2-4
汗ばんだ身体を夜風が冷やしても、レナードは暫くその場に立ち尽くしていた。
正直、事態がまったく把握出来なかった。
分かっていることと言えば、事情を知っているらしい人物が目の前にいることぐらいだ。
レナードが語りかける。
「何か言うことがあるんじゃないのか」
「レナード」
ウィリアムが懇願するような眼差しでこちらを見た。
「ここに一度来たことがあると言っただろう……? 本当は、僕だけじゃないんだ……!」
ぞわりと悪寒がした。その先を聞きたくない。
「ここには三人で来たんだよ!! 二人とも今のように消えてしまったんだ……!」
言葉にならなかった。この感情を表そうとすればただでさえ少ない情報源を落としかねなかった。
レナードは溜飲を下げるようにして、できるだけ優しい声音を出すように努めた。
「なぜ初めに相談しなかったんだ」
「すまない……信じてくれないと思ったから」
レナードは項垂れるウィリアムの肩に手を置いた。
確かにこの奇妙な出来事を聞かされても、実際に体験した者でなくてはとても信じられなかったかもしれない。
呼吸を繰り返していると、波打っていた気持ちが落ち着いてきた。心なしか頭も回るようになった気がする。
レナードが口を開いた。
「つまり……居なくなった二人というのは、マイケル・クロウリーとレイ・ベイカーのことだな?」
「そうだよ……僕等と同じクラスメイトだ」
クラスメイト、ということは知らないはずがない。だが記憶を手繰ってもそのような人物は思い当たらなかった。
「……」
ウィリアムが嘘をついている可能性もあったが、拘泥している暇は無かった。一先、二人はペティグリュー邸に戻ることにした。屋敷の前では急にいなくなった客人に気づいた執事が玄関の前に立っていた。その顔がランプの光でぼうと浮かび上がる。
「お探していました。いかがなさいましたか」
「寝つけず散歩に出掛けていました……ところで、誰か戻ってきてはいませんでしたか」
執事が困惑したように眉根を寄せた。
「誰かと申しますと?」
「ウェントワースです。ウェントワース=ハード・ウッド」
「さて……そのような方は存じ上げませんが」
レナードがウィリアムの顔を見た。ウィリアムはただただ無言で首を振るばかりだった。
先に屋敷に戻ってきているかもしれないと淡い期待を抱いていたが、どうやら不発に終わったようだった。
それどころか本当に彼という存在が世界から消えてしまったようでひどく苛立ちを覚えた。
どうにかしなければならない。そのためには、情報を整理する必要があった。
寝室に戻りしばらく考え込んでいたが、疲れが出たのかそのまま寝入ってしまった。
目覚めたらあわよくば全てが夢であればいいとそんなことを思っていた。
翌日、用意されたのは二人分の朝食だった。
それをウィリアムが居心地の悪そうに口へ運んでいると、前に座るレナードが突如告げた。
「今日は出掛けよう」
「ど、どこへ」
「決まっている。情報収集だよ」
下へ降りると、ちょうど身支度をしているトーマス・ペティグリュー氏に行き合った。
「やあ、昨晩はゆっくり休めましたかな」
「ええ。とても良く」
皮肉めいたように笑うレナードの隣でウィリアムがびくりと震え上がるのを感じたが、我関せずといった様子で続ける。
「ところで……近くにこの村の歴史について学べる場所はありませんか」
「歴史ですか、それなら村の図書館に行くといいでしょう」
村の地図を渡され、教えてもらった道に沿って歩いていくと、図書館へと辿り着いた。
中へ入ると本棚がずらりと並んだ静粛とした空間が広がっていた。
司書の助けを借りて、本棚から目的の資料を何冊か抜き取っていく。それらを文机に積み上げぱらぱらと順番に目を通していくと、レナードの手がぴたりと止まった。
「なるほどな」
「何か分かったのか?」
ウィリアムが問うとレナードが答えた。
「第一に、過去にタイムトリップしたという可能性だ」
「タイムトリップだって?」
「ああ。突然の季節の変化、それに深夜から日中へ時間帯も変わっていただろう。それにあの場所は中世のカージー村によく似ている。道や橋、肉屋の位置も同じだ。――俺達は500年前のカージー村にタイムトリップをしたのさ」
ウィリアムが唾を呑み込みながら疑問を呈する。
「なぜ500年前だと言える?」
「カージー村と言えば、セントメアリー教会がランドマークだが、それがあの村では確認できなかった。しかし、俺達は鐘の音を聴いている。14世紀にセントメアリー教会は建設を一時中断している。理由は1348〜1349年に流行した黒死病が原因だ。カージー村の人口は半減し、村は廃墟同然になった。その時代にタイムトリップをしたのだとすれば、セントメアリー教会が塔のない背の低い状態の時期で見えなかったとしてもおかしくはない」
ウィリアムはあの奇妙な村の様子を思い出した。人っ子一人いない寂れた村。確かに病の流行とともに村が荒れ放題になってしまったのだとしたら不思議ではない。
「だとしたら、なぜあの村人は襲ってきた?」
レナードがにやりと笑った。
「黒死病といっただろう。つまりたくさん死人が出たはずだ。それをあの村人はどうにかしようと思ったのさ」
「どうにかって……?」
レナードが立ち上がってこちらを見た。緑色の瞳がきらりと輝く。
「――ミイラだよ。あの男は遺体を使ってミイラ作りをしていたのさ。俺達があの時代に呼ばれたのはそこに起因している」
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