チートじゃなくてバグってる  ~理外の巨漢と高身長コンプレックスの戦乙女達~

鎧 兜

序章 異世界の記憶

 時は、夕方。『逢魔おうまが時』などとも言われる黄昏時たそがれどき


 場所は、高校のクラブ棟の脇にあるベンチの一つ。


「――メグミ」


 優しくすられながら名前を呼ばれて、ベンチに腰かけてうつむき、うたた寝していた女子高生――『天野あまの めぐみ』は、閉じていたまぶたをゆっくりと持ち上げて……


「…………あれ? 私……」


 なかば寝ぼけたような状態で顔を上げ、周囲を見回した。


 かたわらに立っているのは、幼馴染みで制服姿の同級生――『天童てんどう まどか』で、


「やっと来たよ」


 そう言って横を向くマドカの視線を辿たどるように振り向いて…………見付けたのは、並んでこちらへ向かって歩いてくる制服姿の男子二人。


 一人は、端正なアイドル系のイケメンで、手足がスラリと長い身長175センチ程の『鷹司たかつかさ 勇仁ゆうじ』。


 もう一人は、好みによって意見は分かれるが、イケメンだという者もいる精悍せいかんな男前。身長は190センチを超え、体重は約130キロ。怒ると悪鬼のように恐ろしいが笑うと何とも言えない愛嬌があり、食事制限を嫌ってしていないものの、ジムでボディビルダー並みのメニューをこなす筋骨隆々たる快男児――


「――りゅうくんっ!?」


 それが、霊長類最強男子、超人、和製ヘラクレス、リアルチート、バグキャラ……仲の良い友人達から言いたい放題言われている幼馴染み――『坂東ばんどう 龍慈りゅうじ』だと気付いた瞬間、メグミは、ベンチからねるように立ち上がった。


 そして――


「――えっ? えっ!?」


 幼馴染み達が制服姿だという事、自分もまた制服を身に着けているという事、更に、もう一度周囲を見回して、今いる場所ここ何所どこなのか気付いて困惑し……


「なに? どうしたの?」


 それが収まらない内に問われて、え? と聞き返す。


 すると、マドカは、苦笑しつつ、


「ちょっと、異世界に召還されて今帰ってきた所だ、なんてユージあいつみたいなこと言い出さないでよ?」


 冗談めかして言い、


「――――~ッ!?」


 メグミは、はっ、と息をんだ。


 さいわい、マドカは、言うだけ言うとすぐ話題の人物のほうを向いていたので、気付かれなかったが……


 そうこうしている内に二人が近付いてきて、


「そっちのほうが早かったか」


 そう声をかけてきたのは勇仁。


 それから、四人は連れ立って歩き出し……


「…………ねぇ、龍くん」


 前を行く二人の背中を見詰めてから、メグミは、自分の隣を歩く龍慈を見上げて声をかけた。


「ん? なんだ?」

「あのね……、えぇ~と…………今日って……」

「部活後にみんなで道場に行って、稽古の後はそのままマドカの家んちで夕食をご馳走になる日だ」


 訊きたかったのは、今日が何年の何月何日かという事だったのだが、龍慈に、違ったか? と確認されて、咄嗟とっさに首を横に振る。その直後、不意に、この世界の自分はスマートフォンスマホを持っていたはずだという事を思い出し、探してみる。


 やはりあった。手に取り、年月日を確認する……が、異世界に召還された正確な日付が分からなかった事を思い出して、がくっ、と肩を落とした。


異世界むこうの記憶があるなら、ユージくんが話題にしないはずがないし、マドカちゃんもあんな事言わないはず。龍くんも……)


 覚えているのは自分だけ。――それが意味するのは……


「どうかしたのか?」


 間近から聞こえてきた声に、メグミが、はっ、とうつむけていた顔を上げると、龍慈が大きな躰をかがめてこちらをのぞき込んでいて……


「何か心配事でもあるのか?」


 続けてそう訊いてきた。


「心配事……?」


 そう問われて、考えてみると……


「…………ううん」


 こちらにかえってきた今、何を言っても後の祭り。


 そして、あの世界とは違って、魔獣モンスター改造魔蟲クリーチャーが存在しないこの世界なら、神に与えられた【才能タレント】で苦悩する必要がないこの世界なら、心配事など何もない。


「そうか。なやみ事なら勇仁かマドカに、力仕事なら俺に言うんだぞ?」


 龍慈は、落ち着きのある低い声で言いつつ、ちょうど良い高さにある頭の上に、ぽんっ、と手を乗せ、メグミは、大きくて力強く、それでいて重さを感じさせない優しい手のぬくもりを感じてはにかみながら、うん、とうなずいた。


 異世界で共に過ごした記憶は、ないままなのかもしれないし、戻ってくるのに時間差があるのかもしれない。


 そのどちらにせよ、確かに、友人達は今ここにいる。


「ねぇ、龍くん」

「なんだ?」


 言いたい事は多々たたあり、訊きたい事もある。


 だが、あの世界の記憶がない龍慈にしてもせんのない事。


 だから……


「……ううん、何でもない」


 メグミは、全てを胸にめ、首を横に振る。


 そして、手をつなぐ――ほどの度胸はなく、そのそでをちょんとつかみ、歩幅ほはばが全く違うのにペースを合わせてくれる龍慈と共に歩いて行く。


 ――こうして、『天野 恵』は元の世界に帰還し、日常へと戻っていった。

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