第3話 使命 と 期限

 天井てんじょうは2階を吹き抜けにしたほどの高さで、片側3車線、計6車線の大通りほどもある広い通路。


 その中央にたたずんでいる枢機卿長の後ろで、男性1列、女性1列の2列横隊で、神官達が転移者達の行く手をさえぎっている。


 そこへ龍慈達四人が追い付き、全員そろったのが確認されると、


みな様、あちらをご覧下らんください」


 枢機卿長が、まいの所作のような立ちいで、スッ、と壁にえがかれている絵を指し示した。


「これこそ、皆様が『異世界』と呼ぶ、我々の世界――〝エアリス〟です」


 球形のものが二つ、それと長方形のものが一つ。それらがこの世界の世界地図だという事なのだろうが、だとすると一つ、おかしなものがえがかれている。


 それは、1本の木。


 縮尺を信じるなら、みきの太さはオーストラリア大陸の半分をめるほどもあり、枝葉がしげっているのは大気圏外という事になる。


「この木は『世界樹』。木とは申しましても、通常の樹木とは異なり、大気圏の外側にまで枝を伸ばし、宇宙空間に満ちる高純度の霊素エーテルを葉から取り込み、幹を通す事で霊気マナへと変えて、根から大地へと注ぎ込む唯一無二の特異な植物で、注ぎ込まれた霊気は大地をめぐり、霊場パワースポットから地上へ噴き出して天地を満たす――そうして、この惑星ほしの生きとし生けるものに恩恵を与え、守り、はぐくんできた、この世界そのものとっても過言かごんではない偉大な存在です」


 そこまで語り終えた枢機卿長は、きびすを返し、神官達の間を抜けて先へ歩を進め、神官達は回れ右して180度向きを変えると、2列横隊を維持したまま整然と枢機卿長の後に続く。そして、枢機卿長が足を止めると、神官達はそのまま進んで彼女を追い越したところで足を止め、枢機卿長共々一斉に回れ右して転移者達が追い付いてきて足を止めるのを待ち、それからまた先程と同じように、今度は別の壁画を見るよううながしてそこにえがかれているものについて語り始める。


 それを繰り返し、枢機卿長は、この世界の事や〝召喚の儀〟を行なった理由について簡潔に説明していった。


 それを更に、敬語などを変換して分かりやすくまとめると――


 世界樹の恩恵によって、この世界の陸に、海に、空に、様々な生命が誕生した。


 その中で、人は、始め人間ヒューマンだけだった。


 しかし、世界各地の霊場から噴き出すその土地ごとの霊気の影響を強く受けた結果、様々な魔獣モンスターが出現したように、大地の民『地人ドワーフ』、海の民『海人マーマン』、火と山の民『鬼人ロード』、風と森の民『森人エルフ』、人の身でありながら体内に魔石を有する魔法の民『ディーヴァ』などの『亜人』や、獣を神とあがめる事でその加護を得た『獣人ビースト』が出現した。


 それでも、当初は、全ての種族がひとしく世界樹の恩恵を享受していた。


 しかし、ある時、大地の霊脈が乱れ、各地で大きな災害が発生した。


 他の種族が各地で事態の収拾に追われる中、エルフが、その原因は霊脈ではなく大地に霊気を注ぎ込んでいる世界樹に問題が生じたのではないか、と言い出し、風と森の加護を受けた自分達こそが適任である、と独断で調査に乗り出した挙句あげく、これからは自分達が世界樹を管理するとのたまった。


 当然、みなはそれを良しとせず抗議したがエルフは聞き入れず、それどころか全ての同胞を呼び集めて他の種族を排斥し、最も恵み豊かな世界樹の根元を占領すると、近寄らせないよう巨大な壁まで築いた。


 そして、話し合いでは解決せず、戦争に発展すると、エルフは、世界樹と共生関係にあった昆虫を生体兵器へと改造し、世界樹から地上へと投下した。


 隕石のように降ってくる『改造魔蟲クリーチャー』によって、世界樹を奪還せんと送り込まれた討伐隊、各種族から選び抜かれた精鋭達は全滅。


 以降、数百年の間、幾度も討伐隊を組織したものの、投下後に地上で数を増やし続けているクリーチャーにはばまれ、世界樹の根元に築かれたエルフの要塞へ到達する事すらできないでいる。


