第4話 才能に苦しめられて
――聖オルフィーナ学園。
通称『英勇校』は、支天教の総本山であり聖地とされる山、その
正式な入学という訳ではなく、その施設の一部を借りて、【
その一方、訓練を受けると同時に行なわれていたのが、〝召喚の儀〟を行なうために必要な費用や物資を提供する事で、使徒を自国に
龍慈などは、
「俺は肉体労働担当だ。話はリーダーとしてくれ」
そう言って近付いてきたスカウトを
そして――
「――決めたぞ。俺達が向かうのは、『イストーリア王国』だ」
時は、早朝。
場所は、教会施設内に
龍慈が、日課の自主練のため、身を
「イストーリア、ってぇと…………確か、南西大陸にある国だったか?」
世界樹が存在するのは北極点で、その3番目に大きな『北極大陸』以外に、この世界には、最も大きな『南西大陸』と、その次に大きな『北東大陸』、それに、2番目に大きな大陸を叩き割ったような『中央大陸群』と大小無数の島々が存在している。
その内の、北極大陸と北東大陸は完全に、南西大陸はそのおよそ半分、それに中央大陸群の中の幾つか、言い換えると、北半球に存在する陸地のほぼ全てが
龍慈が、英勇校で受けた訓練の一環――座学の時間で習った事を思い出しつつそう訊くと、勇仁は、あぁ、と頷き、
「赤道を
転移者は、エルフやクリーチャーと戦う事を求められている。
では、
選択肢は、大きく分けて三つ。
各国から精鋭が集められて結成された連合軍に合流し、立ちはだかるクリーチャーを倒しつつ今やエルフの本拠地と化している世界樹を目指す、通称『討伐組』。
傭兵としてエルフに占領されている地域に進攻し、クリーチャーやその巣を駆除して領土を取り戻す、通称『奪還組』。
大本のエルフを討たなければクリーチャーは降り続け、領土を奪還してもまた奪い返されかねない。
南半球に存在する各国は、既に受け入れ可能な人数を遥かに超える難民で
判断を丸投げした龍慈を除き、勇仁達は、今助けを求めている人々に手を差し伸べるべきか、耐え忍んでもらって一分一秒でも早くこの戦争を終わらせるために大本を叩きに行くべきか
「って事は、防衛組か?」
龍慈が、
「今、南西大陸の最前線で踏ん張っているのがイストーリア王国で、俺達は、食客として厄介になり、加勢して前線を押し返し、奪われた領土を奪還する」
丸投げした身なので、勇仁がそう決めたのなら異論はない。
龍慈は、そうか、と言って頷き、
「で、出発は
「卒業式の後すぐ」
予定されている転移者の訓練期間は、英勇校の今年度卒業式まで。つまり――
「あと一ヶ月か」
勇仁は、あぁ、と頷き、
「訓練に専念できる期限ギリギリまで使って、やれる事は全てやり尽くすぞッ!」
龍慈は、おうっ、と応えて豪気な笑みを浮かべた。
しかし、この世界には、元の世界にはなかった魔法や錬金術、神器、霊装などがあり、更には、前々回や前回に召還された転移者達が現代知識チートで
だからだろう。龍慈は、この世界での生活に不便を感じなかった。
炊事、洗濯、掃除……などなど、教会関係者の方々が甲斐甲斐しく身の回りの世話を焼いてくれるのだから
では、文句なしに快適で、何の問題もなかったのかというと、そうでもない。
例えば、その『甲斐甲斐しく身の回りの世話を焼いてくれる教会関係者の方々』というのが、全員、
立ち居振る舞いは洗練されていて美しく、印象は清楚なのだが、敬虔な信者である彼女達にとって神々の使徒――転移者への奉仕は無上の喜びであるらしく、男女で態度を変えたり、あちらから口説いてきたり、ボディタッチしてきたりという事はないのだが、いつでもOKな姿勢で接してくる。
