第4話 才能に苦しめられて

 ――聖オルフィーナ学園。


 通称『英勇校』は、支天教の総本山であり聖地とされる山、そのふもとに広がる都市『リンデンバウム』の最高学府であり、世界中から集められた勇者や英雄を目指す者、それを支える者を育成するための教育機関。


 この世界エアリスの人々が『使徒』と呼ぶ異世界からの転移者――龍慈達が、その英勇校で訓練を受け始めてから、はや一月ひとつきとうとしている。


 正式な入学という訳ではなく、その施設の一部を借りて、【才能タレント】を自覚して伸ばし、身に宿る霊力の制御法を学び、神器のあつかい方に習熟し、行軍と戦闘に耐える体力を付けるための基本戦闘訓練を受けているだけだが、そこに通う同年代の学生達との交流がこの世界に対する理解を深める助けになっていた。


 その一方、訓練を受けると同時に行なわれていたのが、〝召喚の儀〟を行なうために必要な費用や物資を提供する事で、使徒を自国に引き抜くスカウトする権利を得た、各国を代表するエージェント達との交渉。


 龍慈などは、勇仁リーダーの了解を得て、


「俺は肉体労働担当だ。話はリーダーとしてくれ」


 そう言って近付いてきたスカウトをかわし、訓練に専念していたが、勇仁、マドカ、メグミの三人は一緒に交渉のたくにつき、日ごとに別のエージェントから話を聞いていた。


 そして――


「――決めたぞ。俺達が向かうのは、『イストーリア王国』だ」


 時は、早朝。


 場所は、教会施設内にもうけられた使徒専用の宿舎。


 龍慈が、日課の自主練のため、身をかがめて一般的なサイズの出入口をくぐると、ちょうど隣の部屋から出てきた勇仁と鉢合はちあわせ、おはようさん、と声をかけるより早く開口一番にそうげられた。


「イストーリア、ってぇと…………確か、南西大陸にある国だったか?」


 世界樹が存在するのは北極点で、その3番目に大きな『北極大陸』以外に、この世界には、最も大きな『南西大陸』と、その次に大きな『北東大陸』、それに、2番目に大きな大陸を叩き割ったような『中央大陸群』と大小無数の島々が存在している。


 その内の、北極大陸と北東大陸は完全に、南西大陸はそのおよそ半分、それに中央大陸群の中の幾つか、言い換えると、北半球に存在する陸地のほぼ全てが改造魔蟲クリーチャーによって、つまり、エルフによって占領されているというのが現在の状況。


 龍慈が、英勇校で受けた訓練の一環――座学の時間で習った事を思い出しつつそう訊くと、勇仁は、あぁ、と頷き、


「赤道をまたぐ最北端から侵略を受けて、既にほぼ半分を占領されてしまっている大陸の最前線だ」


 転移者は、エルフやクリーチャーと戦う事を求められている。


 では、何所どこでどう戦うのか?


 選択肢は、大きく分けて三つ。


 各国から精鋭が集められて結成された連合軍に合流し、立ちはだかるクリーチャーを倒しつつ今やエルフの本拠地と化している世界樹を目指す、通称『討伐組』。


 傭兵としてエルフに占領されている地域に進攻し、クリーチャーやその巣を駆除して領土を取り戻す、通称『奪還組』。


 騎士団に所属しこしをすえて国を守り、空から降ってくるクリーチャーを迎撃する、通称『防衛組』。


 大本のエルフを討たなければクリーチャーは降り続け、領土を奪還してもまた奪い返されかねない。


 南半球に存在する各国は、既に受け入れ可能な人数を遥かに超える難民であふれ返っており、北から押し寄せ、いつどこに降ってくるか分からないクリーチャーの脅威におびえている。


 判断を丸投げした龍慈を除き、勇仁達は、今助けを求めている人々に手を差し伸べるべきか、耐え忍んでもらって一分一秒でも早くこの戦争を終わらせるために大本を叩きに行くべきかなやんでいたが……