 そして、現在も、クリーチャーが不定期に地上へ投下され続けており、エルフ以外の全ての種族を駆逐せんと世界各地で猛威を振るっている。


 クリーチャーの脅威から国土と国民を守るだけで手一杯。そんなジリ貧の状況を打開するために神々が人間に授けた秘儀――それが、異世界から力ある者達をまねく〝召喚の儀〟だった。


 最奥部から唯一の出入口まで通路は一直線。


 転移者達に過去から現在へ至るまでを描いた壁画を見せつつ歩を進めてきた枢機卿長は、最後に、


跳梁跋扈ちょうりょうばっこする改造魔蟲クリーチャーを地上から駆逐し、あの世界樹を、傲慢にして非情なエルフから取り戻す――そのために、是非、皆様の御力をお借りしたいのです」


 そう言って話を締めくくると背後へ振り返り、出入口から見える光景が最後の壁画であるかのように指し示す。


 そこにあったのは、元の世界の常識を易々とぶち壊す、遥か遠くにあるはずなのにあまりにも巨大過ぎて思わず笑ってしまいそうな、空の青さにかすむ世界樹の姿だった。




「ん~……、腹が減ったな」

「今の話を聞いて、あの世界樹を見て、第一声がそれか?」


 そう口にした勇仁だけではなく、マドカやメグミにまで呆れと感心が半々といった様子で苦笑され、事実腹が減ったのでそう言っただけの龍慈は、何故そんな顔をされるのか分からず後頭部をポリポリいた。


 あの後、枢機卿長と2列横隊の神官達が、神殿内の通路を進んでいた時のまま進み始めたのでそのまま後に続き、今、龍慈達が下りているのは、この辺り一帯で一番高い峻厳な山のいただきにそびえる神殿から、森林限界で山肌を晒す険しい光景の中、真っ直ぐに続いている大階段。


 200人以上いる転移者達の半数以上が、グループごとになにやら相談しながら、神殿内の通路と同じ幅があるこの大階段を下りているが、全員ではない。


 他はどうしたのかというと、飛行可能な神器を創造した者達は、早速舞い上がって異世界の空を満喫しており、動力を備えたローラースケートやリニアブレード、ホバーボード、ジェットブーツなど、地上を高速で走行するタイプの神器を創造した者達は、反対側の斜面にある九十九つづらりの道路を下っている。


