第2話 神器の創造

 【才能タレント】の確認の後は、神器の創造。


 転移者達はその身に、選び、導き、【才能】をさずけた神の力の残滓ざんしびている。


 それを結晶化させた物が『神器』。


 ただ、力の残滓は時間経過と共にうすれ、やがて消えてしまう。


 そして、神器の創造で最も重要なのが、使い手となる者の想像力イメージ


 それが、質問を後回しにさせてまでかした理由であり、最優先で【称号】と【才能】を確認させた理由。


「自分に与えられた【称号】と【才能】をまえた上で神器を想像イメージしろ、って事か」


 勇仁のつぶやきに、なるほど、とうなずく龍慈。


 そんな事を話している間に、先程までウロウロしていた神官達が、ここから――床がせり上がった状態の巨大な砂時計が鎮座する大聖堂から出て行き、入れ替わりに姿を現した別の神官達が、また何かをくばり始めた。


 先程までいたのは全員男性だったが、今度は全員女性だ。


 彼女達は、数名が車輪付きの台に乗せてまとめて持ってきたそれを、直接手で触る事なく、長いそで越しに両手でささげ持ち、転移者達に手渡していく。


 それは、ゴルフボール大の極めて透明度の高い水晶玉。中心部に強く光り輝く何かがあり、その周り、水晶玉の中では、まるで万華鏡のように、七色の光が常に形を変えながらおどっている。


「ほぉー、綺麗なもんだな」


 〔審神者さにわの鏡〕をポケットにしまい、それを親指と人差し指でつまむように持って、しげしげとながめる龍慈。その隣で、勇仁が神官に、これは? と訊くと、


「これは、〔アルティニウム粒子融合体〕。神々のお力と触れ合うと、手にしている者のイメージに沿ってあらゆる物質に変化する、錬金術で創り出された秘宝です」


 やり方は簡単。両手でつつみ込むように持ち、目を閉じてその形状や能力をイメージするだけ。あとは勝手に物質化する。重要なのは形状よりも備わっている能力のほうで、神の力が働いているのか、能力のほうさえしっかりイメージできていれば、形状が多少あやふやでも補整されてちゃんと形になるので失敗する事はないらしい。


 そんな説明を受けていると、もうやってみた者がいるらしく、何となくイギリスの学生っぽい集団から歓声が上がった。それから、アメリカの学生っぽい集団、中国の学生っぽい集団、ロシア、インド……などなど、あちこちで次々に歓声が上がる。


「よしっ! 俺もッ!」

よみがえれ、俺の黒歴史ッ!」

「俺が考えた最強武器ッ!」


 既にイメージができている者が少なくないようで、日本の学生達も神器の創造を始めた。


 その一方で、自分に与えられた【才能】を踏まえて何をイメージしたら良いかまるで見当がつかない龍慈は、その高身長と目の良さを生かしてぐるりと見回し、他の転移者達の様子をうかがってみる。


 やはり、剣、槍、斧、弓、杖といったファンタジー系の武器を創造した者が多いようだが、鎧や盾、甲拳ガントレットといった防具を創造した者もいる。


 海外組の中には銃火器を創造した者も少なくないようで、中には、光剣ライトセーバー特殊強化外骨格パワードスーツ特殊強化戦闘服バトルスーツなどSF系やヒーローものの武器や兵器を創造した者も見受けられる。


 他にも、どちらの要素もふくむギミック可動多パーツ変形の武器、アイテム制作のための道具類、幻獣など生物型の使い魔…………などなど、これだけの人数がいると創造される物もまた様々で、やはり、アニメやマンガ、ラノベ、アメコミ、ゲーム、映画など、元の世界で好きだったものの影響を受けているようだ。


 その一方で、大きさに限度があるらしく、機動戦士や汎用人型決戦兵器、戦車や単車バイクなどロボットや乗り物を創造しようとしたが駄目だった、というような声も聞こえてくる。


「おい、龍慈。まだ創造してないのか?」


 どんなものを創造したら良いのか考えながらながめている内に、少しぼぉ~っとしていたようだ。声をかけられてそちらを向くと、いつの間にか完成させたらしい勇仁が、さやおさまった、打刀うちがたな脇差わきざしの大小二刀を制服のベルトに通してき、更に全長2メートルを超える野太刀を左手で肩にかつぐようにして持っていた。


