがノックされたのは、その直後の事。


 二人は、まるで見計らっていたかのようなタイミングに顔を見合わせ、勇仁が、どうぞ、と入室を許可すると、ドアを開けて入ってきたのは、聖堂騎士団の副団長と部下の騎士2名で――


「何か分かりましたか?」


 あまり期待を持たずに確認する勇仁。それに対する答えは、案の定、いいえ、という否定の言葉と、鋭意えいい捜索中です、という聞ききた決まり文句もんくだけで、


「――用件は何ですか?」


 柳眉りゅうびを逆立てたマドカが口を開き――決まり文句に対する文句が飛び出す前に勇仁が訊いた。


「予定の時刻にはまだ早いのですが、他の使徒様方は用意を終えて全員集まりましたので、それをお伝えに」

「副団長がわざわざ?」


 勇仁は、ありがとうございます、と感謝の言葉をべてから、


「ですが、もう少し時間を下さい。ご覧の通り、まだ二人の分の荷造りが終わっていないので」

「持って行かれるのですか?」

「はい。リンデンバウムここを出て行ったのなら、英勇校ここに残して行っても二人の手に渡る事はないだろうし、イストーリア行きは二人に伝えてありますから」

「お二人は、何も言わずに姿を消した。――それでも来ると?」

「来てもらわないとこまります。メグミは、俺達の切り札で、龍慈は、最大戦力であると同時に俺達の精神的支柱ですから」

「リュージ殿が、ですか?」


 思わずといった様子でそう口にしたのは、部下の騎士の片方で、勇仁が、そうですが、何か? と聞き返すと、


「確かに、武術の基礎を会得したリュージ殿の身体能力はすさまじいものでしたが、【才能タレント】は、戦闘の役に立たないものと訳の分からないものだけ。最大戦力という評価もそうですが、とても精神的支柱になり得るとは……」


 それは、〔審神者さにわの鏡〕という道具があるがゆえに、自分にどのような才能があるのかを自覚してからそれを伸ばしていく、それが当たり前な才能至上主義のこの世界では一般的な考え方であり、言わんとする事は理解できる。


 だが――


「龍慈が神から与えられた称号が何か、知っていますか?」

「確か、【金剛の力士】でしたか?」


 勇仁は、えぇ、と頷いてから、


「【玉の肌】【豊満】【仙人掌サボテン】【合掌】――これらの才能に、【金剛の力士】としょうされる要素がありますか?」


 副団長は、勇仁が何を言わんとしているのかを理解して、はっ、と目をみはり、


「称号を与えられたからには、その所以ゆえんたる【才能】があってしかるべき……っ!」

「では、リュージ殿は、ユージ様やマドカ様にすらそれを隠していたというのですか?」


 そう言っていたのは、部下の騎士のもう一方で、


「何故、俺とマドカが龍慈から訊いていないという事を知っているんですか?」


 間髪入れずにそう問う勇仁。


 普通に考えれば、口振りからそう思うのは当然。ゆえに、そう答えれば済む話なのだが……


 勇仁は、龍慈にだけ『様』ではなく『殿どの』を付けて呼ぶ騎士が、一瞬、しまった、と言わんばかりの表情を浮かべたのを見逃さなかった。


 しかし、そんな素振そぶりはおくびにも出さず、まぁどうでも良いと言わんばかりにきびすを返すと、二人の装備を持って行くための準備をするため展示用人形マネキンのほうへ歩を進めつつ、


「隠していたという訳ではないと思います。ただ言う機会をいっしただけで」


 【技術スキル】については『二つある』と言っていたのに対して、【能力アビリティ】については『二つある』と言っていた。そこから察するに、おそらく、説明文で理解する事ができた【能力】があるのだろう――そんな事を考えつつ、


「何にせよ、――龍慈達は必ず戻って来る」


 勇仁は、確信を込めてそう言い、騎士達の視線を背中に感じながら、預言者のように告げた。


「その時、あきらかになりますよ。どうして何も言わずに姿を消したのか、いったい何があったのか、――俺達の疑問の全てが」




 ――時は、しばしさかのぼる。


 それは、二人が結ばれた日の夜が明けて、朝、勇仁とマドカがクラスメイトほか親しくなった転移者達と食堂にいた頃。


 場所は、エルフの占領下にある北東大陸、そのほぼ中央にある大きな都市の廃墟での事。


 かつてはさかえていたようだが、今では、屋根が残っている家屋は見当たらず、巨大な木々が無秩序にそびえ、崩れた壁は蔓草つたおおわれ、でこぼこになった石畳の隙間から草が伸び、所々こけで覆われている。


