第1話 才能を確認して爆笑

 事の始まりは…………今思うと、小学校3年生の時、という事になるのだろう。


「なぁ、リュージっ! 異世界に召還されたら俺ツエーするために、武術を習おうぜっ!」


 近所に住んでいる幼馴染で親友の『鷹司たかつかさ 勇仁ゆうじ』が満面の笑みでそんな事を言い出し、その手のアニメや漫画が好きだった事もあって特にこばむ理由はなく、両親に相談したら反対されなかったので、二人そろって近所にあった合気道の道場に通う事になった。


 同じ学校に通っていたが特に接点はなかった同い年の二人――その道場の師範の娘の『天童てんどう まどか』、その幼馴染で親友の『天野あまの めぐみ』とよく話すようになったのはこの頃からだ。


 近所の中高一貫校に入学する年、駅前に最新の設備を備えたスポーツジムが完成し、しくもダイエットする必要をひしひしと感じていた四人の母親達が、オープン記念と家族割引に引かれて旦那を説き伏せ、入会する事が決まり、料金は親持ちでジムを利用できるようになった。


 中学生になると、勇仁は、合気道を続けつつ、部活は剣道部に入り、それとは別に居合いも始め、また一緒にやらないかとさそわれてためしてはみたものの、どうにもしょうに合わず、結局、合気道を続けつつ柔道部に入り、女子二人はバスケ部に入部し、マドカは選手に、メグミはマネージャーになった。


 異世界転移など起こるはずがない――中二を前にして、俺やマドカ、メグミは、そう思っていたが、勇仁だけは、可能性はゼロじゃない、と言い張っていたのを覚えている。


 だからと言って、現実から目をらした、いわゆる引きもりや社会不適合者ではなく、俺TUEEEEEEするには武力だけではなく知識や学力が必要だ、とそれを動機モチベーションにして直向ひたむきに努力していた。


 その結果、勇仁は、成績優秀、スポーツ万能の評価をるぎないものとし、俺もその頃から柔道整復師の資格取得を考え始め、AGLタイプ希望のマドカはより敏捷性を高めるため一層努力してレギュラーを勝ち取り、後衛希望のメグミは、マッサージやテーピング、応急処置の勉強を独学で進めていた。


 同年代の生徒達が遊び歩いているのを尻目に、俺達は四人それぞれ部活動にはげみつつ、道場やジムで顔を合わせると、プロテイン用のマイボトルシェイカーを片手に、どんなスキルが欲しいか、最強の能力とはどんなものか、召喚される異世界はどんなところが良いか、また、こんな異世界に召還されたらどうするか……そんな話をよくして笑い合った。


 そして、校舎が変わり、制服が変わり、だが面子めんつは変わらず、高校生になったようなこれまでとして変わりないような日常の中で、もういつ召喚されてもおかしくないから心の準備だけはしておけよ? と冗談のように言われたのが、つい昨日の事のようで――


「おーいっ、いびきがぶーぶーうるせーぞー、この豚野郎ぉー」

「――俺は人間だッ! デブと呼べッ! …………ん?」


 耳元でささやかれた棒読み口調での罵倒ばとうに反応し、くわっ、と目を見開き、ガバッ、と勢いよく上体を起こす。


 すると、かたわらには制服姿で片膝かたひざを床に付いている勇仁の姿があり、その後ろには、同じく制服を身にまとうマドカとメグミの姿もある。


「なぁ、ここ、どこだと思う?」


 自分も制服姿だという事を確認したところで、ニマニマするのをこらえようとして堪えられていない勇仁にそう問われ、周囲に目を向ける。


 数秒前まで自分が仰向けに寝ていて、今、胡坐あぐらいているのは、一面大理石の床。円形の広い空間の中央には巨大な砂時計――今まさにひっくり返したばかりなのか微量の砂が落ちている――が鎮座しており、他にもおそらく同年代と思しき少年少女達の姿がある。太く金で装飾が施された6本の白亜の柱で区切られている壁には壮麗な壁画。そして、上を向くと、そこにあったのは、目にした瞬間『大聖堂』という言葉が脳裏をよぎる、不思議を発見する長寿番組か映画でしか見た事がないような荘厳な天井てんじょう