「って事は、防衛組か?」


 龍慈が、うながされて宿舎の廊下を並んで歩きながらそう訊くと、勇仁は、いいや、と首を横に振り、


「今、南西大陸の最前線で踏ん張っているのがイストーリア王国で、俺達は、食客として厄介になり、加勢して前線を押し返し、奪われた領土を奪還する」


 丸投げした身なので、勇仁がそう決めたのなら異論はない。


 龍慈は、そうか、と言って頷き、


「で、出発は何時いつだ?」

「卒業式の後すぐ」


 予定されている転移者の訓練期間は、英勇校の今年度卒業式まで。つまり――


「あと一ヶ月か」


 勇仁は、あぁ、と頷き、


「訓練に専念できる期限ギリギリまで使って、やれる事は全てやり尽くすぞッ!」


 龍慈は、おうっ、と応えて豪気な笑みを浮かべた。




 この世界エアリスの文明のレベルは、剣と魔法の王道RPGの舞台となる事が多い西洋の中世程度で、聖地山麓の都市――リンデンバウムには、上水道と下水道はあるものの、電気やガスは通っていない。


 しかし、この世界には、元の世界にはなかった魔法や錬金術、神器、霊装などがあり、更には、前々回や前回に召還された転移者達が現代知識チートで荒稼あらかせぎしようとした結果だと思われる、元の世界にあったものにた道具が存在する。


 だからだろう。龍慈は、この世界での生活に不便を感じなかった。


 炊事、洗濯、掃除……などなど、教会関係者の方々が甲斐甲斐しく身の回りの世話を焼いてくれるのだから尚更なおさらに。


 では、文句なしに快適で、何の問題もなかったのかというと、そうでもない。


 例えば、その『甲斐甲斐しく身の回りの世話を焼いてくれる教会関係者の方々』というのが、全員、見目麗みめうるわしい若い女性だという事。


 立ち居振る舞いは洗練されていて美しく、印象は清楚なのだが、敬虔な信者である彼女達にとって神々の使徒――転移者への奉仕は無上の喜びであるらしく、男女で態度を変えたり、あちらから口説いてきたり、ボディタッチしてきたりという事はないのだが、いつでもOKな姿勢で接してくる。


 具体的にどういう事かというと、身に纏う衣服が、透け感のあるベビードールのようなローブと、異世界ファンタジーものの作品に登場する踊り子のような色っぽいキャラが身に着けている、ふんどしのようなアレ。


 この世界では、ただ『腰帯こしおび』とだけ呼ばれている下半身に身に着ける衣服の一つで、マドカやメグミは、その身に着け方を知って『パンドルショーツ』と呼んでいたが、要するに『越中褌えっちゅうふんどし』だ。


 長い布の片端に細いおびひもい付けたもので、まず、布に紐が縫い付けられているほうを腰の後ろに当ててらし、紐を左右から前に持ってきてへその下で結ぶ。次に、後ろに垂れている布をまたの間を通して前に持ってきて、それを紐の結び目と腹の間を潜らせて前に垂らす。最後に、締め具合や布の形などいろいろ整えて装着完了。


 より詳しく調べたクラスメイト男子の話だと、女性用は、主に3タイプあり、服の下に隠れる下着用は、前に垂らす布の長さが男性用より短く、内側へ折り込む事で綺麗な三角に形を整える事ができる。


 あとの二つは、隠さず衣服として身に着ける物で、布が1枚、前にのみ垂らすタイプは、布が長く刺繍ししゅうほどこすなどして見栄えが良くなっていて、水着に合わせるパレオのような『腰巻こしまき』でお尻を隠し、布が2枚、1枚だけまたの間を通し前に持ってきて前後に布を垂らすタイプは、やや幅広な『飾り帯』を腰に巻いて腰帯が緩まないようにめる。