具体的にどういう事かというと、身に纏う衣服が、透け感のあるベビードールのようなローブと、
この世界では、ただ『
長い布の片端に細い
より詳しく調べたクラスメイト男子の話だと、女性用は、主に3タイプあり、服の下に隠れる下着用は、前に垂らす布の長さが男性用より短く、内側へ折り込む事で綺麗な三角に形を整える事ができる。
あとの二つは、隠さず衣服として身に着ける物で、布が1枚、前にのみ垂らすタイプは、布が長く
世話係の彼女達が身に着けているのは、布が1枚、前にのみ垂らすタイプで、お尻は透け感のあるローブで隠れてはいるもののそのシルエットは隠せず、チラリズム文化発祥の地で生まれ育った健全な男子にとっては、全裸で迫られるより堪らな……
――何はともあれ。
いやらしさよりもギリ神秘的な美しさが勝るが
一方の女子も、もちろん訓練の時間以外での事だが、指導してくれる支天教と聖地の守護者――聖堂騎士団の精鋭である騎士達や英勇校の男子学生達から、聖女やお姫様
ちなみに、マドカとメグミは本気で迷惑がっていた。
その他にも、自動的に翻訳されるため、母国語で話す感覚でこちらの言葉を話せたり、文字を読む事はできても、書く場合は意識してこちらの世界の文字を書かなければならないため一から覚えなければならなかったり、『魔法』と総称される技術を一から学ばなければならなかったり、紙が貴重なのでトイレには『ティッシュ』という名の木の葉っぱが箱に入れて置いてあったり…………
だがしかし、それらは全て
肉体労働担当だと自認し、苦手な勉強も含まれている――それでもそう言い切ってしまう事ができる。
それは何故かというと、そんな事より重大かつ深刻な問題を抱えているからだった。
時は、夜。
場所は、リンデンバウムを守る防壁付近、人気のない場所。
「【
〔
だが、それだけ。VRゲームのようなステータスウィンドウが出てきたり、メニューからスキルを選択すれば実行できたり、その途端に
例えば、〔審神者の鏡〕に【剣術】というスキルが現れたとする。
それは、剣術の才能がある、という事であって、何の訓練もなく始めから必殺技を修得しているという事ではない。
才能は
だからこそ、常時発動型の【能力】の効果を把握しておくのも大切だが、それ以上に、己に与えられた【技術】を知り、それを伸ばすための修行や鍛錬や練習や訓練や努力をしなければならない。
だというのに、龍慈は――
「何が『にせんしゅるいくらいある』んだぁああああああぁ――――~ッッッ!!!?」
訳の分からない二つの【才能】の内、明らかになったのは、能力【
この〔審神者の鏡〕に現れる説明文には『びじょもうらやむ』という記述しかない【能力】の効果は、
それはどういう事か分かり易い具体的な例を
激しい運動で全身
この『肌』というのは、皮膚に限らず『躰の表面』という意味らしく、トイレの個室で便座に腰を下ろして用を足した後、そのまま10秒前後、この世の真理について思索にふけっていると、いつの間にか綺麗になっているので尻を拭く必要がない。
勇仁の思い付きを実験して確かめる事になり、炭を
その他にも、
これなら、旅の道中、何日も風呂に入れない状況が続いたとしても、不潔とは無縁でいられる。べたつく汗の不快感や自身の体臭、いんきんや水虫に悩まされる事はないだろう。
この【能力】は、美女に限らず皆から本気で
だがしかし、四つの内の三つは、未だに謎のまま。
『とてもよいにくづき』としか記述がない能力【豊満】は、その効力で、食べたら食べただけ栄養を
ひょっとすると、旅の途中、食料が
そして、肝心の【
「【