 そして――


「早まっちまったかなぁ……」


 着の身着のままここに追放された龍慈は、倒壊して壁すらほとんど残っていない、かつて大聖堂と呼ばれていた建物の敷地から表の通りへ出ると、人気ひとけが絶え緑に侵食されている街並みをながめ…………ふと晴れた空をあおぎながらつぶやいた。


 ――思い返すのは昨夜の事。


 メグミの部屋で卒業式の後の事を話し合うから来い、と言われ、勇仁に、先に行っててくれ、と言われたのでそうしたら、何故か、掛け布団を躰に巻き付けたメグミに出迎えられた。


 マドカもまだ来ておらず、ベッドに座るよううながされたのでそうすると、隣にメグミが座り、そのまま二人がくるのを待つ事に。


 沈黙を苦痛に感じるような間柄あいだがらではないので、ぼぉ~~っ、としていると、メグミがぽつりぽつりと話し始めた。


 その内容は、元の世界での思い出。


 始めのほうこそ、あんな事があった、こんな事があったと楽しそうに話していたのだが…………不意にうつむくと黙り込んでしまった。


 小柄で華奢きゃしゃなメグミは、一見かよわそうに見えて、しかし、気骨きこつがある。32年間みんなで生き抜いて元の世界に帰る、そう決めた以上、〝それ〟を口にする事はないだろう。だが……


 成績優秀で雑学トリビア好きでもある勇仁の話だと、中世から近代にかけての執事やメイド、いわゆる『使用人サーヴァント』は、専門の教育機関で学び、推薦状をもらってその家につかえる。職場を変える際にも、前の主に次の主への推薦状を書いてもらわなければならず、機嫌をそこねて推薦状を書いてもらえないとやとってもらう事ができないため、事実上の絶対服従だったらしい。ただし、使用人への度を越えた仕打ちが明るみに出ると、その家の主は信用を失い、没落して路頭に迷う事もあったのだとか。


 メグミの称号は、【誓約の侍従長】。


 備わっていたのは、【絶対遵守】と【主従契約】――主に仕え、主の命令を遂行するための【才能タレント】。


 それらを踏まえた上で、勇仁は言った。――たぶん、お前のせいだ、と。


 軽はずみに思い付きを口に出したせいで、本人が望まぬ【房中術】や、規格外の【仙術】を会得する事になってしまった。


 その結果が、身を護るための【拒否権】や、没落に相当する【革命権】、そして、メグミを苦しませている【従者わたしのものは主人あなたのもの 主人あなたのものは主人あなたのもの】の発現。


 つまり、主人としての自覚と責任を持ち、従者の気持ちを思いやった上での命令であれば、おそらく、それらの才能が発現する事はなかったのではないか、と。


 おつむの作りがお粗末そまつなせいで、そういう事は言ってもらわないと分からない。それに、婉曲な言い回しだと理解できないと分かっているから、遠慮会釈なく直接的ストレートに言ってくれる。


 それが、本当にありがたい。


 そんな勇仁のおかけで、自分にできる事はないかと考えて…………一つ思い付いた。


 しかし、それが可能なのかは分からない。


 なので、あの時、自分から〝それ〟を口にする事はないだろうという確信があったからこそ、うつむくメグミに訊いてみたのだ。手を、ぽんっ、と隣にある頭の上にのせてでながら――


 ――元の世界に帰りたいか、と。


 その質問に、メグミは、しばし逡巡した後、小さく、だが、はっきりと頷いた。


 ならば、とダメ元で早速さっそく試してみる事に。


 ベッドから腰を上げ、メグミの正面で床に片膝をつき、視線の高さを近付けて、真っ直ぐに見詰めて、命令した。


 ――元の世界に帰れ、と。


 【絶対遵守】は、命令にさからえない、絶対に守らせるだけではなく、命令を成し遂げるために必要なら【技術】すら取得させてしまう【能力】。


 ならば、それすらも可能にしてしまうのではないかと思い、昔の人も〝案ずるより産むがやすい〟と言っていたので試してみたのだが…………何も起きず、やはり無理だったか、と思った――直後、メグミの全身が優しい光に包まれ、端から粒子と化してほろほろとほぐれるようにその躰が消え始めた。


 送還にかかった時間は、長いようで短く、こちらは咄嗟とっさに、〝心配無用だ〟と告げつつ前に出した右拳の親指を立てサムズアップして笑顔で見送る事ができたものの、メグミのほうは、動揺して言葉に詰まり、〝龍くんっ、私――〟と何か伝えようとしていたようだったが、最後のほうは聞き取れなかった。


