第5話 二人の行方
時は、英勇校の今年度卒業式の日。
場所は、聖オルフィーナ学園の校舎、その一室。
既に式典は終了し、生徒会が
もちろん、転移者であっても希望者はパーティーに参加する事ができるし、事実、半数近い転移者達が参加する。
しかし、イストーリア王国へ向かう
「いったいどこに行ったのよ……」
くノ一風の装束を身に纏い、左右の太腿の外側に装着したホルスターにそれぞれ大型拳銃型の神器を
その
「龍慈の事は心配する必要がない。そして、メグミには龍慈がついてる。――だから、大丈夫」
だろ? と同意を求められたマドカは、やや
部屋のドアがノックされたのは、その直後の事。
二人は、まるで見計らっていたかのようなタイミングに顔を見合わせ、勇仁が、どうぞ、と入室を許可すると、ドアを開けて入ってきたのは、聖堂騎士団の副団長と部下の騎士2名で――
「何か分かりましたか?」
あまり期待を持たずに確認する勇仁。それに対する答えは、案の定、いいえ、という否定の言葉と、
「――用件は何ですか?」
「予定の時刻にはまだ早いのですが、他の使徒様方は用意を終えて全員集まりましたので、それをお伝えに」
「副団長がわざわざ?」
勇仁は、ありがとうございます、と感謝の言葉を
「ですが、もう少し時間を下さい。ご覧の通り、まだ二人の分の荷造りが終わっていないので」
「持って行かれるのですか?」
「はい。
「お二人は、何も言わずに姿を消した。――それでも来ると?」
「来てもらわないと
「リュージ殿が、ですか?」
思わずといった様子でそう口にしたのは、部下の騎士の片方で、勇仁が、そうですが、何か? と聞き返すと、
「確かに、武術の基礎を会得したリュージ殿の身体能力は
それは、〔
だが――
「龍慈が神から与えられた称号が何か、知っていますか?」
「確か、【金剛の力士】でしたか?」
勇仁は、えぇ、と頷いてから、
「【玉の肌】【豊満】【
副団長は、勇仁が何を言わんとしているのかを理解して、はっ、と目を
「称号を与えられたからには、その
「では、リュージ殿は、ユージ様やマドカ様にすらそれを隠していたというのですか?」
そう言っていたのは、部下の騎士のもう一方で、
「何故、俺とマドカが龍慈から訊いていないという事を知っているんですか?」
間髪入れずにそう問う勇仁。
普通に考えれば、口振りからそう思うのは当然。
勇仁は、龍慈にだけ『様』ではなく『
しかし、そんな
「隠していたという訳ではないと思います。ただ言う機会を
【
「何にせよ、――龍慈達は必ず戻って来る」
勇仁は、確信を込めてそう言い、騎士達の視線を背中に感じながら、預言者のように告げた。
「その時、
――時は、しばし
それは、二人が結ばれた日の夜が明けて、朝、勇仁とマドカがクラスメイト
場所は、エルフの占領下にある北東大陸、そのほぼ中央にある大きな都市の廃墟での事。
かつては
そして――
「早まっちまったかなぁ……」
着の身着のままここに追放された龍慈は、倒壊して壁すらほとんど残っていない、かつて大聖堂と呼ばれていた建物の敷地から表の通りへ出ると、
――思い返すのは昨夜の事。
メグミの部屋で卒業式の後の事を話し合うから来い、と言われ、勇仁に、先に行っててくれ、と言われたのでそうしたら、何故か、掛け布団を躰に巻き付けたメグミに出迎えられた。
マドカもまだ来ておらず、ベッドに座るよう
沈黙を苦痛に感じるような
その内容は、元の世界での思い出。
始めのほうこそ、あんな事があった、こんな事があったと楽しそうに話していたのだが…………不意に
小柄で
成績優秀で
メグミの称号は、【誓約の侍従長】。
備わっていたのは、【絶対遵守】と【主従契約】――主に仕え、主の命令を遂行するための【
それらを踏まえた上で、勇仁は言った。――たぶん、お前のせいだ、と。
軽はずみに思い付きを口に出したせいで、本人が望まぬ【房中術】や、規格外の【仙術】を会得する事になってしまった。
その結果が、身を護るための【拒否権】や、没落に相当する【革命権】、そして、メグミを苦しませている【