〔審神者の鏡〕に現れる説明文には『しわとしわをあわせてしあわせ なぁ~むぅ~~』としかなく、実際に合掌してみても何も起こらない。何かが起きる気配もない。
「掌のしわとしわを合わせても全然幸せじゃないんですけどぉおおおおおおおぉ――――~ッッッ!!!?」
龍慈は、星々が
勇仁は、そのまま動かない親友の姿をそっと見守り……
「…………、そろそろ帰ろうぜ」
頃合いを見計らって声をかけると、
「おうっ」
龍慈は、あっさりと気持ちを切り替えて親友と共に帰途につく。
天に向かって叫べば自分に【才能】を与えてくれたらしい運命の女神様に届き何か啓示を得られるのでは、などと期待して、夜の自主練のランニングでここまできては叫ぶ――これをもう一月以上続けているのだが、
「気にするなよ。そもそも龍慈には【
身長は、こちらに来てから急激に伸び始めて
更に、異世界に召還されて身に宿した霊力は、魔法が使えない代わりに、魔法や状態異常に対する耐性と身体能力の強化に特化した、特質系無属性の一つ――【覇】属性。
呼吸法を会得してそんな霊力の使い方を覚えると、呼吸系は
その結果誕生したバグキャラっぷりを日々目の当たりにしている勇仁は、そう信じて疑わない。
なので、分かるまで放っておけば良いと思う。
だが、その一方で――
「問題なのはむしろ……」
――『
龍慈、勇仁、マドカの幼馴染みで、その称号は【誓約の侍従長】。
与えられた【
その【称号】と【技術】
そして、龍慈に、『あらゆるものから自分の身を護れるよう、魔法と武術の達人になれ』と命じられた結果、【絶対遵守】の効果によって、新たに【仙術】というスキルを獲得した――のだが……
『侍従』とは、『サーヴァント』あるいは『メイド』であって、『
そうであるにもかかわらず、当人の意思を
チート級の【
当人はこの【能力】に拒絶反応を示したが、龍慈は、頑丈な自分がメグミを
――だが……
それは、教会施設内に
給仕を
女性は取り乱して謝罪を繰り返しつつしゃがみ込み、急いで散乱してしまった料理と割れた皿の破片を片付けようとし、男性転移者も自分の不注意を
メグミは、気を付けてやらないと破片で指を切ってしまうから、と声をかけながら、使徒様のお食事を台無しにしてしまったと取り乱す女性信者の震える手から破片を受け取ろうとして――
唐突に何事かと自分の指を見ると、右手の人差し指の腹に一筋の切り傷があり、そこから
それ以降、メグミは、何をするにも
その理由は、言わずもがな。
龍慈は、大丈夫だ、気にしなくて良い、と何度も
だが、メグミは、新しい主人を探さなければならないという別の問題以上に、そんな事したくない、と
【仙術】とは、【仙法】【武術】【戦技】の複合スキル。
メグミは、【仙法】に関して、全属性に加えて攻撃、防御、索敵、回復、支援、通信、行動阻害……全系統に適性を示し、霊力を
そして――
「…………、よしっ!」
教会施設内に設けられた使徒専用の宿舎、メグミの部屋。
マドカは、その一角に備え付けられた
その一方で、
「マ、マ、マドカちゃん……~ッ!? や、やっぱり、着替えても良いよねっ!?」
マドカが密かに用意しておいた可愛いナイトウェア――
「好きだって告白しても、『ありがとよ、俺も好きだぜ(ライクのほう)』で終了、なんて事になりかねないあの鈍感バカに、『愛してる』って言葉と態度の両方で伝える――そう覚悟を決めてそれに着替えたんじゃない。なのに何で着替えるのよ」
「そ、それは……そう…だけど……」
もじもじ、ごにょごにょ……
マドカは、そんなメグミを真っ直ぐ見詰めて、
「傷や痛みだけじゃなくて、全部あげる。龍慈の痛みを自分の痛みとして感じながら、一緒に生きていく――そう決めたんでしょ?」