 最後に、もう堪えるのが限界っぽい勇仁に視線を戻し……


「…………、――マジかッ!?」

「マジだッ!!」


 勇仁は笑みをはじけさせ、愕然としつつ後ろの二人に目で問うも、否定の言葉は出てこない。


 という事は、つまり……


 ――俺は今、本当に異世界にいるらしい。




「――見逃したッ!! 常識的に考えれば一生に一度すら起こらない召喚される瞬間を見逃したッ!!」

「俺もだよ。気付いた時にはもうここで寝てた。召喚される直前の記憶もない」


 勇仁が目で問うと、マドカとメグミも首を横に振り、


「でも、制服を着てるって事は……」

「学校にいた? 少なくとも、起きてはいたはずだよね?」


 自分は居眠りをしていた可能性がある。


 しかし、誰も覚えていないというのならあきらめもつく。


 ふんっ、と両脚を振り上げた勢いで跳ね起き、周囲を見回す龍慈。


 身長190センチ超えの精悍な男前と、身長およそ175センチの密かにファンクラブが存在するとも噂されるイケメンが並んで立っていると、


「おーいっ、龍の字ッ! 勇の字ッ!」

「やっぱり、お前は良い目印だよなー」


 そんな事を言いつつ、同じ制服姿の見知った男女――クラスメイトが集まってきた。


 しかし――


「全員じゃねぇんだな」


 人数はおよそ半分。比率は男子のほうが多い。


 パッと見た感じの顔ぶれは、異世界転移こういったシチュエーションに多少なりともあこがれを持つ者達。事実、喜んでいたり、今後の展開を予想して心配していたりはするが、この世界に対して興味をしめしている。冗談じゃない、早く元の世界に還せ、と騒ぐやからは一人もいない。


「他のクラスの奴もいるし、明らかにうちの学校の生徒じゃないのもいるな」


 広く見回した勇仁の言う通り、違う制服を身に纏う者達の姿があり、私服姿の者達もいて、更に言えば、海外の学校の生徒と思しき少年少女の姿もある。ずいぶんとまぁ国際色ゆたかだ。


 こういう場合の例えによく使われるドーム型の球場よりは狭いだろうが、空間が広いためまばらに見えるものの、200人以上いるかもしれない。


 おそらく、全員同い年。そんな彼ら彼女らが、龍慈達のように知り合いを見付けたのか、中心的な人物の周りに集まり出し、幾つものグループができつつある。


 そして――


「そろそろ、かな?」


 周囲の様子をうかがっていた勇仁がそんな事をつぶいた――その直後、突然ゆかが揺れ、そのままゆっくり上昇を始め…………天井まで20メートル程もあった高さが10メートルを切ったところで唐突に止まり、それまで壁画だと思っていた巨大なとびらが左右へおごそかに開いて行く。


「――行こう」


 その扉へ向かって歩き始める勇仁。


 それに、龍慈を始め、マドカ、メグミ、クラスメイトが続き…………気付けば、見知らぬ彼らも一斉に扉を目指して動き始めていた。




 開放された扉の向こうから姿を現したのは、世界を創造した始まりの神と世界を支える数多の柱――神々をあがたてまつる多神教である『支天教』、その枢機卿長と、その側につかえる神官達。


 そして、召喚を行なったのは教皇だが、そのための儀式の準備、その一切を取り仕切ったという、豪奢ごうしゃな装束をまとい、癖一つない黄金にきらめく長い髪を背に流す妙齢の女性――枢機卿長みずから、自己紹介に次いで、この世界で支天教がになう役割や、国内での身の安全は保障するといったむね、とりあえずの衣食住などについての説明を始めたのだが……


「うぬぅ~……」


 腕組みし、眉間みけんにしわを寄せてうなる龍慈。


 ちゃんと日本語として聞こえている。しかし、尊敬語というのか、謙譲語というのか、異世界から降臨した使徒様方に対して最上級の敬意を払い、つとめて丁寧な言葉遣いを心掛けてくれているのはありがたい事だと思うのだが、そのせいでどうにも説明が頭に入ってこない。


