2-5



 推測に推測を重ねるレナードに、ウィリアムは理解ができずに手で制した。


「待ってくれ。なぜミイラの話に繋がることになるんだ?」


 レナードは机に乗せられた資料を片付けながらウィリアムの問いに応じた。


「タイムトリップは、特定の時間、特定の場所、特定の条件が揃った時発動する現象と言われている」


「つまり、ミイラが特定の条件に当てはまると考えたわけか」


 レナードが首肯する。


「僕等に共通する条件と言えば、例の催しに参加したことだ。ミイラに関する何かが起因になったと考えていいだろう。だがそれだけでは他の参加者と条件が同じになる可能性が高い。なぜ僕達でなければならなかったのか。その答えはあの場所に戻って確かめるしかない」


 ウィリアムはまだ疑問が解けていないようだった。


「だけど、それとあの村人が襲ってくる理由はどう繋がるんだ」


 レナードは少し首を傾けてウィリアムの方を向いた。


「君は自分がミイラになる可能性を考えないのか?」


 氷塊が背筋に滑り落ちるようだった。


「それは、つまり……あの狂人に捕まってしまったらミイラにされるという意味か? じゃあ残された三人は今頃――」


 ウィリアムの血色がみるみるうちにパテのように悪くなったのを見てレナードは首を振った。


「落ち着け。推測が正しければあの男は僕等をミイラにするつもりだ。だが完全なミイラにするにはまず、飢えさせ水分を抜く必要がある。すぐには殺さないさ」


「……マイケルとレイは失踪してからもう三日経つが……」


 レナードは考え込むように顎に細い指を当てた。


「人が水を飲まずに生きられる期間は4〜5日と言われている。ぎりぎりといった所だが……14世紀後半は地球規模で気候変動が起きた時代だ。この地球の寒冷化によって初夏といえど、それほど気温は上がらなかったはずだ。環境は思った以上に悪くはない」


 どちらにせよ、とレナードは言葉を区切った。


「タイムトリップの時間が来るまで助けることはできない。それまでに出来ることをやるだけだ」





 夜のもっとも深い時間。暗闇に二つの明かりが右に左にと揺れている。

 目的の場所に辿り着いてレナードは、ポケットから懐中時計を取り出して時刻を確認した。


「そろそろだな」


 午前0時、カージー村の入口付近。

 遠くから時を告げる鐘の音が聴こえ始める。


「……失敗したらどうする? 君もいなくなってしまったら」


 ウィリアムが消え入りそうな声でそう呟くと、レナードが剃刀のように薄く笑った。


「その時は、また挑戦すればいい。……何も知らない連中を大勢引き連れてな」


「……」


 ウィリアムがくしゃりと表情筋を歪めると、突如稲妻に似た閃光が走った。

 肌に光と熱を感じて顔を上げると、眼前には再びあの廃墟となった村が広がっていた。

 レナードが真っ直ぐに前を見据えながら声をかける。


「ウィリアム、諦めたら終わりだ。彼らを覚えているのは君しかいないのだから」


「……ああ」


 その言葉に背中を押されるようにウィリアムは目元の涙を拭うと、一歩踏み出した。

 舗装のされていない道は歩きづらく、砂埃が舞い上がる。ウィリアムは手を顔の前に翳しながら先を行くレナードに問い掛けた。


「当てはあるのか?」


「初めから怪しいと思っていた場所がある」


 レナードは通りに面するある一軒の店の前で立ち止まった。そこは、以前にも見た肉屋だった。レナードは店の扉に手をかけると、躊躇することなく滑らかに開け放った。

 中の様子は前見た光景と変わらなかった。テーブルやカウンターは無く、皮の剥がれた牛が3頭吊るされていただけだった。部屋の中は何ともいえない腐臭が漂っていて、ウィリアムは口にハンカチを押し当てた。天井から伸びる鎖がキィキィと音を立てるのを眺めていると、ふと牛の肉に数匹の虫が這っていることに気が付いた。ウィリアムはよく見たことを後悔して、すぐに視線を外すとレナードの姿を探した。レナードは部屋の奥に居て、戸棚の中身を物色していた。


「それでここには何があるんだ?」


 ウィリアムがその背中に声をかけると、レナードは唇の前に人差し指を当てて牽制した後、声を落として説明し始めた。


「吊り下げられた枝肉を見ただろう。14世紀は牛肉を食べる習慣も保存する技術も殆ど無かった。カージー村の人口の半分の村でも年間3頭が消費されていただけだ。仮に年間6頭がカージーで消費されていたとして、全体の半分の量の牛肉が一つの店にあるのはおかしい。それに初夏という季節に、冷蔵保存できない状態で吊るされていることも保健所が許すとは思えない」


 ウィリアムが唸って同意した。


「確かに怪しいな。何かのカモフラージュをしているのか……?」


 戸棚を開閉していたレナードが何かを見つけて手に取った。それは木製の小さな円筒状の容器で、中には粘度の高い黒色の液体が入っていた。レナードがそれの匂いを嗅ぎながら首を傾げた。


「これは……ムンミヤかもしれない」


「ムンミヤ?」


「創傷や様々な病気に効果のある、万能の薬と言われている代物だよ。その正体は瀝青といわれているが、その優れた効能から、贋作を作る者が現れた。天然の瀝青は希少だったため、代替品としてミイラが利用された。当時ミイラには瀝青が含まれていると信じられていたためだ。つまり、贋作ムンミヤの正体はミイラをすり潰したものだ」


 何というか頭が痛くなる話だったが、ウィリアムは要約した。


「つまり、ここにミイラがある可能性が高いということか」


「待て。戸棚の後ろに何かある」


 そう言うと、レナードは強い力で戸棚を引っ張り始めた。ウィリアムも加勢するとあっという間に人ひとり分が入れる程の隙間が出来上がった。そこには腰の高さくらいの小さな扉があった。

 レナードはすぐに屈み込むと扉を押しのけて中へと入った。

 部屋の中は採光窓も無いのか、一寸先も見えない暗闇だった。レナードはランプを中に入れ、体勢を整えようと手に力を込めた。すると、すぐ目の前に何か大きなものを包んでいる袋のようなものが見えて、立ち上がりながらランプの高度を上げていった。

 それはおぞましいというにはあまりにも甘いものだった。おびただしい数の人間の遺体が袋に入れられた状態で無造作に積み重なっていたのだ。どこを見ても死体、死体、死体の山だった。それらを確認すると同時に悪臭が鼻をつき、レナードは袖で鼻を覆った。表の吊るされた牛肉はこの臭いを隠すためだったのだ。

 後ろから付いてきたウィリアムが絶句の表情を浮かべた。


「何だよ……これ」


 レナードは痛ましいものを見たあとのように一度目を閉じてから告げた。


「捜そう。彼らは恐らくこの中にいる」


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