「ユージとマドカも、見送ってやりたかっただろうな」


 パーティは事実上の解散。だというのに、そうなった理由を自分の口から説明する事ができなかった。


 きっと、腹を立てるに違いない。


「この有り様も、自業自得、か……」


 メグミが送還された後、躰に巻き付けていた掛布団と、妙にエロい下着だけが残っていたのは覚えているのだが、霊力がごっそり抜けていく感覚と共に意識を失ったらしく、そこで記憶が途切れていて…………目を覚ました時には、鉄格子で仕切られた牢屋のような場所にいて、椅子に座った状態で両手足を図太いくさりで拘束されていた。


 こちらが目を覚ました事に気付いたらしい牢番と思しき男がどこかへ行くと、入れ替わりに現れたのは、教会施設の責任者である神官長と、使徒達の訓練の指導教官をつとめている聖堂騎士団の副団長と部下の騎士2名。


 いま思うと、あれは事情聴取だったのだろう。


 訊かれた事にすべて答えると、神官長は手で目許を覆い、騎士達は厳しい表情を浮かべ、そして、終始表情を変えなかった副団長に二つの事を告げられた。


 一つは、メグミが元の世界へ帰還するために使われたのは、禁忌に類する『超越魔法』だった可能性が高いという事。


 神官長が詳しく説明してくれたのだが、要するに、因果を逆転させるのが超越魔法で、普通は、必要な量の霊力、知識、技術があって初めて魔法が使える――原因があって結果が生じるのだが、超越魔法は、結果があらわれてからそこへ到るための辻褄合つじつまあわせが起きる、つまり、得た結果に応じた代償を支払わなければならないらしい。


 では、その代償とは何なのか?


 今回の場合は、個人のではなく、〝召喚の儀〟に必要な天地自然の


 それを支払うために、触れた物や周囲の空間の霊気を消滅させてしまう、という、本来であれば術を発動させたメグミが負うはずだった一種の呪いが、【従者のものは主人のもの 主人のものは主人のもの】の効果で譲渡された結果なのだろう。自分では分からないのだが、例えるなら、せんを抜いた風呂桶ふろおけの排水溝にお湯が吸い込まれていくように、おのれという人型のあなに周囲に存在している霊気が吸い込まれて失われ続けているらしい。


 この世界に使徒達を留めている神器の砂時計の力を打ち消して送還したのだとすると、〝召喚の儀〟に相当する量の霊気が消滅するまでこの呪いが解ける事はないだろう、というのが神官長の見立て。


 もう一つは、おとがめなしという訳にはいかない、という事。


 使徒達の中でもトップクラスの【才能タレント】を有するメグミの脱落は重大な損失であり、この世界からいなくなった、という意味では死亡したに等しい。それはつまり、殺害されたも同然であり、使徒殺害は重罪、死刑に相当する。


 だがしかし、同然とは言っても実際に殺害した訳ではない。


 それゆえに、みずから選べと言われた。


 死刑か、流刑か――死をって罪をあがなうか、エルフに占領され改造魔蟲クリーチャーが跳梁跋扈する北東大陸へおもむき、積み上げた戦果を以ってつぐないとするか。


 二者択一。どちらかを選ぶしかないなら、迷う理由はない。


 現在進行形で周囲の霊力が消失しているため、一刻も早く殺すか放り出したかったのだろう。流刑を選ぶと告げると、それを予想していたらしく、集められていた術者達によって儀式が執り行われて【転移門ゲート】が開けられ、行けと言われてそれを潜り、振り返った時にはもう空間に開いていた穴は消失していた。


 そんな訳で、龍慈は今、ここにいる。


「そう言えば、なんで、神官長達は、メグミがいなくなった事を知ってたんだ?」


 今になってふと浮かんできた疑問。


 送還は、実に静かに行われた。もっとも、自分が感じなかっただけで、何か余波のようなものを感知して駆け付けたのかもしれないが、だとしたら、部屋に踏み込んで見付けたのは、倒れていた自分だけのはず。それなのに、メグミの行方ゆくえは一度も聞かれなかった。


 まるで、メグミがもうこの世界に存在しない事を知っていたかのように。


 今思うと、あの事情聴取は、既に知っている事を確認していただけのような……


「まぁいいか」


 何を言っても後の祭り。


 それより、今、考えなければならないのは――


「はてさて、これからどうしたものか……」

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