 世話係の彼女達が身に着けているのは、布が1枚、前にのみ垂らすタイプで、お尻は透け感のあるローブで隠れてはいるもののそのシルエットは隠せず、チラリズム文化発祥の地で生まれ育った健全な男子にとっては、全裸で迫られるより堪らな……


 ――何はともあれ。


 いやらしさよりもギリ神秘的な美しさが勝るがゆえに女子達もついつい見とれてしまう、そんな煽情的でありながら楚々そそとしたたたずまいの女性達に周囲をうろつかれると、目のやり場に困るし、不可抗力でついつい見てしまうとマドカやメグミの視線が鋭く刺さってきて痛い。


 龍慈や勇仁じぶんたちの場合、日中は訓練、夜はしっかり寝て躰と頭を休ませたいので、そちらのほうのお世話になった事はいないのだが、男性転移者の中には、腰帯について詳しく語っていた男子を始め、童貞を卒業させてもらった者が少なくないようだ。


 一方の女子も、もちろん訓練の時間以外での事だが、指導してくれる支天教と聖地の守護者――聖堂騎士団の精鋭である騎士達や英勇校の男子学生達から、聖女やお姫様あつかいされて気分をよくした挙句あげく、心ばかりか躰まで許し、エージェントのスカウトではなくベッドの上でのささやきで自分の進路を決めた者がいるとかいないとか。


 ちなみに、マドカとメグミは本気で迷惑がっていた。


 その他にも、自動的に翻訳されるため、母国語で話す感覚でこちらの言葉を話せたり、文字を読む事はできても、書く場合は意識してこちらの世界の文字を書かなければならないため一から覚えなければならなかったり、『魔法』と総称される技術を一から学ばなければならなかったり、紙が貴重なのでトイレには『ティッシュ』という名の木の葉っぱが箱に入れて置いてあったり…………げてみると案外あった。


 だがしかし、それらは全て些細ささいな問題だ。


 肉体労働担当だと自認し、苦手な勉強も含まれている――それでもそう言い切ってしまう事ができる。


 それは何故かというと、そんな事より重大かつ深刻な問題を抱えているからだった。




 時は、夜。


 場所は、リンデンバウムを守る防壁付近、人気のない場所。


「【仙人掌サボテン】って何なんだよぉおおおおおおおおおぉ――――~ッッッ!!!?」


 〔審神者さにわの鏡〕をもちいれば、自身の【才能タレント】――【能力アビリティ】や【技術スキル】を確認する事ができる。


 だが、それだけ。VRゲームのようなステータスウィンドウが出てきたり、メニューからスキルを選択すれば実行できたり、その途端に動作補正システムアシストで達人の動きができたりという事はない。


 例えば、〔審神者の鏡〕に【剣術】というスキルが現れたとする。


 それは、剣術の才能がある、という事であって、何の訓練もなく始めから必殺技を修得しているという事ではない。


 才能はみがかなければ光らず、持っているだけでは宝の持ち腐れ。修行にはげめば、スキルがない者よりも早く上達し、研鑽を積んでいく内に、秘訣ひけつを得たり、ふと必殺技をひらめいたりする。


 だからこそ、常時発動型の【能力】の効果を把握しておくのも大切だが、それ以上に、己に与えられた【技術】を知り、それを伸ばすための修行や鍛錬や練習や訓練や努力をしなければならない。


 だというのに、龍慈は――


「何が『にせんしゅるいくらいある』んだぁああああああぁ――――~ッッッ!!!?」


 訳の分からない二つの【才能】の内、明らかになったのは、能力【たまはだ】だけ。


 この〔審神者の鏡〕に現れる説明文には『びじょもうらやむ』という記述しかない【能力】の効果は、はだを最良の状態で維持する、というもので、清潔にしていなければ肌の状態は保てないため、副次的な作用で、肌周りの環境が改善される。