「おいおいっ、三本なんてありかよッ!?」


 一振りの刀を手にしている別のクラスの男子がねたみの声を上げると、勇仁は、誰かにダメだって言われたのか? とさらりと返してから、


「これは〔破魔冶三代刀はまじさんだいとう〕だ」


 『戦乱の時代、戦後の混乱期、平和な時代、それぞれを生きた三代の破魔の鍛冶師達が神に奉納した真打』というストーリを持たせる事で、それぞれ能力が異なる三振りの刀を創造する事に成功した、と説明し、


「戦う時に三本を同時に使う訳じゃないし、力を三つに分けたぶん、一刀に力が集約されているその刀のほうが能力は上なんじゃないか?」


 そう言われて満更まんざらでもないらしい男子から、視線を親友のほうへ移す勇仁。


「まだなら一応言っておくけど、どんなものを創造するにせよ、自己修復能力は必須だぞ。この世界の文明がどの程度のレベルかまだ知らないけど、それを修理できる技術者がいるか分からないし、いたとしてもつねに整備を受けられるとは限らないからな」

『――それ先に言ってくれよッ!!』


 その悲痛な叫びを上げたのは周りにいた男子達だが、その言葉は瞬く間に他のグループへも伝播でんぱし、特にSF系の神器を創造した者達が絶望のうめきをらした。


 それにあわてた神官達が、神器を元の状態に復元する事ができる神聖術が存在するので大丈夫です、と説明して回った事で一応は落ち着きを取り戻したが……


「うぬぅ~……」


 いまだにどんな神器を創造すべきか決められず、目を閉じ、腕組みしてうなる龍慈。


 今までジムや道場で顔を合わせるたびに話し、想像していた異世界での自分は、沈黙をやぶって大暴れするオヤジのごとく、素手でモンスターと闘い、投げ飛ばし、関節を破壊してボッコボコにぶちのめしていたのだが……


(武器、か……)


 この際、【才能】は踏まえない事にして、【金剛の力士】という【称号】にそぐう武器は、と考えてはみたが、『力士』というだけに、素手で闘う者、という印象がある。


 ならば、手袋グローブ甲拳ガントレットだろうか?


(いや、ここがもし、ドラゴンとかがいるファンタジー世界なら……)


 地上にいる敵は近付いてぶちのめせば良いが、空から攻撃してくるモンスターには手も足も出ない。


 ここは一つ、地対空用の大型銃器かロケットランチャーにしておくべきか?


(待てよ? そもそも錬金術があるなら……)


 神器にはおとるかもしれないが、錬金術で造られた聖剣や魔剣、遠距離に対応した魔法の武器が存在するのではないだろうか? それなら、転移者である自分が頼めば貸してもらえるような気がする。


(だとすると、必要になるのは、武器よりも道具、か……)


 仲間と共に生き延びる――それが大前提。ならば、旅やサバイバルで役に立つ十徳ナイフのような道具のほうが良いのかもしれない。狩った獲物を解体したり素材をぎ取ったりするためのナイフは、いざとなれば武器として使う事もできるし、その時々の状況に応じて最も適した道具に変形するような……


(いやいや、確かに変形機構には少年心をくすぐられるが……)


 機構が複雑なものはその分強度が落ちるというのが世の常。勇仁は、自己修復機能が必須だと言っていた。確かにその通りだと思う。だが、そもそも壊れなければ修復する必要がないし、自己修復機能が備わっていたとしても、急ぎで使いたい時に壊れていて修復が終わっていないため使えないではこまる。


(絶対に壊れず、便利で使い勝手が良い道具、か……)


 いろいろ思い浮かびはするのだが……決められない。どれもこれも、あれば便利だがなければないで構わないし、必要なら自分で作れば良いとも思ってしまう。


 それはおそらく、体力には自信があり、おのが身一つ、腕一本で生き抜く自信があるから――


「――龍慈ッ!!」

「ん? ――うぉッ!?」


 勇仁に大声で呼ばれ、考えに集中するため閉じていたまぶたを持ち上げると、腕組みしている右手が、正確には右手でにぎっている〔アルティニウム粒子融合体〕がまばゆい光を放っていた。


「手を離せッ!」


 言われた通りにする。その直後、空中で水晶玉が木っ端微塵に砕け散り、その中心にあった光がどんどん大きくなって……


「片手で持ってたし、イメージも固まってなかったのに何でだッ!?」

「お前、手、デカいから常人が両手で包み込んだのと同じ状態になってたんじゃないか? あとは、頭で分かってないだけで本能が欲していた、とか?」

「なるほど」


 納得できたのでそのまま様子をうかがっていると、宙に浮かんでいた光は、徐々に降下しながら形を変えて……


「……何だこれ?」


 光がはじけるように消え、あとに残ったもの。それを一言で説明するなら、短い銀の円柱。高さ約70センチ、直径は30センチ程で、上には、手を突っ込め、と言わんばかりの穴が開いている。