 ちなみに、あちらの道はそのために造られた訳ではなく、本来の用途は登山用――高山病にならないよう時間を掛けて登るための道。


「それにしても、まさか倒すべき敵が、エルフとはな……」


 そんな勇仁のつぶやきに同意したのは、周りにいたクラスメイト男子達で、


「まったくだよなッ! 念願かなったかと思わせておいて、あこがれのエロフと戦えだなんて……~ッ!」

「いや待て! 世界樹を奪還してほしいと言われただけで、エルフを皆殺しにしろとは言ってなかっただろ?」

「って事は、戦って勝ったら捕虜にして、くっころ言わせて……ッ!」

「奴隷エルフ嫁とイチャラブ――」

『――最っ低ぇー』


 女子達の存在を失念していた男子達に、氷の眼差しが突き刺さる。


 精神的ダメージによって沈黙した男子達をよそに、


「ねぇ、その話、信じて良いと思う?」


 勇仁にそう言ったのは、となりに並んで階段を下りているマドカで、


「始めは人間だけだったが、モンスターが出現したように亜人や獣人が出現した、とか、言葉の端々はしばしに人間至上主義くささがただよってなかった?」

「それも気になるけど……」


 ややひかえめにだが意見を口にしたのは、二人の後ろ、龍慈の隣のメグミで、


「……あの壁画とか、タイミングよく〔審神者さにわの鏡〕や〔アルティニウム粒子融合体〕をくばったりとか、なんだかすごく慣れてる感じがしなかった?」


 それには、まわりから、確かに、とか、ありゃもう何度かやってるよ、とか、一度や二度じゃない気がする、といった同意する声が上がり、


「それなのに状況が変わっていないって事は、私達の前に召還された人達も、エルフさん達の要塞までた辿たどり着けなかった、って事なんじゃ……?」

『――改造魔蟲クリーチャーかッ!』


 周りにいた数名が声をそろえ、勇仁も、そうだな、と頷いてから、


「エルフとの直接対決はこの世界の人達に任せて、クリーチャー退治に専念するのが無難かもしれないな」

「あぁ~っ、エロフが遠い……~ッ!」

「おいっ、お前達はエルフにこだわり過ぎているのではないか?」

「その気持ち、分からないではない。――だがそのせいで失念しているッ!」

「そう、この世界には獣人、――ケモミミ娘がいるという事をッ!」

『――――~ッ!?』

「あのバカどもは放っとくとして、本当に私達が戦わないといけないの?」


 そう言い出したのはクラスメイト女子で、


「召喚者の思惑そっちのけで我が道を往くパターンだってあるでしょ?」

「私、早々に脱落して、かわいいモフモフとほのぼのスローライフを楽しむ予定なんですけど」

『――させないよ?』

『黙れモブ共』

「でも、それは難しいんじゃないかな?」


 なんだかんだ言って、どちらも、後日思い返したら、あの時の自分はどうかしていたんだ、と羞恥しゅうち身悶みもだえしながら後悔しそうな精神状態テンションではしゃいでいる一部の男子達と女子達――その対立にそう言って割って入ってきたのは、日本人だが他校の制服を身に纏っている別グループの男子。


 彼は、『武田 隼人はやと』と名乗ってから、


「枢機卿長や神官達の態度からして、転移者を実験材料にしたり奴隷にしたりするつもりはないようだけど、それでも、自分達の目的を達成するために俺達を召還した訳だし」

「それに、神々と呼ばれる超常の存在が実在する世界なら、警戒しなければならないのは人間やエルフだけとは限らない」


 そう声をかけてきたのはまた別のグループの白人男子で、『ジェイソン』と名乗った。


 そうやってきっかけを作ると、どちらも次には勇仁に話しかけ、簡単な自己紹介をしている。


 どうやら、彼らは、大勢で一致団結して困難を乗り越えていきたいタイプらしい。みなの中心にいた勇仁を、このグループのリーダーと見做みなして接触してきたようだ。


 どちらかというと、勇仁はフットワーク軽く動き回る事を好むのだが、人数が増えれば増えるほどそれは難しくなる。かといって、頼ってきた相手を無下にできる性格でもない。


(まぁ、俺はどっちでも良いけどな)


 これまで散々語り合ってきた勇仁達と行動を共にするつもりでいる龍慈は、内心でそうひとち、それからぐるりと周囲の様子をうかがう。


 やはり、他でも見知らぬ転移者同士で自己紹介などして交友を広げようとしている姿が見受けられる一方で、慣れ合うつもりはないらしく、単独で、または知り合いと思しき少数で行動しようとしているだろう者達の姿も見受けられた。




 支天教の総本山であり聖地とされる山、そのいただきから全体の三分の一ほどを大階段で下りてくると、石畳が敷かれた平地があり、その辺りから緑が目立つようになる。


 そこで道が左右に分かれており、枢機卿長を先頭に、神官達は2列縦隊に隊形を変えて、約半数が左の道へ進み、


「質疑応答や今後の事についての話し合いは代表の方にお任せになり、神器の性能や実際に【技術スキル】を使用して確認したいという御方は、どうぞこちらへ。ご存分にお試し頂ける場所へご案内いたします」


 そう言った一人を残し、あとの約半数が右の道へ進む。


「じゃあ、そっちは勇の字に任せるッ!」

「そのほうが自分で聞くより確かだしなッ!」


 そんな勝手な事を言い置いてさっさと行ってしまったクラスメイト男子数名だけではなく、右の道を選ぶ者は意外と少なくない。


 どうせいま聞いても忘れ、事あるごとに勇仁やメグミ、マドカから教えられるのは目に見えているので、自分も右で良いかと思った龍慈だったが、


「龍之介は、私とメグミの護衛のつもりでついてきなさい」

「おぉ、分かった」


 マドカに言われ、結局、勇仁達と共に左の道へ。


 背の高い木々に隠されるようにして存在する歩道、『参道さんどう』という方が適切かもしれないしっかりと石畳で舗装された山道をしばらく進むと、やがて、荘厳かつ壮麗な大聖堂が見えてきた。