 それはどういう事か分かり易い具体的な例をいくつかげると――


 激しい運動で全身あせだくになり、それを吸収して運動着や下着までびしょびしょになってしまったとしても、足を止めて呼吸を整えている間に、ふと気付くと肌は汗が引いてサラサラのスベスベになっていて、衣類も、ただかわいただけなら白く塩が浮いていたり汗臭かったりするはずだが、おろしたてのような状態に。


 この『肌』というのは、皮膚に限らず『躰の表面』という意味らしく、トイレの個室で便座に腰を下ろして用を足した後、そのまま10秒前後、この世の真理について思索にふけっていると、いつの間にか綺麗になっているので尻を拭く必要がない。


 勇仁の思い付きを実験して確かめる事になり、炭をいた墨汁ぼくじゅうのような水を我慢して口にふくみ、き出して、口の中を真っ黒にしてから、人差し指と中指ピースを口の中に突っ込み、それを軽くんだ状態でしばし待ってから取り出すと、二本の指はもちろん、口内も入念に歯磨きしたかのごとく綺麗になっていた。


 その他にも、あせや古い皮脂ひしで髪がギトギトになったり、おでこや鼻の頭がテカる事はないし、ベッドのシーツやまくらカバーから寝汗が染み込んだような臭いがした事はないし、かすり傷はいつの間にか治っている…………などなど。


 これなら、旅の道中、何日も風呂に入れない状況が続いたとしても、不潔とは無縁でいられる。べたつく汗の不快感や自身の体臭、いんきんや水虫に悩まされる事はないだろう。


 この【能力】は、美女に限らず皆から本気でうらやましがられた。


 だがしかし、四つの内の三つは、未だに謎のまま。


 『とてもよいにくづき』としか記述がない能力【豊満】は、その効力で、食べたら食べただけ栄養をたくわえてぶくぶく太ってしまうのでは、という危惧きぐいだいていた時期もあったが、そんな事はなく、体形は維持されている。


 ひょっとすると、旅の途中、食料がきてえても体形が維持されるのでは、と考えもしたが、メグミの〔恩恵の食缶〕があるので飢える事はないだろうし、長く続くクリーチャーとの戦闘に耐え得る躰を作らなければならない今、断食してまで確認しようとは思わない。


 そして、肝心の【技術スキル】二つも……


「【合掌がっしょう】すると何が起きるんだぁああああああああぁ――――~ッッッ!!!?」


 〔審神者の鏡〕に現れる説明文には『しわとしわをあわせてしあわせ なぁ~むぅ~~』としかなく、実際に合掌してみても何も起こらない。何かが起きる気配もない。


「掌のしわとしわを合わせても全然幸せじゃないんですけどぉおおおおおおおぉ――――~ッッッ!!!?」


 龍慈は、星々がきらめく満天に向かって魂のさけびを上げた。


 勇仁は、そのまま動かない親友の姿をそっと見守り……


「…………、そろそろ帰ろうぜ」


 頃合いを見計らって声をかけると、


「おうっ」


 龍慈は、あっさりと気持ちを切り替えて親友と共に帰途につく。


 天に向かって叫べば自分に【才能】を与えてくれたらしい運命の女神様に届き何か啓示を得られるのでは、などと期待して、夜の自主練のランニングでここまできては叫ぶ――これをもう一月以上続けているのだが、いまだにその兆候すらない。


「気にするなよ。そもそも龍慈には【技術スキル】なんて必要ないだろ」


 身長は、こちらに来てから急激に伸び始めてすでに2メートルに達し、図太い骨格にボディビルダー並みの重厚な筋肉の鎧を纏うこの巨躯で、走れて、跳べて、泳げるという並外れた運動能力を備えるリアルチート持ち。


 更に、異世界に召還されて身に宿した霊力は、魔法が使えない代わりに、魔法や状態異常に対する耐性と身体能力の強化に特化した、特質系無属性の一つ――【覇】属性。


 呼吸法を会得してそんな霊力の使い方を覚えると、呼吸系は常中じょうちゅうが強いってのはもはや常識だからな、と言ってつねに維持し続けながら、霊力を筋肉に練り込むイメージで、骨格に染み込ませるイメージで、きたえられるだけ鍛えてきた。