「あれって……まさかッ!?」

「青いネコ型ロボットが腹のポケットから出す……ッ!?」

「劇場版だと仲間思いで頼れるあいつ御用達ごようたしの……ッ!?」


 何かヒソヒソ聞こえてくるが、あれはこんなにデカくなかったはずだ。


 上からのぞき込んでみると、穴の中は不自然に暗く、どうなっているのか全く見えない。


 なので、思い切って手を入れてみる事にした。


 大丈夫だとは思うが、万が一に備えて利き手は温存し、左手を穴の中へ。


 そして、指先が何かに触れる事なくひじまで入った――その時、


「うぉおぉッ!?」


 何の前触れもなく、左手に何かが巻き付くような感覚と共に、ジャコンッ、ガキンッ、カシャンッ、ジャキンッ……そんな無数の金属音を多重連鎖的に響かせて銀色の円柱がまたたく間に変形し――


『おぉ~……』


 周囲で見守っていた生徒達が、突如とつじょ龍慈の左肩から先に出現した銀色の巨大な腕をの当たりにしてどよめいた。


「〔銀の腕アガートラム〕かッ!」


 銀色の重厚な装甲が左肩の上までおおい、背筋を伸ばして立った状態で巨大なこぶし膝下ひざしたくるぶし寄りにあり、全体的に丸太まるたのようだと評される自分本来の腕より倍以上ふとく、手は人の頭を野球のボールのようににぎり込めるほど大きい――そんな銀色の巨腕を見詰め、はしゃぐ子供のような笑みを浮かべている勇仁がそう呼んだ。


「アガートラム?」

「龍の字! 鏡、鏡」


 そううながされて、制服のポケットにしまっていた〔審神者の鏡〕を右手で取り出す。


 見てみると、表示が変化していた。


 【称号】【能力】【技術】だけだったはずが、新たに【装備】が加わっており、鏡を持つ右手の親指で【装備】の文字に触れる。それで現れた説明文は――


 【神秘銀の機巧腕】 こわれないばんのうのうで


「ふむ、こう書いて『アガートラム』と読む、か……」


 これだけデカいのに不思議と重さを感じず、それゆえに重心がそちら側へかたよる事もない。自分の手と全く変わらない感覚で動かせるので、中の自分の腕がどうなっているのか不安になったが、巨腕の拳を床について取ろうと思った瞬間、また音を立てて元の円柱状に戻った。


 左腕は無事。だが、制服のそでは引き千切ったかのように肩から先がなくなってしまった。


「うぬぅ~……、だがまぁ――」


 本当に壊れないのなら望み通り。どう万能なのがくわしく教えてほしいところだが、それはこれからいろいろ試してみれば良い。一時はどうなるかと思ったが、直感でこれは良いものだという事が分かる。


 ならば、制服の片袖はなくなってしまったが、


「――僥倖ぎょうこうと思う事にしよう」




 才能の確認に続き、神器の創造も終わると、落ち着いて話ができる場所へ移動する事に。


 先導する枢機卿長の後に神官達が整然と続き、巨大な砂時計が鎮座する大聖堂を後にする。


 国際色豊かな転移者達が、自然とできたグループごとにバラバラとその後を追っていく――そんな中、


「――龍之介りゅうのすけッ!」


 銀の円柱を抱えて運ぶよりも装着して運ぶほうが楽そうだ――そう考えて〔神秘銀の機巧腕〕を左腕に装備している龍慈は、後ろから聞こえてきたそんな呼び声で振り返った。


 『リュージ』と『ユージ』は響きが似ているから、と言って、二人は昔から、勇仁の事はそのまま、龍慈の事を、マドカは『龍之介』、メグミは『龍くん』と呼ぶ。


「おっ、上手くいったみたいだな」


 そう言ったのは、クラスメイト達に、先に行っててくれ、とうながしてから、となりで一緒に振り返った勇仁。


 その視線が向けられているのは、マドカが両手でそれぞれたずさえている2丁の大型拳銃。


 自分達の世界がそうであるように、例えファンタジーな異世界でも銃はあらゆる武器や武術を駆逐してしまうに違いない、と悲観する道場主の娘は、身体能力や五感能力を魔法か何かで強化すれば弾丸だって斬れる、と主張する勇仁と意見を戦わせていたが、やはり銃を選んだようだ。