 山道は広場につながっていて、その中央に立つと、右手にあるのが大聖堂。そして、左手には、神殿からの大階段と比べると半分ほどだが、だいたい3車線分ほどの十分広い下り階段と横へ伸びた歩道がジグザグ交互にふもとまで続いており、その広場からは、中腹辺りある小都市ほどの規模の教会施設や、城壁の名残と思しき高い壁、更にその向こう、麓に広がる中世の西洋を舞台にしたファンタジー世界のような町並みまでが一望できる。


 転移者達は、世界遺産級の建造物の威容に感嘆の声を漏らし、広場からの眺望に歓声を上げた。


 『落ち着いて話ができる場所』というのは、この大聖堂の事だったらしく、中へどうぞ、とうながして、左右へ大きく開かれている扉から中へ進む枢機卿長や神官達。


 本来であれば武器を持ち込むなどもっての外だろうが、よろしければこちらでお預かりいたします、とひかえめに促すだけで神器の持ち込みを禁止するような事はなく、ほぼ全員がそうしたように、龍慈も〔恩恵の食缶〕を持った〔神秘銀の機巧腕〕を左腕に装着したまま中へ進む。


 そして、大勢の信者達が説教を聞くための場所――厳かな空気が漂う大聖堂に、神器をたずさえた異世界からの来訪者達が続々と入って行き、空を飛んできた者達や九十九折りの道路を走行してきた者達もふくめ、希望者が全員そろったところで、話し合いが始まった。




「……くんっ! 龍くんっ!」

「んむっ? おうっ、起きてるぞ」

「そう。なら、この状況をどう説明するつもり?」


 等間隔で無数に並んでいるあめ色の光沢が綺麗な木製の長椅子。そこに座っていたはずの転移者達が立ち上がって、既にどこかへ向かって移動を始めているのを見て、あれッ!? と頓狂とんきょうな声を上げる龍慈。


「お前、希望者が全員揃うのを待ってる間にもう寝てたからな」


 何故起こさなかったのかと訊くと、いびきはかかず静かだったので、そのまま寝かせておいたとの事。


 授業中に限らず、同じ場所でじっとしていると眠くなってしまうのはいつもの事なので、起こされてもまた居眠りしていただろう。


 なので、賢明な判断だと頷き、


「で、次は飯か?」


 組んでいた腕を解き、座る時に除装して自分の前に置いておいた銀の短い円柱、その上の穴に左手を突っ込んで〔神秘銀の機巧腕〕を装着し、〔恩恵の食缶〕を持ち上げながら訊くと、


「その前に、採寸さいすんと衣装合わせだ」

「採寸? 衣装合わせ?」

「普段着や、式典に参加する際に着る【称号】にあった盛装を作ってもらうんだ」

「この制服で32年過ごす訳にはいかないでしょ」

「32年?」

「うん。あのね……」


 その後、大聖堂から中腹にある教会施設まで移動する間、ゆっくり歩きつつ、メグミだけではなく勇仁やマドカもじり、口々に大聖堂で交わされた会話の内容を話して聞かせてくれた。


 おそらく、三人も、話す事で知り得た情報を整理していたのだろう。


 それで、龍慈もだいたいの事は理解できた。


 まずは、〝召喚の儀〟について。


 これは、64年に一度、世界最大の霊場であるこの山の霊気が最も高まる時にしか行えない支天教の秘儀。


 執り行ったのは、今回で3度目。前回と前々回に召還された転移者達は、元の世界へ帰還した者もいれば、この世界に残った者もいる。


 指定した対象者の条件は、『異世界への転移を希望する者』と『16歳の男女』。


 前者は、望まぬ者を召喚してしまったがゆえに生じた問題を繰り返さないためと、前々回の転移者の話で、異世界に憧れを抱く者が存在する事を知り、前回の召還で試してみたところ、ほぼ全員がより早くこの世界に順応する事ができたから。


 後者は、若過わかすぎると、未熟な精神と肉体が神の力を【称号】や【才能タレント】として受け入れる事ができずに不具合が生じる可能性が高まるのだが、『霊力』を用いた戦闘技術を修得するにはできるだけ若い内はやくから訓練するのが望ましい。そこで、こちらの世界で成人と認められる16歳が適齢だろうと判断されたから。