 その結果誕生したバグキャラっぷりを日々目の当たりにしている勇仁は、そう信じて疑わない。


 なので、分かるまで放っておけば良いと思う。


 だが、その一方で――


「問題なのはむしろ……」




 ――『天野あまの めぐみ』。


 龍慈、勇仁、マドカの幼馴染みで、その称号は【誓約の侍従長】。


 与えられた【才能タレント】は、【絶対遵守】と【主従契約】、――以上。


 その【称号】と【技術】ゆえに、主人を必要とし、自分で相手を選ぶ事ができなかったので、マドカの推薦で龍慈が主人になった。


 そして、龍慈に、『あらゆるものから自分の身を護れるよう、魔法と武術の達人になれ』と命じられた結果、【絶対遵守】の効果によって、新たに【仙術】というスキルを獲得した――のだが……


 『侍従』とは、『サーヴァント』あるいは『メイド』であって、『奴隷スレイヴ』ではない。


 そうであるにもかかわらず、当人の意思をないがしろにして無理難題を押し付けた――やはり、その代償なのだろう。


 チート級の【技術スキル】と共にメグミが獲得したのは、【従者わたしのものは主人あなたのもの 主人のものは主人のもの】――負傷ダメージや状態異常を主人に譲渡する、みずからの身代わりにする【能力アビリティ】だった。


 当人はこの【能力】に拒絶反応を示したが、龍慈は、頑丈な自分がメグミをかばう事ができると考えてして気にせず、勇仁とマドカも、どちらかというと龍慈の意見に賛成で、あまり重く考えていなかった。


 ――だが……


 それは、教会施設内にもうけられた使徒専用の食堂での事。


 給仕をつとめていた女性信者が、とある男性転移者の不注意でぶつかられ、その拍子ひょうしに運んでいた皿を落として割ってしまった。


 女性は取り乱して謝罪を繰り返しつつしゃがみ込み、急いで散乱してしまった料理と割れた皿の破片を片付けようとし、男性転移者も自分の不注意をあやりつつ片付けるのを手伝おうとして――それよりも早く、たまたま近くの席に着いていたメグミが立ち上がって女性信者のかたわらへ。


 メグミは、気を付けてやらないと破片で指を切ってしまうから、と声をかけながら、使徒様のお食事を台無しにしてしまったと取り乱す女性信者の震える手から破片を受け取ろうとして――いてっ、と小さく声を上げたのは、清掃用具を取りに行こうと席から立ち上がっていた龍慈だった。


 唐突に何事かと自分の指を見ると、右手の人差し指の腹に一筋の切り傷があり、そこからにじみ出た血が玉になったのを見て、ぱくっ、とくわえる龍慈。その傷は、【玉の肌】の効果で、そのままめている内に治ってしまう程度のものだったが…………それが、【従者のものは主人のもの 主人のものは主人のもの】の効果だと察したメグミが受けた衝撃は、余人には計り知れないほど大きかった。


 それ以降、メグミは、何をするにもぎるくらい慎重になり、怪我けがをする可能性がある実戦的な訓練は参加を拒否するようになってしまった。


 その理由は、言わずもがな。


 龍慈は、大丈夫だ、気にしなくて良い、と何度もつたえ、他に方法はないと考えた勇仁とマドカは、当人の了解を得て、【革命権】のスキルで龍慈を自分の配下にする事をすすめもした。そうすれば【従者のものは主人のもの 主人のものは主人のもの】の効力は失われる。