つまり、主人としての自覚と責任を持ち、従者の気持ちを思いやった上での命令であれば、おそらく、それらの才能が発現する事はなかったのではないか、と。
それが、本当にありがたい。
そんな勇仁のおかけで、自分にできる事はないかと考えて…………一つ思い付いた。
しかし、それが可能なのかは分からない。
なので、あの時、自分から〝それ〟を口にする事はないだろうという確信があったからこそ、
――元の世界に帰りたいか、と。
その質問に、メグミは、しばし逡巡した後、小さく、だが、はっきりと頷いた。
ならば、とダメ元で
ベッドから腰を上げ、メグミの正面で床に片膝をつき、視線の高さを近付けて、真っ直ぐに見詰めて、命令した。
――元の世界に帰れ、と。
【絶対遵守】は、命令に
ならば、それすらも可能にしてしまうのではないかと思い、昔の人も〝案ずるより産むが
送還にかかった時間は、長いようで短く、こちらは
「ユージとマドカも、見送ってやりたかっただろうな」
パーティは事実上の解散。だというのに、そうなった理由を自分の口から説明する事ができなかった。
きっと、腹を立てるに違いない。
「この有り様も、自業自得、か……」
メグミが送還された後、躰に巻き付けていた掛布団と、妙にエロい下着だけが残っていたのは覚えているのだが、霊力がごっそり抜けていく感覚と共に意識を失ったらしく、そこで記憶が途切れていて…………目を覚ました時には、鉄格子で仕切られた牢屋のような場所にいて、椅子に座った状態で両手足を図太い
こちらが目を覚ました事に気付いたらしい牢番と思しき男がどこかへ行くと、入れ替わりに現れたのは、教会施設の責任者である神官長と、使徒達の訓練の指導教官を
訊かれた事にすべて答えると、神官長は手で目許を覆い、騎士達は厳しい表情を浮かべ、そして、終始表情を変えなかった副団長に二つの事を告げられた。
一つは、メグミが元の世界へ帰還するために使われたのは、禁忌に類する『超越魔法』だった可能性が高いという事。
神官長が詳しく説明してくれたのだが、要するに、因果を逆転させるのが超越魔法で、普通は、必要な量の霊力、知識、技術があって初めて魔法が使える――原因があって結果が生じるのだが、超越魔法は、結果が
では、その代償とは何なのか?
今回の場合は、個人の霊力ではなく、〝召喚の儀〟に必要な天地自然の霊気。
それを支払うために、触れた物や周囲の空間の霊気を消滅させてしまう、という、本来であれば術を発動させたメグミが負うはずだった一種の呪いが、【従者のものは主人のもの 主人のものは主人のもの】の効果で譲渡された結果なのだろう。自分では分からないのだが、例えるなら、
この世界に使徒達を留めている神器の砂時計の力を打ち消して送還したのだとすると、〝召喚の儀〟に相当する量の霊気が消滅するまでこの呪いが解ける事はないだろう、というのが神官長の見立て。
もう一つは、お
使徒達の中でもトップクラスの【
だがしかし、同然とは言っても実際に殺害した訳ではない。
それ
死刑か、流刑か――死を
二者択一。どちらかを選ぶしかないなら、迷う理由はない。
現在進行形で周囲の霊力が消失しているため、一刻も早く殺すか放り出したかったのだろう。流刑を選ぶと告げると、それを予想していたらしく、集められていた術者達によって儀式が執り行われて【
そんな訳で、龍慈は今、ここにいる。
「そう言えば、なんで、神官長達は、メグミがいなくなった事を知ってたんだ?」
今になってふと浮かんできた疑問。
送還は、実に静かに行われた。もっとも、自分が感じなかっただけで、何か余波のようなものを感知して駆け付けたのかもしれないが、だとしたら、部屋に踏み込んで見付けたのは、倒れていた自分だけのはず。それなのに、メグミの
まるで、メグミがもうこの世界に存在しない事を知っていたかのように。
今思うと、あの事情聴取は、既に知っている事を確認していただけのような……
「まぁいいか」
何を言っても後の祭り。
それより、今、考えなければならないのは――
「はてさて、これからどうしたものか……」
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