「まぁ、認めざるを得ないわね。あんた達の妄想に付き合ってきたのも無駄じゃなかったって」


 マドカの神器は、〔WSウェポンシステムBBブレイクブラザーズ〕。


 一見よく似た大口径の大型拳銃だが、一方は、半自動セミオート・三点射・全自動フルオートに切り替えられる機関拳銃で、もう一方は上下二連式散弾銃。そして、機関拳銃を前、散弾銃を後ろで連結させると超電磁投射狙撃銃スナイピング・レールガンに変形し、散弾銃を前、機関拳銃を後ろで連結させると多目的飛翔体発装置マルチパーパスマイクロロケットランチャーに変形する。


「自己修復機能は当然、魔力を供給する事で威力を増幅する機能も付けた」

「魔力? あるのか?」


 龍慈が訊くと、マドカは、あるでしょ、と当然のように言い、


「だって、私の【称号】は【戦嵐の魔闘士】で、【雷術】スキルがあるもの」

「なんですと?」


 意味の分からない【技術】しかない龍慈からすると、うらやましい限りだ。


「ただ、本当は無限に撃ち続けられるようにしたかったんだけど……」


 各種弾薬はそれぞれ無限にストックできる亜空間弾倉から薬室チェンバーに装填されるそうだが、毎分で供給される弾薬の数が一定なので、残弾を気にせず撃ちまくる訳にはいかないとの事。


 それでも、抜かりのない事に、2丁とも電磁投射式なので、自動供給されるもの以外の弾薬でも、口径を問わず装填・発射する事ができるらしい。


「で、メグミの神器は……それ、食缶しょっかんか?」


 うん、と頷くメグミが両手で取っ手をつかんで持っているのは、キャンプやケータリング、そして、給食で汁物しるものを入れる保温が効く大型の容器。


「イメージしたのは『ダグザの大釜おおがま』。ケルト神話のダーナ神族四秘宝の一つで、望むだけの食べ物がどんどんあふれ出る大釜なんだけど……」


 食缶になってしまったらしい。


 どんなものでも、望んだ食べ物や飲み物が中に出てくる、その名も〔恩恵の食缶〕。


「着の身着のまま召喚された私達にとって、資本は躰だけでしょう? だから、どんな時でもみんなに栄養があるバランスのとれた食事を、と思って……」


 それに、どんなにこの世界の料理が美味しくても、きっと故郷の味が恋しくなるだろうなぁと思って、というメグミの心遣いに、龍慈は涙が出そうになった。


「こんないい子のメグミから龍之介にお願いしたい事があるそうなの。たぶん、これから一番その食缶の恩恵にあずかるのはあんたなんだから、それがどんなお願いでも分かったと頷きなさい。いいわね?」

「分かった」


 迷いなく頷く龍慈。


 勇仁と同じく幼馴染であり親友。その頼みを無下にするつもりはないし、メグミが無理な頼みをしてきた事はこれまで一度もない。


 それゆえに、どんと来いと構えていると、何故か顔を赤くしているメグミが、食缶を床に置き、制服のポケットから取り出した〔審神者の鏡〕を両手で持ち、マドカにうながされて龍慈の前に立って、大きく息を吸って……吐いて、吸って……吐いてと深呼吸を繰り返し、いい加減にしなさい! とマドカに軽く頭をはたかれて、


「わ、わ…………私のになって下さいッ!」

「分かった。……はぁ?」


 反射的に頷いてから内容が頭に入ってきて、困惑をあらわにする龍慈。


 だが、そんな事はお構いなしに、メグミが手にしていた鏡が光り、同時に自分のポケットでも〔審神者の鏡〕が光っている事に気が付いた。


 右手で取り出し、のぞき込む。すると、光の文字が現れたのだが、【称号】【能力】【技術】【装備】の四つの他に【従者】という文字が増えていた。


 親指でそれに触れる事で表示されたのは、おそらく、メグミの〔審神者の鏡〕に表示されるのと同じ内容であろう、【姓名】【称号】【能力】【技術】。


 称号は【誓約の侍従長】、そして、【能力】と【技術】は一つずつしかなく、それが――


「【絶対遵守】と【主従契約】?」


 龍慈と、隣でそれを聞いていた勇仁が説明を求めると、それに応えたのはマドカで――


 なんでも、メグミは、この【称号】と、唯一の【技術】――【主従契約】のせいで、どうしても主人を得なければならなかった。そこで、メグミはマドカを頼り、事情を説明して主人になってもらおうとしたのだが、了解してもらっても何故なぜかダメ。そして、二人は、何故ダメだったのかを考えた結果、メグミ自身が選んだから、何らかの資格が必要なのでは…………などいくつか理由を思いついたものの、結局、確信は得られず、マドカの一存でとりあえず龍慈を選んだ、との事。