 だが、メグミは、新しい主人を探さなければならないという別の問題以上に、そんな事したくない、とかたくなにこばんだ。


 【仙術】とは、【仙法】【武術】【戦技】の複合スキル。


 メグミは、【仙法】に関して、全属性に加えて攻撃、防御、索敵、回復、支援、通信、行動阻害……全系統に適性を示し、霊力をもちいない戦闘技術である【戦技】と体内霊力制御を併用した肉体の限界を超越する高度な戦闘技術――【武術】では、とりあえず一通りの武器を手に取って試してみた結果、全てに対して教官をつとめる騎士が高い素養を認めるほどの逸材で、当人もそれを自覚して練習、研鑽、努力をしまず、しかし、自分のせいで龍くんが傷付くなんて耐えられない、と何をするにも慎重に慎重を期して気を張り続け…………それは、英勇校の卒業式が間近に迫った現在に至っても改善されていない。


 そして――




「…………、よしっ!」


 教会施設内に設けられた使徒専用の宿舎、メグミの部屋。


 マドカは、その一角に備え付けられた大きな鏡すがたみの前で、くるりと一回転し、自分の可愛いナイトウェア――密かに取り寄せたワンピース型のパジャマネグリジェ姿を確認し、満足げに一つ頷いた。


 その一方で、


「マ、マ、マドカちゃん……~ッ!? や、やっぱり、着替えても良いよねっ!?」


 マドカが密かに用意しておいた可愛いナイトウェア――ワンピース型の下着ベビードールと、両サイドをひもで結んで穿はくく下着、いわゆる紐パンしか身に付けていないメグミは、顔や耳は言うにおよばず全身を紅潮させてプルプル震えながら許可を求めたものの、あっさり却下され、


「好きだって告白しても、『ありがとよ、俺も好きだぜ(ライクのほう)』で終了、なんて事になりかねないあの鈍感バカに、『愛してる』って言葉と態度の両方で伝える――そう覚悟を決めてそれに着替えたんじゃない。なのに何で着替えるのよ」

「そ、それは……そう…だけど……」


 もじもじ、ごにょごにょ……


 マドカは、そんなメグミを真っ直ぐ見詰めて、


「傷や痛みだけじゃなくて、全部あげる。龍慈の痛みを自分の痛みとして感じながら、一緒に生きていく――そう決めたんでしょ?」


 力の抜けた穏やかな表情でそう訊くと、メグミは…………小さく、だが、はっきりと頷いた。


 それが、娯楽の少ないこの世界で訓練を楽しんでいる野郎共がまだ知らない、乙女達だけで出した結論。


 訓練が終了して聖地から出たら、いつ戦闘になってもおかしくない。戦闘になれば死ぬかもしれない。処女のまま死にたくない。処女をあげて童貞をもらうなら、邪魔が入らない安全な場所でがいい――そう考えて、マドカは、寝坊して卒業式に遅れるような事がないよう、前々日の夜に実行すると決めていた。


 そして、マドカは、そんな自分の計画を打ち明けてからたずねた。メグミもそう思わない? と。


 答えを聞いたマドカは準備を進め、メグミは、日がつごとにドキドキ、ハラハラしつつ――そのせいか、訓練以外の時間は張り詰めた様子が鳴りをひそめていた――決意を固めて今日にいたる。


「じゃあ、私は行くよ」


 自室から持ってきていたガウンを羽織り、ドアのほうへ向かうマドカ。


 メグミの部屋で卒業式の後の事を話し合うから来い、と伝えておいたので、もうすぐ何も知らない龍慈がやってくる。


 勇仁はこない。この作戦の半分だけをしらせておいたから。


「――マドカちゃんっ!」


 呼ばれて振り返る。


 メグミは、羞恥と緊張でやや強張っていたが、それでも笑みを浮かべて、


「ありがとうっ」


 心からの感謝の言葉を伝え、マドカは、うんっ、と頷いて笑みを返し、幼馴染みで親友の部屋を後にした。


 マドカが、その足で向かったのは、勇仁の部屋。


 これこれこう言う訳で龍慈を一人で送り出してくれ、と頼んだだけで、その後部屋で待っていてくれとは伝えていないが…………ドアをノックすると、返事があった。


 ほっ、と胸を撫で下ろして待っていると、程なくしてドアが内側から開いて勇仁が姿を現し、


「龍之介は?」

「作戦通り、先に行っててくれ、って送り出したよ」


 マドカは、ありがと、と協力に対するお礼を伝えてから、


「ねぇ、ちょっとお邪魔してもいい?」


 そう訊くと、あぁ、いいよ、とすんなり許可する勇仁。


(あぁ~、やっぱりバレてるか)