「ん?」


 ちょんちょんっ、と脇をつつかれて横を向き、それから視線を下げる。


 すると、小柄なメグミがこちらを見上げていて、爪先立ちになり、口許に右手をえた。それを見て、龍慈がそちらへ、ぐぐぐっ、と躰をかたむけると、


「あとで分かりやすく教えてあげるね」

「よろしく頼む」


 声をひそめてそう言ってくれたメグミに、眉尻を下げて頷く龍慈。


 それでほっとしてから程なくして枢機卿長の話は終わり、勇仁を始め、幾人かが質問したい事があると言って挙手する。


 それに対して、枢機卿長は、質問は随時受け付けると言いつつも、だがまずどうしてもやってほしい事があると言い出した。


 それは――


「皆様がそれぞれ神々からたまわった【才能タレント】の確認と、神器の創造です」


 転移者には、元の世界で積み上げた経験や身に付けた特技、他人からの評価・評判を参考に、神々が個々人に適した【才能】をさずける。


 まずはそれをご確認下さい、という枢機卿長のその言葉を待っていたらしく、ひかえていた神官達が一斉に動き出し、召喚された少年少女に何かをくばっていく。


「鏡?」


 手渡されたのは、スマートフォンスマホサイズの手鏡で、


「その者が神々より賜った【才能】を映し出す霊装で、〔審神者さにわの鏡〕と申します」


 手渡してきた神官が、思わずもららした呟きを質問と受け取ったらしく、そう答えてくれた。


 感謝を伝え、何気なくのぞき込む。


 すると、そこには当然、自分の顔が映っていて――そこに光の文字が浮かび上がった。


 日本語なので問題なく読める。横書きで、一番上にあるのがどうやら職業ジョブらしい。


「【金剛の力士】……」

「ははっ、お前にピッタリだな。俺は――」

「――預言者だろ」


 勇仁は笑って、違うよ、と否定してから、


「【斬絶の殲士】」

「なんだそりゃ? ってか、勇者じゃないのか?」


 思わずそう訊き返すと、よろしいですか? と〔審神者の鏡〕をくばっていた神官の一人が声をかけてきた。


 彼いわく、『勇者』や『英雄』は、積み上げた実積によってそう呼ばれるようになるものなので、そういう【称号】は存在しないとの事。


 枢機卿長の許へ戻りもせず何でフラフラしてるんだ? と思っていたが、こちらの疑問や質問に答えるためだったらしい。他の神官達も、声をかけられるのを待っているのか、召喚された少年少女達の間をウロウロしている。


職業ジョブじゃなかったんだな」

「それ、俺も思った」


 そんな事を言い合っていると、


「【才能】ってのは、任意発動型アクティブの『技術スキル』と常時発動型パッシブの『能力アビリティ』の二つに大きく分けられるみたいだな」

「転移者の場合、最初は、両方合わせて5個か6個が普通らしい」

「【技術】は、熟練度が上がると、上位の【技術】に変化したり、新しい【技術】に派生したりするんだってッ!」


 早速情報収集してきたらしいクラスメイトの男子が集まってきた。マドカ達のところでも女子が集まっている。


 周囲を見回せば、他のグループも似たようなもので、浮かれている様子が見て取れた。


「…………」


 それで気付いたのだが、こういう場合、混乱して取り乱す者や、元の世界に返せと騒ぐ者がいそうなものだが、今のところ一人も見当たらない。


 それに、この世界の神官達の異世界から召喚された者達に対しする態度は、妙だと思えるほど落ち着きはらっていて、何と言うか…………そう、慣れているような印象を受ける。


「龍慈、早く確認したほうが良いぞ。話を先に進めたいみたいだからな」


 勇仁そううながされて、おう、と応え、手元の鏡へ目を向ける龍慈。


 どうやらこの世界は、ゲームのようなレベル制ではないらしい。個人のレベルやHP、MPなど数値化されたステータスの表記はなく、【称号】以外は【技術】と【能力】が並んでいるだけなのだが……