 神がこの【称号】をメグミに与えたのは、家事万能のはたらき者で、面倒見がよく、頼まれると断れない性格で、学校の行事などでも、かげの立役者、とか、縁の下の力持ち、などとよく言われていたからだと思うが……


「それにしても、【主従契約】で【絶対遵守】って、まさか、ハーレム王を目指すような奴に、エロい奉仕をしろ、って命令されても……」


 断れないって事か? とみなまで訊く前に、メグミの【技術】のらんに出現したのは【房中術】の文字。


 それを自分の鏡で見て、いっきに顔から血の気が引いて行くメグミ。一方で、龍慈は眉間みけんに深いしわをきざみ、そして、厳しい表情でげた。


「今の命令は取り消しだ。で、今後はこのスキルの存在を隠し通せ」


 すると、メグミの鏡に【秘匿】の文字が現れ、龍慈の鏡から【房中術】の文字が消えた。しかし、それでメグミの表情が晴れる事はなく……


「命令に逆らえないだけじゃなく、命令を成し遂げるために必要な【技術】を取得させちまうのか……。この【絶対遵守】ってやつはとんでもねぇな」


 それから、龍慈は、ふむ、と一考し、なら、と言って、


「あらゆるものから自分の身を護れるよう、魔法と武術の達人になれ」


 そう命令してみると、メグミのスキルらんに【仙術】の文字が出現した。


「マジかッ!? それなら、達人と言わず、どんな魔王が出現しても無傷で倒せる史上最強の勇者に――」


 なれ、と言い切る前に、大慌ての三人に大声で止められた。


「何かリスクがあるかもしれないだろッ!? ってか、ない訳がないッ!」

「それメグミに何させようとしてるのか分かって言ってんのッ!?」

「わたし後衛希望だよッ!? 最前線で戦わせようとしないでッ!」

「うっ、ぬぅ~……。申し訳ない」


 それから、メグミは、問題が生じていないか鏡で確認してみる。すると、


「スキルに【拒否権】と【革命権】があって、【能力アビリティ】にも新しいのが増えてる」

「そうなのか? こっちには何も表示されてないぞ」

「【拒否権】っていうのは、命令を拒否する権利だとして、【革命権】って……」

「まさか、主人と従者の立場を入れ替えるスキルか?」


 メグミは、鏡に浮きあがった説明文を読んで頷き、


「主人だった人物を強制的に絶対服従の従者にする事ができる、だって」

「って事は、俺がメグミの従者になるのか?」

「命令に服従する対価は実質奴隷ちで、主人だった人物を次々と配下に加えていくなんて……。メグミ……恐ろしい子っ!」

「その流れだと、新しい【能力】も、メグミ自身にじゃなく、主人である龍慈に影響が出るタイプのやつなんじゃないか?」


 そう問われて鏡に浮きあがった説明文を読んだメグミは、顔を真っさおにして頷き、


「【従者わたしのものは主人あなたのもの 主人のものは主人のもの】。効果は、私が受けたダメージや状態異常が自動的に主人へ譲渡される……」


 しかも、この【能力】は、龍慈がメグミの主人である限り、言い換えると、メグミが【革命権】を行使して龍慈をみずからの従者にするまで効果が継続する。


「なんですとッ!?  ……ん? それって、良い事なんじゃないか?」


 少なくとも、小柄で華奢きゃしゃなメグミがダメージを受けて苦しんでいるのを見るより、人知を超えた生命体だと揶揄やゆされるほど頑丈なおのれこらえるほうが万倍ましだ。


 龍慈はそう思ったが、メグミはぶんぶん音がしそうなほど激しく首を横に振り、


「わたしのせいで龍くんが傷付くなんて……そんなの嫌だよッ!!」


 三人そろって、心優しいメグミらしいな、と思う一方、実のところ、勇仁とマドカも龍慈の意見に賛成だった。


 そして、マドカがメグミの肩を支え、勇仁が声をかけようとした時、


「おぉ――――~いっ! 何してるんだよぉ――――~っ! みんな待ってるんだぞ――――~っ!」


 扉の所にいるクラスメイトからそんな呼び声が掛かり、ひとまずその話は置いておくとして、龍慈が左腕に装着している〔神秘銀の機巧腕〕、そのデカい手で〔恩恵の食缶〕をひょいとつかんで持ち上げると、四人はそちらへ向かって駆け出した。

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