 ユージの考えている事が私に分かるように、ユージも私の考えている事が分かっている――今の短い会話で自分が何をしに来たか見抜かれている事を察したマドカは、それが嬉しかった。


 そして、室内へと歩を進めると、両足が部屋に入ったところで、


「――わっ!? ちょっ、ちょっと……~っ!?」


 軽々とお姫様っこされ、


「今、両手がふさがってるから、ドア閉めて」


 耳元でささやくように言われて、顔は真っ赤に、頭は真っ白になったマドカは、


「…………うん」


 身をゆだねて素直に頷き、お姫様抱っこされたまま手をドアノブに伸ばし……


 勇仁の部屋のドアが、パタンッ、と閉まり、カチャッ、と鍵が掛けられた音が宿舎の静かな廊下にひっそりと響いた。




 ――翌朝。


 勇仁とマドカは、いつもの朝より少し遅く目を覚ました。


 ベッドの上でおたがいの温もりを感じながら見詰め合い、髪をいたり、ほほでたりしていたが、ふと思い出したように、マドカがぽつりと、


「メグミと龍之介は、上手うまくいったのかな?」

「龍慈なら必ず受け止めるさ」


 勇仁はそう言ってから、けど、と続け、


「問題は、メグミが飛び込んで行けたかどうか、だな」


 それを言ったほうも、聞いたほうも、急に不安になってきて…………どちらからともなくベッドの上で躰を起こした。


 部屋の窓を開けて空気を入れ換えつつ、どちらも使える【洗浄】の法術で躰を清めると、マドカは、大人っぽい紐パンショーツとネグリジェとガウンを、勇仁は、部屋着ではなく、そのまま朝食に行けるよう英勇校の制服を身に着け、支度したくが整うと部屋を出て隣の部屋の前へ。


 二人は、緊張の面持ちを見合わせて、ドアをノックする。


 しかし、返事はない。


 ならば、とドアの上の隙間すきまを調べる。昨夜、龍慈を送り出した後、勇仁が、自分の部屋に戻る前に差し込んでしかけておいたしばのような短く細い草は…………そこにあった。


 ドアを開けたなら落ちているはず。という事は、ドアはずっと閉まったまま、つまり、龍慈は昨日の夜から部屋に戻って来ていないという事で……


『――やったっ!!』


 笑みをかせた二人は、手を取り合って喜んだ。


 その後、マドカは、誰にも見つからないようこそこそ自分の部屋へ戻り、いつもとは違って朝練こそ休んでしまったが、いつも通り制服に着替え、いつも通りの時間に部屋を出ると、メグミの部屋を気にしつつもそっとしておいて勇仁と合流し、何事もなかったような顔でいつも通り食堂へ。


 そして、龍慈とメグミがやってくるのを今か今かと待ちびて…………朝食の時間が終わっても、午後になっても、二人は姿を現さない。


 流石さすがにおかしいとメグミの部屋へ行くと、ドアの錠は開いていて、二人の姿はなく、まずは自分達だけでさがすも見付けられず、友人知人、神官達にも頼んで捜索そうさくに協力してもらい、教会施設のみならず聖地山麓の都市リンデンバウム中を捜し回ったが、目立つ巨漢と小柄な幼馴染みの姿はどこにもなく……


 ――結局、二人は見付からず、龍慈とメグミの行方ゆくえを知っていると言う者は、

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