 元の世界へ帰還する事は可能。だが、それは32年後。


 それは何故かというと、召喚された存在には〝あるべき場所〟へ還ろうとする力が働くため、神殿にあった巨大な神器の砂時計の力で転移者達をこの世界に留めているのだが、その限界が、元の世界に存在していた時間――16年の倍、つまり、32年間だから。


 帰還する事を選んだ場合、元の世界へ持ち帰る事ができるのは、こちらの世界で経験した事の記憶のみで、いわゆる『夢オチ』のような感じになる。


 それは、こちらの世界に渡ってきたのは精神体――魂魄のみで、躰は神々によって新たに創造されたものだから。来た時と同様、帰るのも精神体だけで、召喚されたその時、その場所にある本来の躰に魂魄が戻るため、そのような結果になる。


 ただし、元の世界へ帰還するにも、この世界に留まるにも、そのための儀式を行わなければならない。


 帰還する際に行うな儀式は、この世界との縁を断つためのもの。


 元の世界で過ごした倍以上の時間をこちらの世界で過ごしているため、こちらの世界もまた〝あるべき場所〟になっている。それ故に、神器の砂時計の力が失われた瞬間、還ろうとする力と留まろうとする力によって魂魄が二つに引き裂かれてしまうのを防ぐため、儀式を行なってこの世界との縁をしっかり断っておく必要があるらしい。


 留まる際に行なう儀式は、元の世界との縁を断つためのもの。


 この儀式を行なう事で、正式にこの世界の存在になる、というだけではなく、〝あるべき場所〟へ還ろうとする力が働いているのに還るものがない、という矛盾を解消するための力が働き、この世界に召還されたもの、すなわち、その者の魂魄がこちらの世界に召還された時点の状態で複製され、それが元の世界の16歳の肉体へ戻る事で、こちらはこちら、あちらもあちらで何事もなくそれぞれの人生を歩む事ができるようになる。


 そして、32年を待たず、この世界で死亡した場合について。


 死亡する、神が用意したうつわが破壊されると、魂魄は神器の砂時計の力で回収・保護され、力が失われると同時に、何事もなく元の肉体へ還される。ただし、こちらの世界での記憶は失われてしまうそうだが、それだけで、他にデメリットと言われるようなものは何もない。




「なぁ、龍慈、――どう思う?」

「よくできた話だな」


 聴いて思った事をそのまま口にすると、勇仁は、我が意を得たりとばかりに、あぁ、と頷き、


「前々回、前回の経験を踏まえてブラッシュアップした結果だとしても、出来過ぎだろ」

「うまい話には裏がある、っていうし……。それに、どうやって私達を召喚したのか訊いても、教会の秘儀だから儀式の詳細は話せない、の一点張りだし、なんか嫌な感じがする」


 勇仁は疑念をいだき、マドカは懸念をおぼえているらしい。メグミも不安そうな顔をしている。


 そんな三人に対して、龍慈は、くだっている階段から正面に見えている山の稜線りょうせんながめつつ、


「でもよ、それって、まだあれだろ? 探偵なんかの台詞セリフによくある、結論を出すにはまだ情報ざいりょうが足りていない、ってやつ」

「……まぁ、そうだな」


 そう返しつつ、マドカやメグミと顔を見合わせる勇仁。


 一方の龍慈は、視線を山の稜線から上げて、ぼぉ~っ、と異世界の空を眺めつつ、


「人を疑うのは気分のいいもんじゃねぇし、かといって、疑う事を放棄するのは信頼じゃなく依存だって、マンガかアニメかで見た気がする。なら、とりあえず、何があっても大丈夫なように、この世界で生き残サバイバルするための準備をしとけば良いんじゃねぇか?」

「サバイバル?」

「まずは拠点を決めて、水や食料、必要な道具を集めたり作ったりして準備する。移動はそれから。昔、サバイバルの訓練をするって言ってキャンプに行った時、よくそんな話したろ?」

「あぁ、したな」


 勇仁は、何となく、龍慈の視線を辿たどるようにして空を見上げてから、ふっ、と力の抜けた笑みを浮かべ、


「準備しよう。何があっても臨機応変に対処できるように」


 そんな二人の様子を見て、少し元気が出てきたらしい。マドカとメグミも一息つくと、笑みを浮かべて頷いた。

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