力の抜けた穏やかな表情でそう訊くと、メグミは…………小さく、だが、はっきりと頷いた。
それが、娯楽の少ないこの世界で訓練を楽しんでいる野郎共がまだ知らない、乙女達だけで出した結論。
訓練が終了して聖地から出たら、いつ戦闘になってもおかしくない。戦闘になれば死ぬかもしれない。処女のまま死にたくない。処女をあげて童貞をもらうなら、邪魔が入らない安全な場所でがいい――そう考えて、マドカは、寝坊して卒業式に遅れるような事がないよう、前々日の夜に実行すると決めていた。
そして、マドカは、そんな自分の計画を打ち明けてから
答えを聞いたマドカは準備を進め、メグミは、日が
「じゃあ、私は行くよ」
自室から持ってきていたガウンを羽織り、ドアのほうへ向かうマドカ。
メグミの部屋で卒業式の後の事を話し合うから来い、と伝えておいたので、もうすぐ何も知らない龍慈がやってくる。
勇仁はこない。この作戦の半分だけを
「――マドカちゃんっ!」
呼ばれて振り返る。
メグミは、羞恥と緊張でやや強張っていたが、それでも笑みを浮かべて、
「ありがとうっ」
心からの感謝の言葉を伝え、マドカは、うんっ、と頷いて笑みを返し、幼馴染みで親友の部屋を後にした。
マドカが、その足で向かったのは、勇仁の部屋。
これこれこう言う訳で龍慈を一人で送り出してくれ、と頼んだだけで、その後部屋で待っていてくれとは伝えていないが…………ドアをノックすると、返事があった。
ほっ、と胸を撫で下ろして待っていると、程なくしてドアが内側から開いて勇仁が姿を現し、
「龍之介は?」
「作戦通り、先に行っててくれ、って送り出したよ」
マドカは、ありがと、と協力に対するお礼を伝えてから、
「ねぇ、ちょっとお邪魔してもいい?」
そう訊くと、あぁ、いいよ、とすんなり許可する勇仁。
(あぁ~、やっぱりバレてるか)
ユージの考えている事が私に分かるように、ユージも私の考えている事が分かっている――今の短い会話で自分が何をしに来たか見抜かれている事を察したマドカは、それが嬉しかった。
そして、室内へと歩を進めると、両足が部屋に入ったところで、
「――わっ!? ちょっ、ちょっと……~っ!?」
軽々とお姫様
「今、両手が
耳元で
「…………うん」
身を
勇仁の部屋のドアが、パタンッ、と閉まり、カチャッ、と鍵が掛けられた音が宿舎の静かな廊下にひっそりと響いた。
――翌朝。
勇仁とマドカは、いつもの朝より少し遅く目を覚ました。
ベッドの上でお
「メグミと龍之介は、
「龍慈なら必ず受け止めるさ」
勇仁はそう言ってから、けど、と続け、
「問題は、メグミが飛び込んで行けたかどうか、だな」
それを言ったほうも、聞いたほうも、急に不安になってきて…………どちらからともなくベッドの上で躰を起こした。
部屋の窓を開けて空気を入れ換えつつ、どちらも使える【洗浄】の法術で躰を清めると、マドカは、大人っぽい
二人は、緊張の面持ちを見合わせて、ドアをノックする。
しかし、返事はない。
ならば、とドアの上の
ドアを開けたなら落ちているはず。という事は、ドアはずっと閉まったまま、つまり、龍慈は昨日の夜から部屋に戻って来ていないという事で……
『――やったっ!!』
笑みを
その後、マドカは、誰にも見つからないようこそこそ自分の部屋へ戻り、いつもとは違って朝練こそ休んでしまったが、いつも通り制服に着替え、いつも通りの時間に部屋を出ると、
そして、龍慈とメグミがやってくるのを今か今かと待ち
――結局、二人は見付からず、龍慈とメグミの
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