2-6



 周囲を漁りながらウィリアムは尋ねた。


「なぜ奴はここまでミイラにこだわる?」


 手袋をはめながらレナードが答えた。


「金になるのだろう。ミイラは先程も説明した通り薬の材料になったり、マミーブラウンという顔料の代わりにもなったりする。さらにはショーという名の研究材料にも使われるので需要が高い。わざわざエジプトの墓を荒らしてミイラを盗掘するよりも、作ってしまったほうが安上がりだと考える輩が出てくるのさ」


 レナードが喉元で笑った。


「皮肉なものだ。死者に対する人々の畏敬は古代よりも失われてしまった」


 リネンの袋で覆われた遺体を剥がしては確認し、見えない部分は山の中から引っ張り出して確認した。レナードは一体一体を必要以上に調べていたが、ウィリアムは全体を見回して気になる場所を探っていた。兎にも角にも時間がない。今にでもあの狂人が部屋の中に入ってきて暴れるのではないかという思考が何度も繰り返し襲ってくる。その度に後ろを振り返ったり、僅かな画面の変化に敏感になっていたのが功を奏したのか、壁に寄りかかる形に配置された麻袋が小さく身じろぎをしたのをウィリアムは見逃さなかった。


「おい……?」


 呼びかけると麻袋からかすかに呻き声が漏れ出てきた。慌てて袋を破るように剥がすと、そこには口枷をはめられ手足を縄で縛られたウェントワースの姿があった。ウィリアムは歓喜の声を上げた。


「ウェントワース!」


 口枷を外してやるとウェントワースはやっとの思いで言葉を吐き出した。


「……そっちに、マイケルとレイが……」


 やつれた様子のウェントワースの隣には倒れた状態の麻袋が2つ並んでいた。状況に気付いたレナードが床の上を跳ねるようにして駆けつけ、すぐに2人を抱き起こした。麻袋を取り外してマイケルとレイの顔を見た瞬間、それまで失っていた記憶が蘇ってきた。


「マイケル、レイ! しっかりしろ!」


 2人の肌はしなび、目がくぼんでいたが呼びかけに応じて瞼が開かれた。意識が混濁しているのか、視線が安定せず泳いでいる。レナードは用意していた水瓶を取り出すと、口にあてがうようにして飲ませた。レイはしばらく呑み込むのに苦労していたが、やがて喉が嚥下し始めるとようやく安堵したように言葉を発した。


「ありがとう……」


「いや、遅くなってすまない」


 ウィリアムも同様に残りの2人に水を飲ませながら、「ごめん、ごめん」と涙ぐみながら謝罪の言葉を述べていた。脱水症状、意識の混濁が見られたが外傷は見受けられず、全員命に別条はなさそうだった。ウィリアムが3人を介抱している間にレナードは再び部屋を占領しているミイラに目を向けていた。無数に折り重なる死体をしらみつぶしに精査していく。――ない、ない、やはりない。そうして肺の中の空気を押し出すようにして息を吐くと後ろに控えているクラスメイトの方を見た。ウィリアム、マイケル、レイはお互いの無事を喜び抱き合っていた。レナードは目を細めた。どうやら覚悟を決めるしかないようだった。

 モグラが地中から這い出るように闇の中から抜け出すと、レナードが言い放った。


「諸君。これから僕達はこの世界から脱出しなければならない。……文字通り、過去からの脱出だ。それに伴いひとつ提案がある」


「なんだ?」


 幾分か顔色が良くなったウェントワースが首を傾げた。レナードが続ける。


「君たちも知っているようにこの村には殺人鬼が徘徊している。ここからは俊敏な行動が求められるわけだ。現状の大人数かつ病人を抱えての移動はリスクが高くおすすめしない。そこで、囮役を配置することを提案したい」


「……おとりだって?」


 不穏な空気が流れる中レナードは止まらない。


「熟考したところ、僕が適任だと判断した。君達は僕が奴を引き付けている間に村を出てくれ」


「ちょっと待ってくれ! 何故君がその役目を引き受ける必要がある?」


 声を上げたのはウィリアムだった。レナードが冷静に答える。


「状況を見てくれ。マイケルとレイは体力的に限界だ。ウェントワースは2人程ではないが厳しいだろう。残りは君と僕だが、知っての通り僕は足の調子が悪く病人を補助して歩けるか分からない。適任は僕だろう」


 レナードが薄笑いをして続ける。


「もちろんただでは行かせない。手は貸してもらう。その役目はウェントワース、君しかいない」


「……僕が?」


 じっとレナードの話を聞いていたウェントワースが眉をひそめた。レナードが頷く。


「すぐに終わることだ。ひとつ考えがある」


 レナードは大通りにウェントワースを呼び出すと、店に立て掛けてあった巨大な斧を持ち出した。


「あの殺人鬼は死体を蒐集している」


 斧を持ったレナードが近付いてくる。ウェントワースは嫌な予感がして後退った。


「なら、


 がらんと大斧がウェントワースの前に落とされるとレナードはこう表明した。





「それで僕の首を刎ねるんだ。ウェントワース」




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