「……何だこれは?」

「どうした?」

「訳の分からない【能力】が二つある」


 実のところ、【能力】は三つ、つまり、他にもう一つあるのだが、それは読んで字の如く分かり易いので今は良い。問題は他の二つで――


「訳の分からない【能力】?」


 勇仁が鸚鵡おうむ返しに訊いてきたので、龍慈は頷き、眉間にしわを寄せたままそれを読み上げる。


「【たまはだ】と【豊満ほうまん】」

『はぁ?』


 勇仁を含め、興味を引かれたらしく周りで聞いていた奴らが声をそろえた。


「龍の字、その鏡の【能力】のところに触れてみな。詳しい説明が出てくるから」


 言われた通りやってみる。すると、表示が切り替わり、説明文が現れた。


【玉の肌】 びじょもうらやむ

【豊満】 とてもよいにくづき


 ぷッ、と誰かがき出したのを皮切かわきりに、はじける大爆笑。


 龍慈は、何も考えずに読み上げた事を後悔した。


「た、確かに、お前、快食快便、早寝早起の健康優良児だから、肌の色艶良いよな…………ぷッ!」

「実際、クラスの女子にうらやましがられるもんな…………ぷッ!」

「ぷにっとしてるのは表面だけで、中は筋肉のかたまりなのに豊満って…………ぷッ!」

「いいじゃないか、『豊満』であって『肥満』じゃなんだから。あんま気にすんなよ…………ぷッ!」


 笑いの衝動を堪え切れないクラスメイト達。


 気のいい奴らで、面白がっているだけで悪意あくい悪気わるぎがないのは百も承知。だが、腹は立つ。


「じゃ、じゃあ、【技術】のほうは? まさかそっちも……」

「期待に添えず済まないな。二つあるが、どっちも良さげだ」

「ちなみに?」

「【仙人掌せんにんしょう】と【合掌がっしょう】だ」

「合掌は分かる。くせだよな」

「飯食う時だけじゃなく、礼を言うときとか謝る時とかにも手ぇ合わせてるもんな」

「じゃあ、【仙人掌】は? なんかチートスキルっぽい響きだけど」


 とある男子がそう言った時、まさか……、と呟いたのは勇仁で、


「なぁ、それ、説明文にはなんて書いてある?」


 問われたので確認してみると、


【仙人掌】 にせんしゅるいくらいある


 それを聞いた勇仁は、とても言い難そうにしつつ、


「それ、ひょっとして、読み、『センニンショウ』じゃなくて、『サボテン』なんじゃ……」


 龍慈が、はぁ? と間の抜けた声をらす一方で、あっ! と声をそろえる男子達。


『リュージの部屋のサボテンッ!』

「あの気持ちの悪い――」

「――気持ち悪いって言うなァッ!!」


 それは、確か小学校に上がる前、園芸を趣味とし、各部屋に一つは観葉植物を配置していた母が、いつの間にか自分の部屋に置いていた、湯呑ゆのみほどの鉢に植えられた小さなサボテン。


 部屋の窓枠の所に置いておいたら、いつの間にか陽の指す方向へ、窓の方向へ曲がって成長していたので、真っ直ぐにしようと鉢を回して向きを変えた。しばらくしてふと気付いた時には、また曲がっていたのでまた鉢の向きを変え…………そんな事を繰り返している内に、うねうねと波打つ奇妙なサボテンになってしまった。


 それでも愛着を持って育てていた可愛い奴なのだ。悪口は許せない。


 ――それはさておき。


「【仙人掌サボテン】? 2000種類くらいある? …………だから何なんだッ!?」


 爆笑している奴らに構っている余裕はない。


 よりくわしい説明を求めて人差し指で鏡を連打するものの、表示に変化はない。


「全然詳しくねぇし、そもそも何で全部平仮名ひらがななんだッ!?」


 読みにくいじゃねぇかッ! という文句に対して、思わぬところから声が掛かった。


 それは、鏡を配り終わってもウロウロしていた神官の一人で、


「それは、そこにしるしたのが幼い子供のようだという事でしょうか?」


 龍慈が肯定すると、神官は、それは素晴らしいっ! と笑みを浮かべて歓声を上げ、あちらをご覧下さい、と言って天井の一角を指し示した。


 そこに描かれているのは人――ではなく、この世界の神々。つまり、龍慈達を選び、この世界にみちびいた存在で、


貴方あなた様をお選びになり、お導きなったのは、あの御方。幼い少女の姿でえがかれている運命の女神様に違いありません!」


 鏡に現れる文字のフォントや文体で、軍神、武神、農耕神、鍛冶神……などなど、その中のどの神が自分を選んだのか推測する事ができるとの事。


 満面の笑みでそう教えてくれた神官には申し訳ないが、はっきり言ってそんな事どうでも良い。今欲しいのは、【技術】と【能力】の詳細な説明だ。


 どうにかならないものかと小さな鏡を太い人差し指でつつき回す龍慈。


 だが、どうにもならず、ふと嫌な予感を覚え、プルプル震える指先で【合掌】の文字に触れた。


 そして、現れた説明文は――


【合掌】 しわとしわをあわせてしあわせ なぁ~むぅ~~っ


「――あんたはこの世界で俺に何をさせたいんだッ!!!?」


 龍慈の魂の叫びが、爆笑のうずを巻き起こした。

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